『魔がさした』  投稿者:水方


 その日、オレはいつものように中庭で芹香先輩と弁当を食べていた。
 春先にしては妙に温かい中、弁当を食べ終わってぼぉーっと空を見ていたオレの心
の中を、ふと何かがよぎった。具体的に描写するなら『悪戯心』だろうか。
「そーいや先輩、『恐怖のみそ汁』って知ってる?」
「……」
「あ、やっぱり知らない?そうかぁ」
 お嬢様育ちだと、やはりくだらないことは知らないよなぁ。
 ラジオにかじりついて深夜放送聞いてる訳もないか。
「……」
「え?『それ、何です?』って?いや、大した事じゃないけど……聞きたい?」
 こくん。
 先輩が聞きたがっているのなら、それに応えなきゃな。
 オレは居住まいを正すと、芹香先輩の黒い瞳を見つめて話し始めた。
「こういう話なんだ。……俺の体は、日々確実に衰えてきていた。それというのも、
毎日食わされているあの食べ物が原因に違いない。今日も、恐る恐る、しかし、努め
て明るく妻に聞いた」
 そこでゴクン、と息を飲んだ。
「『晩のオカズは?』」
 先輩もオレの顔をじっと見て、一言一句聞き逃すまいとしている。
「……『今日、麩のみそ汁。』」

 一陣の風が頬をなぶる。
 先輩のつややかな髪もさらりと広がる。

「……」
「『それから?』いや、話はコレでおしまい」
「……」
「『そうなんですか、面白かったです』……あ、まぁ、それならいいけど」
 ああ、やっぱり。
 誉め言葉よりも、くすっと笑う顔のほうがよかったんだけどな。
 落胆するオレに追い打ちをかけるように、予鈴が鳴った。



 翌日、オレはいつものように中庭で芹香先輩と弁当を食べようとしていた。
 既にベンチに鎮座ましましている先輩の手元に、いつもの小さな弁当箱と別に、保
温の効くランチジャーが置かれていた。
「……」
「え?オレに?」
 こくん。
「ラッキー。今日はパンだけだったんだ。……しかし、何でまた?」
「……」
「『最近、心なしか痩せているようですし、ちゃんと食事を摂っていただいているの
か心配です』」
 再び、こくん。
 昼飯以外は四日連続カップ麺だったもんなぁ。さすが先輩、目のつけ所がシ○ープ
……いや、女の娘だぜ。
「ほんじゃ、お言葉に甘えて、いただきまっす」
 白魚のような細い手がよく映える黒いランチジャーを受け取り、留め金を勢いよく
外す。
 ……ん?コレはまさか……。
 中に収められたプラスティック椀の蓋を開けると。


 麩のみそ汁が入っていた。


「……」
「『きょうふのみそ汁です』」

 一陣の風が頬をなぶる。
 先輩のつややかな髪もさらりと広がる。

「ん、ぶぅははぁははぁぁあはっはぁーーーーーーーーーー」
 まさか、こう返されるとは思わなかった。
 やるなぁ、来栖川財閥。
「……」
 オレが笑ったのを、先輩はきょとん、とした顔で見ていたが、すぐに頬を染めて視
線を外した。
「はっはっ、ゴホゴホゴホっ」
 笑いすぎてむせてしまった。
 いかんいかん。せっかく先輩が作ってくれたんだ。ありがたく、いただかなければ
いかん。
 オレはベンチにきちんと腰かけ、味噌のいい匂いに包まれながら椀に口をつけた。
「ん、うまい!」
 舌に広がる豊潤な味わい、などというどこぞの料理番組で覚えたフレーズが陳腐に
聞こえる。
 掛け値なしに、美味。
「んぁー、おいしかった」
 椀の底まで綺麗にさらえて、蓋を閉じる。
「さすが、先輩は料理も得意なんだね」
「……」
「『違います』あ、じゃあ先輩のお家の一流の板前が……」
 ふるふる。
「んじゃ、いったい誰が?」
「……」
「ふんふん。『昔からよくしていただいている方で、昨日の話を聞いて腕を振る
われたんです』そんな人いたんだ」
「……」



「…………………………………千----」



 本当の恐怖という奴を、オレはこの時始めて知った。

<終>
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 はは、前回に引き続き(そして前回とは全く違う)SSです。
 もう、オチは分かっていますね?(爆)
 元ネタである『恐怖のみそ汁』については、あんまりちゃんとした記憶が無かった
ので、勝手ながら http://www2.odn.ne.jp/d-palace/palace/a/kyoufu.htm から内容
を引用させていただきました。
 では、また次回をお楽しみに。
 感想、文句その他、お待ちしています。

>管理人様
タイトル:『魔がさした』
ジャンル:TH/ギャグ/浩之、芹香
コメント:二作目にしてこの暴挙(爆)
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