SS「『箱』の中」・一つ目の箱 投稿者:水野 響






                ゆっくりと箱が開きました。









                一つ目の箱       「再会の花」










        今年も、もう秋になりました。

        肌寒い秋風に吹かれていると、あの頃を思い出します。

        そうそう浩之ちゃん、風邪には気をつけてね?

        なんて、もう私が心配する必要はないのかな……

        でも一人でいると時々寂しくなるんだ。

        もうあの頃みたいにはなれないって分かってるのにね……

        こんなこと言うとまた叩かれちゃうかな?

        それとも照れたようにまたそっぽを向くのかな?

        これじゃ藤田浩之研究家として失格だよね。

        そんなことを思い、くすっと笑ってから私は家に帰りました。

        今日は久しぶりにアルバムでも見てみようかな……




                朝焼けと一緒に細い小道の灯りが消えました。

                今日も貴方の匂いのする風を捜していました。

                でも、やっぱり見つかりません。

                貴方以外に、あの気持ちをくれる人はいないみたいです。

                ……本当はわかってたのにね……






        写真を一枚一枚眺めていると、いろいろな思い出が鮮明に思い浮かびました。

        すぐにぶっきらぼうな言葉で離れて行ってしまうけど、最後には戻って来てくれた浩之ちゃん。

        あの時もいつものように、優しい言葉をかけて離れていったよね。

        私の寂しい気持ちも貴方は知らずに……

        でもね……信じていたんだよ?

        きっと戻って来てくれるって。

        貴方が泣いてくれる場所は、私のところだって……

        少しうぬぼれてたのかな?

        泣きたいなら私の前で泣いて欲しかった。

        でも、別の人の胸で泣いたんだね。

        それを知った時、すごく悲しかったんだ。

      「もっと素直になれたらよかったな」

        そう口にして、私は久しぶりに泣きました。

        こんなに泣いたのはあの時以来だろうなって思いながら……






                朝靄の中で、座り込んでぼんやりしていました。

                やっぱり私は、忘れることが出来ないみたいです。

                貴方がくれたあの言葉。

                どこに行ったら見つかりますか?






        何時の間にか眠っていたみたいです。

        目をこすりながら起きると雨の音が聞こえました。

        雨が降ってきちゃったんだ……

        そう思い、ふと目を移すと曇ったガラスに貴方の顔が写った気がしました。

        昔、私に向かって笑いかけてくれたあの笑顔が。

        色鮮やかに、とっても懐かしい思い出と一緒に、私を染めていきました。

        うん、そうだよね。

        私はガラスに映った浩之ちゃんに笑いかけます。

        これで最後にするからね。

        そう呟いてアルバムを押し入れにしまいました。

        二人きりで写った、一番幸せだった頃の写真だけを抜き取って。






                溢れ出しそうなこの想い。

                言えなかった私が悪かったんだけど。

                でも、本当に好きだったんだ。

                ずっと、そばにいて欲しかったんだ……






        夢を見ました。

        見ている時も、それが夢だと分かりました。

        貴方と一緒に笑いあっている夢です。

        そこで私は一輪の花を貴方にあげました。

        この花の意味、知ってるのか?

        貴方は不思議そうに言いました。

        私が首を横にふると、貴方は軽く叩きました。

        ちょっと痛かったので涙目になっていると、仕方なさそうに教えてくれました。

        これはな、『もう一度、会えますように』っていう願いの花なんだ。

        貴方はいつもみたいに少しだけ偉そうに言いました。

        私は感心しながら花の名前を聞くと、笑いながら教えてくれました。

        もし目が覚めたら、その花を貴方に送ろうと思います。

        そんな私の願いが伝わって欲しいから。








                        貴方の腕に

                        私が送った

                        再会の花が

                        届きますように……














                箱はゆっくりと閉じました。






                         <続く>






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  水野 響です。

「箱」の分岐、というかなんというか……
  まあ、外伝のような本編です(汗)

「箱」の続きでもあるし、独立した一つの話でもある……って、ああ、ややこしい(爆)

「箱」の一章と二章の間の作品としてカウントしてもらえればいいです(笑)

  次はマルチに視点を戻します。