このSSは『旅情−始まり−』『旅情−初日−』より続いています。 先にそちらを読まれることをお勧めします。 (再度「改定」しましたが、基本的に内容は同じです) −−−−−−−−−− 「−どうしました? もっと落ち付いてください−」 クリスはこう言うが、落ち付けってのは無理な相談だ。 いま、俺は『タキシード』なんていう着慣れないものを着ているしな。 みっともないとは解っているんだが、檻の中の動物のように 落ち付かずに往ったり来たりしている。 「−花嫁の入場です−」 クリスが指し示す方をみると、そこには白い− 真っ白なウエディングドレスを着た志保が入場してきた。 『旅情−結婚〜初夜−』 な、なんで鼓動が早くなるんだ? 「し、志保…」 くそう、なんて声を出すんだ。 「…ねえ、ヒロ、似合ってるかな?」 「…あ、ああ」 情けねえ。声が掠れてやがる。 「どうせ馬子にも衣装とか思ってるんでしょ」 「…いや、綺麗だよ。志保」 いけねえ、思った事がそのまんま出ちまった。 「…ありがと…」 赤くなり、俯いて返事をする志保。…かわいいじゃねえか。 「−では、こちらへ−」 クリスの先導で歩き出す二人。そっと肘を出すとすっとつかんでくる志保。 メインホールの大扉の前。 観音開きに音もなく開く扉。 まっすぐなバージンロード。 両脇にはこの挙式を見守る人達。 そして俺達はバージンロードを歩きだした。 バージンロード? そんな生半可なものじゃねえ。 この教会での『最初の挙式』だそうだ。そう、あのステンドグラスも。何もかも 『バージン』なんだ。 …いけね。親父くさくなっちまった。 しかし、志保の奴もこうしてみると… と、こうしてる間に牧師の前まできてしまった。 「汝、長岡志保は悩めるときも健やかなるときも藤田浩之を生涯の伴侶と認めますか?」 「…はい…」 「汝、藤田浩之は悩めるときも健やかなるときも長岡志保を生涯の伴侶と認めますか?」 「…はい…」 いつもの神文を読み上げる牧師。俺はろくに聞いていなかった。 この後のことと隣の志保のことが気になってしかたがなかったのだ。 正直、さっきからちらちらと隣をうかがっているんだ。 「では、誓いのキスを…」 牧師の言葉に隣−志保−へと向く。 −奇麗だ− 志保の奴はほんのり顔を赤らめていてこっちを見てる。 俺がじっとその瞳を見ると、そっと、目を閉じる。 そんな志保に俺はどきどきしながら頬にそっと手をやり、心持ち上を向かせると そっとその顔に近づいて、唇にふれた… 「きゃー、さすがスィート。広いわ〜」 部屋に入るなり騒ぎだす志保。あっという間に部屋を横切り、 ベランダに出て行く。 「ねえねえ、ヒロ、眺めもいいわよ。目の前が海でさぁ。綺麗な夕日よ 感謝しなさい。こんな所に泊れるんだから」 「…重い。おい、志保、なんでこんなに重いんだ?」 志保の荷物−トランク一つだがーを部屋に入れると、やっと一息つける。 まったく、女の荷物ってこんなにいるのか? さっきまで慣れない事なんかしていたし…疲れた。 「まったく、ヒロ、情けないわねえ。運動不足なんじゃない?」 「うるさい」 もはや志保にかまってやる元気すらなく、ソファにグテーと伸びる。 ああ、気持ち良い… 「ほら、ヒロ、そんなところで寝ないで、御飯にいくわよ」 「…そうだな。こんな所で寝ている場合じゃないな」 「ほら、早く早く」 コンコン 「はあい」 志保がドアを開けるとそこにはクリスがいた。 「−藤田さま、ご夕食の用意が整いましたので−」 「ほら、ヒロ、さっさと用意して」 「ああ」 「−明日からの予定は最終日まで終日フリーとなっておりますので、 ご自由にお楽しみください。また、なにか有りましたら、フロント、 もしくはこちらまでご連絡下さい。すぐに対応致しますので−」 「解りました」 「−では、私はこれで失礼します−」 オプションツアーと周辺の観光mapを渡すとクリスはそういって去って行った。 「さてと、志保、何食べようか?」 「南国に来たのよ。『ロブスターとフルーツ盛り合わせ』に きまってるじゃな〜い」 「はいはい」 「しかし、志保、あれは無いぞ」 「ん、にゃんのこと?」 モグモグ 「いいから、志保、口の中に物を入れながらしゃべるな」 モグモグ、ゴックン 「なんのことよ」 「結婚式だよ、結婚式」 「あれ、パンフレットみせなかったけ?」 「見たの、今日だ。今日。当日は無いぞ」 「あれ、そうだったっけ?」 志保はあらぬ方向をみている。まったく、こいつには困ったものだ。 式の前、志保とクリスが話してくれた内容はこうだ。 「−実はこの教会、今日がリニューアルなんです。先日、内装を改造しまして−」 「でなにか目玉が無いかって探してた所で今回の懸賞。さすが来栖川ってとこね」 「−もともと旅行とは別だったんですけども、たまたま企画の内容とあいまして、 御当選3組の内、まだ挙式をあげてらっしゃらないのは藤田様の所だけでして−」 「そこで今回の教会のお披露目を兼ねた挙式となった訳」 ほら、と志保が差し出すパンフレット。 「−事前連絡ではご了解されたはずですが?−」 「…ははは…」 俺は志保を軽く睨んだが−志保には効いていない− 「しかし、こんなんでいいのか? 俺達、『予定』だろ? しかも『偽装』」 「いいのよ。ウエディングドレスは女の子の永遠の憧れなんだから」 「あ、誰が女の子だって?」 「なんだと? この〜」 「おや、藤田さん」 ん、誰だっけ? あ、川名夫妻じゃないか。 「川名さんじゃないですか。あれ、川名さんもこのホテルなんですか?」 「奇遇ですね」 志保を見ると振り上げた手を引っ込めてニコニコ笑ってる。 げ、化粧もせずに化けやがった。う〜ん、お見事。…猫かぶり… そして当たり障りの無いことを談話しながら食事が進んだところで 「いやあ、立派な結婚式でしたね」 「ほんと、綺麗なドレスでしたし」 いきなりそう川名夫妻が言い出すもんだから噴出してしまった。 「…見たんですか?」 「ええ、出席させてもらいましたよ」 気が付かなかった。志保の奴も赤くなってるし 「ほんと、やっぱり純白のドレスは良いですわ。もう1度着たくなっちゃいます」 きっと自分達の時を思い出しているんだろう。川名婦人が夢ごこちでそう言う。 「おいおい、1度で十分だろ」 「あら、何度でも着てみたいものよ」 ・ ・ 「ふう、食った食った」 「ほんと、よくたべたわねえ」 ドサァ。 俺はソファに座りこみ、くつろごうとしたが、志保の声で邪魔されてしまった。 「あ〜〜! ちょちょっと、ヒロ、こっちに来て」 志保が寝室より呼んでいる。 「嫌だ。動きたくない」 「いいからさっさと来る!」 「なんだよ」 「ほら、見てよ」 広い寝室。俺の部屋の倍は確実にあるな。 そして志保が指し示すその先にはベットがあった。 ただし、『ダブルベッド』が。 「あちゃぁ、やっぱりダブルか」 さて、どうしたもんかなって思っていると、 「ねえ、ヒロ」 志保の甘い声。こころなし瞳がうるんでいるようだ。が、 「ねえ、ヒロ、…しよっか?」 「…ああ」 俺は志保に手をさしのばした… 「…しまった…」 「ほほほ、勝負の世界は非情なのよ。よかったわね〜。ここのソファ、気持ち良さそうよ」 なんでパーをだしてしまったんだろう? 「このタオルケット、使うぞ」 「ヒロ」 「なんだ?」 「おそっちゃいやよん」 「するか!」 南国の夜はこうして深けていった… −−−−−−−−−− 改定について 久々野さんの御指摘を受け、神父−牧師を交換。 まさた館長さま。これを正式版として登録してください