『お守りさん』 投稿者:無口の人
 このお話は、レミィシナリオネタバレを含んでいます。
 恥ずかしいから、読み飛ばしてもOKよん(^^;
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 我々藤田浩之探検隊は、水の匂いがたちこめる森を進んでいた。
「おーい、宮内さ〜ん!」
「ハーーーーイ!」
 気持ちいいほどまっすぐに、天へと伸びる腕。
「………レミィが答えてどうする」
「アハハハハッ、軽いジョークネ、ヒロユキ」
 ランチボックスを振り回しながら、いたずらっぽく笑うレミィ。
 何が軽いジョークだよ…。オレ達、道に迷ってるんだぜ。ったく、何がピクニックだよ、山
狩りの間違いじゃねえのか?

「はあ…」
「ドーシタの、ヒロユキ?『笑う門には福来たる』ダヨ。タハハハハハハハッ」
「――そこ、笑い過ぎ」
「…………」
「なんだよ、レミィ。いきなり黙って――」
 答えない。それどころか、一点を見つめたまま動かない。レミィ?
「男のコがいるヨ」
 え?
 目の前には沼があった。どうやらここが、このけもの道の終点らしい。で、沼のほとりに少
年がいた。地元の子か? それにしても白い着物とは、なんとも……。
	
「どうしたんだ? こんなとこで?」
「ボク、名前ハ?」
 オレ達が話しかけると、少年はニッと笑い、懐から竹とんぼを取り出した。
「飛ばすのか?」
 少年が、コクリと頷く。
「なになに? コレはどーすればいいの?」
 ブンッ! オレは勢いよく竹とんぼを飛ばしてみせる。
「Oh! ………行ってしまいマシタ!」
 じっと、竹とんぼの行方を見つめるオレ達……………って!
「追いかけろ!」

「確かこの辺りに落ちたと思ったが…」
「アッタヨ! ヒロユキー」
 少年が手を擦り合わせるような仕種をしてみせる。
「こんどはレミィがやってみろ…だってよ」
「エッ、アタシ? ウン、やってみるヨ!」
 ちょっとぎこちない動作で、竹とんぼを回すレミィ…あっ。
「おいレミィ、もっと上向けろ!」
「エッ、ナニ?」
 ペシッ。顔面へ見事にヒット。
「……イタイデス」
「やれやれだぜ」
 そのとき『くすくすくす』という笑い声が聞こえてきた。木々の枝が擦れているような声だ。

 少年が笑っていた。

 ――そんなこんなで、オレ達は道に迷っているのも忘れて遊んでいた。

「それじゃあ行くぜ!」
 風切り音とともに、木の葉の天井に向けて舞い上がる竹とんぼ。
「げっ!」
 そのとき急に風向きが変わり、竹とんぼが沼の方へと流された。
「逃がしまセーン!」
 いきなりダッシュしたレミィは、空中高く跳び上がり、えび反りになりながら見事に獲物を
捕らえる。
 ダンッ。
 そして、沼の縁ぎりぎりのところに着地する。

 ポチャン。

「さすがだな、レミィ。運動神経ばつぐ――」
「――Noooo!」
「どうした、レミィ。足でも挫いたか?」
「落としマシタ…」
 と、今にも泣き出しそうな声で呟く。さっきまでの元気が、嘘のようだぜ…
「あぁ? 何を落としたんだ?」
「小瓶デス…」
「こびん? …小瓶って、あの『思い出の小瓶』か?」
 Yes…と聞こえるか聞こえないかの声で、レミィは答えた。
「そーか……まっ、落としたモンはしょうがねえだろ、諦めろ」
「No way! 探しマス!」
「おっ、おい。待てよ、レミィ」
 沼に入ろうとするレミィの腕をあわてて掴む。

「たーーーく、オレが探してやるよ」
「ヒロユキ…Thanks」
 裸足になって、沼の中に踏み入る。
「くぅ、冷たくて気持ちがいいぜ。…で、レミィ、落ちたのはこの辺か?」
「ハイ…」
「えーと、小瓶、小瓶っと。ん? おおおおぉぉぉ!!」
 足が…引っ張られてるぅ!?
「うわぁぁぁ、どーなってやがんだ!」
 ズブズブズブ…あっという間に、鳩尾のあたりまで埋まっちまった。
「ヒ…ヒロユキ! ツカマッテ!」
 レミィが慌ててオレの手を掴むが、それでも沈んでいく身体を止めることはできなかった。
 ヤバイぜ……このままじゃレミィまで引きずり込まれちまう!
「おいレミィ、手を放せ! オメーまで沈んじまうぞ!」

『お主。お主の一等大切なものは、何じゃ?』

 幻聴か!?
「イヤだヨ! ゼッタイ、ゼッタイ放さないヨ!」
 オレの一番大切なもの? そりゃ…
「わかったぜ、レミィ! オレをしっかり掴まえててくれよ!」
「アイアイサー! アタシの目の黒いウチハ、ゼッタイヒロユキを放さないヨ」
 ――青いだろうが。オメーの目はよ…
「おしっ、じゃあずっと一緒だからな」
 グッ…と握る手に力を込める。

『その手、放さぬようにな』

 そんな声がしたような気がした瞬間、オレを捉えていた力が消え失せた。
「おっおっおっおっお…」
 オレは畑の大根が抜かれるような感じで、レミィに吊り上げられる。
「ヒロユキ! ヨカッタデス!」
 服に泥が付くのもかまわず、レミィは抱き付いてくる。オレはと言えば、まだ少し放心状態
が続いている。辺りの景色は何も変わってはいなかったが、ただ、あの少年の姿はもう何処に
も見られなかった。いったいオレに何を言いたかったんだ?
「なあ、レミィ」
「ウン? ナニ?」
「レミィの一番大切なものって…なんだ?」
「アタシの大切なもの?」
「ああ」
「Family! Dad、Mom、Cindy、Johnny……それに、ヒロユキ!」
「…ったく、レミィはぜいたくだな」
「エヘヘ…」
 レミィの唇は、少し土の匂いがした。

「レミィ!」
「Helen!!」
 おっと、どうやら迎えが来たようだぜ。


「そう…それは、お守りさんかもしれないわね」
 オレ達の話を聞いて、シンディさんはそう言った。
「この辺りの村には、言い伝えがあって…そう確か、その昔、この山へ山菜を採りに来ていた
貧しい母と子の親子連れがいたの。でも運悪く、その親子は底無し沼に落ちてしまった。その
とき、その母親はどうしたと思う?」
「えっ? そりゃ、子供だけでも助けようとしたんじゃないか?」
「いいえ、彼女は我が子を沼の中に沈めたの…最初からそのつもりだったから。もう、自分の
雇い主から酷い仕打ちを受けなくてすむようにね」
「Jesus…」
 ジョージさんが思わず呻く。オレ達は、言葉を失った。
「それからというもの、沼の辺りでたびたび男の子の姿が見かけられるようになった、という
ことよ。まるで、沼には近づくな、とでも言うようにね。そして…誰ともなくその男の子を、
『お守りさん』と言うようになったそうよ」

「レミィ…」
「ヒロユキ…」
 オレとレミィは、顔を見合わせる。
「エイッ!」
 レミィが竹とんぼを飛ばす。
 …そうか、あいつはきっと今でも母親を守ってるんだな。

 くすくすくすくす…

 竹とんぼの風切り音が、あいつの笑い声のように思えた。