【発端】 THE JOKER
プカプカと紫煙が天井を曇らせる。
僕は首のまわりの汗をハンカチでぬぐって、書類に目を戻した。
今年はここ十年最大の猛暑とやらで、ひどく蒸し暑い。
ブラインド越しに、じわじわと熱気がおしよせてくる。
「暇だなあ・・・」
ふと、欠伸まじりの声。
顔をあげると、浩之はくわえ煙草のまま、退屈そうに新聞を広げていた。
左手でパタパタと顔を扇ぎながら、だらしなく両脚をデスクに投げ出している。
いつものスタイルだ。
「なんか事件とか、ないわけ?」
「今のところはね」
苦笑しながら僕。
浩之はふてくされたように、「へーへー、世の中平和でよござんしたね〜」と新聞をアイマスク代わりに、居眠りモードに入った。
そのまま、
「マルチ〜」
と間延びした声で奥の部屋に向かって声をかける。
「あっ、はい〜」
半拍遅れて、部屋の奥から声がした。
ドアの向こうから、メイドロボのマルチちゃんがひょこっと顔を出す。
しゃべるのも億劫なのか、浩之は右手で「おいでおいで」をする。
「はいっ」
とてとてとて・・・と、子犬のように駆け寄るマルチちゃん。
「御用ですか、浩之さん?」
目を輝かせてる。
幸せそうだなあ。
「麦茶」
にゅっと右手を差し出す、浩之。
「わかりましたっ」
マルチちゃんはぴっと背筋をのばして、教科書通りのまわれ右をして、
またぱたぱたと奥の部屋へ戻った。
「あ、僕もお願いできるかな」
その小さな背中に僕は声をかけた。
「あっ、はい!」
気持ちのいい返事が返ってくる。
本当にいい子だなあ。
なんて思っていると、
「あ〜〜〜〜〜〜!」
と奥の方でマルチちゃんの声がした。
「どうしたの?」
「すみません〜麦茶、補充し忘れてました〜」
うなだれながらマルチちゃんが戻ってくる。
「なに〜、マルチ、4月からは毎朝2本、って言ってあっただろ〜」
「ごめんなさい〜」
今は夏だからいっぱい、だろう。
浩之はこつんとマルチちゃんを軽く叩いた。
しゅんとなるマルチちゃん。
それを見て、僕は思わず微笑んでしまった。
いつもの光景。
外は暑くても、仕事がこなくても、毎日が楽しい。
何気なく、だけど本気で僕はそう思った。
僕の名前は佐藤雅史。
名字はいたって平凡、名前もまあ普通な部類に入ると思う。
今年の春に大学を卒業して、幼稚園の頃からの親友の浩之と、ある仕事を始めた。
言い方は色々ある。
興信所、何でも屋、トラブルシューター、便利屋・・・。
格好よく言えば私立探偵というやつだ。
どうしてこんな仕事をするようになったのか、と尋ねられると、正直僕もよく分からない。
成り行き、というかなんというか、まあ、そんな感じだ。
いつの間にか貸しビルの一室に部屋を借りて、いつの間にか「藤田探偵事務所」の看板を掲げて、
いつの間にか最初の依頼がきて、それで、今や浮気調査や猫さがしにてんやわんや、という毎日を送ってる。
家族や友達からは色々言われたけど、僕は今の生活にすごく満足してる。
何より、浩之との一緒に仕事ができるのが嬉しい、というのが正直なところだけど。
二人だけで事務所を維持していくのは大変なので、助手としてマルチちゃんが来てくれている。
あと、臨時所員として、まだ大学生だけど、姫川琴音ちゃんっていう女の子が手伝いにきてくれたりする。
というわけで、まあ事務所も順調に回転している、と言いたいんだけれど・・・。
夏に入ってぱたっと依頼が途絶えてしまったのだ。
「すみません〜浩之さん〜」
まだマルチちゃんはあやまっている。
「大丈夫だよ、マルチちゃん。じゃ、僕書類のコピー取りに外に出てくるから何か飲み物買ってくるよ。
浩之、何がいい?」
「抹茶オーレ」
即答する浩之。
マニアックだなあ、もう。
「マルチちゃんは?」
「え? わたしも・・・いいんですか?」
「もちろん」
「そ、そんな、悪いです」
「マルチ、たかれるときにはたかっとくもんだぞ」
マルチちゃんの髪をくしゃくしゃともてあそびながら、浩之。
あっ、でも・・・。
「マルチちゃん、そういうの、飲めたっけ・・・?」
「あ・・・」
忘れてた。
ロボットだってこと、時々忘れてしまうほど、マルチちゃんは自然体だからなあ・・・。
「迷うこと、ありませんでした〜」
照れたように笑うマルチちゃん。
「じゃ、行って来るから」
「おう」
そう言ってノブに手をかけようとしたとき・・・。
不意に、ドアが開いた。
バン!
「いたた・・・」
一瞬視界が真っ白になる。
突然開かれたドアが、完全無防備の僕の額に激突したのだ。
「あれっ、誰かいたの? ごめんごめん〜」
いきなり陽気な声が部屋にこだまする。
「あ・・・志保・・・」
「あっ、志保さん」
「げっ、志保」
3つの声が重なった。
「げっ、とはなによ、げっ、とは〜」
そう言って志保はずかずかと事務所の中に入ると、浩之にぴっ、と指をつきつけた。
「せっかくこのプリティー志保ちゃんが鮮度120%の最新志保ちゃん情報をリークしてあげようと思ったのに。
扱いがなってないわよ〜」
彼女の名前は長岡志保。
僕と浩之とは中学時代からの付き合いだ。
僕は親友・・・って思ってるけど、浩之は「腐れ縁」なんて言ってる。
昔から、二人は顔を合わせるたびにこんな感じだ。
もう、挨拶みたいなものなんだろうな。
「興味ねー」
浩之の方はにべもない反応だ。
「あら〜ん、そんなこと言っていいのかなあ〜ん」
ハスキーな声で志保は言う。
そう言えば、キャスターとかラジオのパーソナリティとか、色々やってるみたいだ。
「今度ばかりは聞かないと後悔するわよお」
「後悔なら毎回してるって」
「ズバリ、ヒロ、あんた仕事がなくて暇ねっ!」
びしっ、と浩之を指さす志保。
なぜかマルチちゃんがびくっとする。
「お前な〜よくもそうはっきりと・・・」
「図星ね?」
「・・・・・・」
ぶすっと浩之は目を背けた。消極的肯定、って感じだ。まあ、事実以外の何者でもないのだけど。
志保はにやっと笑って、
「そこで志保ちゃん情報〜ってわけ」
浩之がピン、と右の眉を上げた。
「依頼人紹介してくれんのか?」
志保はちっちっち、とひとさし指を左右に振って、
「ま、とりあえず聞きなさいよ。少なくとも悪い話じゃないから」
とたしなめるように言った。
そのとき、志保の瞳の奥が、きら〜んと光ったような気がした。
(つづく)
どもです、初投稿です。
今までこのコーナー読んでいて、
「面白いな〜、書いてみようかな〜」
と思って書いてみました。
いきなり続きもの・・・。(すいません)
直感の浩之と慎重派の雅史のコンビで探偵ものをやってみたくて。(超安易)
このまま続けられるのか不安ですが、よろしくお願いします。
PS 一応簡略PNは「周」ですが、ここではフルネームで。