SS「箱」 序章 投稿者:水野 響



  あるところに少女がいます。

  名前を、マルチといいます。
  マルチは機械の身体と人間の心を持った少女です。





  このお話はマルチが見た夢。

  いえ、現実だったのでしょうか?

  そして現在の世界は、夢なのでしょうか?  現実なのでしょうか?

  ……きっと、誰かが判断してくれるでしょうね。

  では、始めましょうか?







	序章:「機械仕掛けの身体を持つ少女が受け取ったラベンダーの香りのバスケット

                夜空と星が口論したあとの天使との出会い





                ――――――あれ、歌声が落ちてるよ?――――――

                ――――うん。持ち主に届けてあげないとね――――」








  紙で作った貼り絵の木々が揺れていました。
  そして、暗闇がマルチの頬を赤く染めています。

  楽しそうな歌声を辺りにばらまきながらマルチは歩いていました。
  空も一緒に少しだけ悲しそうに歌っています。
  夜の空は、いつも悲しい歌しか歌わないのです。
  でもマルチは楽しそうに歌いました。
  相手にしていたら、自分まで暗くなってしまいます。



  しばらく歩いていると、闇が今日も語り掛けてきました。

「わたしの苦しみがどれほどのものか、お前に分かるのかい?」

  闇はとても物覚えが悪いのです。
  マルチは何度目答えたのか思い出せないほどの台詞を返しました。

「わたしは機械人形なんです。だから闇の気持ちはわかりません」

  納得したのか、もう声をかけてきませんでした。
  闇は物分かりだけはいつもいいのです。




  マルチはラベンダーの香りのバスケットを手に持っています。
  バスケットはリボンで固く結ばれていて、決してほどけないようになっていました。
  ぐるぐるに巻き付けられたリボンは、まるで包帯のようにも見えます。

  でも、マルチは中に何が入っているのか、知らされてはいません。

「これを届けて欲しいんだ。
  でもバスケットの中を見ては駄目だよ」
  マルチを作った男はそう言って渡したバスケットです。

  マルチは少しだけ気になって中身はなんなのか聞きましたが、教えてくれませんでした。
  でもマルチはいい子なので、きちんと言いつけを守って決して開けようとはしません。



  しばらく歩いてから気がつきました。

  夜空が星と口論しています。
  夜空と星が別れてしまったら、辺りが真っ暗になってしまいます。
  月は怠け者なので、星が見張っていないと光るのを止めてしまうのです。

  夜空と星が口論して別れて花園に運勢を占ってもらって仲直りする。
  いつものことですが、今のマルチには少し困ることです。

  あたりが真っ暗になったら、やしの実達が暴れ出すのです。
  やしの実達はいたずら好きなので、きっとマルチを困らせるでしょう。

  やしの実達がバスケットを盗んでしまうかもしれません。
  貼り絵の木々の移動させて、道をぐちゃぐちゃにしてしまうかもしれません。




  マルチは少しだけ急ぐことにしました。




「そこのお嬢さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
  突然マルチを呼び止める声がしました。

  振り向くとそこには天使がいました。
  綺麗な白い翼を一対と、小さな灰色の翼を3対持った天使です。
  天使は湖のほとりに座り込んでいます。

「太陽がどこにあるのか知りませんか?」
  天使はそう言いました。

  マルチは少しだけ考えた後、空を指差しました。

「空にはもう太陽はないんだよ?」
  天使は首をふって残念そうにいいました。

  もし天使の言うことが本当なら、大変なことになります。
  太陽がでないと月は休めずにいつかは死んでしまうからです。

「あの、もうすぐ、星がどこかへいっちゃいますよ?」
  マルチは太陽のことも気になりましたが、天使にそう言いました。

  夜の湖もとても危険なのです。
  湖に大きな口で食べられてしまうかもしれません。
  星が口論していなくなっていたら確実に食べられてしまいます。
  ぱくぱくぱくぱく。
  マルチは湖に食べられる自分を想像して、恐くなりました。

「ああ、そうだね。うん。じゃあ、ここで話をしようか」
  天使は勝手に納得してしまいます。
  本当に危険なのに……


「わかりました。お話を聞きます」
  マルチはため息をついたあと、天使のお話を聞くことにしました。
  バスケットを届けるのは少しくらい遅くなってもいいでしょう。
  特に急ぐようには言われていません。

「じゃあ、ここに座って」
  天使は自分の横の草むらを指差しました。

  マルチはてくてくと近づき、辺りを確認して花がないことを確認しました。
  もしお花を踏んだりしたらマルチはしばらくの間、お花達の間でいじめにあってしまいます。
  それどころか、妖精さんにもいじめられてしまいます。
  妖精とお花は毎日噂話をし合うほど仲がいいのです。
  きょろきょろと辺りを見渡した後、マルチは天使の横に座りました。





「実は……」

  天使はゆっくりとした口調と沈痛な面持ちで話を始めました。






                         <続く>