まにひとりひと 第五章「あの日のあと・試練の刻」 2/2 投稿者:無口の人


 どこまでも落ちていく…そんな感じがする。
 !?…ふと、誰かに呼ばれた気がした。その瞬間、
 ドサッ…
 地面に倒れていた。砂で覆われた大地…それは、見渡す限りの砂漠だった。乾いていた…何
もかも………これは俺の心なのか?
「あのう…」
 突然、背後から声を掛けられた。振り返らなくても、誰か分かる…
「マルチ…ここにいたのか」
 やはり、夢だったんだ…そうだろ…『おかえりなさいませ、ご主人様』って言ってくれ…

「えっと…はじめまして。わたしは、マニッヒ・ファッハと言います」
 その瞬間、世界が凍り付いた。
「……………」
 何も言わない俺を気遣ってか、彼女は言葉を続ける。
「マニッヒ・ファッハは『種々の』って意味なんですよう。え〜と、いろいろなことを学んで
ほしいという気持ちが、込められているそうです。それから…それから…うぅ…えっと…」
 ……………。
「あのぅ…お名前を教えていただけないでしょうか?」
 ……………名前?
「………俺は、ふじ……いや、ヒロだ。ヒロって呼んでくれ」
 藤田浩之という名は、マルチに捧げよう…思い出と共に…
「ヒロさん…ですか。よいお名前ですね」
 なんでこんなに…悲しい気持ちになるんだろう………まてよ、これは感傷にひたって自分を
誤魔化しているだけじゃないのか?………おい、浩之!お前はそんなに弱い人間だったのか?
………いや違う!俺には守るべきものがあったはずだ!……そう…強く生きる為の理由が…

「君は…マニッヒ…ファッ…」
 俺は現実の方へ、一歩踏み出した。…逃げてばかりじゃ、何も始まらないぜ。
「はい、長瀬さんは『マニヒ』と呼んでおられましたが…」
「マニヒ、か…俺もそう呼んでいいかい?」
 そう言って、俺はマニヒに笑いかけた。
「ももももっもちろんです。どうぞよろしくお願いします」
 マニヒも笑顔で答えた。

「ところでここは、何処なんだ?わかるか、マニヒ?」
「はい、ええと…長瀬さんの話によると、わたしたちは二つの心で一つの身体を共有している
ので、えっと…その…たしか…待合室のようなものができるだろうって…それで…え〜と、何
でしたっけ?うぅ…うぅ、忘れてしまいましたぁ…ごごごっごめんなさい…わたしってドジで
すよねぇ…グスン」
 ったく…しょうがねえなあ。俺はマニヒの頭を撫でてやった。
「あっ…」
 マニヒは、うっとりとした表情をする。
「こうしていると、ご主人様が帰ってきてくれたようですぅ」
 えっ!?
「おい、マニヒ!お前…主人だったやつのこと覚えているのか?」
「いっ…いえ、どんな方だったかは覚えていないんですけど…ただ、断片的な記憶が浮かんで
くるんです」
 絶望の中にも、希望はある…マルチはまだ生きているんだ…彼女の中で…

「マニヒ…すまない。これから、お前の身体を借りることになる」
「どど、どうぞどうぞ。わたしもうれしいんです…一緒に年をとれる人がいて」

 ………はっ!

『みなさんと一緒に年をとれたら…素敵ですね』
 …その時、過去の情景が蘇る。近所の公園でひかりを遊ばせていたとき、マルチが口にした
言葉。寂しげな横顔。
 そうだ…俺はあのとき誓ったんだ…
『マルチに寂しい思いをさせたくない…マルチを人間にしてやりたい』って。
 俺はやるさ、それが俺に残された存在理由なのだから…

「じゃあ、遠慮無く使わせてもらうぜ」
「えぇ、それにここは、とてもいいところなんですよ」
 いつのまにか、俺たちのまわりは草原になっていた。緩やかな風が、二人を包み込む。
「それじゃあ、わたしたちの家に行きませんか?」
 そう言って、マニヒは一軒のログハウスを指差す。あの家はおそらく、マニヒの心が作り出
したものなのだろう…木の質感に、光沢があり過ぎるのはご愛敬か。

「すまない、マニヒ。俺にはまだ、やることが山ほどあるんだ。だから、休んではいられない」
 もう…俺は立ち止まれないんだ…
「そうですか…わかりましたぁ。それでは、いってらっしゃい」
 マニヒは、笑顔で答えてくれた。
「あぁ、いってくるよ…」
 俺は外の世界をイメージした…その瞬間、身体が爆散する…意識が広がっていく…

 …気が付くと、ベットに横になっていた。現実世界に帰ってきたのだ…
 マルチは、もういない…今になって、そんな実感が湧(わ)いてくる。
「はふひ…」
 声にならない声で、その名を呼んでみる。
 俺は泣いていた…ただ、涙は出なかった。

 …今の俺には、涙の流し方すらわからなかったから…
         ̄ ̄ ̄ ̄ ̄                      第六章へつづく
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 大映ドラマか?…