あきらめ 投稿者:無口の人'
 このSSは読み飛ばしてください。…でないときっと後悔します(汗)
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【第参層】

「ねぇ、初音。お皿並べといて〜」
「は〜〜い」
 初音の小気味よい返事を耳にしながら、カレーをかき混ぜる。やっぱり、暑いときに
は辛いものがいいわよね。…もっとも、初音用にヨーグルトがいっぱい入ってるけど。

 ガシャーン!!

 何? あの音? …なんか嫌な予感。

「…ごめんなさい、梓お姉ちゃん。……お皿、割れちゃった」
「初音! あんた、怪我はないの?」
 あたしがそう言うと、初音はチロッと舌を出してみせた。
「うん…、でも割れちゃった……3枚になっちゃったよ……3人分しかないよ…」
 床に散らばった皿の破片を見ながら、俯く初音。

 …まったく、この子は優しすぎるんだから。

「もう…どっかの誰かさんじゃないんだから、お皿運ぶくらいで落としちゃだめよ」
「梓お姉ちゃん…………その発言危険すぎるよ〜」
 初音の抗議は聞こえないふりをして、机の上の置かれた3枚の揃いの皿を取る。今割
れた1枚を含めて、4枚1セットで購入したものだった。
「はい、初音の分」
「えっ!? なに? どう…するの?」
 あたしから一枚皿を受け取った涙目の初音。
 初音は、おろおろしていた!

「こうするのよっ!」

 パリーンッ!

 エルクゥの力を小出しにして、2枚に重ねた皿を割ってみせた。
「――あっ!」
「どう、初音? 形あるものはいつかは壊れるものでしょ。…さっ、あんたもやってみ
なさいよ」
 初音は最初戸惑っていたが、そのうち力を込めて皿を割ろうとする。
「うーーーーーーーーーーーー、うぅ…」
 が、一向に割れる様子がない。まだ、初音には無理かな?
「うぅぅぅ……っと、っとっとっとっとっと…」
 そうこうしているうちにバランスを失った初音は、後ろ向きに走り出し……

 ガシャーン! ドガガガガ、パパパパパリーーン、ガシャ、パリッ、ドンガラガッシ
ャーン!! …パリン。

 勢いよく、食器棚にぶつかった。
「――ちょ、ちょっと、初音! 大丈夫!?」
「…う……うん、だい……じょうぶ」
 頭から血を流した初音が、微笑む。……どうやら、身体だけは丈夫らしい。

 よかった。

「――わっ! ちょっと近寄らないでぇ! ゾンビ〜」
「あーー、梓お姉ちゃん、ひどいよぅ…」



【第弐層】

 また、失敗しちゃった。最近なんか、多いかな? 梓お姉ちゃんは、『柏木家の血の
なせるわざ』なんて言ってたけど…。
「ねぇ、初音。楓は?」
「うん、後で食べるって…」
 このごろ楓お姉ちゃんは、一人で食事をすることが多くなった。…なんでなんだろ。

「だめよ、今日は特製カレーなんだから。さあ、呼んできて」
「…でも」
「――そうね、じゃあ初音にはいいものをあげるわ。これを使えば万事OKよっ!」
 そう言い、梓お姉ちゃんは鮫の背びれのようなものを出してきた。

 ……実際そうだった。

 コンコン。
 深いため息をつきながら、楓お姉ちゃんの部屋のドアをノックする。
「……はい」
「――あっ、楓お姉ちゃん? 初音だけど……」
「……なに?」
「…………入ってもいい?」
 カチャ。
 返事の代わりにカギが開けられると、わたしは背中に括り付けられたスチロール製の
ひれを気にしつつ部屋に侵入した。

 ♪ひとり上手と呼ばないで〜  今日は特製カレーなの〜
 ♪ひとり上手と言わないで〜  みんなで楽しい食卓よ〜
 ♪さあ、今日からあなたと一緒にごはんを食べるの〜

 首筋まで火照って、きっと真っ赤になってるなあと思いながら、わたしは教えられた
とおりに歌った。…梓お姉ちゃんは、楓お姉ちゃんのためだって言ってたけど、なにか
が違うように思えるのは気のせい?

 恐る恐る、楓お姉ちゃんを見た。……固まっていた。

「……初音、恥ずかしくないの?」
「…う」
 うわあああああん、素で返された〜。

 わたしは泣きながら、台所へ走った。
「…あっ! 待って、初音」

 その日は、久しぶりに3人で食事できた。

 よかった。

「楓お姉ちゃん、もしかしてそれって5杯目なの?」
 久々に見る楓お姉ちゃんの食べっぷりは、やっぱり凄かった。

「……文句あるの? …………一人ジョーズの初音ちゃん?」
 うううううううう…。


【第壱層】

 一年。
 いつもはあっという間に過ぎる季節が、この一年は気の遠くなるほどの時間に感じら
れた。
 秋の紅葉。
 冬の積雪。
 春の桜花。
 そのいずれも、私の心を揺さぶるものではなかった。なぜならその間、ずっとずっと
深いところで私は眠っていたから。

 …でも、再び夏が来た。待ちに待ってたもの、同時にそれを迎えるのが恐ろしいもの。

 暑い夏が来た。……耕一さんと共に。

「ただいま〜、誰かいる〜?」
 その懐かしい声の姿を確かめるために、私たちは玄関へと向かった。

「よっ! 耕一、元気してたか?」
「おうっ!」
 梓姉さんが、耕一さんと拳を合わせる。
「耕一お兄ちゃん、おかえりなさい」
「ただいま、初音ちゃん。ちょっと背が伸びたんじゃない?」
「えへへ…そうかな?」
 照れる初音。胸も少し出てきたことは、耕一さんに内緒にしておくね。

「おかえりなさい、耕一さん…」
「ただいま……、楓ちゃん」
 やさしさと哀しさを湛えた瞳。それは彼が、現実を逃げることなく受け入れたことを
示していた。

 よかった。

 ……私も、再び歩き始めることができるような気がする。

「耕一、疲れただろ? お茶でも入れるよ」
「んん? ああ…サンキュ。…でも、その前に千鶴さんに挨拶しないとな」
 ふっ、と梓姉さんの表情が緩み、やさしい顔になる。
「うん…そうして。千鶴姉もきっと喜ぶよ」

 みんなで、仏間へと向かう。
「えーー、ぉほん」
 耕一さんは、正座して少し緊張気味に話し始めた。

「千鶴さん…お久しぶりです。いや…本当はもっと早く来ようと思っていたんです。で
も…どうしても受け入れられなかった。ここに来れば『もう…耕一さんたら。知りませ
ん!』なんて言ってくれる人がもう、いないってことを……いないことを認めなくては
ならないから。……ずるいですよね、俺。梓たちの気持ちも考えずに」

 そよ風が私たちの間を流れていく。

「でも、俺、もう一度自分なりに頑張ってみようと思います。千鶴さんの分まで…とは
言えませんが、できることを……ここにいる貴方の妹たちと共に。……だから、だから
………」



 風が止まった。



「ダリエリと仲良くやってくださいっ!」


【第零層】

「なあ、リズエルよ。いい加減、あきらめたらどうだ?」
「お黙んなさい! いい? しっかりと耕一さんを監視するのよ!」
「うぅ……はい……王女さま」
「……来世こそは……来世こそは……」
                                    おわり
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 …ほらね、後悔したでしょ?(笑)