夏夜の子守唄(13) 投稿者: 睦月周
【天堂寺家の人々】
天堂寺冬湖    作家。奇作、『煉夜の月』を執筆したのち、自殺。
天堂寺将馬    有力代議士。冬湖の長男。一人目の犠牲者。
天堂寺和馬    三流彫刻家。冬湖の次男。
天堂寺由希恵   将馬の妻。
船村志朗     天堂寺家の執事。
雛山理緒     メイド。
天堂寺繭     蝶子の忘れ形見。冬湖の孫。
天堂寺蝶子    冬湖の娘。15年前に病死。

【その他の人々】
藤田浩之     私立探偵。
佐藤雅史     僕。浩之の相棒。
姫川琴音     浩之の助手。
長岡志保     人気ニュースキャスター兼情報屋。
来栖川綾香    警部。
松原葵      綾香の部下。


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【道標】 NEVER SAID IT WAS GONNA BE EASY


 母屋に戻ると、ちょうどエンタールームにさしかかったあたりで、数人の人影が見えた。
 浩之に姫川さん、来栖川さん、松原さん・・・それにもう一人。
 中年の女性がいた。
 エプロンドレスを着ているところをみると、この屋敷の使用人の一人なんだろうが、
この角度からだと顔がよく見えない。
「ではもう結構です。お時間を取らせて申し訳ありません」
 来栖川さんがそう言うと、その人は、はい、と一礼してその場を離れた。
 そして、会釈をしながら僕の脇を通りすぎ、階段の方へと消えた。
「浩之、今の人――」
 その顔に見覚えがあった。確か、昨夜由希恵さんに連れられて冬湖氏の離れを調べに
行ったとき、由希恵さんを呼び戻しに来た人だ、確か。
「花田さんだよ」
 浩之は応えた。そう、そんな名前だった。
「少し事件のことでお話を聞いていたんです」
 補足するように姫川さんが言う。
「じゃあ、何かつかめたの?」
 浩之は、“残りの半分”を埋められたんだろうか。
 そう訊くと、浩之はズボンのポケットに手をやりながら、
「まあ、それなりの収穫はあったな」
 そう言いながらキャビンの箱を取り出した。
 しかし、それがもう空であることに気づくと、残念そうにくしゃっと箱を潰した。
「不明瞭な情報ばかり増えただけのような気もするけどね」
 そんな浩之の仕草に苦笑しながら、来栖川さんが応えた。
「ちょうどいいわ――せっかくだからもう一度情報を洗い直してみましょう」

 来栖川さんに連れられて来たのは、ざっと僕らの事務所の4、5倍はありそうな
大きな客間のひとつだった。
 高麗青磁、ドガやマチスの絵、部屋を装飾するもの全てがなにがしかの由来のある品々なんだろう。
 天堂寺の財力にはもうかなり慣れたつもりだったが、こうやって改めて見せつけられると、
やはり目をみはるものがある。
 しかし来栖川さんは何気ない顔でウェグナーの椅子に腰を下ろすと、僕らに「座って」と目で合図をした。
 さすが、天堂寺家ですら舌を巻く大財閥、来栖川家の令嬢だけのことはある・・・。
 全員が腰を下ろすと同時に、来栖川さんが口を開いた。
「まず確認しておかなければいけないのは――くやしいけど浩之の言うとおり、今回の一連の事件は
明らかに天堂寺冬湖の『煉夜の月』を意識した人間の犯罪ってことね」
 その切れ長の瞳をわずかに細めて、来栖川さん。
 それは、冬湖さん、将馬さんの二人の死に方からも思い当たる。
 『煉夜の月』では、3人の息子と老人はそれぞれ胸、腹、背中、喉を裂かれあるいは突かれて死んだ。
 冬湖さんの外傷は胸、将馬さんのそれは腹。
 明らかに符帳する。いや、2度までは偶然といえるのだろうか・・・。
「わたしは、犯人は『煉夜の月』と何らかの形で関わりを持つ人間で・・・その作品世界を現実において
再現することを目的に殺人を行った・・・今はそう考えてるわ」
「それに関して、反論はないな」
 けど、と浩之は水を差した。
「冬湖氏の事件と将馬さんの事件がまったくの無関係――つまり全然別の人間の犯行だってんなら、
この推論は無意味だけどな」
 とんとんとん、とテーブルを叩きながら浩之が言う。
 煙草が吸えなくて手持ちぶさたなんだろう。
「そうね」
 静かに来栖川さんが応えた。
「でもその可能性は低い・・・と思うわ。この屋敷の複雑さを考えれば外部の人間の犯行という仮定は
成立しにくいし――外部の人間を排除して考えれば複数の人間の犯行、という仮定の成立も困難ね」
 絶対的に人間が少なすぎるからね、と来栖川さんは浩之に言った。
 確かに、この屋敷には驚くほど人が少ない。
 冬湖さんが存命していたときのことを考えても、天堂寺の人間はざっと5人、船村さんや雛山さんら
を含めた使用人の数は6人。およそ11人ほどだ。
 規模だけを考えればゆうに100人は生活できるであろうこの洋館から考えれば少なすぎる人数だと
考えてよいだろう。
「・・・それに、メッセージのこともあります」
 控えめに、姫川さんが口をはさんだ。
「現場に同種のサイン――メッセージを残す類の犯罪は同一犯である可能性が極めて高い――そう
思います。もちろん、そう思わせる犯人の“仕掛け”である可能性も否定できませんけど・・・」
「筆跡鑑定の結果は、同種と出たのよね?」
 来栖川さんはうなずいて、傍らの松原さんに振った。
 松原さんは、はい、と応えて、
「はい。87%の整合度で同種と判断されました。筆跡、筆圧、どちらも極めて高い確率で2つのメッセージ
が同一であることを示しています」
「天堂寺冬湖氏自身の筆跡である可能性はないんですか?」
 僕が尋ねた。
「もし天堂寺冬湖の死が自殺だとしたら、メッセージは彼が残した・・・と、そう考えられるわけね?
――もちろん調べてみたわ。結果はクロ」
 というより灰色ね、と来栖川さんは苦笑した。
「どういう意味ですか?」
「天堂寺冬湖の筆跡を示すものが残ってないのよ。古い日記や手帳の類は出てきたけど、30年も40年も
前のものなの。データとしては古すぎるわ」
「ここ近年のものがないのか?」
 少し身を乗り出して浩之が尋ねた。
「そう、ここ20年ほどのね。作品の草稿だとか、メモだとかの類も一切なし。もちろん、『煉夜の月』もね」
 なるほど、と浩之は呟いた。
 得心がいったようにうなずいている。
 何がなるほど・・・なんだろう。
「とにかく――一連の犯行は同一犯、という見地はもはや揺るがないわ」
 静かに、来栖川さんは断定した。

「それで――事件と『煉夜の月』の関連性についてだけど」
 呟いて、来栖川さんは視線を浩之に戻した。
「浩之、『煉夜の月』は読んだ?」
「ああ」
 一夜漬けだけどな、と浩之。
「それと昔の本も2、3冊読んだよ。久しぶりに脳を酷使したぜ・・・知恵熱が出そうだ」
「どう思う?」
 冗談めかした浩之に、あくまで冷静に来栖川さんが問いかけた。
「正気の沙汰じゃあないな」
 そうね、と来栖川さんが同意を示すようにうなずいた。
「それは老人が3人の息子を次々に殺してゆくところ――?」
「まあ、それもあるが・・・」
 こつこつ、とソファの脚をつつきながら、浩之。
「それよりオレが引っかかったのは、老人が人形を目覚めさせる、って目的で殺人を繰り返してる、ってとこだ」
 パチン、と来栖川さんは指を鳴らした。
「そこよ、そこなの浩之――。あれからあなたに事件と『煉夜の月』の関連性を洗い直せと言われてから・・・わたしもそこが引っかかってたのよ」
「どういう意味ですか、綾香さん?」
 ためらいがちに松原さんが尋ねた。
「そう、犯人がわたしたちの想像する通り、天堂寺冬湖の『煉夜の月』を、この現実の世界において現出させる
ことを目的としているのなら――」
 ゆっくりと、来栖川さんは言葉を切った。

「――犯人は、何を蘇らせようとしているの?」

 そうか。
 老人は、何も意味もなく無差別に殺人を繰り返していたわけではない。
 その行為には至上の目的――蝋人形の少女を蘇らせること――があったはずだ。
 なら、現実世界における犯人もまた・・・。
 誰かの復活を、願っているのだろうか。
「・・・天堂寺・・・蝶子?」
 無意識に、僕の口から言葉が洩れる。
 そして、吸い寄せたように4つの視線が僕に集中した。
「あるいは・・・」
 来栖川さんが呟いた。
「あるいは、そのあたりに鍵があるのかもしれないわね」

 ボーン、ボーンと柱時計が鳴る。
 すでに、時刻は8時を回っていた。
 窓の外では、満月が煌々と地上を照らしている。
 月。
 何ものをも生み出さず、ただ地上を冷たく照らす、月。
「これは姉さんの受け売りだけど・・・」
 静かに窓に映る満月を見据えながら、来栖川さんが呟いた。
「ベーメの占星術では月は死と再生を暗示する・・・一度全てを失ってから改めて、『より完全なもの』へと昇華
することの象徴・・・だそうよ。・・・おそらく、それは満ち欠けに関係しているんだと思うけど・・・」
 そうだ。
 月は一度死に、そして蘇る。
 それを何度も繰り返す。
 何度も、何度も、何度も。
 永遠のループ。
――つきのひかりは、しんだひかりなの。
 繭ちゃんの言葉が脳裏に浮かぶ。
「形象心理学においても・・・月は自己への不安、破壊の衝動、死への執着――のメタファーとされています」
 姫川さんが同意する。
――月夜は、人を狂わせます。
 船村さんの言葉。
「天堂寺冬湖は、病死した蝶子さんを蘇らせたい一心で・・・その想いが、『煉夜の月』を生んだ・・・?」
「そうね」
 僕の言葉に、来栖川さんがうなずいた。


「――そして、その冬湖の遺志を継ぐものが・・・いる」


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 続きます。
 ようやくゴールが見えてきそうです。

 以下、レスです!

◆AEさん
国分太一ですか(笑)
・・・それはともかく感想どうもありがとうございます。
えっと・・・服装ですか? 痛いところをつかれましたね・・・(汗)
あれから(本編)7年後、という設定なのにキャラクターのビジュアルは、
僕の中では本編のままですから、そのあたりがぱかーんと抜けていました。
浩之や雅史・・・は季節は夏だしフォーマルなシャツとスラックス・・・かな。
綾香や葵はどうだろう・・・女刑事の夏服って・・・?(汗)
ああ、次回作の課題にしますです。

 感想を僕も皆さんの作品に書いていきだいんですが時間がないのと量が多い
のとで滞りがちになっています。すみません。
 ということで、ここでファンコールを(笑)

 MIO様、あなたの作品で僕はいつも元気に毎日が暮らせていけます。
 投稿掲示板をクリックするたびに楽しみです。頑張ってください。

 では。