【天堂寺家の人々】 天堂寺冬湖 作家。奇作、『煉夜の月』を執筆したのち、自殺。 天堂寺将馬 有力代議士。冬湖の長男。1人目の犠牲者。 天堂寺和馬 三流彫刻家。冬湖の次男。 天堂寺由希恵 将馬の妻。 船村志朗 天堂寺家の執事。 雛山理緒 メイド。 天堂寺繭 冬湖の孫。蝶子の忘れ形見。 天堂寺蝶子 冬湖の娘。15年前に病死。 【その他の人々】 藤田浩之 私立探偵。 佐藤雅史 僕。浩之の相棒。 姫川琴音 浩之の助手。 長岡志保 人気ニュースキャスター兼情報屋。 来栖川綾香 警部。 松原葵 綾香の部下。 ===================================== 【疑念】 HOME IS WHERE THE HEART IS よいよい寝んねや今宵の子(やや) 山にゃ帳がかかって夜(くろ)じゃ 村にゃ灯(あかり)が落ちて夜じゃ 眠れや眠れ、愛しき子 よいよい寝んねや今宵の子 よいよい微睡め今宵の子 山肌(うら)に月がかかりゃ夜じゃ 村人(おし)が眠りゃお前の夜じゃ 目覚めや目覚め愛しき子 よいよい儂(わし)が眠るわい ※ ※ ※ ――突然、浩之が不思議なメロディを口ずさんだ。 「この地方に古くから伝わる子守唄だそうだ」 ゆっくりと、僕らを見回しながら言う。 この唄・・・。 間違いない、昨日この屋敷を訪れたとき――初めてあの子と出会ったとき、 彼女が口ずさんでいた唄だ。 「浩之・・・」 僕が呟くと、浩之は全てを理解している顔で、ああ、とうなずいた。 「それが――どうしたの?」 ためらいがちに、来栖川さんが尋ねた。 浩之が何を言い出すのか、図りかねているのだろう。 「まあ聞けよ。オレは昨日冬湖氏の離れを調べて、ひとつの仮定にたどり着いた。まあ、 それはかなり直感なんだが――悪くない線だと思う。それで、その仮定を真実にするために、 さっきまで情報固めをしてたわけだ」 「仮定って?」 「ま、詳しくは後だ」 浩之がそう言うと、憮然とした表情で来栖川さんが押し黙った。 雅史、と浩之は僕を呼んだ。 「さっき花田さんからいろいろと情報を得たっていったろ? 彼女ここじゃ一番の古株でな、 随分と有意義な情報が引き出せた。この唄もそのひとつさ」 そういえば、この唄には、続きがあったんだ。 「この唄から・・・何か気づくことはないか?」 気づく? 確かに不思議な印象はあるが・・・とりたてて引っかかるようなところはない。 来栖川さんや松原さんも同様なのだろう、首をひねっている。 「特に後半だ・・・キーワードをやろうか?」 出来の悪い生徒にヒントを与えるような口調で浩之。 後半・・・僕が聞くことのできなかった、後半部分? 月がかかれば・・・夜・・・。 目覚めや・・・愛しき子・・・。 儂が眠る・・・。 「あっ!」 突然、何かに気づいたように姫川さんが声をあげた。 その瞬間、僕も浩之の言わんとしていることを理解した。 「『煉夜の月』・・・!」 「そうだ」 浩之は会心の笑みを見せた。 「この唄の後半部分は『煉夜の月』と大きく重なる・・・『山肌に月がかかりゃ夜じゃ』では、この作品の 象徴である『月』が暗示されている。次の『村人が眠りゃお前の夜じゃ』は、おそらく村人は3人の息子 のことだろう。『眠る』――は、『死』の同義と考えていい。息子たちが死ねばこの夜はお前のものだ、 と、そういうわけだな」 蝋人形の少女は、息子たちの断末魔の血によってその瞳を開く・・・か。 「最後の『目覚めや目覚め愛しき子、よいよい儂が眠るわい』・・・は、もう明確だな。俺が死ぬからお前は 目を覚ませ──まさしく『煉夜の月』のラストシーンというわけだ」 老人は最後に自分の喉を裂き・・・命を絶つ。 この唄と『煉夜の月』は、たしかに重なり合うものがある。 「つまり天堂寺冬湖の『煉夜の月』は、この子守唄をモチーフにして書かれた・・・そういうこと?」 「おそらくはな」 来栖川さんの問いに、浩之は小さくうなずいた。 「だけどそれが事実だとして──事件と何の関わりがあるっていうの?」 まあ聞け、と浩之は来栖川さんを制した。 「これがオレの推論を構築する第2のフラグメントだ。第1のフラグメントは離れにあった擦り跡──。 そしてもうひとつ、それに加えて第3のフラグメントがある」 そう言うと、浩之は白い布で梱包された板のようなものをテーブルに置いた。 そして、くるくると器用な手つきでその布を解いてゆく。 完全に布が取り払われ、そこから姿を見せたのは・・・。 一枚の絵だった。 「これは・・・」 思わず僕は息を飲んだ。 白い顔。 妖しいまでに紅い唇。 これは、由希恵さんと見たあの天堂寺蝶子の肖像画じゃないか。 「雅史は知ってるみてーだな」 何のことだか分からずに眉をひそめている来栖川さんたちの中で、ひとり顔色を変えている僕を 複雑な表情で見ながら、浩之が言った。 けどな、と目を細めて言う。 「これはお前の思っているようなものとは、少し違う」 「・・・違う?」 「ああ」 これはな、と浩之は続けた。 「この絵に描かれているのは──天堂寺蝶子じゃない」 「え? じゃあ・・・」 「勘違いするな。これはお前が見た絵と同じもののはずだ。エンタールームにつながる廊下でこれを 見ただろう? そこにあったのを少し借りてきたんだよ」 「それじゃ・・・」 どうしてこの絵に描かれている少女が蝶子さんじゃないんだ、という言葉を僕は飲み込んだ。 その答えは、浩之がすぐに出してくれそうだったからだ。 「これを見てみろ」 浩之はそう言いながら、絵の左隅を指さした。 なんだろう、と思って目をこらすと、あのときは気づかなかったが、そこには親指ほどの小さな三角形があり、 その中に細い筆跡でサインのようなものが書かれていた。 やや潰れていて判別がしにくいが、かろうじて読みとれる。 N・・・T・・・e・・・n・・・。 N.Tendouji・・・? 「・・・天堂寺?」 「そうだ」 浩之はうなずいた。 「この絵を描いたのは天堂寺夏彦──失踪した冬湖の弟だな。夏彦が失踪したのは44、5年前のくらいのこと だから・・・むろん、天堂寺蝶子は生まれてはいない。つまり、この絵に描かれているのは蝶子ではありえない」 しかし由希恵さんは確かにこの絵を天堂寺蝶子だと──。 いや、あるいは由希恵さんも、知らなかったのか・・・。 それとも・・・。 そして、という浩之の声が僕の思考を遮る。 「これが第3のフラグメントだ」 「「ちょっと待って・・・」」 2つの声が重なった。 僕と・・・来栖川さんだ。 視線が合う。先にどうぞ、と僕がそう言うと来栖川さんは無言で頭を振って、僕が先に話すよううながした。 「じゃあ浩之、ここに描かれてるのは・・・?」 「おそらく──天堂寺加代子だな」 加代子。 蝶子さんのお母さん。そして・・・将馬さん、和馬さんの母親。 繭ちゃんの・・・祖母。 それにしても・・・似ている。 加代子さん、蝶子さん、繭ちゃん・・・。皆恐ろしいほどに似ている。血がいかにつながっているとはいえ・・・ まるで、人形のように。 あるいはそれすら・・・罪・・・なのだろうか。 同じ顔。永遠の少女。それこそが──。 「じゃあ、わたしも訊くわ──」 どろどろとした僕の思考は、今度は来栖川さんの毅然とした声に遮られた。 「浩之のいう3つのフラグメント・・・離れの擦り跡、子守唄の暗喩、それに天堂寺夏彦の存在・・・それらひとつ ひとつの是非については訊かないわ。でもそれがどうやって、一本の糸につながるというの? 仮にもし、 もしつながるとして、その先には・・・」 ──何があるの? 凛とした来栖川さんの視線が浩之をとらえる。 浩之も笑みを消して、その視線をしっかりと受け止め・・・そして答えた。 「まだ、多くは推論の域を出ないが・・・」 「──藤田くんっ!」 浩之の言葉は、突然広間に響いた声によって遮られた。 ドアの方に目をやると、全身汗をびっしりとかいて、息をきらせながら雛山さんが立っている。 はあはあ、と苦しそうに肩を上下させて、雛山さんは懇願するような瞳で浩之を見た。 「理緒ちゃん、どうした?」 雛山さんは浩之の質問に答えようとしたが、一瞬口ごもった。 この場に来栖川さん・・・警察の人間がいるから躊躇したんだろう。 だが、そんなことを考えてる場合ではないと思ったのか、すぐにかすれたような声で叫んだ。 「・・・奥様が、由希恵様が・・・どこにもいないんです!」 ===================================== 続きます。 ええと、終局まで、あと5回くらいです。 ◇久々野さん 前にも書いたと思いますが、このSSは雅史のSSです。 全部終わったとき、事件の結末と同じくらいのウェイトで雅史の中に、 何らかの決着をつけたいな、と思ってます。 お楽しみに・・・と言いたいですが・・・う〜ん、どうなることか(汗) では〜。