つれづれ梓 投稿者:無口の人
 このお話は、千鶴ファンと梓ファンと楓ファンと初音ファンの方はどうか読み飛ばしてね(汗)

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 風が新緑の薫りを運び、人々に笑顔があふれる季節。

 ――初夏。

 街角を歩く見覚えのある二人、耕一と初音もまた、溢(あふ)れんばかりの笑みをたたえてい
た。
 しかし、世の中には例外というものもある。
(耕一…初音と何処に行くんだ? えっと、あたしはただ、たまっ…たま歩く方向が同じだけ
で、別に尾けてるわけじゃないぞ…うん!)
 壁際を、人間技とは思えないほどの速さでカニ歩きしながら、梓はそんなことを考えていた。
「ねぇ、初音ちゃん」
「うん? なに、お兄ちゃん?」
「どっかで食事していこっか?」
「え…うん、でも……あっ!」
 バタッ…なんの前触れもなく転ぶ、初音。
「だっ、大丈夫?」と手を差し伸べながら、耕一。「どっか、痛いところはない?」
「うん、大丈夫!」と耕一の手に掴まって、初音。「上着が破れちゃった、てへっ」

 耕一が、少し考えるような素振りを見せたあと、
「じゃあさ、食事したら服買いに行こう、服!」
 と言うと、初音は少し戸惑い気味の表情になる。
「…えっ、でも……」
「大丈夫だって! それとも、俺からのプレゼントじゃ受け取れない?」
「ううん! そんなことないよ、ありがとうお兄ちゃん!」
 喜ぶ初音であったが、その顔は何かに脅えているかのようにも見えた。

「よっ! 耕一」
「えっ、あっ、おっ、オッス…梓!」
 物陰から突然現れた梓に、耕一は激しく動揺する。
「あっ、梓お姉ちゃん、ぐっ、偶然だね、こんなところで会うなんて…」
 どこかぎこちない初音。
「んっ、あぁ、たまには一人で散歩するのもいいかなぁ〜って思ってさ! ……って、あっ!」
 ズザザザシャー…派手に転ぶ、梓。
「よそ見して歩くなよ、梓」
 耕一がそう言って、手を伸ばそうとしたとき、
「あぁ〜、破れてる〜」
 見ると、梓の着ていたサマーセーターが、まるで手で引き千切られたかのように派手に破け
ていた。
「まったく…。しょうがない、梓の分も買いにいくか」
 そんな耕一の言葉を受けて、初音が言う。
「せっかく、かおりお姉ちゃんが編んでくれたセーターなのにね」

 刹那、沈黙。

「そういうことなら、かおりちゃんに編んでもらえよ、梓」
 耕一の言葉に応えるように、幽鬼が立ち上がる。
「……ハツ………ネ…」
「えっ、えっと、わたし用事を思い出したから、先に帰るね。耕一お兄ちゃん、梓お姉ちゃん
ごめんなさい!」
 そう言うと、初音ちゃんは脱兎の如く駆け出し、やがて見えなくなった。

 ――末娘(すえむすめ)
     あんたのフォローが命取り      読み人  柏木 梓

 繁華街を歩く、少しとまどい気味の耕一と真新しいブラウスを着て御満悦の梓。
「それじゃあ、ちょっと遅くなったけどメシにするか?」
「そうだね…」
 目を合わせずに会話する二人、心持ち顔が赤いのは、陽気のせいばかりではないようだ。
「――そうしましょう」
 後ろから声をかけられ、同時に振り向く二人。
「楓ちゃん!」
「楓……」
 二人の動揺をよそに、楓の演説は続く。
「もうすぐここを、『お料理教室』帰りの千鶴姉さんが通りますから…!」

「あら、梓。こんなところで何してるの?」
 梓は自分でも驚く程、ビクッとする。
「あっああ、千鶴姉…今ちょうど、耕一と楓と食べに行こうかって話してたんだ」
「えっ、耕一さんと楓? 何処にいるの?」
 千鶴の言葉で、梓は耕一と楓の姿が見当たらないことに気が付く。
(あれ!? いままでここに…)
 ふと、路地裏を見ると、楓が耕一を抱えて走り去っていくのが見えた…。
(マジ!?)

 ――エディフェルよ
     おいしいところは一人占め      アズエル 作

「えっ、お昼まだなの? あら、ちょうどよかった、今日作ったクッキーがまだいっぱい余っ
てるのよ。一緒に教室に通ってる人達もみんなダイエット中らしくて、食べてくれないのよね。
ほんとよかったわ。梓が居てくれて」
 千鶴はそう言って、梓に黒い物体を差し出す。千鶴の双眸(そうぼう)とクッキーらしきもの
を見比べ、梓は自分が絶体絶命の危機に陥っていることを悟った。
「じゃあ、ちょっとだけ…」
 黒い物体に手を伸ばす、梓。
「遠慮しないで、いっぱい食べていいのよ」
 いっぱいは無理だな、と思いつつ、梓は自らの試練を受け入れる。
(…………)
 やがて梓は、意識が軽くなっていくのを感じる。

 ――千鶴姉
     空が青いよ 千鶴姉         読み人知らず

 追記
  梓が帰還を果たしたのは、次の日の朝であった。