美咲式 投稿者:無口の人
 ホワイトアルバム、由綺編のネタバレがあるように思われます。
 悪いことはいいません。読み飛ばしてください(笑)
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 私がそのいるかさんと出会ったのは、いつもと変わらないかけがえのない夏の日でし
た。


「こんにちは、美咲さん」
 澤倉美咲さん。私の尊敬する人。とっても物知りなのにいつも控えめな、私のお姉さ
ん。…えっとね、でもホントのお姉さんじゃないんだ。そうだったらいいな…って私が
思ってるだけ……こころのお姉さんかな、えへへ。
「小早川秀包(こばやかわひでかね)」 と美咲さん。
「はい、とっても元気です」 と私。
 いつも私このことを気遣ってくれる美咲さん。………言葉が難しくてよくわからない
けど。

「あら、そちらの方は?」
「お久しぶりです、美咲さん。先日、あらためて森川由綺と結ばれた、藤井冬弥…藤井
冬弥です」
「…………」
 三人それぞれの笑顔が交錯する。
「あはっ、あははは…美咲さん?」
「えへへへ…どう…したんですか?」
「…………」
 マイトレーヤのような慈悲に満ち満ちた、それでいてどこか憂えるような笑顔の美咲
さん。……一分間私たち硬直。

「ああ、いるかさんね」
 ――えっ、いるか?
「あの…いるかですか?」
「ええ、いるかなの。由綺ちゃん」
 私がおそるおそる訊くと、美咲さんは自信をもってそう言いました。そして、すばや
く冬弥くん……って、私がいままで思いこんでいたいるかさんの口を塞ぎました。
「――ん、んん、みひゃひひゃん?」
「いるかはね、口を塞いでも話せるのよ」

「コンチワ、ボクトーヤ…ボクトーヤ」
 美咲さんが、いるかさんの頭を激しく振りながら言いました。……えっと、そうじゃ
なくているかさんが噴気口から音を出しているんだと、美咲さんの目が言ってました。
え、いや、その…私はそう感じました。
「ユキチャン、ユキチャン」
「あ、はいっ、なんですか? …いるかさん」

「シャワーヲアビタアトニ、ネムッチャダメダヨ、ダメダヨ」
 ――ほっ? ひっ? ふっ?
 なななな、なんでそんな、あびらかんのん、あびばのん!?
「わわわわわ、私そんな…そんな…」

「由綺さんは、そんな大ボケは致しません」
 白みがかった景色の向こうで、弥生さんの声がしたような気がしました。その後のこ
とはよく覚えていません。

「海へ……参りましょうか」
「ええ、よろこんで」
「アミーゴ」
「あねさま」


 気がつくと、海岸に来ていました。この黒々としたうねりは、日本海でしょうか?
核廃棄物の不法投棄が心配だと、美咲さんは呟きました。そうすると、私の後ろにいつ
のまにか立っていた弥生さんが、坑道のカナリア日本海のイルカですかと言い、静かに
微笑みました。美咲さんも笑顔で答えます。よくわからないけれど、二人の間で何かの
決断がなされたように思いました。

 美咲さんは、暴れる…いえ、嬉しそうにはしゃぐいるかさんを岸の縁まで引きずって
いくと、
「やああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 海に向かって、首投げの要領でいるかさんを解き放ちました。

 ちゃぷん。
 思っていたよりも、貧弱な着水音でした。そのとき私は、美咲さんってなんでもでき
るんだとあらためて感心していました。弥生さんが小声で、いまのは「エースをねらえ
!」の岡ひろみ風の発声なんだと教えてくれました。

「た、たすけて〜由綺〜」
 ――えっ? 冬弥くん? 冬弥くんの声?
「冬弥くん、どこ?」

 声のする方へ駆け寄る私に、振り向いた美咲さんが言いました。
「いるかさんはね、自分のいるべき場所へ帰ったのよ」
 続いて私の肩に手を乗せた弥生さんが語りかけます。
「さあ、一番の笑顔でいるかさんを見送りましょう」

「いるかさ〜ん、元気でね〜〜〜」
 私は両手を力の限り振り、いるかさんにエールを送りました。

「悪かった、悪かった由綺…もう浮気はしないよ〜」
「いるかさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!! のばかぁぁぁぁぁ」

「とびうおターン!」

 いるかさんは一回大きく飛び跳ねました。私たち三人はその光景に涙しました。
 でも私は知っています。いるかさんもまた、涙を流していたことを。

 …さようなら、いるかさん。




 次の日、大学で冬弥くんに会いました。
 たしか、これで3人目の冬弥くんです。

                                   おしまい
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 やるせない気分になったでしょうか?(笑)
 …それにしても、暑いですね(滝汗)