マルチは不思議そうな表情で顔を上げました。 すると天使はにっこりと微笑みました。 マルチもつられて微笑みましたが、何故自分が微笑んだのはわかりませんでした。 第二章「記憶と記録についての天使の考察。 空の孤島と少女。本当にいいたいこと。 ―――――あれ? どこへいっちゃったの?――――― ――――捨てたよ? だって壊れちゃったもの――――」 「これは……なんなのでしょう?」 マルチは不思議そうな表情のまま、感想を口に出しました。 「多分、誰かの記憶じゃないかな? 色といい、艶といい、匂いといい、昔、見たことがあるから」 天使はいたずらっぽい表情でそう言ったあと、くすくす笑い出しました。 「記憶? 記憶ってしまっておけるものなんですか?」 マルチが言います。 「出来るさ。 君は物事や出来事を記録し、別に保存して残しておくことが出来るだろ。 記憶だって残しておけるさ。 それを棚にしまっておいて、あとで眺めるのも自由だろう?」 天使が答えます。 「そうなんですか? 私にはよく分かりません……」 マルチは言います。 「別に分からなくたっていいさ。君は機械仕掛けの人形なんだから」 天使はいじわるな表情で答えました。 「そうですけど……」 ぼそりとつぶやくと、なんだか胸の辺りが痛んだ気がして俯きました。 天使はくすくすと笑いながら湖のほうを眺めています。 時々いじわるで水飛沫を投げてくる湖をからかうように身体をひねっています。 マルチは相変わらず俯いたまま、じっとしています。 つぎはぎだらけの空からかすれたような歌声が響いてきました。 空の孤島にある籠の中の少女が歌う唄はいつもかなしげに聞こえます。 「……あの……」 しばらくした後、マルチは顔を上げて言いました。 「ん? なんだい?」 天使は相変わらず湖をからかっています。 「記憶と記録ってどう違うんですか?」 マルチはそう尋ねました。 本当に疑問に思ったことはそんなことじゃないのに。 「何も違わないさ」 天使はそんな心中を見透かすように、おどけた口調で答えます。 「目で見て、耳で聞いて、肌で感じて。 それらを何かに残しておく。 残しておくものが心なら記憶と呼ばれるし、紙やなんかに保存しておけば記録と呼ばれる。 それだけさ」 「そう……なんですか……」 マルチはうなづきました。 天使は物知りだと聞いていましたが、それは本当のようです。 ひょっとして知りたいことも聞けるかもしれない。 「あの、私にも記憶することって出来るんでしょうか?」 マルチは次々に疑問を天使に投げかけます。 それも違うよ? 「そうだね……君が記憶したいと思えば出来るんじゃないかな?」 天使はどうでもいいことのように答えました。 湖が投げてきた水飛沫を投げ返すことのほうに夢中になっているようです。 「そういうものなんですか……」 マルチはがっかりしたようにまた俯いてしまいました。 もしも望む答えをくれたなら、聞いてみようと思っていたからでしょう。 本当に答えが欲しかった問いを。 空の隙間から孤島がこそこそと顔を覗かせています。 そして役目の終わった少女を星にして飛ばし、また顔を隠しました。 しかし目だけはぎょろりと地面を眺めています。 次の役目をどの少女にさせるか、物色しているのでしょう。 星になった少女がきらきらと輝いています。 辺りには昔、星になった少女達が新しい仲間を歓迎しています。 「次の箱を開けないのかい?」 天使はにやにやと笑いながら言いました。 「え? あ、はい」 マルチはびっくりしたように顔をあげ、あたあたと箱に手を伸ばして聞きました。 「これでいいですか?」 「それは君が決めるんだよ」 天使は言いました。 さっきまでとは違った表情で。 「あ……はい」 そして、マルチは一つの箱に手を伸ばしました。 <続く> -------------------------------------------------------------------------------- ども、水野 響です。 さて、次のお話へ〜〜(すでにふっ切れてます(笑)) 『箱』の中の少女は誰にしよっかな……