まにひとりひと 第七章「マンジュシャゲ」 2/2 投稿者:無口の人
 熱い…身体が熱い。憎い…憎い…殺す!俺は生まれて初めて、本気で人を殺したいと思った。
そして、願った。……………ヤツヲコロスチカラヲ!

 俺の中で、何かが爆発した。そして――

 ――そして、俺は見ていた。緑色の髪をした背の低いメイドロボが、彼女を捕まえていた虚
ろな目の青年を振り切り、目の前の男に突進していくのを。
 すべてが、スローモーションに見えた。あのメイドロボは俺だ…その表情は彼女がマルチで
あったときには、想像もできないようなものだった。殺意…憎悪…そんな人間の負の感情を、
写し取ったような形相…
「…………」
 !!…気が付くと横に人が立っている。
「先輩…」
 それは、来栖川芹香先輩だった。先輩の声はこう言っていた…『あれが貴方の造ったもの』
と。メイドロボは吉川に跳びかかり、左手で首を絞めようとしている。
「先輩…それは、どういう――」
<あぶないですぅ、ご主人様!>

 はっ、マルチ!?――次の瞬間、吉川の首を絞めている自分に気が付く。俺はとっさに飛び
退いた。その直後、
 パン、パン…
 二つの乾いた音が、目の前を通り過ぎていった。タカユキと呼ばれた男が、側面から拳銃を
発射したためだと、着地しながら理解する。タカユキは間髪置かず、銃口をこちらに向ける。
……ここまでか…この至近距離では、避けられない。
 タッ、パーン…
 ほぼ同時に、二つの音がした。俺のすぐ横で火花が飛ぶ。目の前は、と見るとタカユキが胸
から血を流してうずくまっている。

「藤田君!早くこっちへ!」
「長瀬さん!」
 ドアの外に長瀬さんがいた。中腰でライフルを構えている……あんなものどこから持ってき
たんだ?と頭の片隅で思う。
「長瀬!……またしても、私の邪魔をするのか」
 吉川は、そう言って長瀬さんを睨みつけた。
「おや、私がいつ、邪魔などしましたっけ?」
「黙れ!なぜ私をプロジェクトから外した!」
 長瀬さんは、ライフルの銃口を上に向けて問いに答える。
「吉川君、それは貴方が一番よくご存知のはずではないですか。貴方の研究は、社会的弱者の
方々の為に生かされるべきであって、戦争の道具に使われるものではありません。それ以前に、
我が来栖川は軍事産業には――」
「――それが貴様の甘さだよ、長瀬」
 そう言って、吉川がくいっとあごで合図をする。その瞬間、いままでピクリとも動かなかっ
たタカユキが、瞬時に起き上がった。そして――、拳銃を長瀬さんに向ける!!
「危ない!長瀬さ――」

 パン、パン、パン、パン、パン…
 倒れていく長瀬さんの胸に、赤い花が咲いていく…そんな…
「長瀬さ〜ん!」
 俺はタカユキに、渾身の力でタックルした。タカユキはバランスを失って倒れたが、俺も後
ろに弾きとんだ。体重に差がありすぎる…
 グウゥゥ…
 突然、室内の全照明が落ちる。どうやらセリオが、基地の放棄に成功したらしい。中枢コン
トロールを失ったジオフロントは、数秒もしないうちに全隔壁が閉鎖されてしまうだろう。
 …今、ここに閉じ込められるわけにはいかない……でも…俺は…俺は…俺は…くっ!
「ひかり…必ず、助けに行くからな!」
 出入口の方へ、いや出入口があると思われる方に向けて、俺は全力で滑り込む。愛娘への思
いを振り切るように…
 ウィーン…カチャ
 外に出るのと同時に、扉は閉まった。………すまない、ひかり。

「長瀬さん…?」
 暗闇の中で長瀬さんを捜す。おわっ…と、滑ってコケそうになる。誰だ!床にオイル撒いた
ヤツは!
 ブーーン…
 照明が灯る。通常時より少し暗めなのは、予備システムの起動に電力を割いているからだろ
う。
「……………なっ!」
 …俺は目の前の光景に愕然とする。
 そこには、壁に寄り掛かるようにして長瀬さんが倒れていた。床一面に広がる、赤。オイル
だと思っていたもの…それは、長瀬さんの流した血だった……
「長瀬さん!長瀬さん!」
 耳元で呼びかける。頼む!死なないでくれ!
「……うぅ…藤田君」
「長瀬さん!…待っててください、今すぐ手術を――」
「待ってください…藤田君。……君に…渡したいものが…あります」
 長瀬さん…
「私の…腰の…くぅ…ポーチの中に…ディスクがあるはずです…それを…はぁはぁ…君に…」
 俺は言われたとおりに、ポーチを探る。確かに、ディスクはあった。

「…はぁ…はぁ…ありましたか?…割れて…いませんか?」
「大丈夫です。長瀬さん、どこも破損していません」
「…よかった。これで…安心して…眠れます」
「――何を言うんですか!長瀬さん、きっと助かりますよ!」
「はぁはぁ…藤田君…最後に……頼みがあります…」
「はい、なんでしょうか…」
「膝枕…してくれませんか…」

「……わかりました」
 俺は、血がつくのも構わず床に正座する。そして、ゆっくりと長瀬さんの身体をずらし、頭
を俺の膝の上に固定した。
「…あぁ、こうして…娘の膝の上で…往生できるなんて…なんと…私は…幸せなのでしょうか」
「長瀬さん!まだ終わりじゃない!あきらめちゃいけない!」
「…藤田君…これは…命という…禁断の領域を…くぅ…冒した…天罰なのかも…はぁ…はぁ…
しれませんね…」
「何を言うんだ、長瀬さん!貴方は立派だ!だってあんな、すばらしい娘たちを造ったじゃな
いか!」
「…ありが…とう…ふじた…くん…むすめ…たち…を…よろし…く…」
 そう言い残し、長瀬さんは旅立った。俺が、まだ返事をしていないというのに…だ。
 床に広がる真っ赤な血は、俺に彼岸花を連想させた。長瀬さんは、幸せだったのだろうか?
あぁ、たぶん…と俺は思う。曼珠沙華の花に囲まれて眠るその顔は、とてもおだやかな笑みを
浮かべていたから。……きっとそうさ、でなきゃ俺が許さねえぞ…長瀬さん。

「ふにゃ」
 背後で声がする。イタチのような猫『セリオ・カーテル01』であった。残り三○匹の彼女
の妹たちは、今ごろジオフロントのあちらこちらで眠りについていることだろう…この基地の
プロテクトのために。セリオは、長瀬さんの頬に身体をいとおしそうに擦りつけた後、再び、
「ふにゃ〜」
 と鳴いた。わかっている…もう行かなくてはいかないことは…さようなら、長瀬さん……
 俺は走りだした――約束を守るために。

 ふと、芹香先輩の言っていたことが頭をよぎる。
『あれが貴方の造ったもの……それは人の思いを受けて、進化していくもの』
 …人の思いか……長瀬さん、禁断の領域に踏み込んだのは、貴方だけじゃないようですよ…

                                   第八章へつづく
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>ARMさん『東鳩王マルマイマー:第8話』
 まさに怒涛の展開ですね。戦闘時の状況描写の凄さもさることながら、あかりの優しさがテ
キィやしのぶの凍り付いた心を溶かしていくところは、サスガ!としか言いようがありません。
 それから、かっこいい柳川の姿!私はLF97をやってからというもの、柳川のステータス
が上がりまくりです。さらに続々と登場人物が増えているようですが…次回を、焦らずじっく
りとお待ちしております。……あと、超電磁竜巻は私的にヒットでした。

>久々野さん
 いろいろありますが、『Solitude(太田香奈子編)』に一番琴線を刺激されました。
いままでと違う描写…それをこうもあっさりと、やってのけてしまうのは凄いです。あくまで
人形とすることで、最後の一文が光っているんですね。あと、話は変わるんですけど…サオリ
ーナって、決めゼリフってないのでしょうか?それから、妄想する好恵は彼女の真面目なキャ
ラとあいまって、かなりイケてると思います。どんどん出してください。

>SRSさん『楓のな・い・しょ☆』
 私、そういうの好きです。個人的に。それにしても確か、前にも同じような作風を持った方
がいらしたと思ったのですが…。名前は確か…え〜と、理事長との恋愛沙汰で退学になった…
ああ、忘れてしまいましたね。いつも、SSを革命するって言ってらしたような気が…まあ、
SRSさんには関係ないことなんですけどね(^^;;

 わおっ、青紫様の作品が読めるなんてラッキー!…あの、実はお願いがあるんですけど…一
部で『貧乏』としか呼称されない(^^;あの娘の補完をしてほしいのですが…いつか…お暇なと
きに…でも。おっ、お願いします〜。