東鳩ラン#1『補完されし者たち』(+α)  投稿者:水方


== はじめに ==============================================================
 この話はTRPG『シャドウラン』(米FASA/富士見書房)の世界観を使用し
ています。『シャドウラン』を知っていると『にやり』とするように作っていくつも
りですが、知らなくても、ちゃんと楽しめる……ようでしたら、作者はうれしく思い
ます。
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◆アバンタイトル

 21世紀を迎えた頃から、この世界は変わりはじめた。
 抑圧されたネイティブ・アメリカンを中心に、いにしえの魔法が大規模に復活した
のをきっかけに、人の子としてエルフやドワーフが生まれる“UGE現象”、ハイス
クールの生徒が一夜にしてオークやトロールに変わってしまう“ゴブリナイゼーショ
ン”、コカトリスやハーピーといった幻想世界の生き物の出現などなど……。
 いつしか人々は、それら全てをひっくるめて《覚醒》と呼ぶようになった。
 舞台は西暦2057年、マヤ歴での『第六の世界』をしたたかに生きる者たちの、
物語である。



−プロローグ−

 打ち捨てられた廃ビルの中を、堅い靴音が跳ねた。
「いたか?」
「いない。……そっちは?」
「いそうにない」
 三つの声が、靴音をかき消すように響き、かつて廊下であった所に寄り集まった。
黒いコートをまとった三体の影は、手に手に大きな銃を携えていた。
「ここを突っ切って抜けたのかもしれん。……隣に移るぞ」
 いちばん背の低い影が左手を横に振ると、三人は固まって奥へと駆けた。
 堅い足音が、次第に重く遠く響くようになり、再び静寂が戻る。
 その瞬間、瓦礫の向こうから、まだ幼い男の子の顔がひょこんと飛び出た。
「……ふぅ〜」
 誰もいないのを確かめると、その子は頭を引っ込め、そばの壁によりかかった。
ぷっくり膨らんだオーバーオールの首元から、黒い子熊が顔を覗かせる。
「もう大丈夫だぞ」
 子熊は眼をきょろきょろと動かし、うす赤い舌で男の子の顔を舐め始めた。
「ふふっ、やめろって」
 男の子は顔をくしゃくしゃにして、子熊の頭を何度もなでる。
 ずっと前から仲良しであったかのように。


第1話 補完されし者たち

「浩之ちゃん起きて!」
 あかりが叩き起こしにやってきた。
 浩之は寝ぼけ眼をこすりつつ、ベッドに腰かけた。
 昨日から付けっぱなしの保温ポットを取り、薄汚れたマグにコーヒーの残りをぶち
こむ。砂糖も入れずにぐいとあおり、眠気を体から追い出しにかかる。
「ミルクぐらい入れないと体に悪いよ」
 横にちょこんと腰かけたあかりが、浩之の顔をのぞき込んだ。
「これくらいしないと目が覚めねえよ……で、いったい何だ?」
 あかりの話では、近所の施設に住むクバンて名の子どもが、一昨日から帰っていな
いとの事だった。
「迷子探しは警察の仕事……」と言いかけて、浩之はそのまま黙り込んだ。
 《覚醒》が訪れてから後、平穏だった日本も何かと騒がしくなり、政府の対処能力
の低下に伴って巨大企業がのさばってきていた。現在では、このあたりの警察業務は
全て民間の来栖川警備保証(KSD)が対応しているが、治安維持と怪事件の対処に
忙しく、ひところのアメリカ並みに「些事だとアテにならない」ものになっている。
 能力ある人間なら自分たちで何とかする。それがこの世界の常識だ。
「……もう、何処にいるかはわかってるんだろ?」
「うん、どうやら、向こうの廃ビルの中にいそうなの」
 あかりが指差した窓の外には、どんよりと曇った空をバックに、鉄とコンクリの塊
と化した廃ビルがさらされていた。
 ----何か、嫌な予感がするな。
 あの事件以来、市民保証番号(S.I.N.)を無くし、探偵という名の何でも屋を始めて
から浩之に身についた「勘」がそう告げていた。
「……いっしょに来てくれる?」
「わかった」
 言って、浩之はベッドを立ち、
「手ェ貸すぜ」と、あかりの頭を二度ほど撫でた。
「……ありがとう」
 あかりの頭の黄色いリボンが、さらさらと心地よく鳴った。



 浩之は馴染みのコネである志保と雅史に電話を入れ、情報を集めた。
 昔だったらヤックのセットでチャラにできたところだが、今となってはそれでは済
まない。
 その後別の場所に電話を入れてから、事務所兼用の雑居ビルを二人で飛び出した。
 《覚醒》は、浩之たちの周りにも例外無く影響を与えていた。
 いま側にいるあかりも、《覚醒》により祖霊の導きを受け、友の信頼と忠誠を象徴
する犬のシャーマンとして、魔術に目覚めている。
 さっきから話題のクバンの位置も、施設からもらってきたクバンの髪の毛を使って、
見知らぬ場所にいるクバンに呪文をかけ、延びた呪文が作るアストラル・エネルギー
の細い糸を〈ウォッチャー〉に追いかけさせてわかったことだ。
 もっとも魔術とて万能ではない。術を行使する事で自分の気力が吸い取られ、酷い
場合には肉体にまでダメージが及ぶ。幸い今回のあかりはそんな事はなさそうだが、
小走りに進むあかりの体がふらついている事を、浩之は見逃さなかった。
 浩之はさりげなく腕を取り、あかりの体を支える。
「あ……ごめん、浩之ちゃん」
「少し、休むか?」
「ううん、わたしは大丈夫だよ……」
 ちっとも大丈夫そうに聞こえない。
 が、こうと思い立った時のあかりはけっこう意志堅固……と言えば聞こえはいいが、
要はガンコである。浩之は一息ついただけで、黙々と歩を進めた。
 どんよりと曇った空からは、あいかわらず陽のかけらすら顔を出さない。その中を
一時間ばかり動き回ると、赤茶けた金網で囲まれた、くだんの廃ビルにぶち当たった。
 『立入禁止』の看板の下が、ぽっかりと丸く空いているのがご愛敬である。
「ここか?」
「ちょっと待って……」
 あかりが目をつぶって念ずると、浩之の目の前に小さな黄色い縫いぐるみの熊(し
かも羽根付き)がひょこん、と現れた。
「よぉ」片手を挙げて、浩之は目の前の熊にあいさつする。
 〈ウォッチャー〉というのは召喚者の意志によって自在な形を与えられるそうだ。
ある意味、最もあかりらしい選択だった。
「クバンは何処?」
 黄色い熊が小さな手を盛んに振りまわした。あかりの頭上をくるくると回ってビル
の奥の方に飛び去っていく。
「あっちだって言ってるよ」
「よし、行こう」
 二人は金網に空いた穴をくぐり、ガレキの散らばった敷地内に降り立った。



 廃材置きにあった帆布にくるまって、クバンはすやすやと眠っていた。
 抱き起こそうとあかりが近寄ると、帆布の奥から黒い顔が飛び出た。
「まぁ、かわいぃ〜」
 手を伸ばすあかりに、子熊はフゥーっと威嚇の構えを見せた。
「クバンを守っててくれたの?……大丈夫。わたしはこの子の友達よ」
 一声かけて子熊に両手のひらを見せると、子熊はぴょん、とあかりの懐に飛び込ん
だ。
「わぁ、ふっかふか〜」
 熊を抱いたあかりは、世界中の幸せを一身に受けたかのように喜んでいた。
「……いつまでじゃれてるんだ」
 あきれて、浩之が近づき、クバンを抱きかかえた。
「うぅん……あ」それで、クバンも起きたようだ。
「あかりお姉ちゃん!」
「抱いているオレは無視かよ」
 毒づく浩之の方を向いて、クバンはにっこりと笑った。
「お兄ちゃんのことも知ってるよ。ぐーたらで世話ばっかりやかせて、お姉ちゃんが
いないと何にもできない人だ、って」
「あーかーりー、この子に何を吹き込んだぁ?」
 にじり寄る浩之に、絶妙のタイミングで言葉が重なった。
「でも、この世で一番優しくて、頼りになる人なんだよね」
「……妙なところで人を持ち上げるのが上手いガキだな」
「ぼく、そんなに力持ちじゃないよ」
「茶々はいい。帰るぞ、あかり」
「あ、うん……ところでクバン、この熊ちゃんは?」
 子熊はすっかりあかりになついている。
「ここで拾ったんだ。どっかから逃げてきたみたい」
「そのとおり」
「!」
 浩之たちの目の前に、三人の男が立ちはだかった。
 揃いの黒コートに、黒いサングラス。おそらく暗視装置を仕込んでいるのだろう。
「無事に済むとは思ってなかったんだ」
 浩之はそう言って、あかりとクバンの前に立った。
 それに対して、三人の中でいちばん背の低い男が一歩前に出る。
「我々は無事に済むと思っていますよ……その子熊さえ引き渡してくれれば」
 意外にも、男の声は低く柔らかい調子だった。
「もともと、わが社のものなんです。輸送中に逃げ出して、探していたところなんで
すよ……もちろん、謝礼は払います」
「おっしゃることは分かるけどねぇ……」
 浩之がちらと子熊を見ると、明らかに敵意を持って男達をねめつけていた。口から
こぼれた小さな牙が、今にも噛まんとぎりりと唸っている。
「どうやら、この熊ちゃんは行きたくないってさ」
「おとなしく渡すんだ!」
 男達はコートの懐から銃を取り出した。
「プレデター(拳銃)にイングラム(SMG)にテーザー(電気銃)か。たかが子熊
一匹におおげさだな」
「「黙れ!」」
「死にたくなかったら熊を引き渡せ!」
 明らかな脅しだが、浩之は飄々とした目で男達の後ろを見やると、
「後ろ、お願いね」
とおよそミスマッチな言葉を投げた。
 男達があっけにとられた時にはもう遅かった。
 後ろから小さな影が、いきなり飛び込んできたのだ。
「狼牙撃!」
 テーザーを持った男はみぞおちにパンチを食らった。
「虎蹴斬!!」
 体をひねり、プレデターを持った男は脊髄に強烈なかかと落とし。
「うりゃ!!!」
 そしてイングラムを持った男には、浩之が一瞬で間合いを詰めて足を払った。
 わずか3秒弱で、三人の男達は血に叩きつけられたのだった。
「いやぁ、助かったよ。葵ちゃん」
「そんな、私、先輩のお役に立てて……嬉しいです」
 葵はそう言って、くすっと微笑んだ。
「松原さん……」
 天性の素質に魔法の加護が重なり、魔練武闘家『フィジカル・アデプト』として一
流の葵を電話で呼び出していたのだと、あかりはその時になって始めて気づいた。



 その後、クバンを施設へ返して分かった事が二、三ある。
 クバンが魔法に目覚め出していること。
 あの熊が、北米産の覚醒種、つまり魔力を持つクリッターであること。
 お互い幼いために制御できない魔力を、あいおぎなっていたために落ち着き出した
事等など……。
 だが、それはもう浩之には関係のない事だった。
 今の彼には、側でうとうとと眠るあかりのぬくもりだけが、唯一自分が生きている
証しであった。

第一話 補完されし者たち 終
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 SS初挑戦になります。以後、よろしくお願いします。
 文中の補足をしますと、〈ウォッチャー〉の設定は魔術サプリメントである
"GRIMOIRE II" から、子熊の設定はクリッター図鑑である"Paranormal Animals of
North America"から取ってきました。
 では、また次回をお楽しみに。
 感想、文句その他、お待ちしています。
----- おまけ -----
★藤田 浩之 [人間・男性 23歳(2057年現在)]

◆能力値
 【強靭力】4   【敏捷力】6 【筋力】6
 【意志力】5    【知力】5 【魅力】3
 【反応力】5 【エッセンス】6 【魔力】−

◆プール
 コンバット・プール:8

◆技能
 [素手戦闘]6,[隠密]5,[小火器]5,[交渉]5
 [礼儀作法(企業)]4,[礼儀作法(ストリート)]4
 [自動車]3

◆コンタクト
 親友(Friend):神岸あかり(犬のシャーマン),他
 友人(Buddy) :長岡志保(レポーター),佐藤雅史(KSD警吏),他多数

◆生活様式
 中流(6ヶ月払込み済み)

[優先度 A:財産 B:技能 C:能力値 D:魔法 E:種族]で作成してから
追加カルマ20点で成長
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>管理人様
タイトル:『東鳩ラン#1:補完されし者たち』
ジャンル:TH/ドラマ?
コメント:『シャドウラン』世界での浩之たち(ゲームよりも5、6歳ほど年取って
います)のお話し