まにひとりひと 第九章「眠る記憶」 2/2 投稿者:無口の人
【西暦2022年 8月×日 某テーマパーク型遊園地】

「ちょっと、タカ! 早くぅ」
「え〜〜まだ、乗るの〜?」
 せっかく、この麗しの美少女が貧乏大学生に付き合ってやってる! …ってのに。もう。
「…ったく、しょうがないわねえ。ちょっと待ってなさいよ」
 最近、タカってすごく顔色が悪いときがあるけど、なんかヤバめのドラッグに手を出してる
とか……なんてね、そんなお金あるわけないわよね!
「はい、タカ」
 そう言って、バニラ味のジェラートを渡す。
「おっ、サンキュ。…って、逆じゃないか?」
 あたしたちは、タイミングよく空いたベンチに腰掛けた。
「何が?」
 清掃要員たちが、一心不乱にゴミを集めているのを横目で見ながら、ぞんざいに相づちを打
つ。
「いや…フツウさ、男が女に買ってくるものだろ?」
 普通ねえ….
「まさか、タカ。自分がフツウだなんて、思ってないでしょうね〜」
「…違うのか?」
「…違うわ!」
 あたしがそう言い切ると、タカはジェラートをスプーンでこねくり回しながら、どこか遠く
に魂を飛ばしたようだった。

「『スタンダードを追い求める者は、決してスタンダードにはなれない』…浩之ちゃんが、よ
くそう言ってるわ」
「それって…どういうこと?」
 どうやら、魂が帰ってきたみたいね。…おかえりなさい、タカ。
「さあ、あたしにもよくわかんないけど。ようするに、自分らしく生きろ、ってことでしょ」
「『自分らしく』…か。そうだな、人の言いなりになってちゃいけないよな…」
 タカの横顔には、苦悩の色が浮かんでいた。あたしの知っているいつものタカからは、想像
もできない脅えた目…。
「タカ…」
「――ところでさあ、『浩之ちゃん』って誰だっけ?」
 タカの瞳に、再び命が宿る。
「…こ〜のトリアタマ! あたしのパパよ、パパ!」
「そんな言い方はないだろ…」
 互いに睨み合うこと、一○数秒…。

「「ぷっ」」
「たはははははっ…」
「あはははははっ…」
 あたし…タカと一緒に居る時間が一番すきだな。

【西暦2022年 10月×日 近所の公園】

「…すこし休んでこっか?」
 あたしの提案に、両手いっぱいに荷物を抱えたタカが、力なく頷く。
「ふへ〜、やっと休める〜」
「…ったく、だらしないわね〜、男のくせに」
「そうは言うけどな〜、ひかり。この荷物…ほとんどお前のだぜ」
 うっ!
「そっ…そうだったかしら。でも、この時期に冬物を買っておかないと、めぼしいものってな
くなっちゃうのよね」
「でもな〜、こんなにいっぺんに買うことな…」
 ドサッ、ドサッ
 紙袋が辺りに散乱する。タカ? …タカが手で頭を押さえて、苦しそうに喘(あえ)いでいる。
「タカ! どうしたの? 大丈夫?」
「くっ…はぁはぁはぁ……あぁ、少しすれば…治まる…はず……うっ…」
「ほらっ、ベンチに横になってて! あたし、ハンカチを濡らしてくるから…」

 公園のベンチで、タカを膝枕する。知らない人が見たら、仲睦まじい恋人どうしに見えるか
しらね。
「どう? 落ち着いた?」
「…ああ、なんとか」
 タカは目を閉じたまま、そう答えた。
「ほんとにどうしたの? いきなり苦しみだすんだもの…」
「――なあ、ひかり。お前は何の為に生きてる?」
「へっ?」
 唐突な質問に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「なっ、なに? なんのこと?」
「すまない、変なこと訊いて…でも今は、どうか俺に付き合ってほしい」
 何のため…か。そんなこと、考えたこともなかったわね。
「そうねえ…明るく楽しく日々を生きるためっ…かな?」
「そうか…ありがとう」
 薄目を開け、そう言うとタカは微笑んだ。

「ん、じゃあさ、タカは何のために生きてるわけ?」
 再び閉じられる瞼。
「俺は…死ぬ為に生きている」
 へっ!?
「…って、何言ってるのよ! …もしかして、ジョーク?」
「いや…、人が死ぬ瞬間にはそれまでの人生における、戦いの記憶を追体験するものだと聞い
たことがある。そしてそれは、懸命に生きれば生きた分だけ、すばらしいものになるそうだ」
「えっ、それってタカが死んじゃうってこと?」
「違うって! その逆…だからこそ、もっと一生懸命に生きてみようかなって思ってさ」
 タカがあたしを見る。あたしもタカを見る。その目は、決意にみなぎっていた。

「俺はこれから、自分の人生を変える賭(かけ)に出る。だから、しばらく会えない」
 ……そんな!? いや、いやよ! タカと離れたくない!
「わかった…。で、次に会えるのはいつくらいなの?」
「そうだな、半年くらいかな?」
 半年も…離れ離れなの?
「あたし、待ってるから…必ず、連絡してね」
「ああ、落ち着いたら必ず迎えに行くよ。…約束する」
「うん!」

「…でもさ、さっきの話。そんな楽しいことがあるってことは、みんな人生の最後はハッピー
エンドを迎えるってことなのよね?」
「そうだね…きっと、そうだ」
                     ・・・
 涼しげな秋風が、髪を撫でていく。それが、まともなタカとの最後の会話になった。

                           第十章につづく…んでしょうか?