ガラガラガラガラッ… 「いらっしゃいませ〜」 店に入ってきた高校生らしきアベックを横目に、智子は玉子焼きを作っていた。 (はぁ〜、うちがこない苦労して働いてんのに…ええ御身分やな) 「おい、保科」 「はい大将、玉子焼きならもうすぐ出来ますさかい…」 「――わりぃ、ちょっとパチンコ行ってくっからよ。あと頼むわ」 「ちょっ、ちょとまってえ…や」 智子の静止を振り切り、『大将』は風のように去っていった。 (…あと頼むわって、そない言われても) 気を取り直して、智子はカウンターに座った先程のアベックに声をかける。 「ほな、何を握りましょか?」 「…………」 「…………」 何の反応も無かった。プチッ、智子の血管が少し切れた。 「あの、聞いてますぅ?」 智子は菩薩のような笑顔を浮かべながら、再度訊ねた。 「どうしようか、瑠璃子さん」 「困ったな、って思ってたの」 (早よしてや…) そんな智子の心の中を、知ってか知らずか二人の会話は続く。 「何が困ったの?瑠璃子さん」 「長瀬ちゃんは、やさしい人だよね」 (まだかいな…) 「……わかんないよ、僕には…自分が優しいのかどうかなんて…」 「――ううん、やさしいよ。長瀬ちゃんはやさしいよ」 プチッ、プチッ、智子の血管が結構切れた。 「うん、瑠璃子さんのやさしさを分けてくれるなら、僕はやさしくなれると思う」 「長瀬ちゃんなら聞こえるよね、魚たちの『助けて』って声が」 (もう…あかん) 「そうだね、魚が可哀相だよね」 「…ふふっ、じゃあ行こうか」 「うん、行こう」 ガラガラガラガラッ…ピシャン そう言って、アベックは出ていった。 「…………」 智子、暫し無言。 プチッ、プチッ、プチッ、プチッ、プチッ、プチッ…智子の血管はいっぱい切れた。 「なっなっなっなっなっなっなっ…」 (なんやったんや〜〜〜〜〜) 「しっしっしっしっ…」 ガラガラガラガラッ…店の扉が開く。 「お〜い、委員長。食いに来てやったぜ」 「シバイタロカ〜!!!!!」 智子の叫びの前に扉を開けたまま固まる、浩之。 「えっとだな…また今度にしとくわ。じゃあな」 ガラガラガラガラッ…ピシャン 「えっ、藤田くん?…ちょっと、ちゃう、ちゃうんや藤田くん。ふじたく〜ん!」 浩之の誤解が解けたのは、それから三○分後であった。 P.S. 後日、智子は最近商店街を荒らしまわっている二人組がいることを知った。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 皆さん、あけましておめでとうございます。 SSコーナーの天の邪鬼、無口の人でございます。 本年もどうか大目にみてやってください。