Lonely Dancer 投稿者:水野 響



		もう二度と・・・恋はできない・・・
	
		綾香は悲しい呟きをもらし、紙に綴る。

		そして夜景に向けて呟いてみる。

		冷たいガラス窓を白く霞ませながら。







	「あんたの踊り、俺は好きだぜ」

	いつもの通り、寂れた劇場で私は踊っていた。

	そう、いつかは大舞台で思いきり踊ってみたい、そんな夢が昔の私にはあった。

	でも、私はただの踊り子。特に才能があるわけでもない、そう思っていたから諦めていた。

	そんな時、いきなりなれなれしく話し掛けてきた男がいた。

	「あなた、誰?」
	
	私はきつい目つきで男を睨んでやった。

	でも、こいつはひょうひょうとした態度で、

	「俺は、藤田浩之っていうんだ。あんたのファンだ」

	と言った。

	そのなれなれしい態度が癪にさわったので、

	「そう?  ありがと」

	と軽く流してやった。

	すると、

	「名前くらい教えてくれよ」

	と、言い手を掴んできた。
	
	いつものナンパだと思い、ひっぱたこうとした時、浩之の眼が真剣なのに気づいた。

	だから、教えてやった。

	「来栖川綾香よ」





		夜景がやけに空虚に見える。

		後悔はしていない。

		私が選んだことだから。

		でも、私の胸の奥はいつも空っぽだ。

						
	
	
		
	今日もあいつは来ていた。

	もう、これで一週間だ。

	踊りはいつも同じなのに、この男は毎日毎日見に来る。

	そして、最初の日以来、声もかけてこない。

	ただ楽しそうに踊りを見て、一杯のお酒を飲み、拍手をして帰っていく。

	最初は、ただの客だった。

	他の客は私の踊りなんて見ていない。

	私の身体しか見ていない。

	浩之がただの客でなくなったのは、いつからだろう?

	きちんと踊りを見て、拍手してくれてることに気づいたころだろうか?

	違う。

	私を見てくれていることに気づいたころからだ。



			
		・・・少し、眠っていたようだ。

		直前まで書いていた手紙に、インクの染みが残っていた。

		喉が渇いている。

		そう思って、水差しから水を飲んでいる時に気づいた。

		雪が降ってる・・・

		
	
	

	しばらく雪が降り続いた。

	私は雪が嫌いだ。

	寒くなると身体がおもうように動かなくなる。

	薄い舞台衣装がうらめしくなる。

	特に冷え込む、そんな日だった。

	「なあ、今日の踊り。手を抜いただろ」

	久しぶりの第一声がそれだった。

	頬が熱くなった。だからつい怒鳴ってしまった。

	「うるさいわね!  あなたには関係ないでしょ!」

	駆け出そうとする私の腕を、浩之は掴んで言った。

	「関係ある。俺はあんたの踊りを見に来てるんだ。手を抜いた踊りなんて見たくない」

	たぶん、この時だろう。

	自分を見てくれている人がいるのが、うれしいと思ったのは。





		つもるかな・・・

		硝子に息をふきかけ、時間を弄ぶ。

		部屋の静けさが、心地よかった。

		そして、また手紙に向けてペンをはしらせた




	
	いつからか私は浩之の家で暮らすようになっていた。

	浩之の家から一緒に劇場へ出かけ、私は踊り、浩之はそれを見る。

	そして帰り道に浩之がその日の感想を話してくれる。

	その度に、この人は私のことを見ててくれるんだという実感が込み上げる。

	きっと私は幸せなんだろう。

	昔の私は仮面をかぶっていた。つらいこともかなしい時も仮面の中に隠していた。

	自分を強くもちたかったから。

	人に頼らなくても生きていける、そう思いたかったから。
	
	浩之は、そんな私の仮面を受け取ってくれた。

	「すべて捨てて、一からやり直せばいいじゃないか」

	笑ってそういえる浩之は、本当に強いんだと感じた。

	そしていつからか、私は舞台で踊ることを止めた。

	浩之も何も言わなかった。




		
		すこし・・・身体が冷えたかな?

		暖炉に薪をくべて、部屋の温度を上げる。

		姿見に写る私の頬は白かった。

		お化けみたい・・・

		そう思って、くすくす笑うと少し気分がよくなった。




		

	浩之は優しかった。

	落ち込んだ時はいつまでもそばにいてくれた。

	言葉にあまり頼らずに、心で接してくれた。

	浩之は強かった。

	泣き言や愚痴を言ったことはなかった。

	少し、浮気性なところもあったけど、いつもわたしのところへ帰って来てくれた。

	幸せだった。

	そんな幸せな日々がずっと続いていた。

	でも・・・そう、いつからだったろう?

	何故か心が落ち着かないと感じたのは・・・


		
		

		うん・・・そう・・・わかった・・・

		姉さんからの電話だった。

		二人の日課。

		姉さんは今日も幸せそうだ。

		手紙もかき終わった。

		私は丁寧に折り目をつけて便箋にいれた。




	
	初めて浩之に怒鳴られた。

	悲しかった。

	怒鳴られたことよりも・・・私の本当の気持ちが分かってもらえなかったことが。

	「浩之のことは愛してる。でも・・・やっぱり踊りたいの。

	  違う街で、違う誰かに、見てもらいたいの。

	  やっぱり・・・これが・・・私の夢なの・・・

	  踊りつづけること・・・今日も明日も・・・これから先も!」

	私は泣きながら訴えた。

	結局最後まで、浩之には分かってもらえなかった。

	駅まで見送りに来てくれた。

	でも・・・それだけだった。

	だから、私たちは、別れた。




		頭の中が少しぼうっとしてきた。

		もう寝よう・・・

		白いシーツをかぶり、私は瞼を閉じた。




	
	私は、踊りつづけた。

	違う街で、違う誰かの前で。

	私はただの踊り子だった。

	旅を続けるただの踊り子。

	雲雀のように舞う夢のために。






	『拝啓  藤田浩之様

	  お元気ですか?

	  私は今・・・
				』


			宛先	藤田浩之
			差出人	来栖川綾香

	――宛先不明、差出人不明により発送、返送不可。破棄処分――
	






	・・・鮮やかに散った、五つの銀の薔薇にささぐ・・・