楽しい授業 投稿者:無口の猿
 曇ったガラス。
 震えるやかん。

 青白い蛍光燈。



 …そいつらがオレをオカシクしていた。



 違う。

 オカシクなっているのは、オレだけじゃない。

「あっつ〜、やってられんわ…」

「ストーブでパン焼いたのだ〜れ〜だ〜」

 あちらこちらで、うめき声のような声が聞こえる。

 一日中締め切った牢(ひとや)に閉じ込められれば、誰だってそうなるさ。

「それじゃ、今日は37ページ、5行目から訳してもらおうか」

 英語教師なる者がそう言った。

 …今日の生け贄はだれだ? その目が、そう語っている。

 異界(そと)から来たヤツはいいさっ! この煉獄の火で清められさえすれば、あとは

天国(職員室 エアコン付き)へ行くだけなんだからなっ!



「藤田、訳してくれ」

 …なんてことだ。ヤツは、オレが眠ることさえ許さないというのか!?

 現実。

 そうこれが現実なのか?

 羊飼いの少女が振り返る。

『浩之ちゃん、サッキュバスには淫魔のお守りが有効だそうよ』

 口パクでそう言っている。

 …役に立つ情報をありがとう、羊飼いの少女よ。でも、今この試練を乗り越えなけれ

ば、しょーがねえだろうが。



 ふふふ、だがしかし、オレには強い味方がいるのさ…

「観音さま、助けてください」

 オレは隣の観音さまに、慈悲を乞うた。

「だれが、観音やね…」

 そう言いつつも、観音さまはその白魚のように細い指で、帳面を授けてくださった!

 くっくっくっく、英語教師よ。驚くがいい!

 詠唱すべし、保科の書。



「はぁ、最近、藤田くんよそよそしいわ。一緒に南の島へ行ったときは、数え切れんく

らい『うち』を求めてきたんやけどな…。そら、神岸さんとも続いとるのは、わかっと

るけど……もう少し、やさしくしてくれてもええんちゃう?」

 英語教師の顔がみるみる蒼ざめていく…

「ふっ、藤田、お前なにを言ってるんだ!」

 驚いてる、驚いてる。

「あの、雨の日…藤田くんの家にお泊りして、ワイシャツ一枚で寝かされた日のことは

今でもよう覚えとるわ。やさしくおさわりしてくれたもんなぁ、藤田くん。あのあと、

一緒にお風呂に入ったときは『ああ、男の子なんやなあ…』って思うたけど」

 この世界の住人たちは、勇者であるオレに羨望の眼差しを送っている。

 …よせよ、照れるじゃねえか。

「こっ、この教室は暑いな。窓を開けようじゃないか」

 英語教師は既に、現実逃避を始めている。



「なぁ、藤田くん。うちのこの熱い想いを、はやく受け取ってんか?」

 呪文は完了した。さらば、英語教師。さらば、退屈な日々よ。



 ガラッ。

 窓が開き、精妙な空気な流れこんでくる。

 …そして、世界は一変した。



 ――はっ…!?

 オレはなにを?

 今は英語の授業中で、オレはどうやら当てられたらしい。…それにしては、みんなが

こっちを見ているのが気になるが。……なんか、とんでもない訳をしちまったとか!?



 ダンッ!

 突然、隣の席に座っている委員長が両手で机を叩いて立ち上がった。

 委員長は、右足を半歩後ろに下げると腰を落とし、両腕を手のひらが前方を向いたま

ま水平に伸ばした。



 ――!?

 …あれは『どっからでもかかってこい』のポーズ!!

 …委員長は本気だっ!!



 そして、委員長が叫ぶ。

「ブラジリアン・ダーーーンス!!」

 腰を微妙に左右に振りながら。



 ……………………。

 …………。

 ……。



 ――誰も何も言えなかった。