夏夜の子守唄(11) 投稿者: 睦月周
【天堂寺家の人々】
天堂寺冬湖    作家。奇作、『煉夜の月』を執筆したのち、自殺。
天堂寺将馬    有力代議士。冬湖の長男。
天堂寺和馬    三流彫刻家。冬湖の次男。
天堂寺由希恵   将馬の妻。
船村志朗     天堂寺家の執事。
雛山理緒     メイド。
天堂寺繭     蝶子の忘れ形見。
天堂寺蝶子    冬湖の娘。15年前に病死。

【その他の人々】
藤田浩之     私立探偵。
佐藤雅史     浩之の相棒。
姫川琴音     浩之の助手。
長岡志保     人気ニュースキャスター兼情報屋。
来栖川綾香    警部。
松原葵      綾香の部下。

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【混迷】 THEY WILL ALWAYS FIND A REASON


 僕が目を覚ました頃、浩之の姿はもう客間にはなかった。
 欠伸をかみ殺しながら部屋を出ると、ちょうど吹き抜けから見える一階のエンタールームの
あたりで、和馬さんが歩いているのが見えた。
 昨日の松原さんの話が頭をよぎったが、僕は声をかけてみることにした。
 くねった階段を降りながら、その背に呼びかけてみる。
「和馬さん」
「ああ、佐藤先生」
 意外にも和馬さんは僕を好意的な表情で迎えた。
 警察の仲間なんて思われてるんじゃないかと思ったけど、そうでもないらしい。
「どちらへ?」
「ああ、地下の仕事場です。いつまでも怠けているわけにはいきませんのでね」
 そう言えば、和馬さんは彫刻家だった。
「先生こそ、何か?」
 穏やかな表情で訊く。
 不自然なほど・・・穏やかに。
「あ、ええ、はい。あの、依頼の件ですが・・・」
「ああ、そうですね」
 得心がいったように和馬さんはうなずいた。
「引き続き、お願いします」
「ですが・・・」
「もちろん警察の捜査がひと段落してからで結構ですよ。一応僕も先生方も被疑者のひとり
ですから、それまではあまり動きもとれないでしょう・・・」
 昨日あんなことがあったばかりなのに。
 この人の、この落ち着き様は、一体何なのだ・・・・。
「その・・・将馬さんのことは・・・」
「よけいな弔辞の言葉なら結構。兄の死は自業自得です」
 にべもなく和馬さんは言う。
「あれだけの地位に昇るため、またそれを維持するためにどれだけの人間を社会的に葬ってきたか、
・・・受けるべく当然の報いを受けたんですよ。親父に反発して政治家などになった結果がこれだ」
「・・・・・・」
「親父がどれだけ偉大な存在か・・・兄さんは何にも分かっちゃいないんだ。兄さんが政治家に
なったのは・・・親父を理解できなかったからですよ。兄さんは所詮親父にはなれなかった。
だから親父をあんな目にあわせたんだ・・・!」
 あんな目?
 気になる言葉だった。
 そんな僕の疑念をよそに、熱っぽい口調で和馬さんは続ける。
「でも僕は違う。僕は親父になれる。僕は・・・親父のやり残したことを完成できる」
 やり残したこと?
 思わず僕は訝しげな表情で和馬さんを見た。
 ハッと我に返ったように、また薄ら笑いを浮かべる。
「・・・ああ、故人に少し言葉が過ぎましたね・・・義姉さんにも失礼だ」
「・・・・・・」
「さて、仕事に戻らなければ・・・」
「あの」
 思わず呼び止めてしまう。かといって、さしたる話題もない。
「一人でいては危険ですよ」
 そんな言葉が、口をついて出る。
「ああ、ご心配なさらず」
「犯人は内部の人間の線が濃厚なんですよ、そんな悠長な・・・」
「内部、ね・・・。警察もはっきりいえばいいんだ。僕があやしいってね。だってそうでしょう?
兄さんが死ねば親父の遺産は僕に転がり込む。兄さんと僕とは犬猿の仲だってことも有名だ。
お役所仕事ですからね・・・あそこは」
 吐き捨てるように、続ける。
「その怠慢がこんな結果を生んだんですよ。このままじゃあ、いずれ僕も義姉さんも殺されるかも
しれませんねえ。あるいはもう殺されてるのかもしれませんがね」
「・・・・・・!」
 やはりこの人は少し変だ。
 うまく言えないが、どこか危険な感じがする。
「ああ、失礼、今日中に仕上げなければならない仕事が残っていますので」
「あ、はい・・・」
 そのまま歩き去ろうとする。
 が、途中で立ち止まり、くるりと振り返った。
「まだ・・・『終わり』じゃないんですよねえ」
 にやりと笑う。
 なぜか、僕は背筋に悪寒が走るのを感じていた。
 そのまま、和馬さんは無言でその場を去った。

「あやしいわね・・・」
 物陰から、突然声がした。
「うわっ」
 思わず声をあげて振り向くと、物陰に隠れて顎に手を当てて眉根をしかめている来栖川さんがいた。
 よく見ると、芋蔓式に浩之、松原さんも背後に隠れている。
「見るからにあやしいわ、あの男・・・」
「そうかあ?」
 訝しげに浩之。・・・というか、また覗いてたのか・・・。
「あからさまにあやしすぎて、俺から見れば眉唾モノだけどな〜」
「でも、天堂寺将馬が死んで一番得をするのはあの男よ。何しろこれで遺産はまるごと
あいつに転がり込むことになったんだし・・・その線で冬湖氏の事件ともつながるわ」
「遺産欲しさに父親と兄貴を殺したってか?」
「一応の筋が通るじゃないの」
「まあな」
 浩之は不承不承ながら同意した。
「しかしどうもあの人とそういう俗物的な動機はかみ合わねえな。なあ、雅史?」
 突然僕に振る。覗き見のことはまあ、置いておこう。
「・・・そうだね。あの人はそういうものには執着しないような感じがするね・・・イメージだけど」
「精神系だからな」
 疲れたように浩之。たしかに浩之の苦手なタイプだ。
「まあ、でもわたしはその線で進めるわ」
「個人的感情入ってないか?」
「仕事とプライベートは切り離してるわよ、もちろん」
「・・・確かに、天堂寺和馬さんが現時点で一番濃厚ですよ、先輩」
 補足するように松原さんが言う。
 この二人が言うということは、それが警察の総意でもあるんだろう。
「まあ、その線も悪くないけどな」
「なにか別の考えがありそうね、浩之?」
「それなりにな」
 聞かせてよ、と来栖川さんは浩之をうながした。
 だけど浩之は苦笑して、
「現時点では憶測の域をでねーからな」
「あっ、そうやってすぐ逃げる〜」
「確証を得てから話すよ」
 ひらひらと手を振る。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「もっぺん冬湖さんの離れに行ってみるわ。少しひっかかるんだよ、どうもな」
 それと、と浩之は付け足した。
「もう一度、『煉夜の月』と事件の関連を洗い直した方がいいと思うぜ。・・・思ったより、
今度の事件は根が深そうだからな」
 そう言うと、浩之は中庭の方へ姿を消した。

「なによ、も〜。相変わらずもったいぶった言い方して〜」
 納得いかない、という顔で来栖川さんは浩之の去った方向に舌を出した。
「でも、先輩気になること言ってましたね・・・」
 考え込むような表情で、松原さん。
「また例の直感よ、直感」
「でも浩之のやり方はまず直感ありきで・・・それを後から理論づけしていくというのが
浩之式ですから」
「その直感が外れてたらどうするの?」
 僕のフォローは、来栖川さんにいとも簡単に粉砕された。
 でも、急に来栖川さんも難しい表情になる。
「『煉夜の月』・・・ね。探偵小説じゃあるまいし、それになぞらえて、なんてねえ・・・」
「でも綾香さん、天堂寺冬湖氏の死が仮に他殺だとしますと、胸を刺されて殺害された、
ということになりますよね。今回の将馬さんは腹部をやられてます。小説の内容とここまでは
一致してますよ」
 腕組みをしながら松原さん。
 そう、煉夜の老人は、3人の息子をそれぞれ胸、腹、背中を刺して殺している。
 そして、冬湖さん、将馬さんはそれぞれ胸、腹の傷が直接の死因だ。
 あまりにも露骨すぎる符諜。
「浩之はそれを懸念してました・・・。あるいはこの屋敷で新たな殺人が起きるんじゃないかって。
現に将馬さんが殺された以上、僕も同意見です。3人目の犠牲者も出るでしょう・・・おそらく」
「あの和馬ってのが遺産欲しさに父親と兄を殺した、という筋書きなら話は早いのに」
 しれっと物騒なことを言う。
「でもそれはしばらく保留ってことになりそうね。浩之や葵の言うことにも一理あるわ。
あいつの言うとおりに動くってのも癪だけど・・・少し洗ってみましょうか」
「はい!」
 松原さんは元気よくうなずいた。

 来栖川さんと別れ、浩之を探しに中庭に向かう途中、見知った人影に気づいた。
 由希恵さんだ。
 廊下の壁を、何やらぼうっと見やっている。
「どうしました?」
 その姿があまりにも弱々しかったので、僕は気になって声をかけた。
「・・・・・・」
 ちらりと僕を横目で見やると、無言のまま視線を戻す。
 その視線の先には、壁ではなく一枚の絵画があった。
 かつては鮮やかに色づいていたのだろうが、今は茶色くくすんでいる。
 由希恵さんが黙ったままでいるので、僕も仕方なく視線を絵画に向けた。
 ひとりの、少女の絵だった。
 小さな椅子に座って、白いワンピースに麦わら帽子を被って、にっこり笑いながら
こっちを見ている。
 陶器のように白く、美しい少女。
 瞬間、僕の目は絵画に釘付けになった。
 繭・・・だ。
 髪型はかなり違うが、まぎれもなくこの顔は、繭ちゃんじゃないか。
「・・・これは?」
 なぜかためらいがちに、僕は尋ねた。
「・・・蝶子さんです」
「この・・・人が・・・」
 蝶子さん。繭ちゃんの母親。
 似ているなんてものじゃない。もはや・・・生き写しだ。
「似て・・・いますね」
「繭にですか?」
「はい・・・」
「そう・・・ですわね。ときどき、そら恐ろしくなるほどに」
 また、沈黙。
 今の由希恵さんに、初対面の頃の、どこか人懐っこい印象は露ほどもなかった。
 ただ、奇妙な脱力感と、あきらめが、彼女を支配している。
「贖罪・・・なのかもしれません」
 ぽつりと、由希恵さんは呟く。
「え?」
「主人の死は・・・、あるいは報いなのかもしれません・・・。そしてわたしも。
いえ・・・天堂寺の人間すべてが」
「由希恵さん?」
「・・・誰もが、罪を犯していたのですから」
「・・・・・・」
 ゆっくりと、由希恵さんは振り返る。
「先生・・・天堂寺の家は伏魔殿ですわ」
 力無い微笑。
「血の・・・伏魔殿です」
 その言葉が、僕の耳を静かに打った。

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 続きます。
 って、あう、まただらだら病が・・・。
 どうも構想通りに書けないですね・・・。

 では。