野に咲く花 投稿者:無口の人
 ――だいじょうぶ、わたしはいつだって幸せだから。

 あれから、どれくらい経ったのだろう。
 そう…理緒ちゃんと体育倉庫で結ばれてから、どれ程の時間(とき)がオレの脇を擦り抜けて
いったのだろう。
 あの日から今日まで、オレと理緒ちゃんの間には……何もなかった。オレは相変わらずあか
りとの付かず離れずの関係を保っていたし、理緒ちゃんの方もバイトが忙しいらしく声をかけ
てもチラッと振り向くだけで足早に立ち去ってしまうという日々が続いていた。

 そして今日、オレは久しぶりに理緒ちゃんの姿を見かけたのだった。彼女は、セメント袋を
担ぐような格好で商店街を走っている。さながら時代劇に出て来る『ねずみ小僧』といったと
ころだろうか? ただし、担いでいたのは千両箱ではなく米袋だったのだが。
「おっ、理緒ちゃ――」
 ズシャァァァーーー。オレが彼女の名前を呼ぼうとした瞬間、勢いよく理緒ちゃんはコケた。
その拍子に米袋が破け、白い米粒が道に散乱する。
「あぁぁぁぁ、たっ、大変!!」
 慌てて米粒を集め始める理緒ちゃん。オレは何も言わずに近寄り、こんもりと山になってい
る米粒をすくい取り彼女に差し出した。

「ふっ、藤田くん!」
 理緒ちゃんはオレの顔を見て驚いたあと、顔を俯かせる。みるみるうちに耳まで真っ赤にな
る。そして、
「…ありがとう」
 と呟いた。
 オレは彼女の初々しさに感動を覚えながらも、何気ないふりを装って彼女を手伝う。

 二人して黙々と作業に当たったためか、程なくしてほとんどの米粒を拾い集めることができ
た。あとは、理緒ちゃんの倒れた方向へ放射状に点々と散らばるものくらいか…。
「こんなところかな。理緒ちゃん、そろそろ切り上げようか? これ以上は通行の邪魔になる
し、人に踏まれたのなんてもう食べる気しないだろ」
 瞬間、理緒ちゃんの動きが止まる。
 …彼女はさらに顔を俯かせるとハンカチを取り出し、散らばった米粒をその上に集め始めた。
目に見えるすべての米を集める間、彼女は十数回通行人とぶつかった。

 オレは何もできなかった。
 髪の毛で顔が見えなくとも、彼女が泣いていることはわかっていたのに。
 オレは自分が許せなかった。理緒ちゃんだって、やりたくってやっているわけじゃないんだ。
弟たちを食べさせていくために、自分を犠牲にしているんだ! …それをわかっていたはずな
のに、オレは、オレは…

「藤田くん…てっ、手伝ってくれてどうもありがとう」
 理緒ちゃんはオレの方を見ないようにしながらそう言うと、足早に立ち去ろうとする。
「理緒ちゃん、ごめん! オレ…理緒ちゃんの気持ちも考えないで、あんなこと言って」
 彼女は背中を向けたまま立ち止まる。
「ううん、藤田くん。藤田くんが謝ることなんてないよ。あんなところ見られたのは恥ずかし
かったけど、藤田くんが手伝ってくれてわたし嬉しかったもの」
「理緒ちゃん…」
「お母さんがよく言ってたんだ。『幸せになるたった一つの方法は、さも自分が幸せであるか
のように振る舞うこと』だって。だからだいじょうぶ、わたしはいつだって幸せだから」
 そういって理緒ちゃんは、笑顔でオレの方に振り向いた。その笑顔はどんなにきれいな女優
でさえも真似のできない、心の輝きの表れなんだとオレは思った。

「オレも手伝っていいか?」
「えっ?」
「オレも理緒ちゃんの幸せを手伝ってもいいかな?」
 突然のオレの申し出に理緒ちゃんはしばらく唖然としていたが、やがて顔を真っ赤にすると
「わっ、わたし、もう行かなくちゃ!」
 と、今度は本当に走り去ってしまった。今度はオレが、ポカンと口を開ける番になった。

 どこまでも初々しい理緒ちゃん…そんな彼女のことをもっと知りたい、そして彼女の力にな
りたい……オレはそんなことを思いながら、理緒ちゃん背中を見つめていた。

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 でも、レミィが一番ですよね。…でもシンディも、いや柳川様か?(自爆)