まにひとりひと 第十一章「壊れたオモチャ」 2/2 投稿者:無口の人
【西暦1990年 12月X日 引っ越した町】

 家でも学校でも、少年は孤独だった。

 パターン化された言動と行動、少年の目にはまわりの人間が、以前読んだSF小説にでてき
たアンドロイドのように映る。
(僕は…僕は、みんなとは違うの?)
 彼が唯一、自分を抱きしめられる時間、それは…

「となかいさん、となかいさんがね、くるの〜〜」
「いであ、それを言うならサンタさんですよ。いいかい、トナカイというのは、サンタさんが
乗っているソリを――」
「む〜〜〜〜〜〜〜」
「ごめん、悪かったよ、お願いだから固まらないで」
「む〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 少年は、英唖の目が虚空の一点を見つめていることに気付く。
「…いけない、発作がはじまってる」
 少女の頭をやさしく抱きしめる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから。もう、コワイ人はいないから。僕がついているから。
…ね、だからだいじょうぶだよ、いであ」

 道ゆく人々が少年たちをいぶかそうに見て、小声で囁き合う。少年はそんな人々が視界に入
らないように、頭の向きを変える。
(…いらない、誰も。…いらない、何も。…いであさえ、いであと僕だけ在(あ)ればいい!)
 英唖を強く抱きしめる。

 少年は――親鳥が卵を温めるように――英唖を擁(いだ)く。
 ……その卵が孵(かえ)る日を夢見ながら。

「お待ち!」
 いつものように繰り返される朝の中、出掛けようとしていた少年は声のした方へ振り返る。
「何ですか?」
「おまえ、町のうわさになってるよ。…なんでも、知恵遅れの子と付き合ってるんだって?」
「!」
 少年の瞳が冷たさを増す。
「…なんで言わなかった? それとも一人でガメるつもりかい?」
 母親の言い付けどおり、少年はその日に出会った人々、起きたことを事細かに報告していた。
…英唖のこと以外は。
「貴女には、関係のないことです」
 バシッ。母親の手の甲が、少年の頬をえぐる。

 少年は床に両手をつく。
「おっ、お願いです! …どうか英唖にだけは手をださないでください。他のことなら何でも
しますから!」
「フン…本音がでたね。…でも、あたしの聞いた話じゃ、酷く虐待されてるそうじゃないか。
…いらない子なんじゃないのかい? …あんたと同じくさ!」
 爪が床に食い込む痛みで、少年は正気を保つ。
「………なんて………いらない人間なんて、いない」
「バカだねえ、あんな状態のままじゃ長くないよ。なら、必要としている人の元に連れていっ
てやるのが道理だろ」
 少年は英唖の身体に、よく不可解な青痣が付いているのを知っていた。
(…いであ、君はその方がしあわせになれるのかい?)

「わかりました…」
「…フン、最初からそうすればいいんだよ。じゃあ、手筈が整ったら知らせるから、それまで
目を離すんじゃないよ」
(…もっと、もっと僕に力があれば。いであを守れるのに…)

 年の暮。笑みを浮かべながら足早に通り過ぎる人々の中、少年の心は沈んでいた。
「おにいちゃん、どうしたの?」
 少年はどくんっ…と、こころが脈動し、その瞬間世界が一瞬沈黙したように感じた。
「なんでもないよ。いであは、しあわせかい?」
「しあわせって?」
 少年はひきつった笑顔を、この世で唯ひとり…それを受け入れてくれるものに向ける。
「…そうだな。楽しいってことかな?」
「うん、たのしいよ。おにいちゃんといっしょだもん」
「……じゃあ、家にいるときは?」
 英唖が少年の腕に、力いっぱいしがみつく。
(これが答えだ。僕は間違っていない。いであに幸せになってほしい)

「いであ、僕と一緒に遠くへ行こう」


(…はっ!)
 少年は新学期を、また別の町で迎えようとしていた。
(また、あの夢か…)
 少年の目にオモチャが映る。英唖のいた町から離れるとき、母親がくれたものだ。近頃、小
学生の間で人気のある合体ロボットらしい。
(母さんがやさしくしてくれるなんて、久しぶりだな)
 少年は着替えをすませ、台所へ向かう。
(…父さんがいなくなって以来だ)

「ところで……あんなこと…ほんとにいいのか?」
「はん、かまやしないよ」
 少年は母親の部屋から話し声がするのを聞き、足を止める。
(また、朝まで飲んでたのかな?)

「だがなあ、人売りはともかく、臓器売買はまずいだろうが!」
「ったく、いまさら怖じ気づいたのかい? 今頃はもう、バラされてどこぞの病院の地下室で
眠っているだろうよ」
「大丈夫なんだろうな…」
「気に入らないんだったら、金を置いて出て行きな! あんたの変わりなんて、いくらでもい
るんだからね!」
「わっ、わかったよ…」

 少年は、ゆっくりとした動作で自分の部屋に戻ると、手に掴んだオモチャをおもいきり床に
叩き付けた。そして、虚ろな目でバラバラになった部品を眺め、それをまた集めはじめる。だ
がいくら探しても、すべての部品が揃うことはなかった。
(気持ちわるい、気持ちわるい)
 少年は自分の身体から生えている羽根を、むしりはじめる。皮膚から血が滲むのも、かまわ
ずに。

「ウフッ…ウフッ…ウフフフフフフフフフ。ふはっ、ふははははははははははははははははは
ははははははははははは………………………は」

 その日、少年は壊れた。
                                  第十二章へつづく