願い 6 投稿者:未樹 祥
「ごめんな、黙ってて」
「留学する奴なんか忘れたる」





「願い 6」






 夕方、来栖川家。今日綾香は久しぶりに葵の所へ行って練習して来た帰り。
浩之と会えなかったのが及第点だが、機嫌はよい。その証拠に鼻歌を歌っている。

「ただいま〜」
「お帰りなさいませ。綾香お嬢様」
「そんな大層に迎えなくっていいっていつも言ってるでしょう?」

 綾香の視線の先には来栖川家の執事・メイド(及びHM)がずらりと並んでいる。
きっと長瀬が手配したんだろう。

「ですが、お嬢様をお迎えするとなると」
「はいはい、長瀬もしつこいわねえ。で、変わった事はある?」
「先程からお客様がお待ちでございます」
「客?」

 綾香はその秀麗な眉を眉間に寄せた。寺女の友人関係が来るという予定は無し。
葵はさっきまで一緒だったし、坂下って訳はないわね。となるとまた家がらみの来客――
見合いした相手とか――が勝手に来たのだろうか?

「はい、保科智子様でございます」

 恭しく接する長瀬。

「彼女が? 今何処に居るの?」
「いつもの応接室におられます」


――・・――・・――・・――・・――・・――


「あらあら」
「はぁ〜い。お先に始めさせてもらってま〜す」

 そう言ってうちは持ち込んだビールを差し上げた。綾香さんはちょっとあわてた感じで。

「ちょっと、部屋で酒盛り始められる身にもなってくれる?」
「はは、ちょっと景気づけで」
「景気づけって何も床に座り込んで……ほら、立って」

 そう言いながらうちを起こそうとする綾香さん。

「あのね、あのね、うち、司法試験に受かる」

 綾香さんに引き起こされ彼女の目を見ながらまっすぐに言うた。

「……今、『受かる』って言ったのかしら? 『受ける』じゃなく」

 さすがに綾香さんもきょとんとしている。

「そうや。それから税理士etc etc。事務処理のエキスパートになってやるの。だって身
近に弁護士がいて困る人はいないやろ?」

 無言の返事。でも気にしない。

「あんたの言う通りや。確かにうちでは浩之と一緒に強くなることも引っ張り上げること
もでけへん。でも一緒に歩むことはできる。うちはあいつの片腕になりたいの!」

 そう、うちはうちや。他の誰でもない。うちの一歩前にあいつがいればそれでええ――

「よかった。それでこそ保科智子ね」
「え?」
「だって男に合わせてるのって顔して実は男に依存してるタイプかとおもっちゃったか
ら」

 う、そうだったかも。
 綾香さんはやれやれといった感じだけど柔らかく微笑むと、

「でも浩之は大変よ〜。あいつ女を引き寄せる磁力みたいなのを持ってるし。またそれを
自覚してないってのが最低ね」
「ふふ、そやな」
「ね、智子、飲み直さない? 色々話したいの」
「おう、どんといこ〜」


――・・――・・――・・――・・――・・――


「……」
 綾香、あんなこと言ってますけど?
「まったく」

 来栖川家の沢山ある応接室の一つ。芹香と浩之が居る部屋。
 今日も書類の山と格闘しに浩之は来たのだが……
 普通とは違うのは隣の部屋で綾香と智子が宴会を開いているという一点。
 完全防音設計なのであれぐらいでは音は漏れてこないはずだが、芹香の魔術の前では無
力だった。


――・・――・・――・・――・・――・・――


「いや〜、女同士の酒宴。凄いもん聞かせてもらったわ。小一時間」
[……」
 凄かったです。

 浩之は正直、女への恐怖を感じたという。芹香ですら、恐れいってる感じがするのだか
ら。

「なによ〜、居るって解ってたらやらなかったわよ。入ってきたらよかったのに。」
「入っていけるか。恐ろしい。何言われるか解ったもんじゃねえ」

 物凄い酒宴だった。ほとんど浩之の悪口だったが。女こましだの目つきが悪いだの女の
敵だの。その結果保科智子丸撃沈。現在ソファにて爆睡中。
 同じぐらい綾香も飲んだはずだが、こっちはほろ酔いって感じ。
 そして現在は芹香がいれた紅茶を3人で飲んでいる訳だ。

「……でも留学の話、話してもらえなかったの随分溜まっていたみたいね。ずいぶんそっ
ちのこと愚痴ってたし」
「……そうだな。そろそろお暇するよ」
「……」
 智子さんが寝てます。もうしばらく居たら?
「そうもいかないって。先輩」

 浩之は芹香に手を振って断る。

「じゃ、長瀬に送らせるわ」
「いや、いい。歩いて帰るよ」


――・・――・・――・・――・・――・・――


 ユサユサ

 揺れてる。なに? どうしたの?
頭がはっきりしない。えっと、綾香さんの所に行って、それから酒宴になって、
それからどうしたんやろ? 上下にゆっくり動いてるみたいやけど……

 え? ちょ、ちょ、ちょいまち!

「お、起きたか、智子」

 うちは普段より視線が高うなってる。ふふ、いい気分。って、ちゃうやろ、おい。
なんで浩之の背中におんぶされてるんや?

「ひ、浩之、おろして〜な〜」
「あ、おい、暴れるなよ」

 浩之はしっかり捕まえて降ろそうとしない。こうなったら強情。――広い背中。ドキリ
とする。

「浩之、留学するんやってな」
「ああ。……ごめんな、黙ってて」
「知らん。そんな薄情な奴」

 うちは首筋に手を回して―首を絞めてやった。

「ともこ」
「往生せい!」
「ぐるちい……」
「ふんだ!」


「どれくらい行くん?」
「……4年くらい……かな?」
「4年か……永いね」
「そうだな」

 浩之の肩に手を置いて背筋を伸ばした。……星が綺麗やな〜。

「あ、馬鹿、後ろに重心移すな」

 ええやん。ちょっとぐらい。




「うちな、大学行ったら眼鏡やめるんや。コンタクトにするんや」
「……いいんじゃない?」
「おさげも止めるんや。ふふ、そんでコンパとかにも行きまくるんや」
「智子美人だからな〜」
「そうや。いろんな男と知り合うんや。もてまくったる」
「……」

 ギューと身体を(特に胸を)浩之に押しつけてやる。耳まで赤くなってる浩之。たぶん
うちも真っ赤やと思う。あまい、甘えた声で耳打ち。






「こんないい女をほったらかして留学する奴なんか忘れたる」

















 浩之の首筋に強く抱きついて、

「……4年以上待たんからね」
「おう」





 ――泣いてなんかいない――






――・・――・・――・・――・・――・・――


 時は巡り、空港。出発ロビー

「うう、浩之ちゃん」
「まさかヒロがね〜」
「……」
 がんばってきてください
「先輩、手紙書きますからね!」

 あかり、志保、芹香さん、松原さん。みんな口々に浩之と話してる。

「浩之ちゃん、生水飲んだら駄目だよ、ね」
「大丈夫だって、バックには来栖川がいるんだぜ」
「……」
 まかせておいてください。向こうでの生活は来栖川が保証します。



 結局、浩之は来栖川家に対して婚約者候補から外して貰う様に言った。

――自分は他に好きな人がいます。これで留学の話が流れてもかまいません――と。

 だが、その才能を他に失うことは出来ず、留学話も流れることなく今に至った。



「さてと、それじゃぁ、お邪魔虫はさっさと行くことにしますか。さ、行こ。あかり」
「あ、うん。じゃ、またね、浩之ちゃん」
「……」
「先輩、また」

 そう言ってさって行くみんな。

「じゃ、またな」

 そして後に残ったのは。

「――まったく、露骨な気の回し方やな」
「そうだな」

 浩之と二人。あかん、なんか気にしてまう。

「なんだよ、そんな顔するなよ。ほら」

 差し出されるハンカチ。泣いてる? うち。

「……ありがと」
「旅立つ前に珍しいもの、見せてもらったな〜。鬼の撹乱?」
「なんやと?」
「……笑った顔、見せてくれよ」

 いつに無い、真剣な顔。
 笑えるか? ――いや、笑って送ったらなあかん。

「……いっといで。元気でな」

 笑えてるかな? うち。

「いってくる」
「あ」

 こいつ、なにしよる。
 浩之はうちの唇を奪っていきよった。

「あほ、ボケ、カス! さっさと行ってこい!!」
「それじゃ、な!」

 そう言うのが精一杯だった。――浩之も照れ隠しだったんだろう。



――・・――・・――・・――・・――・・――


「浩之ちゃん、いっちゃったね」
「そやね」

 屋上。浩之が乗った飛行機はどんどん小さくなって行く。

「さて、と。志保、戻るで」
「へ? 戻ってどうするの?」

 うちはへへへと笑うと、

「決まってる。志保の英語の特訓や。ほら、行くで!」
「ちょ、ちょっと!」



――・・――・・――・・――・・――・・――





 数年経った。







「ただいま〜」
「パパ〜。お帰りなさ〜い」

 飛びついてくる娘。今年5歳になる香緒里。きっとこの子は将来妻と同様に長髪の似合
う可愛い女の子に育つだろう。――男関係が心配ではあるが。

「香緒里、良い子にしてたか?」
「うん。香緒里良い子にしてたよ!」
「そうかそうか」
「うん!」
「あなた、お帰りなさい」

 妻が――最愛の――出迎えてくれた。

「ただいま」


――・・――・・――・・――・・――・・――
 やっと終わりました。

タイトル 願い(6)
ジャンル TH/シリアス/智子
コメント 智子の進む将来とは?

感想・レス

『もしも・・・』 久々野 彰様
 レミィ……かなぁ、こういう退廃的な浩之と似合うのは……
以外と芹香とかだと……逆に恐怖の大魔王ぐらい呼び出してるか。
 えっと、セリオですけど……う〜ん、あんまりLメモって読んで
ないんですよね、元々。どうも蔵書の投稿順番とかわかりにくい関係
とかあって。確かにそういう差があるやも。パラレルということで。

LF98(33)貸借天
 ふっふっふ、やっと終わりました。
これも終わるんですね。もうちょっと。頑張ってください。
しかし、精気(ジン)がいっぱいの浩之……これがドラ・ナイトで
なくて良かったね。そうだったら……

ノース&ウェスト takataka様
 委員長が……やっぱりこういう色物なのかな? ま、本家での扱いも
よく考えたら色物ですが。(おさげに眼鏡に縛りに……)