決して忘れられない人  投稿者:未樹 祥


 冬。小春日和の一日。

 その陽気に誘われて公園を散歩した。
 今、ベンチで日向ぼっこをしていた。

 ……恋人を膝の上で寝かせて。

 ゆっくりとした穏やかな時間が過ぎて行く。
 こいつとこんな時間を過せるなんて、ちょっと昔では考えれなかった。
 らしく無いのは解ってるが、この時間を大切にしたかった。

 ふわっ

 最近、伸ばし始めてやっと肩まで届いた髪が気持ちいい風で揺れた。
 ふと気づくとまぶしそうにこっちを見上げてるのに気づいた。

「ん、どうしたのよ、じっと見て?」
「別に……ちょっと見とれてただけ」
「ばか」

 赤くなっちゃうじゃない。

「ちょっと寝ちゃったみたいだな」
「小一時間ってとこね」
「わりぃ」
「いいわよ、ね、もう行かない?」
「そうだな、もう夕方だしな、よっ」

 そんな掛け声を聞くと膝の上の温もりが消える。……なんか、残念。

「情けない掛け声ねぇ、……っとっと」

 バスン!
 立ち上がろうとしたけど、足に力が掛からなくて蹌踉けたのを助けられた。
……抱きしめられる恰好になったのは、まぁ、お約束ね。――広い胸。

「と、大丈夫か?」
「あはは、ちょっと痺れちゃったみたい。ゴメン」

 しょうがねぇなあ、ほら、と差し出された左腕に右腕を絡める。

「なんだよ、志保、鈍ってるんじゃねぇか?」
「ヒロ、あんたに言われたく無いわね」

「なぁ、何か食うか?」
「志保ちゃんにまっかせなさ〜い。ふふん!」
「お、どっかいいとこ、有るのか?」
「こっちこっち」

 そんな事を言いながら公園を後にした……





『決して忘れられない人』





「……ここかよ」
「あ、親父さん、あたし、甘口キムチラーメン、ねぎ抜きでお願い」
「あいよ」

 お品書きから視線を上げると相変わらず呆れた顔のヒロ。

「ヒロは? どうするのよ」
「……キ……」
「え、聞こえないよ」
「激辛キムチラーメン、大盛り」
「……通ね、ヒロ」
「前に来たこと有るからな、ここは」
「ふぅん、そう」

 ヒロは自信満々って態度にあたしはそっけなく対応してやる。
ふふ、なんか悔しそうな顔。

「でも、志保、おまえ、甘口は無いぞ、甘口は」
「うっさい! これでいいのよ」

 ふと、そこで会話が途切れる。天使の囁き。

  間が、何故か、持たない。

「ねぇ、ヒロ」
「ん?」
「ここ誰と来たの?」

 ガラガラ
 ザァーーー
 ピシャン!

「いやぁ、急に降り出すんだもんなぁ、まいったまいった。
おやっさん、チャーシューメン、一つ」

 え? 今入ってきた客の上着はびっしょり濡れてる。まいったなぁ。

「雨、か」
「……そうね」

 外を見ながらヒロがボソッと呟いた。……物想いって顔。
きっと思い出してるのだろう。あの日もこんな感じで雨が降り出してたっけ。

「へい、甘口キムチラーメン、お待ち!」
「あ、あたしあたし」
「いっただきま〜す」

 パチン! ハフ ハフ

「連れを待つとか思わんのか」
「ん、にゃにゅかゆった?」
「食べるか喋るかどっちか一つにしろ!」

 んっ、ゴクン! 

「ウゥー!!」

 ドンドン!! み、水〜!!

「バカ、急いで飲み込むからだ。ほら、水」
「あ、ありやとう」

 ゴクゴク。 生き返るわ〜。

「へい、大盛り激辛キムチラーメン、お待ち!」
「きたきた。頂きま〜す」

 パチン。ズルズル。

 無言で食べるあたしとヒロ。ムードも何も無い。

 コツン! ドン!

「ご馳走様」
「ふ〜食べたな〜」
「ヒロ、なんで大盛りで後から食べ始めたアンタがあたしと一緒なわけ〜?」
「おめえが遅いからだろ」
「き〜、むっか付くわね〜」

 でも、これが合ってる。

「おやっさん。ここに置いとくよ」
「まいどあり〜」

「まだ降ってるな」
「でも、さっきよりは小降りよ」
「今の内だな。駅まで送るよ」
「ううん……ヒロの家に泊まっていい?」

 ヒロはあたしの声に驚いたんだろう。こっちを向いたヒロとあたしは視線を
あわせた――数刻、一瞬?

「ああ、いいぜ」


――・・――・・――・・――・・――・・――


 チュン! チュン!

 あ、もう朝? まぶしい。え? あたしの部屋じゃない……
ああそうだ、夕べヒロのんちに泊まったんだ。

「おきたな、志保」
「……なに人の寝顔見てるのよ」

 寝間着の上からシーツでくるまる。見せたげ無い。

「寝顔はおとなしそうで可愛いのに起きたらこれだもんな〜」
「どうせ寝顔見ながらニヤニヤしてたんでしょう。この変態!」

 ブン!

 あたしが投げ付けた枕は椅子に逆座りしていたヒロに命中! やりぃ!
えっ?! や、やだ!!

「てめえ、志保!! なにしや・が・る……」

 やだ。止まんない。

「……なに、泣いてるんだよ」
「ねぇ、ヒロ。幸せ、だよね」
「ああ」
「こんなに幸せでいいのかな、あたしたち」
「ばか、いいに決まってるじゃねぇか」

 そっと涙をぬぐってくれる。

「ほら、もう泣きやめよ。……あかりが待ってる」
「うん。……でも、もう少しこのまま……」

 ヒロの胸に顔を埋めた……


――・・――・・――・・――・・――・・――


「あかり、元気にしていた? 前に来てからもう2ヶ月も経つのね」

 返事は、無い。あたしの右後ろにいるヒロは黙ったまま。

「ねぇ、紅葉が綺麗よ。一緒に行きたかったわね」

 あたしの前には、物言わぬ石――神岸家と掘られた石――が据えられていた。

「速いものね。もう、1年経つのね」

 ヒロが後ろからあたしの肩に手を置いた――

「あかり、こっちは元気でやってるから。心配するなよ」

 あたしの肩の手に力が籠る。そっと手をあわせた。
 そう、あかりが鬼籍に入ってちょうど今日で1年――1周忌――
 今でも、簡単に思い出せる。あの時の事は――



―― 1年前 ――



 いつもの様にあたし達は歩いていた。あかりとヒロ、そしてあたし。
――いつもの様に? ううん、ちょっと違う。
あたし達3人の関係が、微妙に、今までとは違う。

 ヒロは、あたしを選んだ――あかりじゃ無く――

 でも、あかりを、あたしは、無視、できない。
 だから、はっきり返事してない――嬉しいのに――卑怯者――

 だから、ヒロとはまだ――

「ほら〜、あかり、ヒロ、チャッチャといくわよ〜
イタリアンジェラートが呼んでるわ〜」
「もう、志保ったら」
「てめえ、もう寒くなりつつあるのに、アイスかよ」

 ふ、解って無いわね〜、ヒロ。

「アイスじゃないのよ、ジェラートよ。ジェラート。一緒にしないで欲しいわ」
「はいはい、さようですか」
「判れば、よろしい」

 いつものやり取り。すこし後ろで笑ってるあかり。ここまでは普段通り。

「志保!!」
「えっ?」

――居眠り運転のバンが突っ込んで来るまでは――

 とっさにヒロはあたしを抱きかかえた――
 最初に気づいたあかりは、あたしたちを突き飛ばした――
 あたしは、いやにゆっくり中に舞うあかりをヒロの腕の中で見ていた――

「い、嫌〜〜〜」

 ――あたしの悲鳴が辺りに響いた――

「ねぇ、嘘でしょ、しっかりしてよ、あかり」

 ピンクのセーラーの赤い顔料が、さらに染まる――赤黒く。

「志保、動かすな。頭を打ってるかも知れない」
「う、うん。しっかりして」

 あかり、あかり!

「馬鹿野郎!! ぼさっとしてねぇで救急車!! 早く!!」
「あ、ああ」

 ヒロが周りに集まった野次馬に怒鳴りつけてるのが酷く遠くに感じた。

「志保」
「あかり! 気が付いた?!」
「おい、あかり! しっかりしろ」
「へへ、浩之ちゃん、やっぱあたしってドジだね」

 あかりの顔から生気がドンドン抜けてく。やだ。

「浩之ちゃん、あたしね」
「おい、もう喋るな。すぐ救急車来るから」
「好きだったよ。浩之ちゃん」
「しゃべっちゃだめよ。あかり」
「いいの、志保、浩之ちゃんの事、好きなんでしょう?」

 満面の、笑顔。かすんで見える。

「何言ってるのよ、しっかりしなさい」
「ううん、わかるの。志保 ゴホッ、ゴホッ、浩之ちゃんをお・ね・が……」

 ピーポー ピーポー

――あかりが目を覚ますことはもう無かった――




 それから、あたしとヒロは、ずっと一緒に居る事が多くなった。

「志保と浩之って、ずっと一緒だね」

 雅史がそう呆れるぐらい。――まるで傷口を舐め合うかの様に――

 ヒロはあたしが好き。あたしも、ヒロが好き。

 抱かれたい、とも、思う。
 ヒロのベッドで、生まれた姿になった事も有る。
 でも、しこりが、ある。だから、どうしても、最後の一線を越えられない。

 きっと、忘れられない。あの『笑顔』




「あかり、心配しなくていいわよ。ヒロはあたしがしっかり面倒見てるから」
「おまえを俺が見てるの間違いだろうが」

 うっさいわね。あたしはあかりと今、喋ってるのよ。ちゃちゃ入れない。

「でも、あかりの事も心配よ。あんた意外とドジだから」
「そうだな、でも、料理ばっかりしてるんじゃねぇか?」
「あり得るわね。あたしも料理上手くなったわよ。……あかりほどじゃ無いけど」

 あたしは夕べの雨が嘘の様な快晴を見上げた。

「……あそこに、あかりはいるのね」
「ああ」
「あかり、あんたの所に行くまで、ヒロを借りるわね」
「……」
「だから、閻魔様相手でもいいからしっかり料理の勉強して待ってなさい。
きっと、ヒロがいっぱい食べてくれるから。あ、もちろんあたしもよ」
「そうだな」
「……」
「……」

 どれくらいそうしてたんだろう。辺りが赤く染まり始め、影が伸びた。
 少し、肌寒い。

「志保」
「うん、じゃ、あかり、また来るから。しっかりしてなさい」
「あかり、またな」

 あかりの墓から離れて歩き出したあたしに後ろから声が掛けられた――

『志保、浩之ちゃんをお願いね』
「えっ?」

 あわてて振り返った視界には赤い髪に黄色いリボンの少女がいた――
 ――神岸家の墓石だけが静かに座っていた――

「まかせて」
「ん? どうかしたのか?」
「ううん、なんでも」
「変な奴」

 あたしは呆れてるヒロの腕を抱え込んで寄り添った。

「おい、ひっつくなよ」



――その晩、あたしは『女』に成った――


――・・――・・――・・――・・――・・――

えっと、おひさしぶりです。未樹 祥です。
決して、撤退してたんじゃ無くて、ここに投稿する様なSSを
書いて無かっただけで。

こんなの http://member.nifty.ne.jp/moratorian/book/index.htm やってたりしました。

……いない間にDOMさん復活だし、LF(98)は終わったし
What'sマルチュウ?は完結するし(汗)

 ……自分の事なんか、きっと皆さんお忘れでしょう(爆)

では、感想(目に泊まった物のみ)

鬼狼伝 vladさん
 ……ふっふっふ、ほ〜ら、やっぱり。60じゃ終わんなかったでしょう?
 このまま100話まで

The Days of Multi <番外/時空編> DOMさん
 始まりましたね〜 番外。楽しみですけど。
 綾香編も楽しませて貰いました。

たとえばこんな休日 柄打さん
 なる。芹香の時も思いましたけど、これぞ、「雅史」って感じですね。
 ちょっとストーカー入ってる綾香もいい感じ。

ToHeart if「Alive」 他、多数 ARMさん
 ここ最近の執筆ペースには驚かされます。
 これからも良作を書き続けてくださいませ。

『THE FAN』他多数 久々野 彰さん
 その節はお世話に成りました。
 ……相変わらず、有りそうな話で、楽しませて貰ってます。
 しかし、ホントに最近WAって書かれないですね。皆さん。



タイトル 決して忘れられない人
ジャンル 東鳩/志保/シリアス
コメント いつもの様にいる二人

まさた館長さま
以前書いた「LF ヒロイン決定大会」は残さないで下さいませ。
http://www.ne.jp/asahi/miki/be-yourself/