まにひとりひと 第十五章「ひまわりの娘たち」 投稿者:無口の人
 何も言わずに、読み飛ばしてけろ(涙)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

【前章のあらすじ】
 『金獅子の丘』へと向かうドクトル・ヒロ一行を待ち受けていたのは、果てしなく続く瓦礫
 の山と残り少なくなったバッテリーという現実だった。
  形見となったディスクから再生される懐かしい恩師の顔。だが生体組織の謎を匂わせる長
 瀬の問いに、いまだヒロは答えられないでいた。
  その先の廃墟でヒロたちは一人の少女と出会う。それは……

【西暦2067年 10月×日 廃虚】

「…レミィ……なのか?」
 薄暗く乾いた空間に、さんさんと輝く太陽が咲いたようだった。彼女のブロンドの髪が、風
に揺れるひまわりを思い起こさせる。目の前の女性は間違いなく、高校のときに突然帰国して
しまったクラスメートだ。
 懐かしい。
 つい昨日のことのようだ。なにもかもが穏やかで満ち足りていた時間。街に笑顔が溢れてい
たとき。目蓋を照りつける陽光が、うなじを撫でつける薫風が、当たり前に感じられていたと
き。…そんなオレのノスタルジーも、彼女の次の一言で終わる。

「あなたは誰?」

 目の前が真っ赤になる。警告ランプが点灯したことがわかった。いや、もっと前から点いて
いたんだ。走馬灯に照らされた思い出は、いまや紅く染まっている。
 ……現実というものには、どうやら終わりというものがないらしい。
 ……つかの間の夢でいい。
 ……少しだけ、休ませてほし…

 バッテリーが、切れかかっている。もしかしたら、オレの意思なのかもしれない。もし、ま
だ希望というものがあるなら…

「どうして…あたしの名前を知ってるの?」

 …もう一度、起こしてくれ。


『浩之ちゃん、ほらっ…エアメールが届いてたよ』
 Just Married!! …って、ああっ懐かしいなぁ。
『幸せそうだね。なんか、わたしももう一回結婚式を挙げたくなっちゃったな』
 …だっ、誰とするんだよ。
『ふふっ、浩之ちゃん』
 ばーか。何言ってんだよ。
『そう言えば…』
 あんっ? 今度はなんだ?
『――この人、誰だっけ?』

【西暦2067年 10月×日 地下都市 】

 ヴーン。
 目が覚めた。起動した。明るい。ここはどこだ。天国か?
「……あっ、起動したよ、Mum」
「そうかい」
 二人の人間が、オレを覗きこんでいる。一人は廃虚で出会った金髪の少女。表紙がとれてボ
ロボロになった本を手に持っている。そして、もう一人は白髪のおばあさんだ。少女の澄んだ
青い瞳とは対照的に、火花の飛びそうな力強い黄色の瞳が印象的だった。
「すまないけど、席を外してちょうだい、レミィ」
「…えっ?」
 レミィ…と呼ばれた少女は何か言いたそうにしていたが、やがてちらちらとオレの方を振り
返りながら部屋を出ていった。
「………………」
 目の前の女性がじっと見つめる中、オレは身体を起こしまわりの状況を確認する。そこは、
コンクリート剥き出しの部屋で、広さは八畳ほど。部屋の中には丸机と椅子が一つずつ、それ
とオレがいま腰掛けている簡易ベッドが一つあるだけで生活感を感じさせるものは皆無。天井
には部屋の簡易さに似つかわしくない、気密処理を施された埋め込み式の電灯が輝いている。
 どうやら、どこかの研究所だったようだ。

「そう、ここは来栖川第八研究所です。ミスター・藤田」
 ――えっ? なんだっ!?
「なにを驚いているのですか? 貴方にもできるでしょう? …なにせ、貴方が開発したもの
なんですから……この生体組織は」
 なにを言ってる? どういうことだ?
「――待ってくれっ! もっとわかりやすく言ってほしい。だいたい、アンタは誰なんだ?」

 おばあさんは一呼吸置くと、机の上の両手を絡ませながら話しはじめた。
「私は、シェリー。貴方の知っているレミィ・クリストファーの娘よ。ちなみにまだ、おばあ
さんて呼ばれる程の年じゃないわ」
 そう言って、シェリーはくすくすと笑った。いたずらっぽく笑う様子には、確かにレミィの
面影がある。
「もっとも、ごく普通の人間ならとっくに死んでしまうところを、こうして生き長らえている
のは生体組織のおかげだけれどね」
 いつのまにか彼女の口調が、優しくなっていることに気付く。
「じゃあ、さっきの……レミィは?」
「私の娘よ。名前はそう……ママからとったのよ。ママは、いつもみんなのまわりでくるくる
と踊っているような人だった。私とあかりは、いつもそれを見て笑っていたわ」

「あかりが? …なんだって!?」
 オレは、シェリーの口から意外な名前を出るのを聞いて、思わず素っ頓狂な声をあげてしま
う。シェリーの目が、ふたたび鋭い光を放ちはじめた。
「貴方は、なんのためにここに来たの?」
 ――!! そうだ、オレはあかりの……バッグ、バッグはどこだ?

「探し物は、これかしら?」
 そう言って、シェリーが掲げてみせたものは…間違いなくオレのバッグだった。……あかり
の遺骨が入っている…。
「ああ…、すまない…」
 オレがそれを受け取ろうとすると、シェリーはスッ、とバッグを引っ込める。
「――なにを?」
「…………貴方にこれを受け取るだけの覚悟があるかしら?」

 彼女は何を言っているんだ? オレにはなんのことだか――

『罪』そして『償い』 命の蝋燭(ろうそく)から造られた人間。

 ――なんだろうこれは。
 いま、少しだけ、彼女の『こころ』が感じられた。黒くうねる感情…これはいったい?

「貴方はなにを、知ってるんだ?」
「行きましょうか、『金獅子の丘』へ…」

 シェリーに連れられて、部屋を後にする。
 部屋の中とは違い、最低限の照明しか配置されていない廊下は、やけに薄暗い。狭く暗い道
は、時間の感覚を曖昧にしていく。いつまで続くのだろう。いや、いつからここにいるのだろ
うか…と。
 前を歩くシェリーの背中が、電灯の下で浮かび上がり、また闇へとまぎれていき、そして再
び浮かび上がる……その繰り返し。存在感があやふやになっていく……これは、人為的に灯り
がそう配置してあるとしか思えない。それに、この廊下も実用面を考えればあまりにも狭すぎ
る。左右を見ると壁のところどころに引っ掻き傷みたいなものが見受けられる。

「ここは、いったい…?」
「――こっちよ」

 いきなり明るい世界に連れ戻される。違和感。…そこは円形の大広間で、たくさんの人々が
そこでたむろしていた。だが、オレの目は人々よりも回りをぐるりと囲む、壁の絵に引き付け
られる。
 お菓子の国。さくらんぼの電灯が照らすクッキーの道、マシュマロの川を渡る板チョコの橋、
そしてはるか彼方に輝くデコレーションケーキの城。道を行くのは、クマ、うさぎ、ロボット
などのメルヘン世界の住人たち。
「ずいぶんと、まあ……メルヘンチックな部屋だな」
「…………少し、準備があるからちょっと待ってて」
 と、シェリーは言い、再び闇の中へ消えていった。

「ねえ、今日は珍しいもの見つけてきたんだよ」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにレミィが居た。俺の知っているレミィの孫の……レ
ミィだ。彼女は、椅子に腰掛けた初老の女性に話かけている。
「ほら、ホログラムカードだよ。ほら、奇麗でしょ」
 レミィが手にしたカードをかざすと、派手な格好をした女の子の像が浮かびあがる。きっと、
昔のアイドルのような人物なのだろう。
「…………」
 だが、その初老の女性はレミィの言葉など聞こえていないのか、身動き一つしない。
「ねっ、ホント奇麗だよね、何て名前の人なのかな?」
 レミィは女性の手に自分の手を重ね、後ろから肩を抱くようにして話かける。まるで、仲の
よい姉妹がそうするように…。
「レミィ…」
 俺が声をかけると、レミィはこちらに気付き目を細めて笑った。
「ふふふふっ。あなたは確か……ミスター……」
「ヒロだ」
「そう、ヒロ…ね。それで、なんの御用かしら」
 くすくす笑うレミィ。彼女の目が、俺の中を探っているような気がする。
「その…女の人は、君のお姉さん?」
 そう言うと、レミィの顔にパッと花が咲いた。
「そう、カレンはあたしの大切なお姉ちゃん。一緒に花を摘んで、川で泳いで、そして原っぱ
で昼寝をするの」
「……そうか。その……お姉ちゃんは、どこか悪いのか?」
 力なくポニーテールが揺れる。ゆっくりと頭が揺れている。
「ううん、ちょっと……カレンはずっと先に行っちゃっただけだから、いつか追いつけると思
うの。そしたら、あたし……」

「わおっ、メイドロボだ。メイドロボだぁ〜」
 ドガッ。
「――って、なんだぁ!?」
 いきなり、何かに抱き付かれそのまま床に倒された。すごい力でそれは締め付けてくる。
「ジョニー、離れなさい。ジョニー!!」
 鋭い、辺りを貫く凛とした声が響いた。シェリーだ。
 俺を覆っていた影が、ゆっくりと離れていく。それは地下道で俺を襲ってきた青年だった。
イタズラの見つかった子供のように首をすぼめるジョニーと呼ばれる青年。
「だめでしょう! むやみに人様に抱き付いては! さあ、謝りなさい」
 ジョニーは何か、ぶつぶつ言いながらシェリーと床を交互に見ていたが、やがて弾けるよう
に広場の隅へ駆けていった。
「あっ、ジョニー! 待ちなさいっ!」
「シェリー……」
 いつのまにかシェリーの脇に居たレミィが声をかける。

「わかったわ。あとはお願い、私とミスター藤田はこれから出かけるから」
 シェリーはすべて了解したことを示すかのように、目を瞑って片手をあげる。
「さあ、行きましょうか? ミスター藤田」
「ああ…」

 外に止めてあったやたらタイヤの大きいバンに乗り込むと、シェリーは無言のまま車を発進
させる。誰もいない瓦礫の山々…そんな風景の中を走っていると、この世に取り残されたよう
な焦燥感が広がってくる。

「ねぇ…ミスター・藤田」
「ヒロでいいぜ。シェリー」
 ようやく口を開いたシェリーに、俺はそう答えた。ここまできて、他人行儀なのもどうかと
思われたからだ。……いや、もしかしたら単に人恋しかっただけかもしれないが。
「カレン……レミィと一緒にいた子、どう見えた?」
「どうって……レミィは自分の姉だって言ってたけど、随分と年の離れた姉だなって思ったな」
 俺は正直に答えた。さすがに、目の前の母親に幾つのときの子だとは聞けないが。

「カレンはね……レミィの双子の姉よ」

 シェリーは表情をまったく変えずに、そう言った。
「えっ、でも…」
「生体組織は、人の思考を具現化してくれる素晴らしい力があるわ。だからこそ、私たちはこ
の放射能が降り注ぐ劣悪な環境下でも生きていける。でも…人の心は顕在意識ばかりではない
のよ」
 砂が舞っている。ワイパーがせわしなく往復する。そんなものを見ながら、俺にはただ聞い
ていることしかできなかった。
「あそこに居る人間は、急激に年老いるか、幼児化するかのどちらかよ。カレンの場合は、特
に感受性が強かったから他の誰よりもその変化が著しかった。想像できる? それまで、元気
に飛び跳ねていた子が、たった一週間で……たった一週間で廃人になっていくのを」
 そこまで一気に喋ると、シェリーは深く長い息を吐いた。それでも、彼女の表情は変わらな
かった。

「来栖川第八研究所はね、生体組織の人体実験場だったの。そして……この私がその最初の被
験者よ」
                                  第十六章へつづく