夏夜の子守唄(14) 投稿者:睦月周
【天堂寺家の人々】
天堂寺冬湖    作家。奇作、『煉夜の月』を執筆したのち、自殺。
天堂寺将馬    有力代議士。冬湖の長男。1人目の犠牲者。
天堂寺和馬    三流彫刻家。冬湖の次男。
天堂寺由希恵   将馬の妻。
船村志朗     天堂寺家の執事。
雛山理緒     メイド。
天堂寺繭     冬湖の孫。蝶子の忘れ形見。
天堂寺蝶子    冬湖の娘。15年前に病死。

【その他の人々】
藤田浩之     私立探偵。
佐藤雅史     僕。浩之の相棒。
姫川琴音     浩之の助手。
長岡志保     人気ニュースキャスター兼情報屋。
来栖川綾香     警部。
松原葵      綾香の部下。


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【疑念】 HOME IS WHERE THE HEART IS


 よいよい寝んねや今宵の子(やや)
 山にゃ帳がかかって夜(くろ)じゃ 村にゃ灯(あかり)が落ちて夜じゃ

 眠れや眠れ、愛しき子
 よいよい寝んねや今宵の子

 よいよい微睡め今宵の子
 山肌(うら)に月がかかりゃ夜じゃ 村人(おし)が眠りゃお前の夜じゃ

 目覚めや目覚め愛しき子
 よいよい儂(わし)が眠るわい
 
   ※ ※ ※

 ――突然、浩之が不思議なメロディを口ずさんだ。

「この地方に古くから伝わる子守唄だそうだ」
 ゆっくりと、僕らを見回しながら言う。
 この唄・・・。
 間違いない、昨日この屋敷を訪れたとき――初めてあの子と出会ったとき、
彼女が口ずさんでいた唄だ。
「浩之・・・」
 僕が呟くと、浩之は全てを理解している顔で、ああ、とうなずいた。
「それが――どうしたの?」
 ためらいがちに、来栖川さんが尋ねた。
 浩之が何を言い出すのか、図りかねているのだろう。
「まあ聞けよ。オレは昨日冬湖氏の離れを調べて、ひとつの仮定にたどり着いた。まあ、
それはかなり直感なんだが――悪くない線だと思う。それで、その仮定を真実にするために、
さっきまで情報固めをしてたわけだ」
「仮定って?」
「ま、詳しくは後だ」
 浩之がそう言うと、憮然とした表情で来栖川さんが押し黙った。
 雅史、と浩之は僕を呼んだ。
「さっき花田さんからいろいろと情報を得たっていったろ? 彼女ここじゃ一番の古株でな、
随分と有意義な情報が引き出せた。この唄もそのひとつさ」
 そういえば、この唄には、続きがあったんだ。
「この唄から・・・何か気づくことはないか?」
 気づく?
 確かに不思議な印象はあるが・・・とりたてて引っかかるようなところはない。
 来栖川さんや松原さんも同様なのだろう、首をひねっている。
「特に後半だ・・・キーワードをやろうか?」
 出来の悪い生徒にヒントを与えるような口調で浩之。
 後半・・・僕が聞くことのできなかった、後半部分?
 月がかかれば・・・夜・・・。
 目覚めや・・・愛しき子・・・。
 儂が眠る・・・。
「あっ!」
 突然、何かに気づいたように姫川さんが声をあげた。
 その瞬間、僕も浩之の言わんとしていることを理解した。
「『煉夜の月』・・・!」
「そうだ」
 浩之は会心の笑みを見せた。
「この唄の後半部分は『煉夜の月』と大きく重なる・・・『山肌に月がかかりゃ夜じゃ』では、この作品の
象徴である『月』が暗示されている。次の『村人が眠りゃお前の夜じゃ』は、おそらく村人は3人の息子
のことだろう。『眠る』――は、『死』の同義と考えていい。息子たちが死ねばこの夜はお前のものだ、
と、そういうわけだな」
 蝋人形の少女は、息子たちの断末魔の血によってその瞳を開く・・・か。
「最後の『目覚めや目覚め愛しき子、よいよい儂が眠るわい』・・・は、もう明確だな。俺が死ぬからお前は
目を覚ませ──まさしく『煉夜の月』のラストシーンというわけだ」
 老人は最後に自分の喉を裂き・・・命を絶つ。
 この唄と『煉夜の月』は、たしかに重なり合うものがある。
「つまり天堂寺冬湖の『煉夜の月』は、この子守唄をモチーフにして書かれた・・・そういうこと?」
「おそらくはな」
 来栖川さんの問いに、浩之は小さくうなずいた。
「だけどそれが事実だとして──事件と何の関わりがあるっていうの?」
 まあ聞け、と浩之は来栖川さんを制した。
「これがオレの推論を構築する第2のフラグメントだ。第1のフラグメントは離れにあった擦り跡──。
そしてもうひとつ、それに加えて第3のフラグメントがある」
 そう言うと、浩之は白い布で梱包された板のようなものをテーブルに置いた。
 そして、くるくると器用な手つきでその布を解いてゆく。
 完全に布が取り払われ、そこから姿を見せたのは・・・。
 一枚の絵だった。
「これは・・・」
 思わず僕は息を飲んだ。
 白い顔。
 妖しいまでに紅い唇。
 これは、由希恵さんと見たあの天堂寺蝶子の肖像画じゃないか。
「雅史は知ってるみてーだな」
 何のことだか分からずに眉をひそめている来栖川さんたちの中で、ひとり顔色を変えている僕を
複雑な表情で見ながら、浩之が言った。
 けどな、と目を細めて言う。
「これはお前の思っているようなものとは、少し違う」
「・・・違う?」
「ああ」
 これはな、と浩之は続けた。
「この絵に描かれているのは──天堂寺蝶子じゃない」
「え? じゃあ・・・」
「勘違いするな。これはお前が見た絵と同じもののはずだ。エンタールームにつながる廊下でこれを
見ただろう? そこにあったのを少し借りてきたんだよ」
「それじゃ・・・」
 どうしてこの絵に描かれている少女が蝶子さんじゃないんだ、という言葉を僕は飲み込んだ。
 その答えは、浩之がすぐに出してくれそうだったからだ。
「これを見てみろ」
 浩之はそう言いながら、絵の左隅を指さした。
 なんだろう、と思って目をこらすと、あのときは気づかなかったが、そこには親指ほどの小さな三角形があり、
その中に細い筆跡でサインのようなものが書かれていた。
 やや潰れていて判別がしにくいが、かろうじて読みとれる。
 N・・・T・・・e・・・n・・・。
 N.Tendouji・・・?
「・・・天堂寺?」
「そうだ」
 浩之はうなずいた。
「この絵を描いたのは天堂寺夏彦──失踪した冬湖の弟だな。夏彦が失踪したのは44、5年前のくらいのこと
だから・・・むろん、天堂寺蝶子は生まれてはいない。つまり、この絵に描かれているのは蝶子ではありえない」
 しかし由希恵さんは確かにこの絵を天堂寺蝶子だと──。
 いや、あるいは由希恵さんも、知らなかったのか・・・。
 それとも・・・。
 そして、という浩之の声が僕の思考を遮る。
「これが第3のフラグメントだ」

「「ちょっと待って・・・」」

 2つの声が重なった。
 僕と・・・来栖川さんだ。
 視線が合う。先にどうぞ、と僕がそう言うと来栖川さんは無言で頭を振って、僕が先に話すよううながした。
「じゃあ浩之、ここに描かれてるのは・・・?」
「おそらく──天堂寺加代子だな」
 加代子。
 蝶子さんのお母さん。そして・・・将馬さん、和馬さんの母親。
 繭ちゃんの・・・祖母。
 それにしても・・・似ている。
 加代子さん、蝶子さん、繭ちゃん・・・。皆恐ろしいほどに似ている。血がいかにつながっているとはいえ・・・
まるで、人形のように。
 あるいはそれすら・・・罪・・・なのだろうか。
 同じ顔。永遠の少女。それこそが──。
「じゃあ、わたしも訊くわ──」
 どろどろとした僕の思考は、今度は来栖川さんの毅然とした声に遮られた。
「浩之のいう3つのフラグメント・・・離れの擦り跡、子守唄の暗喩、それに天堂寺夏彦の存在・・・それらひとつ
ひとつの是非については訊かないわ。でもそれがどうやって、一本の糸につながるというの? 仮にもし、
もしつながるとして、その先には・・・」

 ──何があるの?

 凛とした来栖川さんの視線が浩之をとらえる。
 浩之も笑みを消して、その視線をしっかりと受け止め・・・そして答えた。
「まだ、多くは推論の域を出ないが・・・」

「──藤田くんっ!」

 浩之の言葉は、突然広間に響いた声によって遮られた。
 ドアの方に目をやると、全身汗をびっしりとかいて、息をきらせながら雛山さんが立っている。
 はあはあ、と苦しそうに肩を上下させて、雛山さんは懇願するような瞳で浩之を見た。
「理緒ちゃん、どうした?」
 雛山さんは浩之の質問に答えようとしたが、一瞬口ごもった。
 この場に来栖川さん・・・警察の人間がいるから躊躇したんだろう。
 だが、そんなことを考えてる場合ではないと思ったのか、すぐにかすれたような声で叫んだ。

「・・・奥様が、由希恵様が・・・どこにもいないんです!」


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 続きます。
 ええと、終局まで、あと5回くらいです。
 
◇久々野さん
前にも書いたと思いますが、このSSは雅史のSSです。
全部終わったとき、事件の結末と同じくらいのウェイトで雅史の中に、
何らかの決着をつけたいな、と思ってます。
お楽しみに・・・と言いたいですが・・・う〜ん、どうなることか(汗)

 では〜。