願い(5) 投稿者:未樹 祥
「気づいたの。何をしてたんだろうって」
「そうよ、今ごろ気づいた訳?」



『願い 5』





「藤田殿、これが必要書類一式です」
「こんなにあるのか?」

 セバスチャンが机の上に書類の束をデンと置いた。

「はい、こちらが入学案内関係。これが宿舎関係。そして……」

 場所は来栖川家応接室の一つ。主に姉妹関係の来客時に使用される。
浩之は来栖川芹香に呼ばれてやって来たが、待っていたのは書類の束。
それをセバスチャンから説明を受けている。
そんな浩之を芹香は紅茶を飲みながら見守っている。

「藤田殿、そこは違いますぞ」
「え、嘘?」
「……」
 がんばってください。浩之さん
「先輩、手伝って」
「渇〜〜!! 芹香お嬢様のお手を煩わすなど以ての外!」
「…………」
 直筆で書く物です。がんばってください。


「姉さん、いる?」

 綾香はドアをノックもせずに入って来た。

「……」
 なんですか、ノックもせずに
「あはは、いいじゃない。あ、浩之、居たの?」
「なんだよ? 居たら悪いのか?」
「別に。居るとは思わなかったから。あ、長瀬、私にも紅茶ちょうだい」
「かしこまりました。綾香お嬢様」

 セバスチャンはティーポットを抱え部屋をでていく。……その体格の所為で滑稽な感じがするが。

「所で浩之」

 綾香の言葉に何か含む物が感じられる。それを敏感に感じ取った芹香が二人をじっと見ている。

「保科さんにはちゃんと言ったの? 留学の話」

 浩之は綾香の言葉と視線から目をそらし、

「まだ」
「でも浩之、保科さん知ってたわよ? どうするの?」
「あちゃ〜、志保辺りからばれちまったかな。……もう少し知られたくは無かったんだけどな」

 頭を抱える浩之。
 そんな浩之の頭を芹香は優しくなでる。

「……」
 どうしてですか
「あいつの事だ。自分も留学するって言い出しかねないし、それだけの力も有る。
でもこれ以上あいつの家庭をバラバラにしたくないんだよ」

 浩之の独白。しかし綾香は容赦しない。

「それ、他人の欺瞞じゃない? 浩之が心配する事じゃないし、彼女の心を無視してるわ」

 先程自分が彼女に言った言葉を無視し、綾香は浩之を凝視している。

「それに私、全てバラしちゃた」
「全てって?」
「浩之が来栖川の援助を受けてることとどうして援助されるのかを含めて」

 そういって綾香は軽く舌をだす。

「あちゃ〜」

 浩之は頭の後ろで腕を組み天井―見事なシャンデリアが釣ってある―を見上げた。


―・―・―・―・―・―

 トルルル トルルル…………

 電話に誰も出ない。何処に行ったんや? 浩之……

「はあ」

 ため息。うちは電話を切るとベッドに倒れこんだ。

「どうしたらいいんやろ。浩之……」

 ベッドサイドに置いてある写真立のなかの浩之とうちは満面の笑みで笑って居るのに。
うちの心の中は、荒れ狂っていた。

―理性では解ってる。でも、心が、身体が欲しがってる。―
声が聞きたい。 「違うよ」 そう言って欲しい。
頬が冷たい―涙?―

 あかん、それじゃあ綾香さんにはかなわへん。
『自分』を見つけないと。
『浩之といっしょに居る』じゃなく、『浩之とどうしたいのか』

「はは」

 笑えてくる。心が、身体が泣いているのに頭が、理性が次を考えている。
―正直、ここまで働く頭が不思議やった。

―去年と違った―


―・―・―・―・―・―


「智子発見! 志保ちゃんパ〜ンチ!」

 ポスン

「……どうして避けないの?」
「……あ、志保」
「はい、購買のパンその他一式。どうせお昼まだなんでしょ?
……あんた、今朝からおかしいよ。志保ちゃんに話して見なさい」


「ふ〜ん、それで智子、どうする訳?」
「それを考えてるんや」

 屋上。昼の一時。志保とのやり取り。気持ちいい風が吹いている。

「浩之とは話したの?」
「……ううん、まだや。電話はしたんやけど、留守やったみたい」
「あいつ、何やってるのよ」

 クシャリ

 そう言って志保は飲みおわった紙パックを握り潰した。

「その上今日は休み。まったく、彼女が困ってるって言うのに」
「でも正直、助かった思うてる。いま逢うたら何言うかわからへん」
「はぁ〜。重傷ね」

 志保は溜め息をついた。

「いまさら気づいたの。何をしてたんだろうって」
「え?」

 志保が驚いてこっちを見る。でもよく見えなかった。

「何に誇りやプライドを持っていたんや?。1602年インド会社設立?
sin(A+B)=sinAcosB+cosAsinB? 微分? 積分? そんなの、そんなの
出来たって、生活には役にたたん!」
「そうよ、役にはたたないわ。保科智子ともあろう人が今ごろ気づいた訳?」

 呆れた声。

「そんなにはっきり言わんでもいいやん」
「母さん、中卒だもん。恐らく微積なんてその存在すら知らないと思う。
でも生きて行くのに困ってないし」


 うちは疑問を投げかけた。

「志保は将来どうしたいんや?」
「なによ急に? 将来?」
「そ、将来」

 志保はう〜んと頭を掻きながら、ぽつりと

「……いわなきゃいけない?」
「聞かせてほしい」
「ジャーナリスト。それもできれば国際的な」

 みると恥ずかしいのだろう、頬が桜色になってる。
でも、その瞳はしっかりと前を見つめていた。

「じゃ、もうちょっと英語がんばらへんとね。」
「話したんだから協力してよね!」
「さあ〜、なんのことかしら〜」

 志保のまねをしてやる。ふふ、悔しがってる。
でも、ちゃんと先の事を考えてる。自立している志保。
自立。うちが出来ること――なにが有る?

「智子、あんたはどうするの?」
「……よくわからへん。……決めていいよ」
「大学行って勉強するんじゃなかったの? 勉強好きなんでしょ?」
「ええ好きや。パズルとかしてるし。でも出来たって一人の男を引きとめられへん。」
「ねえ、智子、あんたヒロの為に勉強して来た訳? 違うでしょう?
それじゃあ勉強できなかったらヒロの所為になるし、そんなのいやでしょ。
確かにここでの勉強は役に立たないかもしれない。でもその頭は残る。
その回転の早い思考と豊かな語源は日々の修練の賜物でしょう?
この頭の中はもう何処にいっても十分勝負できる素養ができてると思うけど?」

 そう言って志保は私頭をポンポンと叩いた。ふふ、なんかいい感じ。

「ねえ、智子、急にどうしちゃったの? 黙りこんでさ?」
「あ、うん、志保、うち帰るわ」

 パン袋を片づける。志保はうちがそんなこと言い出すとは
思わなかった―そらそうやろ。うちも驚いてる―みたいで驚愕している。
うちは志保をほったらかして階段への出入り口へ向かった。

「ほな、な」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 午後の授業どうするつもりよ!」

 背中に志保の声が掛るけどうちは右手を振って

「代返たのむわ」
「無理よ! 委員長が居ないと解るって! 智子!」
「ほなな」


――――――――――
うう、すいません。まだ続きます。
明らかに構成ミス。次回こそ最後。(早く仕上げよう)

感想です。

邂逅(1) R/Dさま
 さて、痕。ラブロマンスということで楽しみです。

東鳩の悪魔 島津さま
 あまり無いタイプだったので新鮮でした。
 >本来の役割を変えるのであれば……
 二次小説はいかにそのキャラを生かしつつオリジナリティを出すかが勝負だと思っています。
 そういう結果であれば足壊されようが頭かち割られようが廃人になろうが
 「良いものは良い」
 と思います。気に入らないんだったらそういうの自分で書けば? と思ってしまいますから。

stay heart 折笠美冬さま
 えっと、初めまして? かな 未樹 祥です。よろしく。

LF98(31) 貸借天さま
 すみません。また続きます。
 どうも物語が収束に向かっていますね。弥生さんお強い。
 (最近弥生萌えの祥でした)


タイトル 願い(5)
ジャンル TH/シリアス/智子 
コメント 将来とは?

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