まにひとりひと 第六章「黒い手」 1/2 投稿者:無口の人


 えっ、まだ続いてるの?って言われそうだけど、実は続いてます。
 相変わらずですので、ダークものはちょっと…という人、今ハッピーな人、マルチと先輩を
こよなく好きな人は、どうか読み飛ばしてくださいね。
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【前章のあらすじ】
  ドクトル・ヒロの記憶の奥底…
  研究所で目覚めた浩之を待っていたのは、自分の中枢組織がマルチの身体に移植されたと
 いう事実であった。
  現実を受け入れられない浩之は、精神世界へと落ち込んでいく。そこで、彼は『マニヒ』
 と名乗る少女と出会う。彼女こそ、マルチの新しい意識であった。
  浩之は知る…希望という炎がまだ消えていないことを。そして、『藤田浩之』という存在
 はその役目を終え、『ヒロ』は誕生した。

【西暦2023年 2月3日 来栖川エレクトロニクス ジオフロント研究所】

 生体組織は急速に、しかし人の時間感覚ではゆっくりと、身体の構造を作り変えていく…
 細胞はよりよい構造を模索し、そして…消えていく。だが悲観することはない。その情報は
新たに生まれてくる細胞へと、引き継がれていくのだから…

 そう…すべての生命がそうであるように。

 驚異的な回復力、金属の構造すら変えてしまう親和力…それら生体組織の特徴も、大自然の
営みから見ればささいなことにすぎないのかもしれない…ただ一つ、それが『人の手』による
ものだということを除けば…

「ものすごい回復力ですねぇ。何か悪いものでも、食べたんじゃないんですかな」
 長瀬さんが、相変わらずのとぼけた調子で声をかけてきた。こんな黙示録的状況にあっても、
ユーモアを忘れずに生きていける…俺はあらためて、長瀬さんの凄さを知った。
「えぇ…昨日、鹿せんべいを食べ過ぎちゃいましてね」
 と答える。
「それは困りましたねえ…フフッ」
「なんか意味深な笑いですね…」
 あの日から一ヶ月あまり…俺は歩行訓練が出来るまでになっていた。呼吸をしなくてもいい
ということに関しては比較的早く馴れたのだが、食事をしないというのは…どうもなぁ。

「藤田君、また変な物を食べて、私を困らせないでくださいね」
 俺を藤田と呼ぶのは、いまじゃ長瀬さんとセリオくらいだな…
<ヒロさんは、カツサンドが好きなんですよね〜>
 マニヒが話しかけてくる。
<ええい、うるさい。あれは不可抗力というやつだ。配給のカツサンドをいらないからと言っ
て、親切なおばあさんがくれたんだ。そしたらその…食べたってしょうがないだろうが!>
 その後、身体を洗浄してもらうことになったのだが…トホホ。
 カクカクカクカクッ…あれっ、身体の自由が突然きかなくなる。俺は、長瀬さんに駆け寄る
とその胸にとびこみ…
「うわわわぁ〜ん、そうですよね、そうですよね、ごべんなさ〜い」
 と、泣きじゃくる。えぇっ〜〜〜?
「藤田君…君がそんなに反省していたとは。もういいんですよ…」
 違う!違うんだ、長瀬さん!確かに声は俺のものだが、それは俺じゃないんだ〜。
<すまん、マニヒ。言い過ぎた。だから、泣きやんでくれぇ。………お〜い、マニヒさん?>
 しょうがない…一時撤退するか。俺が意識を沈めると、泣き声はマニヒの声に変わった。
「ぷぷっ、藤田君もお姫様にはかないませんね〜」
 笑いを押し殺した声………さては最初から気付いてたな、このオヤジは…
「びええ〜ん、ぐすっぐすぅ、うわ〜〜〜ん…」
 長瀬さんが、俺の…いや違う、マニヒの頭を撫でるとさらに泣き声が大きくなった。
 やれやれ…しょうがねえなあ。

 マニヒが泣き疲れて眠った後、俺は再び長瀬さんと話始めた。
「必要ないと頭では分かっていても、どうにも腹が減るんですよ」
 俺は長瀬さんを見上げながら、訴えた。するとそのニヤけた老人は、チッチッチ…と人差し
指を左右に振ったあと、
「それはあなたの過去における、型にはまった生活習慣からきているものです。言い換えれば
『気のせい』です」
「気のせいですか…感覚としては、本物なんですが…」
「藤田君、そんなことをしていては、その身体と完全にシンクロするのが遅くなるだけです。
もっと、時間を大切にすべきではないのですか?」
 確かにそうかもしれない。それにしても…長瀬さんは何か焦っているように見えるが…
「あの…私に何か隠してはいませんか?」
 長瀬さんは一瞬言葉に詰まったあと、
「…否定はしません。いずれ話すべきときが来たら、お話ししましょう」
 そう言って、俺に目を向ける。

 長瀬さんの目は、深く澄んでいた。その目を見たとき、俺には何故かそれが『ひかり』のこ
とであることがわかった。それは何か懐かしい瞳だった…言葉以上に気持ちを伝える瞳…あの
人はいまどうしているのだろうか?

【西暦2023年 3月3日 ジオフロント内 来栖川総合病院 特別病棟】

 現在、このジオフロント型研究所『セリオス・シティ』には、30万人程の避難民が収容さ
れている。これは、もともといた研究員の2倍強にあたる。そのため、宿舎やホール、病院に
は人が溢れかえっていた。俺も及ばずながら、医者の真似事をしていたりする。研究内容のお
かげで、一通りの外科手術はできるし…ただし、無免許だが。男の声で喋るかわいらしいメイ
ドロボは、はじめこそ気味悪がられたが、今では『ドクトル・ヒロ』と呼ばれ結構人気がある
のだ。ただし、マニヒが表にでているときほどじゃないがな…。

 静寂――この特別病棟だけは世間の喧騒とは無縁だった。まるで…この空間だけ時間が止ま
っているような気がする。
「ずいぶんと、静かですね」
 前を行く長瀬さんに声をかける。
「……」
 しかし、白衣の老人は振り返ることもなく、沈黙を守っていた。あれっ、聞こえなかったの
かな?もう、耳が遠いんだから…おじいちゃん、などど思いながらもう一度声をかけようとし
たその時、
「!!」
 先を行く長瀬さんより、さらに三つほど奥の扉の前にその人はいた。床まで届く漆黒のドレ
ス、漆黒の手袋、豊かな黒髪、どこか遠くを見ているような瞳…間違いなく来栖川芹香先輩だ
った。
「センパ…」
 だが、俺が声をかけようとしたときには、もはや先輩の姿はどこにも見当たらなかった。夢
だったのか?俺はマニヒに何か感じたか、聞いてみたかった。俺の『目』とマニヒの視覚回路
は、どうも相性が悪いらしくマニヒは目が見えない…だから、その分マニヒの方が他の感覚に
おいて優れていた。
 スタッ。
 突然、前を歩いていた長瀬さんが立ち止まる。そこは、さっき芹香先輩が立っていた場所だ
った…。俺はマニヒに問いかけるのを止めた。彼女は今、眠っている…いや、恐らく長瀬さん
は、わざとこの時間を選んだのだろう。この先に待つものを、彼女に知られないために…

「心の準備は…よろしいですか?」
 長瀬さんが問いかける。俺は、コクンと頷いてみせた。
                                   2/2へつづく
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コウモリだけ〜が知っている ハハハハハハハハッ モア・ベターよ

 は〜い、蝙蝠のおばちゃまよ。今回ご紹介するSSは『炎宴の後・秘話 「闘姫と剣巫女」』
というお話なの。作者は、西山英志さんていうリバー・フェニックス似のイカしたNice 
Guyなのよ 。

 このお話はね、リズエルとアズエルの知られざる戦いを描いたものなの。互いのことを気遣
いながらも、戦わずにはいられない二人の過酷な運命に、おばちゃまはうるうるしてしまった
わ。

 時に人は、自らの意志でイバラの道を歩まねばならない…そんなことを考えさせてくれるこ
のお話は、モア・ベターよ。テレビの前のみんなも本編と合わせて是非チェックしてみてくだ
さいな。えっと、放送日時は、『12月21日(日)14時32分28秒』からなのね。それでは、ごきげ
んよう〜。バサバサバサッ…