まにひとりひと 第十四章「過去からの伝言」 投稿者:無口の人
 すまねぇ、旦那。いつもどおり読み飛ばしてくんな(汗笑)
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【前章のあらすじ】
  思いもかけないあかりとの再会によって、ドクトル・ヒロ(浩之)は再び前に進みはじめる。
  彼女の遺言と笑顔を胸に、『金獅子の丘』へ向かう。

  そこがどんな場所かも知らずに…

【西暦2067年 10月×日 瓦礫の街】

 砂と瓦礫。
 四十五年という歳月を経た今でも、かつてここに人が居たであろう痕跡が残っている。
 いったいどんな日常が繰り広げられていたのだろうか?
 ――もう、それを知る由もないが。

「ふにゃにゃ」
 セリオ(猫型移動端末)が、今日はここで休みましょうと言う。
<そうだな、もうすぐ夜が明けるしな…>
「わかりました。マニヒ、『テントくん一号』をセットします!」
 マニヒが、明るい声で言う。…無駄な体力使うと後がつらいぞ。……違う、そうじゃないと
俺の中の誰かが言う。わかっているさ。マニヒが俺を元気付けようとしていることは。
 クルス・シチを出発してからもうすぐ二ヶ月、予備バッテリーもそろそろ底をつきかけてい
た。もし、バッテリーが無くなったら……恐らく俺は……死ぬだろう。
 もっとも、今自分が生きていると言える保証などどこにもないが…。

 不完全な存在だ。――俺は。

 そう、マニヒやセリオのような人口生命体と長くいると忘れそうになるが、俺は人間なんだ。
……いや、だったと言うべきか。不可逆的な死というものが、俺のそばに寄り添っている。あ
かり、俺はお前と同じところへ行けるのだろうか?
 ――いけね。こんな弱気でどうする、ヒロ?
 マニヒが『眠った』のを確認して、俺はふところから一枚のディスクを取り出した。ラベル
に『無鉄砲な我が弟子へ』と書いてある。

 これは…そう、長瀬さんが死ぬ間際に俺に渡したものだ。
「長瀬さん…俺ってあのときから全然成長してないらしいッス」
 携帯端末にディスクをセットして、再生ボタンを押す。…電気を大切にね、そんな言葉が頭
に浮かぶ。……すまん、見逃してくれ。今は、ただ、生きる理由を確認したいんだ。

 ヴィン…。
 懐かしい顔が写しだされる。
『え〜、こちら愛のニックネーム御爺(おんじ)。感度良好、良好』
 アップの長瀬さんが、だんだん小さくなる。上半身の映像。軽く手を振っている…。
『藤田君。君がこの映像を見てるということは…と言っても、藤田君が見ているという前提に
おいてですが、もう私はこの世にいないでしょう…』
 …………。
『それ故、このディスクを君に託します。このディスクには、私の愛が詰まっています。…だ
からって、毎晩頬ずりして眠らないように』
 しないッス。
『藤田君、私は君に隠していたことがあるのですが…。正確には来栖川芹香嬢が、ですが…ま
あ、それはこの際重要なことではありませんね』
 さらにカメラが引く。ホワイトボードの前に長瀬さんは立っている。ホワイトボードには、
数種の方程式とグラフ、それに長瀬さんと『娘たち』が写っている写真が見える。
『まずは、これを見てください。君が開発したμ−1、すなわち自己制御型生体進化組織の出
力特性と、空間インキュロムナス値の関係を表したものなんですがね。見てのとうり生体組織
の活動状況に比例して、場の揺らぎが大きくなっていますよね。…まあ、ここまでは敢えて藤
田君に言うまでもないことですが…』
 ここで、ホワイトボードがズームアップされる。真ん中でねじられた雑巾のような絵が描か
れている。
『問題は、それがどうして起こるかということでしてねぇ…。確かに、場のエネルギーが極度
に大きくなると同じような現象が見られますが、加速機があるわけでもない空間になぜそのよ
うな揺らぎが起こるのか? …そのエネルギーはどこからくるのか? 藤田君は、どう思いま
す?』
 …………。

『芹香嬢は、こう言いました。力は常に外からやってくると。そして、世界もまた呼吸してお
り、力を扱う者は感情を抑えなければならない。なぜなら、感情の赴くまま力を使えば、それ
は世界の呼吸を妨げるから…とも』
 力…それはつまり、生体組織のことなのか? …それとも……ミネルヴァ……。

『残念ながら、真相はわからないままです。ですが、セリオならそれを知っているのではない
か? …と、思っています。なぜなら、彼女は……(ゥーゥー)おっと、残念ながらもう時間
がないようです。最後に芹香嬢からのことづけを伝えます』

『マルチさんが人間に生まれ変わる日を、楽しみにしています』

『…とのことです。もちろん、御爺も楽しみにしてますよ。あと、ミネルヴァ・セリオの起動
方法を添付しておきます。それでは……』

『来世で会いましょう』

 そこで、映像が途切れる。救われた…ような気分と重くて心の底に沈殿していくような感覚
が同時に起こる。……長瀬さん……先輩、俺のしていることは正しいことなのか?

「ふにゃあ…」
 いつのまにか傍にきていたセリオが、身体を擦り付けてくる。
「俺に匂い付けしてどうする…」
 そっと頭を撫でると、彼女は目をつむって地面に身体を伏せた。
「なあ…セリオ、俺はどうしたら……どうしたらいいんだ?」
 行き場のない感情が、身体を駈け巡る。テントの中の電灯が揺れるたび、俺たちの影が激し
く踊る。
 感情が、生体組織を活性化させているのがわかる。だがそれは、負の感情だ。
 ――すべてを破壊したい。今の俺になら、できそうな気がする。
 だめだっ! コントロールできない。感情が…暴走す――

 ざらっ、ざらっ、ざらっ…

 ……なにかが、左手の甲を這い回っている!?
 おそれおそれ見ると、セリオが俺の左手を舐めていた。ざらざらしていると感じたのは、猫
の舌だったのか…。
「――お〜い、セリオお前何してんだ?」
「ふにゃあ」
 セリオはそう一鳴きすると、ゴロンと横になり円くなって眠りはじめる。

 ――んっ!?
 さっきまでの心の乱れが、嘘のような穏やかな気分に気がつく。
「セリオ、お前はいったい……?」
「…………」
 しっぽをピクリと動かしただけで、彼女は何も答えなかった。
「まあ、いっか!」
 俺も、充電の用意をしてから眠りについた。


【西暦2067年 10月×日 廃虚】

 今日は久しぶりに、陽光のもとを歩いている。
 摂氏四〇度近くなる昼間に出歩くのは、メイドロボにもかなりの負担をかけるものであった。
人間には過酷そのものであろう…ましてや、この放射線が降り注ぐ大地は。

 ゴゴゴゴゴ…
「ひゃあ〜、また崩れましたねぇ」
 マニヒが嬉しそうに声をあげる。…まったく、子供だな。
 この辺りは比較的、都会だったようだ。背の高い遮蔽物がいくつも立ち並んでいる。しかし、
その『元』ビル群もさすがに耐用年数を越えているらしく、もう崩壊寸前のようだ。

 ズゴゴゴゴ…
 ここなら、充電できるような場所が見つかるかもしれないな…
「ふにゃ! ふにゃ! ふにゃ!」
 あるいは、病院なら自家発電装置があるだろうし…。
「ああ、近くでまた崩れそうです、ヒロさん」
 よしっ! いっちょ探してみるか! ――んっ!?

 上から何か…って、巨大な橋げたが落ちてくるのが見える。…なぜ、こんなところに橋げた
が? ……なんて言ってる暇はねぇ!

「ぬああああぁぁぁぁ!!」
 マニヒから身体の主導権を奪い取った俺は、セリオを右手で引っ掴まえると思い切り跳躍し
た。

 ズグォォォォォォォーーーン!
 間一髪、直撃をかわす。が、砂の嵐に身体が吹き飛ばされる。
「――くっ!」
 なんとか体勢を整えて、着地……した先には、地面がなかった。
「おたすけぇ〜〜」
 ズシン。ゴフッ、ズガッ、ガンッ……ドオォン……
 衝撃が身体を襲う。自分の機能が、停止するのがわかった…


 チリン、チリン。

 …………金属の触れ合う音がする。鉄琴? …それにしては、品がないな。
「まさか、こんなところでメイドロボに会えるとはなぁ……」
 ん、人の声? 身体を再起動させながら目を開けると、今まさにズボンを降ろそうとしてい
る男の姿が飛び込んできた。
 …げっ、マジかよ。男の大きな手が、肩を掴みに迫ってくる。
 ――再起動が間に合わねぇ。いやだ、こんなのは。勘弁してくれぇぇぇ!!

「ふにゃあああああぁぁぁ!」
 眼前に迫る男に襲いかかる、褐色のかたまり。セリオだ。
 よし、再起動完了。ナイスだ、セリオ。
「あれれ、どうしたんですか? ヒ――」
 今頃、起きだしてきたマニヒを黙らせて、俺は脱兎のごとく逃げ出した。
「がっ…なんだってんだ! まっ、まてこの!」

 走る俺に、セリオが追いつく。彼女は瓦礫の間を飛び跳ねながら、素早く移動していく。俺
もまねをしてみるが、バランサーがいかれたのか、それとも元々そういう仕様なのか、つまづ
いてばかりだ。
「ぐはっ! ……っと」
 はあ…だいたい、そんな芸当忍者でもねーとできねぇって。ふと、後ろを振り向いてみると
さっきまで見えてきた男の姿が見えなくなっていた。
「あきらめたのか? ……いや」
 建物を挟んだ隣の通路に、人影が動く。ここは以前、地下のショッピングモールだったよう
だ。
「…追いつめられている」
 恐らく、この地下街の構造を知り尽くした者なのだろう。だとすれば、逃げるだけ……

「無駄か」

 できるだけ音を立てないように、建物の影に移動し、うずくまる。
「えっぐ、えっぐ、えっぐ……ぐすん」
 足音が近づいてくる。
「みつけたぞ、メイドロボちゃん。…たっぷり楽しませてくれよ」
 俺は顔をあげる。いたいけな獲物のふりをして。
「おじちゃん、誰?」
「――おじちゃんはないだろう。さあ、いっしょに来るんだ」
 ゆっくりと、手首の間接を外していく。そして、差し出した男の手を掴む。
「残念。あたい実は男なの」
 俺の声でそう言うと、男の顔が一瞬にしてひきつった。

「――いっ!! ぐあああぁぁぁ!!」
 手首から伸びた電源コードから、身体に高圧電流を流す。まもなく、男は沈黙。しばらくは
動けないだろう。
「……やったか。思ったより、消費が激しいな」
 立ち上がろうとして、つまづく。その拍子で、倒れている男の腰に差し込まれているものを
見つけた。
「これは?」
 拳銃だ。グリップのところに、金色の獅子が描かれている。

「――動くな!!」
 背後から声。ゆっくりと振り向くと、ヘルメットとライダースーツに身を包んだ人間が、そ
こに立っていた。……女のようだが?
「……よくも、よくもジョニーを!」
 サブ・マシンガンを構えた者の目が、血走っているような気がする。なにか誤解されている
気がしてならない…。
「待ってください、わたしはこの人が襲ってきたのでつい…」
「Shut up! 『人を呪わば、穴二つ』よ」
 言いたいことが、微妙にずれているような気がするが……なんにせよ、ピンチだ。

「よくこの人を見てください。銃で撃たれたのなら、血が出ているはずでしょう?」
「…………」
「それにほら、こんな大きな銃がわたしに扱えると思えますか?」
 マニヒの声も板についてきたな…と思う。
「……それもそうね」

 彼女はそう言って、ヘルメットを脱いだ。髪の毛がふわりと舞う。
 俺はつい、自分の声で叫んでしまった。
「――レミィ!?」
                                  第十五章へつづく