ノ−マル・クリスマス 投稿者: まほさろDX
「浩之ちゃん」
いつもの聞きなれた声に俺は目を覚ました。大抵、終業式が終わった後は担任が遅れ
てくる。この機を逃す手はない。終業式の後はすぐに寝てしまう。……というより、式
の間も寝ているのだが。とにかく、俺は突っ伏した机から身を起こした。
「ふぁぁぁ…………おい、あかり」
「なあに?」
不機嫌な俺の声に、あかりはにっこりと笑いながら聞き返す。
「寝ている俺を起こすということが、どれほど命取りになるか分かってるのか?」
「ううっ……で、でも、もうずく先生も来ると思うし……」
「まぁ、許してやろう。んで何だ?」
今日で学校も終わりだ。俺は寛大な心であかりの狼藉を許してやった。その言葉にあ
かりもほっとしたような表情を見せる。
ふっ……まだまだ甘いな、あかり。
実は俺の中ではあかりポイントが1P低下しているのだ!
今更後悔しても遅いわぁ!くははははは……
って言ってもあかりポイントは俺の中だけで上下しているから、あかりが悔しがるわ
けないんだよな。くそっ、バラしたろかぁ?でも、こんな事どう話せばいいんだ……?
「……浩之ちゃん?」
「ヘっ?って、おぅ。なんだっけ?」
一人妄想モ−ドに突入してたからな。ヤバイヤバイ。あかりは特に気にした風でもな
く(というより慣れているだけかもしれないが)ツっこんでこなかった。
「うん。今日はイヴだけど、浩之ちゃん予定ある?」
そうだ。大体二学期の終業式は12月24日と相場が決まっている。まぁ、北の方な
らもっと早いのかもしれないけど。つまり、終業式イコ−ル、クリスマス・イヴ。そっか
そうなんだよな。
にしても、ふつ−、イヴの当日に予定を聞くか?おぅ、暇だぜ、なんて言ったら俺が
誰からの誘いも無い、さみし−オトコみて−じゃね−か。なんかシャクだな。
よっしゃ、いっちょからかってみるか。
「おぅ。今日はとりあえず来栖川先輩んちのパ−ティ−に出席しようかと思ってる。まぁ
一番面白そ−だったしな」
なんて、他からも誘いがあったようにも付け加えてみた。
「……そっか。うん、ゴメンね。何でもないんだ」
あかりは明らかにガッカリした面持ちで、とぼとぼ自分の席に戻ろうとする。
まったく、ここまで真に受けるかね、こいつは。
「ちょいと待てぃ。じょ−だんだよっ!誰からも誘われてねぇよ。大体、来栖川家のパ−
ティ−に俺が招待されるわけね−だろ−が」
なんだが言っていて哀しくなってくる。
「ホント?よかったぁ。それじゃ、もし良かったら、パ−ティ−ってほどじゃないんだけ
ど、一緒にケ−キでも食べようかな、と思って。どうかなぁ?」
あかりは嬉しそうに話す。からかわれてたのなんて少しも気にしてないみたいだな。あ
かりらしい、といやあかりらしいんだけどな。
「まぁ、別にいいけど。お前が作るのか?ケ−キは」
「うんっ!最近大きなもの作ってないし、丁度いいかなぁと思って」
喜ぶのも悔しいから、そっけない返事の俺に対して、さっきより更に嬉しそうなあかり。
「ふ−ん。なに、お前んちでやるのか?それと他に参加者はいね−のか?」
「えっと、場所は浩之ちゃんの家でもいいけど。他には雅史ちゃんと志保を誘うつもりだよ」
「今から誘うのか?まぁ、雅史の方はいいとしても志保は無理なんじゃね−のか?あいつは
予定くらい入れてるだろ?もうちょっと早く誘えよな−」
「う、うん。そうだね……でも、試験中だと悪いし、試験前は全然考えてなかったし……」
「ったく、しょうがね−なぁ」
「でも、とにかく、誘ってみるね」

ま、予想通り志保はダメだったらしい。「アタシを捕まえるなら一ヶ月前から御予約が
必要になりま〜す」とは、本人の弁だ。お前は高級レストランか。「でも、結構残念そう
にしてたよ」とは、あかり談。最近は中学からの腐れ縁チ−ムもなかなか揃わないしな。
んで、雅史は「一応」参加になった。

「メリ−クリスマスッ!」
「メリ−・クリスマス」
「はいはい、めり−ね、めり−」
上から、浮かれたあかり、落ち着いた雅史、今一つノリ切れない俺である。
大体、酒も無しとはどういう事だ。普通はシャンパンだろうが。何故、グラスに注がれ
ているのがポケモン印の偽シャンパンなんだ?浩之様のクリスマスならクリュグかドンペ
リくらいは欲しいモンだぜ。……そんな金はないけど。
「それじゃあ、ケ−キ切っちゃうね」
あかりがテ−ブルの真ん中にでんっ!と置かれたケ−キを切り始める。ケ−キはオ−ソ
ドックスな苺と生クリ−ム。どう見たって三人で食うにはデカいと思うサイズ。ケ−キ屋
では4〜5人用で売っていそうな大きさ。一人2個食っても半分余るな、こりゃ。
雅史んトコは家族多いし、持って帰ってもらうかね。ウチに置いとかれても腐るだけだ
しな。
「それじゃあ、いただきま−す」
雅史が切り分けられたケ−キを食べ始める。俺も食べる。
「どうかなぁ?最近ケ−キ焼いてないからあんまり自身ないんだけど」
「うん。おいしいよ。あかりちゃんの料理、久しぶりだけど腕、上げたよね」
「まぁ、なかなかと言っておこうか」
「ふふ。二人ともありがとう」
なかなか、などと言っているが、あかりのケ−キは美味かった。俺は自分でケ−キなんぞ
買って食わないが、これなら買いに行こうか、というくらいの味である。甘さがくどくなく
かといって抑え目でもなく。要するに、丁度いいな。俺は心の中で昼間落としたあかりポイ
ントを1P戻してやった。
「それじゃあ、僕はこれで。ゴメンね、あかりちゃん、浩之」
ケ−キを食べ終わると雅史は立ち上がった。そうなのだ。雅史はこれからサッカ−部の方
のパ−ティ−に参加しなければならないのである。あかりのケ−キが食べたいから、と言っ
てわざわざこっちに来ていたのだ。
「ゴメンね、雅史ちゃん。無理言っちゃったみたいで」
「何言ってるの。僕が勝手に来たんだからさ。じゃ、また来年ね!」
「バイバイ、雅史ちゃん」
「おぅ、じゃあな」
帰り際に残りのケ−キを持たせた。あれにありつけた一部のサッカ−部員は幸せの一言に
尽きるな。
「それじゃ、浩之ちゃん、料理作っちゃうね」

テ−ブルの料理も大分片付いてきた。七面鳥の代わりのチキンをかじりながら、俺はあかり
とのクリスマスパ−ティ−を続けていた。
「浩之ちゃんとクリスマスを過ごすのって久しぶりだよね」
あかりが、ふとそんなことを聞いてきた。
「そっか?」
「うん、そうだよ。小学校低学年以来かも」
そう言えばそうかもしれない。幼稚園だの小学校低学年だのでは良くあかりの家に行っていた。
誕生パ−ティ−もやっていた。高学年くらいからは俺も主に男友達と遊んだし、中学校ではそも
そもあかりを少し避けていた。去年は、まぁ、別に誘われなかったし。
「最近はずっと家族で過ごしてたし」
「ふ−ん。今年は何で俺んちにしたんだ?」
「うん。実は今年私の両親、ディナ−ショ−に行ってるんだ。だから、一人のクリスマスは寂し
いな、と思って」
そういう事情があったのか。俺は少し意地悪な質問をしてみる。
「俺はオメ−の慰め役か?」
あかりはちょっときょとんとした表情を見せてから、少し慌てて言った。
「う、ううん!ぜんっぜんそんなことないよ!私、今年のクリスマスは今までよりずっと楽しいよ」
「そうか?俺と二人でメシ食ってて、まぁ、ちょっとだけ雅史もいたけど。普通にダベってただけ
じゃね−か?」
「でも、私は楽しいよ」
「そっか?」
「うん。そうだよ」
あかりは本当に楽しそうだ。そういう表情を見ていると少しは俺も楽しい気分にはなる。
「ま、お前が楽しいならいいけどよ。俺も独りで過ごすよりはマシだしな」
事実、去年のイヴは俺一人だったが、クリスマスを実感したのはテレビでやっていたクリスマス
用の恋愛ドラマだけだった。
「これで、雪とか降ったらもっといいよね」
「ばぁか。都会でそうそうホワイトクリスマスになるわけね−だろ」
「そうだよね……ドラマとかの中だと必ず降るんだけどね。雪」
まぁ、この辺が都会の、しかも一般家庭のクリスマスの限界だろ−な。
そう思っていた時、あかりが思いついたように席を立つと部屋の電気を消した。
部屋が暗くなる。あかりの姿が影になる。
あかりがもぞもぞと動いている。シュッ、という音と共に、部屋に明かりが生まれた。
「なんだ?ろうそくか?」
「うん。ケ−キのスポンジ買ってきた時にオマケでもらったのを忘れてたの」
ろうそくだけの部屋は、少しだけ幻想的に見えた。あかりの姿がぼんやりと映って。
少しだけ……綺麗に見えた。
「ま、まぁ、少しはクリスマスらしくなったかな?」
「そうだよね?うん、いい感じになったよね?」
「おぅ」
すると、あかりは少し黙った。次にあかりの口から流れたのは、歌だった。
「きぃ〜よぉし〜、こ〜のよ−る〜」
「ん?あかり?」
「ほ−しはぁ〜ひぃ〜かぁ〜りぃ〜」
俺はなんとなく、話し掛けるのをやめてあかりの歌を聴いた。あかりは特別、歌が上手いわけ
ではないけど。この歌は何だか心地よかった。
「ゆぅめ、やぁ〜すぅ−くぅ〜」
ぱちぱちぱち……
「なかなかのものでしたよ、シンガーあかりさん?」
「えへへ……なんとなく、ね。唄いたくなっちゃった。好きなんだ、この歌」
あかりは照れながら答える。
「なるほどねぇ〜」
「あ、浩之ちゃんは好きなクリスマスソングとかあるの?」
あかりは照れを隠すように俺に話を振る。
「そうだなぁ。俺は……くぅりぃすぅますキャロルのぉ〜」
「あ、知ってる知ってる。結構前に流行ったやつだよね?」
そんな感じで。あとの時間、俺とあかりはクリスマスソングの合唱で過ごした。

「ゴメンね、結構長居しちゃって」
靴を履きながらあかりは時間が遅くなったことを詫びた。
「こういう時は、普通俺の方が引き止めたって謝るもんじゃね−か?」
「そうかなぁ……あ、でも今日はホント楽しかったよ」
「後半はヘンなノリだったけどな」
「ふふ……そうだね」
「気をつけて帰れよ」
「うん。あ、ねぇ、浩之ちゃん、初詣、一緒に行かない?」
そっか。次なるイベントといえば正月か。今年もいよいよ終わりだと感じるな。
「おぅ。悪くないな。んじゃ、電話しろよ」
「うん。今度は志保も一緒に行けるといいね」
「……あいつと行くと静かな正月がぶち壊しだけどな」
「まぁ、そう言わずに、ね。今度誘っておくね。それじゃ、浩之ちゃん」
「んじゃな」
「ばいば−い」

あかりの帰った家はひどく静かだった。まぁ、家にお客が来た後だといつも感じることだけど。
「でも、意外と楽しかったかな?」
独りつぶやいてしまった。何だ、俺も楽しかったんじゃね−か。しょうがねぇな。
そろそろ25日になる。明日からは冬休みだ。さて、何をするかね。
そんなことを考えながら、少しだけ特別なクリスマスイヴが終わった。

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こんばんは。数ヶ月前に一回だけSS書いたので、はじめまして、ではないんですけど。
まほさろDXです。前回感想を頂いた方々、ありがとうございました。
んで、ちょっとだけ解説なんぞ。今回は定番のクリスマスネタです。状況としては、誰
からも告白されない、雅史エンド(笑)後の話ということになりましょうか。
自分はギャグ体質なもので、シリアスにするのが大変だったかな?なに?どこがシリアス
だって?まぁ、あからさまなギャグは入れてないって意味でして……

それでは、みなさま、よいクリスマスを!