LCHM layer05 投稿者:無口の人 投稿日:4月9日(水)00時22分
layer05:advent

 ヒロユキは昨日掘りだした二つの瓶を、学生服のポケットに忍ばせていました。表面
の土を洗い落とした瓶は、どこにでもあるごく普通の小物入れでしたが、彼はそれを部
屋に飾っておくことも、願い事を書いた中の紙も捨てることができないでいるのでした。

「浩之ちゃん、どうかしたの?」

 なんでもねー、と口に出しかけて、ヒロユキはあわてて止め、別の言葉に置きかえま
した。

「ああ、ちょっとな…」

 ヒロユキはアカリに嘘を付いたことがバレて、内容を訊かれることを畏れました。そ
れにアカリに嘘を突き通す自信がありませんでした。実際、自分の考えていることが、
アカリには筒抜けのように思えることが彼にはよくありました。ヒロユキ自身もアカリ
のことをよく知っていましたが、意図的に考えないようにしていました。それは想像力
の欠けた彼の畏れでした。アカリの気持ちをどこまでも追いかけていくというのは、ヒ
ロユキにはそれほど難しいことではなく、むしろたやすいことでした。それ故にアカリ
の奥底に何があるのか知ったとき、自分がどうなってしまうのか、ヒロユキは考え、考
えても暗闇が広がるだけだと知り、結局考えることさえしなくなったのでした。

「ふぅん、あんまり悩むのは身体によくないんだって…テレビで言ってたよ」
「ああ、特命300#だろ? オレも見てたよ」
「なーんだ、じゃあ浩之ちゃん家で見ればよかった」

 お下げをいじるアカリの横顔をヒロユキは見ていました。比較的小ぶりな鼻と口は整
ったものでしたが、今は頬をふくらませているので少し小さすぎるくらいに見えました。
対照的に少し垂れ気味な瞳は大きく、ふいにその視線がヒロユキへと向けられます。

『困ったことがあったら、なんでも私に相談してね』

「――えっ?」
「ええとね、お父さんがどうしても野球を見るって言うから、途中までしか見れなかっ
たんだよー」
「あー、まー、そりゃ家族サービスってもんだ」

 ヒロユキは曖昧な返事をしながら、先程聞いたアカリの声は気のせいだったと結論付
けました。昨日のことでオレは疲れている、思えばほんとうにそうだ、間違いないとい
う気分になってヒロユキは次の瞬間にはいつもの調子を取り戻していました。

「えー? 家族サービスって娘がするものなの?」
「いいんじゃないか? よく言うだろ……親孝行したいときには墓の下とか…」
「うーん、浩之ちゃんそれはちょっと…」

 パンッ、と小気味よい音ががヒロユキとアカリの肩から響きました。

「ソレを言うなら『墓に布団は着せられぬ』ダネ、ヒロユキ!!」

 ビクッ、と肩を叩かれた二人の身体がはた目にもわかるくらいに震えました。ただ、
驚いた理由は微妙に異なっていました。

「クリ……、レミィ? ひ、浩之ちゃん! 私、はじめて見たよ。ずっと浩之ちゃんの
幻想だと思ってたけど……浩之ちゃんの言うことはホントだったんだね!」

 アカリは無意識のうちにヒロユキの学生服の裾をつかみ、何か言わなくてはという焦
りから必死に喋りました。それでも、振り返った先の人物に話しかけることはできずに、
ヒロユキに助けを求めるのが精一杯でした。

「レミィ……お前、どうして?」

 アカリの告白も少しショックでしたが、それはアカリが見えていたフリをしていたと
いうショックでしたのでさほど堪えませんでした。それよりも、再びレミィに会ったこ
との方が彼の心を揺さぶりました。はっきりと言ったわけではありませんが、昨日の別
れの後、二度と彼女に会うことはないだろうと思っていたからです。

「ハイ、昨日ニホンに引っ越してきまシタ。今日からゴガクユウデス!」
「はあ? レミィ、お前何言って――」

「ハジメマシテ、レミィ・クリストファー・ヘレン・宮内デス」

 ※ ※ ※

「すごいね、浩之ちゃんって予知能力者?」
「私、ほんとに心配してたんだよ」
 アカリが教室に向かう途中、興奮した様子で喋っていましたが、ヒロユキはうわの空
でした。確かに、レミィはヒロユキの願いが生み出したものでした。かつて、失くして
しまった女の子を取り戻そうとした結果が、彼女という幻影でした。もっとも、彼自身
も昨日までそのことを忘れてしまっていたのでした。ヒロユキはポケットの中の瓶に封
じてある願い事を思い出し、胸が苦しくなるのを感じました。

『へれんおコろしタイ』

 どうしてそんなことを書いたのだろう、とヒロユキは思い、レミィの姿で再び自分の
前に現れた彼女の真意を計りかねていました。ヘレン・宮内というのは、子供の時ヒロ
ユキが一緒に遊んだ女の子でした。子供の無邪気さと残酷さが、たまたま少女の姿をし
ているかのような存在でした。ヒロユキは彼女のことが好きでした。いえ、好きだった
ことを思い出しました。ですが、ヘレンがどんな容姿だったかはどうしても思い出せな
いでいました。

「志保ちゃんニュース!! ほら、みんなのアイドル志保ちゃんがやって来たわよ。ね
え、ヒロ。おーい。ヒロ? ねぇってば、ヒロ」
「うっせー、聞こえてるぞ志保」

 教室に着いたあと、何もやる気が起きずに机に突っ伏していると少々甲高い声と共に
ヒロユキは揺り起こされました。

「なによ、ツレないわねー。せっかく、ビッグニュースを持ってきてあげたのにっ!」
「へー、はーそうですかい。そりゃよかったな」
「いいのかな? そんな態度をとっていいのかなぁ?」
「言いたいんなら、さっさと言えってーの!」

 いつもにも増して不機嫌そうなヒロユキとそんなヒロユキに対していつもより挑発的
なシホを、黙って聞いていたアカリとマサシが、まあまあヒロユキ、シホもそんな勿体
ぶらなくても…、となだめます。シホは気持ちの切り替えが早いのか、すぐにいつもの
調子に戻ると得意げに喋りはじめました。

「今日、転校生が来るのよ。それも、そんじょそこらの転校生とはワケが違うんだから」

 シホの言葉にヒロユキとアカリは顔を見合わせました。アカリの表情は笑いを含んだ
ものでしたが、ヒロユキのそれは頬の筋肉を硬くさせたものでした。

「もしかして、外国からの留学生……なんて言わないよな?」

 ヒロユキは敢えてアメリカからの、と言わずに外国からと言い換えましたが、シホの
反応は彼の予想どおりのものでした。なんで知ってんの? でも、まだまだ甘いわね。
キンパツヘキガンのアメリカ美女よ。それは知らなかったでしょ?

「クラスは?」

 喋り続けるシホを制するように、ヒロユキは短く問いを発しました。

「さあ? それはわかんないわ」

 話題が別のことに移っても、ヒロユキはレミィのことばかり考えていました。誰とで
も気軽に接し、陽光のように穏やかで、ときに笑いを誘うくらい素直な彼女はきっとた
ちまちクラスの人気者になるだろうと思いました。ヒロユキもそんな彼女が好きでした。
ですが、今朝会ったレミィが、自分のクラスに居るところを考えるだけでヒロユキの胸
を凍てついた風が通り抜けていくのでした。彼は自分のクラスに彼女が編入されないこ
とを願っていました。

「よーし、みんな席につけー」
「げっ、ヤバ」
「隣のクラスのやつは急いで出てけー」

 机という机にぶつかりながら退出するシホの姿は、微かな笑いの渦を引き起こしまし
たが、ヒロユキの心は硬く冷たいままでした。

「今日はみんなに楽しい知らせがある」

 教師がそう言うと、一瞬教室は静まりかえり、続いてざわざわと囁き声があちらこち
らから起こりました。ヒロユキは興味がないというように窓の外に目を向ける一方で、
ポケットの中の願い事の瓶を強く握りしめていました。

「来週、いままでやったところの小テストをします」

 えー、と生徒たちが声を揃えて抗議している中で、一人ヒロユキだけが深い安堵のた
め息をついていました。ちょうどそのとき、どこか他のクラスで歓声が上がっているの
を聞いたような気がしました。ヒロユキは彼女と会って話をする決心をしなければなら
ないと思いながらも、日常の中に身を沈めていきました。
 休み時間になってもヒロユキの前にレミィが現れることはありませんでした。昼休み
などには、それとなく他の教室を覗いてみましたが彼女の姿を見つけることはできない
でいました。ヒロユキはなんとなく、もう二度とレミィに会うことはないのではないだ
ろうか、と思い始めました。彼女のような話題の人物を、まったく目にしないというの
もおかしな話だと感じていました。

「じゃあな」
「藤田くん、バイバーイ」

 クラスメートに軽く挨拶してヒロユキは教室を出ました。帰りにあの公園の木のとこ
ろに行ってみようと、彼は決めていました。
 ドン、と側面から強い衝撃がきて、気が付いたときには廊下に倒されていました。ヒ
ロユキは、おそるおそる自分を突き飛ばしてであろう人物を見上げました。
 その金髪、その碧眼、その笑顔を。

「ハーイ、ヒロユキアタシのこと覚えてる?」
「レミィ! ……いや、ヘレンなのか?」
「エクセレント! やっぱり、ヒロユキは死なないんダネ」
「レミィはそんなことは言わない。そんなことは…」

 いつまでもレミィの黒い下着を見ているわけにもいかないと判断したヒロユキは、レ
ミィの手を取りゆっくり話のできる場所を探しました。中庭にはベンチで佇む先輩がい
たので、しかたなくまだ少し肌寒い屋上へと場所を移しました。

「どういうつもりだ、ヘレン。なんで今頃…」
「久しぶりダネ、ヒロユキ…やっと逢えたヨ」
「レミィの喋り方をマネするのはやめろっ!」
「スミマセン。デモ、もしかしたらこの身体で生活している未来もあったのデスネ…」

 レミィは踊るように、そしておどけるようにその場で一回転してみせました。八重歯
を見せながらはにかんで笑うその姿は、ヒロユキのよく知っているレミィでした。彼は
見とれていた自分に気が付き、あわてて視線を逸らしました。

「突然居なくなって、そんでもってまた突然現れて、しかもレミィの姿で……いったい
なんなんだよ」
「ヒロユキに逢いに来まシタ。憶えてマスカ? 約束の小瓶のコト」
「知らねー。そんな瓶のことも、お前が何者なのかもなっ!」

 ヒロユキはさりげなくポケットに手を入れると、二つの瓶があることを確かめました。
彼は自問します。どうしてオレはこんなものを掘り返しちまったんだ? 掘り返した時
に叶う願いだと? そんなものがあるはずがねぇ? ヘレンは何者なんだ? どうして、
オレは目の前の彼女の存在を受け入れてしまってるんだ?

「ソウデスカ……それでは実力行使しかないデスネ」
「なんだよ、そりゃ」

 レミィはごく自然な動作でヒロユキに近づき、彼のポケットに手を入れました。それ
があまりに自然すぎて、ヒロユキは一瞬対処が遅れました。後ろ向きに彼女がジャンプ
したとき、その手には小瓶が一つ握られていました。

「レミィ! お前、なんでそれを!!」
「テンシはなんでもお見通しなのデス。……ところでヒロユキ、アカリとは仲良くして
いますカ?」
「んなこと、関係ねーだろ」
「アカリのこと、好きデスカ? 恋愛の対象として」
「さあな」
「ソウデスネ。母親には恋はできないデスネ」
「母親ぁ? オレはあかりに生んでもらった憶えなんてないがな」
「忘れてしまいましたカ? やさしくていつもソバに居てクレル母親をヒロユキは望み
マシタ。デモ、ヒロユキのイマジネーションは不完全デシタからアカリになりマシタ」
「――な、レミィ、おまっ、何を言って……」
「デハ、アタシがアカリの願いを叶えてあげようと思いマス」

 レミィは寂しそうにそう言うと、踵を返し屋上の重たい出入り口の扉へと向かってい
きました。ヒロユキは彼女の姿が見えなくなるまで、一歩も動くことができずに、ただ
ポケットの中の小瓶を握りしめているだけでした。
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 魔法カード『融合』発動!(爆)
 融合したターンは攻撃できない。よって、ターンエンドだっ!

 意訳:次で終わりです。最後の方ってあまり見直ししてなかったり(すみません:汗)