青と黒 Longing/Love 子供の頃は無邪気でいられた。 空の青さを、信じることができた。 それが永遠なのだと。 この青い空はどこまでもどこまでも続き――わたしを包みこんでくれるのだと。 だが――やがて夜が訪れることを、わたしは知る。 夜の闇が、全てを覆い隠してしまうことを、嫌でも思い知らされる。 光ひとつない黒が、世界を全て塗りつくすことを。 そして、わたしそのものをも、黒く染めてしまうことを。 ――青と黒。 その狭間で、わたしは揺れる。 ※ ※ ※ ※ ※ 「――いい曲だなあ・・・」 最後のフレーズがゆっくりとフェードアウトしてからしばらくして、ぽつりと冬弥くんがそう呟いた。 「何ていう曲?」 「『Colors/Dance』。・・・ジョージ・ウィンストンの曲なの」 そう答えると、ああ、と冬弥くんはうなずいた。 そして、2小節くらいの静かなメロディを口ずさんだ。 「うん」 微笑んで、わたしはうなずき返した。 「それは『Longing/Love』だね――。ジョージ・ウィンストンっていえば、やっぱりそうなのかな?」 っていうか、それしか知らないよ――と、冬弥くんは苦笑した。 『Longing/Love』 綺麗な・・・ううん、綺麗すぎる曲。 わたしの中に『青』がいっぱいに広がる曲――。 静かなピアノの旋律が。 優しい海のようにたゆたうメロディが。 ゆっくりと、世界を青に染める。 そんな、息を忘れるほど綺麗な曲。 でもそんな混じりけのない、純粋すぎる『青』が。 わたしにはとても痛くて。 少しずつ『黒く』染まってゆくわたしには苦しくて。 ――だから、わたしはちょっと震える指で、CDを止めた。 「・・・でも、これしか知らないけど、すごく好きなんだ・・・この曲」 照れくさそうに頬を掻いて、冬弥くん。 うん、分かるよ、その気持ち。 わたしも大好きな・・・曲だから。 すごく素直なわたしになれる――大切な曲だから。 だから。 だからわたしは、これ以上CDのトラックを進めるのが怖かった。 全部この曲のせいにして、すべてをさらけ出してしまいそうな自分が。 何もかも忘れて冬弥くんを求めてしまう自分が。 またひとつ、大切な何かを裏切ってしまうことが――。 ゆっくりと、冬弥くんの指がCDプレーヤーに触れる。 『SKIP』のボタン。 CDのトラックは、1・・・2・・・。 ・・・3。 ――『Longing/Love』 流れ出すメロディ。 わたしの中にしみこんでゆくような、綺麗な、痛いほど綺麗なピアノのフレーズ。 『青』が広がる。 『黒い』わたしを優しくそのヴェールで包む。 本当は汚いのに。ずるいのに。卑怯なのに。 そんなわたしを――青く、染めてしまう・・・。 だから、怖いのに。 静かに、冬弥くんの唇がわたしの唇に触れる。 ・・・甘い。 罪の甘さ。 その甘さに酔いしれる弱い自分。『黒い』わたし――。 わたしは、イアゴーだ。 由綺ちゃんを裏切り、純粋なその想いを踏みにじって――、 「・・・・・・」 こうやってうなずいて、冬弥くんを求めてしまう。 オセローを裏切った、イアゴーだ、わたしは。 ゆっくりと流れるピアノの音。 重なる二人。 ・・・拒めない。 違う。拒みたくない――。 だけどもう何も裏切りたくない――。 せめぎあう想い。 青と・・・黒。 そんな思いを、静かに流れる『Longing/Love』の優しい音色と、冬弥くんの吐息が 全部溶かして。 ・・・全てを忘れて。 そしてわたしは――また罪を重ねる。 ===================================== 一応美咲さんのSSです。 寝苦しい夜に、眠れないから書いたSSなので構想もなければちゃんと終わっても いない、ちょっといいかげんなやつなので、出来は悪いです。 何となく気が向いたら読んじゃってください。 ◆青と黒 美咲さんのイメージに合う色ってなんだろうなあとその夜考えたとき、 ぼんやりと浮かんだのが『青』でした。 穏やかな海のように、綺麗なものも汚いものも全て受け入れてしまう美咲さんは、 『青』なんじゃないかなあって。 じゃあ『青』に相対する色はなんだろうなと考えたとき、浮かんだのは『黒』でした。 『赤』じゃなくて『黒』。 どんな色を混ぜても、決して『黒』であることを失わない強固な想い。 そんな一面も、美咲さんにはあると思います。 ・・・ごめんなさい、矛盾してますね(笑) ◆『Longing/Love』 ジョージ・ウィンストンの名盤『Autumn』といえば、やっぱりのこの曲を抜きに語れない と思います。 タイトルは知らなくても、フレーズは知っている人はすごくたくさんいると思う。 冗談は抜きにして初めてこの曲を聞いたときぽろぽろと涙をこぼしたのを覚えてます。 今とは違って感受性の強かった頃に出会いましたから・・・。 そんなわけで、僕にとってすごく大切な曲です。 手元にこのCDがあれば、ぜひ『Longing/Love』を流しながらこのSSを読んで くれると、僕は最高に幸せです。 う〜ん、熱いのか眠いのかわけのわからないことを書いてしまいました・・・。 ちょっと独りよがり気味・・・反省します。