LCHM layer00-01 投稿者:無口の人 投稿日:3月28日(金)02時21分
 下記の条件に当てはまる方は、読み飛ばしてください。

・タイトルを見て『LC−20』Vs.『HMー12』の熱きバトル物を期待した方
「ボクはもう、笑い方さえ忘れてしまった…」
「わたしが、わたしでよければっ、リ○ティさんのために笑いたいですっ!」…みたいな(笑)

・オリジナルゲームのキャラ設定と少しでも違っていると、ノートに落書きしたくなる方

・オリキャラが目立っている話は、家訓で読んではいけないことになっている方

・無口の人のことを本気でツインテール好きだと思っている方(重要)

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layer00:oblivion

 もの覚えのわるさというものは、ときに悲劇の演出に、ときに笑い話の種になったり
しますがいずれの場合にも当の本人にとってはさほど問題ではないものです。怒ったり、
泣いたり、笑ったり、さげすんでみたり、呆れたり、喜んだりするのは大抵まわりの連
中で、忘れている本人だけが蚊帳の外ということもめずらしくありません。いいかえれ
ば"覚えている"ということは人の集まりの中でメンバーシップを獲得しているというこ
とです。おなじ記憶、おなじ体験、おなじ知識を共有しているしているからこそ、話が
通じるわけですので"忘れている"という状態は自然と仲間はずれになるわけです。
 ただ、人の記憶というものは常に変化していく空の雲のようなものですから、時間と
ともに形が変わったり、くっついたり離れたり、消えたり生まれたりします。それでも
みんながみんな覚えていたり、みんながみんな忘れてしまったときは問題はないのです
が、忘れてしまったことを一人だけが覚えていたり、覚えていることを一人だけ忘れて
しまっているときが問題となるわけです。それは風が強い日に空にぽつんと浮かんでい
る雲だったり、空一面が曇っているときにぽっかり空いた穴のように不自然な光景です。

 この世界というものはうまくしたもので、そうした不自然な、そこに住むモノたちに
不都合な情況がおきても誰にも気が付かないうちに修復してしまうようです。

                                   LCHM


layer01:childhood

 今よりひと昔かそれよりもうすこし前、とある街に一人の少年がいました。少年とい
っても物心ついたかつかないかの年齢でしたので、その年くらいの他の子供と同じよう
に純真な心を持っていました。少年の名前はヒロユキといいました。
 ヒロユキの家は至極ありふれた建て売り住宅でしたが、両親は研究員をしていました
ので彼はめったにない家族の帰宅を待ちながらいつも一人で過ごしていました。半ば放
任されていたヒロユキでしたが、何分子供ですので自分の中のもやもやした感じがなん
なのかわかりませんでした。ですがあるとき、近所の子供をブン殴ったとき気持ちがす
っきりして彼は自分の気持ちに気が付きました。

「おまえん家、父ちゃんも母ちゃんも居ねえんだろ」

 はっきりとは覚えていませんでしたが、たしかそんなことを言われて、そして気が付
いたときには目の前で昨日までともだちだった子供が泣いていました。ヒロユキはすっ
きりとした頭ではっきりと思いました。新しいお母さんが欲しい、と。父親は居ても居
なくてもどちらでもよかったので、彼は特に願いはしませんでした。

 それからひと月かふた月ほどした頃、ヒロユキはいつものように一人で遊んでいまし
た。彼はこの近所で乱暴な子供として有名になっていましたので、遊び相手が誰もいな
くなっていました。それでも、少し前までは彼を慕ってくるような仲間がいたのですが、
ヒロユキの姿を見つけると彼らの母親がサンダルをカタンカタンと音を立てながら走っ
てきてもの凄い形相で睨み付けるのでした。ヒロユキも睨み返します。そうしてしばら
くすると母親は大抵、ヒロユキから目を逸らします。

「こっちで遊んじゃダメって言ったでしょ、○○ちゃん」

 彼はそんな風に嘘をつく母親たちが大嫌いでした。はっきりとヒロユキの名前を出さ
ずに、まるで彼自身が居ないかのように言う母親たちが大嫌いでしたので、自分の新し
い母親には嘘を吐いてほしくないと彼は思いました。ただ、『ちゃん』付けで呼ばれる
のは許してもよいと思いました。

 ピッチャー振りかぶって第一球を投げました、とヒロユキがボールを投げます。一人
ですので、相手は公園にあるレンガの壁でした。もちろん、ランナーもいませんのでい
つでもピッチャーは振りかぶることができました。いつも、第一球なのはそこで終わっ
てしまうためです。ボールを打つべきバッターがいませんので、そこでゲームが終わっ
てしまうのです。ヒロユキは想像力の欠けた子供でした。

「あっ」

 何回目かの第一球がレンガのくぼみに当たって、横に弾かれてしまいました。

「あっ…」

 今度の声はヒロユキではありませんでした。硝子のビンを弾いたような透き通った声
でした。女の子でした。コロコロとヒロユキのボールは女の子のあしもとまで転がり、
止まりました。

「…………」

 ヒロユキは彼女がボールを拾ってくれるのではないかと期待して、からだをモゾモゾ
と動かしたり、げんこつをもう片方の手のひらにうちつけたりしました。そうやって彼
が所在なさげにソワソワしているのはボールを取ってほしいからだけではありません。
女の子が見たこともないほどかわいらしかったからでした。つば広の帽子ではっきりと
はわかりませんが、女の子は肩まで垂れる黒い髪とはうらはらに外国のひとのような顔
をしていました。それでも、彼女がかわいいということだけはわかりました。

「ボール、とって」

 ヒロユキはぶっきらぼうに言いました。わざとそんな風に言いました。彼は女の子に
嫌われたいと思いました。なぜ、そう思うのかはわかりませんでした。しかし、理由に
ついてはどうでもよかったので、ヒロユキはまずは嫌われてみようと思いました。

「ボールをとる、の? わたしが?」

 ヒロユキの言葉に彼女は不思議そうな顔をしました。なぜそうしてほしいのかを本当
にわからないといった表情でした。

「そう」
「どうして?」
「オレのだから」
「あなたのボールだから、わたしが取るの?」

 ヒロユキはからだの芯が熱くなりました。

「いいから取ってよ! オレのボール!」

 女の子は驚いたように両目を大きく見開いた後、にこりと微笑みました。

「はい」

 腰をかがめて拾ったボールを差し出して、彼女はまた微笑みました。それはヒロユキ
が見たこともないほど可愛らしく、清楚で、感情のない笑顔でした。

「…………」

 ヒロユキは女の子の方に歩いていき、無言のままでボールを受け取ろうと手を伸ばし
ました。

「うわっ、なんだよっ……!!」

 ひんやりとした感覚がヒロユキの手首に巻き付きました。それは女の子の手のひらで
した。ヒロユキの頭は真っ白になり、ついで顔が赤くなりましたが、女の子の方はあい
かわらず笑っているだけでした。女の子の手の冷たさは、とても気持ちよく、そのまま
その感覚に全身を飲みこまれたいとヒロユキに思わせました。
 ドン、と前触れもなく女の子はヒロユキを突きとばしました。

「…………」

 彼女の顔はじっと、笑みの抜けた感情のない顔でヒロユキを見つめました。それは先
ほどまでの可愛らしいものとは打って変わってひどく大人びた憂いのある顔でした。

「な、なんだよ。やる気か?」
「わたしのこと、わかる?」

 女の子は訊きました。ヒロユキは彼女のことなんか知りませんので首を横に振りまし
た。

「知るわけないだろ?」
「そう…」

 女の子はがっかりした顔をしました。それは本当に興味をなくしたような冷たい無表
情でした。ヒロユキはそんな冷たい顔を初めてみました。怒られたり、にらみ付けられ
たり、怒鳴られたりということはしょっちゅうでしたが、わけもわからずその場から逃
げ出したくなるような顔は初めてでした。

「だ、誰だっていきなり突き飛ばすヤツなんて知らないよ!!」
「あら!? 覚えているじゃないの」

 何か言わなくてはという焦りからヒロユキは自分でも訳の分からないことを口走りま
したが、女の子の言葉はそれに輪をかけてわからないものでした。

「なんだよ。覚えてるって何がだよ」

 女の子がふたたび笑顔になったのに気をよくしたヒロユキは少し余裕がでて、またぶ
っきらぼうに訊きました。

「死ぬ前のことを覚えているんでしょ?」
「オレは死んじゃいねぇよ」
「いいえ、あなたは私の手で殺されたの。みんな死ぬと忘れちゃうのよ、私のこと。父
親も母親も姉も友達も」
「だから、オレはただ突き飛ばされただけだろーが。なんでわかんないんだよっ!!」

 ヒロユキの心臓はもはや飛びだしそうでした。彼自身はそのことに気づいてもいませ
んでした。でも、彼の身体は逃げだそうとし、その証拠にヒロユキは中腰になっていつ
でも飛び跳ねられるような格好になっていました。

「すごいわ、初めてよ。私のことを忘れずにいてくれるなんて。気に入ったわ。あなた
の名前を聞かせてくれる?」

 女の子の言葉は相変わらずヒロユキには訳の分からないものでしたが、それでも彼女
の顔はさきほどとは打って変わったうれしそうな笑顔になっていました。よほど嬉しい
のか声を出して笑いました。鈴の音のような澄んだ声で笑いました。

「ひろゆき……ふじたひろゆき……」

 ヒロユキは自分の口から出た声の高さにびっくりしました。それは自分の声でないよ
うに思えましたが、それでもやっぱり自分の声でした。

「ヒロユキ…ヒロユキね。ヒロユキが名前で、フジタが姓でしょ?」
「セイ…セイってなんだ?」
「ああ、そうね…ええと苗字ね。あなたの家の名前よ」
「家の名前か……ああ」

 ヒロユキは苗字というものが何を意味しているのかわかりませんでしたが、頷いてみ
せました。知らないと言って女の子に嫌われるのがイヤだったからでした。

「私はヘレンよ。ヘレン・宮内。よろしくね」

 ヘレンと名乗る女の子は、ヒロユキの焦りなどまったく気にしていない様子でそう言
い彼にボールを返しました。彼女の手は先程よりいくぶん温かいようにヒロユキは感じ
ました。

 それから毎日のようにヒロユキはヘレンと遊ぶようになりました。遊ぶといってもヒ
ロユキは男の子でしたので、ボールで遊んだり虫を捕まえたりといった類の遊びでした。
ヘレンはヒロユキのすることをただ見ているだけでしたが、時折ヒロユキがカエルやザ
リガニを捕ったりすると興味深げに手にとって触ったり、なでたり、小突いたりしまし
た。ヒロユキは女の子がそんなふうに手の汚れるのもかまわずに生き物を扱うところを
初めて見ました。

「なあ、すごいもん見せてやろうか」

 あるとき、ヒロユキはカエルを眺めているヘレンに得意げに言いました。

「うん? なぁに?」

 ヘレンは鈴の音のような声で答え、呼びかけられた方に顔を向けました。彼女の長い
黒い髪が揺れるとヒロユキはどきりとしましたが、顔には出さないように我慢しました。

「これさっ、これを使うんだ」

 ヒロユキが半ズボンのポケットから取り出したのは爆竹と百円ライターでした。手慣
れた感じで爆竹をカエルの肛門に突き刺し、導火線に火をつけました。カエルはもがく
ように飛び跳ねていましたがすぐにパンッ、という乾いた音とともにけいれんする肉片
へと成り果てました。

「まあっ! すごいっ!」

 興奮のため頬を桜色に染めたヘレンは飛び散ったカエルの部品をつまみ上げて丹念に
観察した後、ヒロユキがいままで見た中で一番の笑顔で言いました。

「ねえねえ、もっといろいろなものを試してみましょうよ」

 ヒロユキは正直ヘレンの反応にとまどいました。ただ、それは彼女の反応が予想して
いたものと違うからという理由ではありません。ヒロユキは想像力の欠けた子供でした
ので、そもそも予想などしていませんでした。ではなぜ、困っているかと言うと彼の持
っている爆竹は今ので最後だったからです。近所の駄菓子屋には爆竹が置いてありませ
んので、それを買うには隣町まで行かなければならないのでした。

「いいけど。今日はもうやめにしようぜ」
「どうして」
「どうしてって…もう帰らないといけないし」
「どうして? まだ、大丈夫でしょ」
「だめだ。今日はもう帰るから、今日はもうおしまい」

 ヒロユキはしつこいヘレンの態度にイライラしました。ただ、彼女の顔を見るとその
気持ちがどこかへ行きそうになりそうだったので、飛び散ったカエルの死体を眺めなが
らそう言いました。

「そう…残念だわ」
「じゃあ、また明日な」

 ヒロユキはもやもやとしたものを胸の中に感じて、ヘレンの返事も聞かずに走り出し
ました。もやもやとしたそれは、ヘレンの笑顔でした。それは引きちぎられた肉片より
もずっと重く彼の胸にのしかかりました。もやもやはやがてヒロユキの胸の穴になりま
した。ぽっかりと空いた穴になりました。もう爆竹を使うのはやめようとヒロユキは思
いました。もちろん、生き物を殺すことがイヤになったわけではありません。ただ、ヘ
レンの笑顔を見るたびにヒロユキの胸の穴がスースーするからでした。

 次の日、ヒロユキがいくら待ってもヘレンは現れませんでした。ヒロユキは自分が途
中で帰ってしまったからヘレンが怒ったのかと心配になりましたが、同時にヘレンが来
なくてよかったと思っている自分に気が付きました。なぜ、そう思うかはヒロユキには
わかりませんでした。

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 ども無口です(汗)
 ただでさえ少ない読んでくれる人をさらに減らすような話ですね……(涙)

 話数表示が2桁ですけど、Layer06までしかないです。
 週に2回くらいのペースで投稿する予定です。