LCHM layer03 投稿者:無口の人 投稿日:4月3日(木)00時08分
 えーっと、200万Hitおめでとうございます(遅すぎ/汗笑)

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layer03:lostchild

 ヒロユキはまわりの者からはいつも仲間に囲まれているように思われていましたが、
実際には1人で居るのを割と好むタチでした。中学までは何をするにもアカリがついて
きましたが、あるときひどくヒロユキが怒って以来、朝の登校のとき以外にアカリが姿
を見せることはなくなりました。もちろん、それはヒロユキの目から見たことで、実際
にはアカリはそれでもヒロユキの元を離れているわけではありません。彼女にとっての
世界はヒロユキだけなのですから、それは当然のことでした。ただ、だからといってア
カリがヒロユキに対してどうこうするということはなく、ただ影のようにそこにあるだ
けなのでした。

「ん、あれは…」

 そんなある日、ヒロユキは下校の途中見知った顔を見つけて駆け寄りました。

「おい、レミィ。何してんだ?」
「ハ〜〜イ…ヒロユチ」

 普段より1オクターブ低い声で挨拶するレミィの横へとヒロユキが目を移します。そ
こには泣きはらした目をうつろに前に向けたまま歩く男の子が居ました。泣き疲れて、
悲しみも怖れも希望もすべて洗い流してしまったような顔だと思いました。ふいに、似
たような表情をどこかで見たような気がしましたが、それが誰の顔であったかは思い出
せません。ただ、不思議なことにヒロユキはそんな希望も絶望もないぼんやりとした表
情に心惹かれました。

「このコ、迷子なのデス」
「はぁ? 迷子? ケイサツには届けたのかよ?」
「……シテマセン」
「なんだよ、ケイサツの場所がわかんねーのか? しゃーねー、連れてってやるよ」
「Wait! Wait! ジャスミニッ! 待ってクダサイ、ヒロユッチ」
「ん?」

 ヒロユキは訝しがりました。レミィが警察に行きたがらない理由がわかりません。相
手がシホあたりだったら、なんかやらかしたのかオマエと軽口の一つも叩くことができ
ましたが、レミィの真剣な様子にヒロユキも真面目にならざるを得ませんでした。ヒロ
ユキはこと想像するという事に関してはまったく才能がありませんでしたが、目の前の
者が何を望んでいるかを感じる心は人一倍敏感でした。それは彼の長所でもありました
が、流されやすいという短所とひとまとまりの性質でした。

「わかった。オレも一緒に捜してやるよ」
「Wao! Great! ありがとデス、ヒロユチ。よろこんでクダサイ、ヒロユチ
が一緒に捜してくれマス!」

 レミィが笑顔になるのを見て、ヒロユキは花の開花を撮影したフィルムを逆回しにし
たようだと感じました。頭を垂れていたそれが潤いを取り戻しながら、花開く様子はど
こか魔法のように思えました。そして、彼女の魔法は伝染するのでした。レミィに呼ば
れた男の子の目が焦点を結び、目尻と頬の筋肉が躍動し笑顔をつくりだします。男の子
がヒロユキを見ました。いつのまにか、笑っている自分にヒロユキは気がつきました。
その笑顔がレミィからもたらされたものか、男の子からもたらされたものなのか彼には
わかりませんでした。

 ※ ※ ※

「ふぅ…見つかんねーな」
「ハイ…デスガ、きっとこの子を探しているヒトがいるはずデス!」

 しばらくの間、ヒロユキとレミィは男の子の親を捜して歩き回りましたが、それでも
男の子の親を見つけることができませんでした。男の子はヒロユキの背中で寝息を立て
ています。子供一人といっても背負って商店街の隅から隅まで歩き回るのはヒロユキの
体力を奪うのに十分な運動量でした。それでもヒロユキは捜すのをやめようと自分から
言いだしはしませんでした。レミィの行動が彼には不可解だったからです。ヒロユキに
とってレミィがどうして自分で親を捜しだしたいのかは、『どーでもいいこと』であっ
たのですが、笑顔で諦めず、丹念に、幾度も街中を駆け回るチカラがどこから沸いてく
るのかを不思議に思いました。ヒロユキは考えるより先に彼女に訊ねていました。

「なあレミィ、なんで警察に行かないで自分で捜そうって思うんだ?」
「……捜してクレル」
「え? なに?」
「……さがしてくれるヒトがいないと、哀しいデス」
「まあ、放っておかれるよりも捜してくれた方が嬉しいだろうけどな」
「アタシ、子供のころ、この街に住んでマシタ」

 レミィが突然自分のことを話し出したのを、ヒロユキは驚きながらも口を挟まずにた
だ聞いていました。両親の仕事の都合で少しだけ日本に住んでいたこと、そのときに仲
良くなった男の子がいたことなどを彼女が堰を切ったように話すのをただ聞いていまし
た。

「アタシが迷子になると、そのコが迎えにきてくれて家に帰れマシタ。デモ、あるとき
道に迷って一人で家に帰ったとき、ファミリーがアタシの名前を間違えマス。マシタ。
アタシは怖くなって逃げ出しマシタ」
「んなことよくあるだろ? オレだってよく母親に昔飼ってた犬の名前やら父親の名前
で呼ばれるぜ?」

 ヒロユキがなんだそんなことか、と呆れながらも安心させるように笑顔を向けてそう
言いましたが、レミィは笑顔と泣き顔の中間のような微妙な顔のままでそっと呟きまし
た。

「今もDadとMomはアタシの名前を間違えマス」
「そりゃ冗談にしてはキツイな」
「デモ、やっと見つけマシタ!」

 突然レミィが腕に絡みついてきたのでびっくりしてヒロユキはビクッと後ずさりしま
した。背中に男の子を背負っていたのでバランスを崩し、倒れそうになるのをレミィに
引き上げられるような格好になりました。ヒロユキは自分の姿をカッコ悪いと感じまし
たが、レミィに笑われたわけではないので少し安心しました。長時間歩いたためか、背
中の男の子がやけに重く感じられました。ちょうど首のうしろ辺りに男の子の顔がある
ために肌に触れる髪の毛がこそばゆいのです。ただ、ヒロユキとしてもレミィの押しつ
けてくる二の腕と胸の感触の方に意識がいってしまいますので、背中の男の子のことは
さほど気にはなりませんでした。

「な、いきなりなんだよレミィ。いったい何を見つけたって?」
「エーットですネ、シホから聞きマシタ。ヒロユチのmemory」
「メモリー? オレの記憶がどうかしたのか?」
「Uh……モット大事なものデス。宝物、子供、とんがり帽子…エーット」
「もしかして、思い出って言いたいのか?」
「Oh、Yes! ソウデス、思い出デス!」

 レミィが言っているのは昼間ヒロユキがシホに話した思い出の小瓶の話でした。うれ
しそうに跳ねる彼女の話に耳を傾けていたヒロユキでしたが、その内容を詳しく聞くに
つれ身体の中を血ではなく鉛か何かが駆けめぐっているような気分になりました。実際
ほんとにそうではないかと疑ったくらいです。心臓から手足へ、また手足から心臓へと
鉛が流れて細胞と細胞の隙間に少しずつ鉛が溜まっていく様子をヒロユキは想像します。
鉛が溜まっていきますから、身体はどんどん重くなるのですがしかし、頭だけはなんと
もないのでした。頭だけは無事でいろいろ考えることができましたから、ヒロユキは自
分に確認するようにゆっくりと言葉にしていきました。

「なあ、レミィって子供のとき黒髪だったか?」

 言葉を発するとより一層頭だけの感覚がヒロユキを支配して、まるで自分が首だけの
生き物ではないかと思うほどでした。腕にぶらさがりねだるように揺するレミィの動き
も幾分かの重みだけを残して消え去り、ただ彼女の顔を見てその言葉を待つことがヒロ
ユキに唯一できることでした。

「No、ブロンドデス。モチロン、子供のときからデス」
「子供の頃、魚とか虫とか捕って遊んだことあるか?」
「ハイ、キャンピングでよくトラウトやダックをHuntシマシタ」
「何のために?」
「自然のセツリを学ぶためデス。自分でエモノを料理シマス」
「じゃあさ、食べるんじゃなく…ただ殺すためだけに生き物を殺したりしたことは?」
「ナシデス。エモノは天カラの贈り物デス。感謝して食べマス」
「だったら……だったら、その獲物をさばいたりするとき…うれしかったか?」
「ウーン、小さいころは怖くて泣きマシタ、ケド、今はシェフ並みデス…アハハ」

 照れ笑いを浮かべるレミィが頭を振るたびに鼻の奥にブドウの実を擦り付けられるよ
うな甘い匂いがしましたが、ヒロユキはそれを黴(か)びたブドウの匂いだと感じました。
ヒロユキはレミィに自分が彼女の言っている幼なじみではないことを伝えようと決心し
ます。そうしないと、頭の中が黴びてしまうような気がしたからでした。ヒロユキは自
分の中の湿った空気を吐き出すように口を開きました。

「そっかそっか、じゃあレミィかもしんねーな、オレの幼馴染み」

 考えていることとは違う言葉が彼の口から漏れました。ときどきヒロユキは自分の考
えとまったく違うことを喋ってしまうことに気が付いていました。他人を突き放し、自
分の意見を言うことができません。それは呪縛でした。しかも、繕ったその言葉はその
場かぎりの言葉でしたので、後からみればどうしようもなく人を裏切る言葉なのでした。

「Great! アタシも嬉しいヨ。ずっと夢見てマシタ、あのコに会うの」

 嘘をついたことでヒロユキの心は幾分か軽くなり、身体の感覚が戻ってきましたがそ
の胸には何か重いものが残りました。レミィが隣で跳ねるような感じで歩き、真夏の日
差しのような笑顔をヒロユキに向けましたが、それは今の彼には眩しすぎるものでした。
彼の心は恐ろしさに震えました。レミィの笑顔を失いたくないと思いました。いつどん
な形で彼女が愛想を尽かすのかヒロユキに想像することはできませんでしたが、嘘をつ
いた後に彼はかならずといって後悔しました。なんでオレはあんなことを、と自分の不
可解な言動の理由もわからず、その結果として未来にどんなことがおきるかも彼には闇
に閉ざされています。ヒロユキにあるのはただ、今この瞬間だけでした。過去に裏切ら
れ未来を閉ざされているように感じても、しょうがねぇ、今を楽しく生きればいいと開
き直るのでした。

「そっか、全然気が付かなかった。ごめんな、レミィ」
「ウウン、あやまる必要なんてアリマセン」
「しっかし、なんて書いたんだろうな?」
「ハイ?」

 レミィの期待に満ちた目を見てヒロユキは「しまった」と思いました。いくらなんで
も直接すぎた、と自分の考えのなさを嘆きそうになりましたが、小首を傾げたレミィの
様子を見て安堵しました。なぜなら、彼女が願い事の内容を知っているはずがないので
すから。

「いや、そのさ…願いごとを書いた瓶ってさ、どこに埋めたたか覚えてねえかなってさ」
「……ウーン、覚えてマス」
「――ほんとかっ!?」
「ワオ! ヒロユチ、声がおおきいデス」

 背中の男の子が身じろぎするのをヒロユキは感じて、少し屈むようにして彼を背負い
直しました。それから慎重に先程より若干声のトーンを抑えて、レミィに訊きました。
自分の緊張を悟られないように、声が震えないようにうわずらないように気をつけて。

「どこに埋めたっけか……あのビン……」
「ソレはですネ」
「それは?」
「アー、何処デショウ?」
「――って覚えてないのかよぅ」

 レミィの腕がごく自然な感じでヒロユキの顔に伸びてきて、二つの手のひらが口元を
おおうようなかたちで頬を挟みました。それは恋人たちがキスをする前の甘い意思表示
にも見えましたし、子供をあやす母親のようでもありました。ヒロユキはレミィの指の
圧力を感じましたが、その体温を感じることはありませんでした。冷たくもなく温かく
もなくまるで温度差のない彼女の手は、まるで自分の身体の一部のようだとヒロユキは
考えました。

「ヒロユッチ…アタシ怖いヨ。ヒロユチが見つけてしまうのが、怖いヨ。アノ大きな木
の根本に埋まっているモノ……」
「大きな…木?」

 おうむ返しに呟いたヒロユキの言葉に、レミィは身体を硬直させ何かを訴えるように
目の前の青年を見つめました。キラキラと彼女の瞳が輝いたように思えましたが、それ
は涙のせいでした。ヒロユキはレミィが何を言おうとしているのか口を開きかけました
が、それが言葉になることはありませんでした。

「……」

 彼女の唇が青年のそれへと押しつけられています。ヒロユキは、もはや人の顔として
認識できないまでに近づいたレミィの顔が見られないのを残念に感じました。同時に、
キスというものは触覚と嗅覚がその大部分を占めるものだなとも思いました。押しつけ
られても彼女の体温はやはり感じることがありませんでしたが、ブドウの匂いはヒロユ
キの頭を揺さぶりつづけるのでした。

「浩之ちゃん……」
「――!! あ、あかり……お前なんで?」

 不思議そうにヒロユキを見つめているアカリがそこに居ました。
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穴埋め 『ちょう高性能ロボ 高円寺マドカがやってきた』(c)Alicesoft

「犬さん、犬さん。おなかが空いてるんですか?」
 わん。
「そうだ、今日バスの中でおばあさんにもらったクッキーがあるんです。いま
出しますね」
 わんっ! ……がつがつがつ。
「マルチさん、何をしているのですか?」
「あ、マドカさんこんにちわです。犬さんにクッキーを差し上げたところです」
「そうですか。一つ、いただいてもいいですか?」
「えっ、マドカさんは食事ができるのですかー?」
「はい、高性能ですから」
「すごいですぅ。……あ、地面に落ちたものでも大丈夫なんですか?」
「はい、高性能ですから。はむはむ……んぐ」
 ……ぐきゅ、きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる
「ま、マドカさんのお腹が鳴ってます」」
「……そういうプレイもオッケーです(ぶい)」
「はわわ…」