『東鳩ラン#2:代償として得たものは』  投稿者:水方


== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っている方には『にやり』とするように作っていく
つもりですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく
思います。
 当然ですが、文中にある固有名詞や人名などは全て架空であり、実在の名称その他
同一のものがあったとしても何ら関係ない事をお断りしておきます。
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◆アバンタイトル

 最初に目に飛び込んだのは、薄暗い照明パネル。
 最初に耳に入ったのは、「対象者、目覚めました」という合成音声と、規則正しい
電子音。
 そして、最初に感じたぬくもりは、傍らの人が優しく添えた手。
「……芹香先輩」
 浩之はゆっくりと腕を持ちあげた。
 薄い掛け布と、幾本ものコードが、さらさらと浩之の体を滑りおりる。
 見回せる限り頭を向けても、浩之が伏していたベッドと、芹香が今まで座っていた
椅子のほかは、全て医療機械とおぼしき、ELパネルとチューブとコードの複合体が
数値を忙しく刻んでいるだけだった。
「……」
 芹香は心配そうに顔を寄せる。
「ん?ああ、もう大丈夫……」
 頭の中にまだ霞がかかっているが、しばらくすれば晴れるだろう……。

 ……甘かった。
 意識がはっきりするにつれ、記憶の断片が怒濤のごとく押し寄せた。

「うあああああぁーっ!」
 がば、と跳ね起き、芹香の手を振り払って両手で頭を抱える。
 そんな姿を見ても芹香は瞬き一つせず、浩之を見守っている。
「オレは……オレは、何一つ護れなかった……」
 視線を漂わせ、指は力任せに髪の毛をひっつかむ。
「たった一人の……たった一人すら、護りきれなかったんだ……」
 かっと見開いた眼から、一滴、また一滴と雫がこぼれる。
「何が『心ある生き物』だってんだ!マルチだって立派に『こころ』を持ってるじゃ
んかよぉ!」
 叫んだその刹那、浩之の眼前が真っ白になった。
 次いで、柔らかい感触と、温かいぬくもり。
 いつの間にか、浩之の頭は芹香の胸に抱きかかえられていた。
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉおー!」
 一声放って、あふれんばかりの涙を流す浩之を、芹香は優しく抱きしめた。
 今まで浩之の胸で泣いた女性は数あれど、浩之が胸で泣いた女性は来栖川芹香、た
だ一人だけである。
 今も。


         "To Heart" in 2057: Track #2
            『東鳩ラン #2』


第二話 代償として得たものは


「何や、カギも掛けんと不用心やなぁ」
 一声放ってから、智子はわざと大きな音を立てて扉を閉めた。
「よぉ、いいんちょ。おひさ」
 ガタのきた椅子を軋ませ、浩之は体をねじった。
「いつまで『いいんちょ』で通すつもりや?」
 縁無しの眼鏡の奥で、キッと目尻が険しくなる。
「『いいんちょ』は『いいんちょ』じゃんか……それとも」
 ぴょんと椅子を蹴立てて、智子に視線を合わせる。
「『智子』って呼んだほうがいいか?」
「……アホくさ」
 智子は両手で浩之を押しやった。そのまま浩之の体は椅子へと逆戻りである。
「なんで藤田君にそないタメ口きかれなあかんのや」
 一息でまくしたてた。
 もっとも、智子の頬がうっすらと上気しているのは、そのせいだけではあるまいが。
「テンゴ言うてる暇はないんや」
 きつい言葉とともに、十センチ長の棒を一本、浩之の胸元へとぶつける。
「……新しいクレッドスティックや。前の会社が抜き打ちでメンテかけるらしいで、
先手打って作っといた」

 あの『事件』以後、藤田浩之という人間は、この日本帝国の公的データベースから
一切が抹消されていた。つまり、社会的には『存在しない』人間なのである。
 市民保証番号(S.I.N.=Scot Insurance Number,『納税者保証番号』)の無い人間
----ストリートでは、「番号無きがゆえに、原罪無し」(I'm sinless, cuz had lost
 SIN.)というUCAS渡来の引用が飛び交っているが----は、公的サービスなど何も
受けられず、当局にバレたら命を取られるか強制収用されて当然というのが、2050年
代の常識であった。
 とはいえ、昔で言えばSINは戸籍や住民票に相当する。 普段の生活ではそこまで厳
密な身分証明は(少なくとも日本では)必要とされない。
 そこで、SINとは違うコード番号で、企業なり団体なりが所持者の身分を保障する
ものとして使われるのが『クレッドスティック』……キャッシュカードやクレジット
カードとIDカードを統合したような『鉛筆大の身分証明付き財布』であった。
 日々の生活に費やす金額程度なら、十何文字かの暗証文(パスフレーズ)さえ覚え
ておけば、現金を持たずに支払いから身分証明まで用を足すことができる。
 当該企業のデータベースをハッキングし、まっとうな市民として保証されるように
書き換えることで、そのクレッドスティックを偽造し、かりそめの安住を作り出して
いるのが「電子の魔法使い」(テクノマンサー)ことデッカーの保科智子であった。
 つまり、智子がいなければ、浩之はコンビニでリストフォンの代金を払うことすら
できないのである。

「感謝しぃやぁ〜」
 ひらひらと手を躍らせる智子に対し、浩之はおどけた。
「おおきに、智子はん」
 間髪を入れず、浩之のおでこがぱちん、と叩かれる。
「あ痛て」
「ええかげんなイントネーションで言わんとき。大阪人やったらそれ耳に入っただけ
でグーでドツかれるで」
「だからと言って叩かんでもいいだろうに」
「アンタは体で覚えなあかんのや」
 端からは夫婦漫才か、もしくは恋人同士のじゃれあいに見えるかもしれない。
 7年前に高校で知り合った時には、こんなところなどとても想像できなかった。
「あ、だけどな……今持ち合わせないぞ」

 いくら偽造のクレッドスティックが完璧な物でも、その中に金額のデータまで納め
られてはいない。クレッドスティックはお金に関する限り『銀行に作った貸金庫』を
開ける鍵の役目しか果たさないのだ。

 このところの依頼がめぼしい収入に結びつかず、もう数日もこのままなら、浩之は
食事すら抜かさなければならないほどであった。
「ツケといてくれ」
「『いつもニコニコ現金商売』がうちのモットーや」
 両手を合わして拝む浩之にも、智子はつれない。
「じゃ、どうすればいいんだ?」
「ん〜、そやねぇ……」
 人差し指を頬に立て、にんまりと微笑む姿を、大天使と取るか小悪魔と取るか浩之
は判断に迷った。
 組んだ腕が豊満な胸を持ち上げているだけに、なおさらである。
「……体で返してもらおっか」
 むしろあっけらかんとした口調で、智子は裁断を述べた。



「…………こういうことかよ」
 一時間後、二人は秋葉原の雑踏の中を歩いていた。
 身体改造手術やそれに使うパーツこそ海の向こうの千葉が最先端だが、コンピュー
タや電子部品については、いまだにここがメッカである。
「何かヘンなこと考えていたんかぁ?」
 浩之の片手には、大きな段ボールの包みが、塩ビ製の取っ手で吊り下げられている。
「少なくとも、日本語の用法がいささか違う」
「はん?」
「『体で返す』ではなく、『働いて返す』が正解だろ」
「2042年のトリデオ(立体TV)ドラマ以来、現在では『体で返す』でも間違いちゃ
うんやで……遅れてるなぁ」
「……」
 憮然として、浩之は荷物を持ち直した。
「しっかし重いよなぁ。何が入ってるんだ?」
 外箱には「3Dスキャナ・EPSILON TD−9990S」と書いてはあるの
だが、浩之が知る限りスキャナはこんなに重くない。
 しかも智子がこれを買い付けた場所は、ジャンク品や怪しいパーツが大量に並ぶ、
まさに『マニア受けする』店だった。
「……言わせるつもり?」
「分かった、オレが悪かった」
 そう、彼女が何を買おうと聞けた義理ではないのだ。
 今の自分は、ボディガード兼荷物運び(と智子は言ったが、どう見ても後者の比重
が高いように思える)で雇われてる身分である。
 クライアントには理由なく逆らわない。これが探偵必須の信条であった。
「安心し。今日の買い物はそれだけや」
「……ほっ」
 一息ついた浩之の眼に、黄色い熊の縫いぐるみが飛び込んだ。
「〈ウォッチャー〉!あかりか!!」
 あせって目を瞬いたが、件のウォッチャーは動かなかった。しかも、いつも見る姿
よりも二周り以上大きい。
 近づいてよく見ると、謎はすぐに解けた。
「……本物の縫いぐるみか」
 御丁寧に背中には羽根までついている。どうやら、最近トリデオで人気の子ども向
けアニメキャラクターのようだ。
 さらに一歩近づくと、突然、
『ワイは縫いぐるみちゃうって!!』
 背中の羽根(レース)を羽ばたかせて、縫いぐるみが怒鳴った。
 智子の声とよく似ていたように思うのは、やはり代金を払ってやれない罪悪感のせ
いだろうか。
「……気のせい気のせい」
「何ぼけーッと突っ立ってんや!」
 これは智子に間違い無い。
 頭を一振りして、浩之は足を速めた。



「いったいどこまで連れてくつもりだよ」
「ここまでや」
 気がつくと、二人は秋葉原を離れ、高台の上にある公園にやってきていた。
 もう、夕暮れである。
「綺麗やなぁ」
 智子は鉄パイプの手すりにもたれ掛かった。
 バレッタでまとめた長い髪の毛を二本のお下げに分け、作業着にスタジャンという
姿を制服に置き換えれば、かつて知り合った頃そのままの、保科智子がそこにいた。
「ああ、綺麗だな」
 朱く焼ける空と、その陽に照らされる智子を等分に見て、浩之は段ボールを地面に
下ろした。
「こうやって見ていると、あの時と全く変わらへんように思うんやけどなぁ……」
 そう言って、智子は浩之の顔をじっと見つめた。
 浩之は黙って側に近づくと、右手を智子の頭へと伸ばし……



 ……ゆっくりと髪をなでた。
「いやん。もう、藤田君ったら」
「……嫌か」
「ううん、ええよ……」
 朱い空が紫に染まり、濃紺の星空が広がるまで、浩之はいつまでも智子の髪をなで
続けた。

 ----借りを返すつもりが、また甘えてしまったな。

 智子を家まで送っていった後、薄ら寒い夜風に後を押されて、浩之はそんなことを
考えていた。

「うちは今、これくらいしか助けられへんにゃけど……いつか助けてや……うちの…
……………」

 同じ頃、スタジャンのすそをぎゅっと握り締め、智子はつぶやいていた。

第二話 代償として得たものは 終
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 え〜、今回はデッカー・保科智子のお話しです。

 この話を書く前に、寝床の中でうとうと考えていたら、他キャラの設定を含め一本
のキャンペーン・プロットが出来てしまいました。
 と言うわけで、今回からアバンタイトル部分は、『あの事件』のダイジェストを書
いています。

 冒頭で重いめの話を展開したので、本編では軽いノリを目指したんですが、いかが
でしたでしょうか?
 普段『シャドウラン』ではあまり語られない、身分保証とクレッドスティックの話
が長引いてしまいましたが、おおむねソースを離れていない自信はありますので、
『シャドウラン』のセッションをする際に何がしかの助けになれば幸いです。

 恒例、文中の補足ですが、こういったクレッドスティック他、社会状況などの設定
はずばりガイドブックなサプリメント"The Neo Anarchists' Guide to REAL LIFE"
から取ってきました。
 もっとも『シャドウラン』の元々の舞台は御存じアメリカ西海岸のシアトルなので、
日本の設定についてはあんまり載っていないんですけどね。

 では、また次回をお楽しみに。
 感想、文句その他、お待ちしています。

----- おまけ -----
★神岸 あかり [人間・女性 23歳(2057年現在)]

◆能力値(現実世界)
 【強靭力】4   【敏捷力】3 【筋力】2
 【意志力】5    【知力】6 【魅力】6
 【反応力】4 【エッセンス】6 【魔力】6
 【イニシアティブ】4+1d6

◆プール(現実世界)
 コンバット・プール:7
 マジック・プール:6

◆能力値(アストラル世界)
 【強靭力】5   【敏捷力】6 【筋力】6
 【意志力】5    【知力】6 【魅力】6
 【反応力】6 【エッセンス】6 【魔力】6
 【イニシアティブ】21+1d6

◆プール(アストラル世界)
 アストラル・コンバット・プール:9

◆技能
 [魔術]6,[召喚]4,[魔法理論]4,
 [礼儀作法(ストリート)]3,[武器戦闘]3,[医療(応急手当)]2(4)

◆トーテム
 犬(都会のトーテム)
  利点:探知呪文のダイスを+2個、野外及び住居精霊の召喚のダイスを+2個
  欠点:一度決めた事を変える場合【意志力】によるテストで成功すること。

◆呪文
 〈戦闘呪文〉 《魔力破》5,《理力球》4
 〈探知呪文〉 《真実探知》5,《敵探知》5,《戦闘感覚》4
 〈身体呪文〉 《負傷治療》5,《解毒S》4
 〈操作呪文〉 《魔法障壁》3

◆コンタクト
 親友(Friend):藤田浩之(探偵),他
 友人(Buddy) :長岡志保(レポーター),他

◆生活様式
 中流(6ヶ月払込み済み)
 巫術小屋(レート6)設置済み

◆カルマ・プール
 3点

[優先度 A:魔法 B:財産 C:技能 D:能力値 E:種族]で作成してから
追加カルマ22点で成長
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>管理人様
タイトル:『東鳩ラン#2:代償として得たものは』
ジャンル:TH/ドラマ?/浩之、芹香、智子
コメント:『シャドウラン』世界での智子のお話し。『あの事件』とは?
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