【AM09:45 ミュージカル用仮設テント前】 「やあ、よく来たねえ」 劇場の正面玄関で、吉川がそのねっとりとした口調と共に、迎えてくれた。 「よっ、吉川。お前にこんな趣味があったとは、驚きだな」 そんな俺の言葉も聞こえていないのか、吉川は、ひかりの方ばかり見ていた。 「あの…あたしの顔に何かついてます?」 たまらず、ひかりも牽制(けんせい)する。 「いやぁ、実にそっくりですなぁ、お母様に」 確かに、ひかりはあかりとよく似ていた…少々つり目がちなところを除けば。 「おや、今日は奥さんはどうしましたかな?」 今、気付いたと言わんばかりに、吉川が訊ねる。 「あぁ、あかりのやつは、料理教室の方が忙しくてな」 俺が答えると、吉川は目を細め、 「ほほう、そいつは残念ですなぁ」 と呟いた。…あいかわらず、不気味なやつだぜ。もっとも今は、同じ研究所に勤務する仲間 ではあるが… 「それでは、わたしはこれで…」 と言い、吉川はこの場を去ろうとする。 「おい!お前は見ていかないのか?…ミュージカル」 「えぇ、わたしはちょっと野暮用がありまして…どうかお二人で楽しんでくださいな」 なんだよ…野暮用って? 「そうか…そいつは、残念だな」 「えぇ、ほんとに残念ですよ…ウフフフフ」 そう言って、吉川は駐車場の方に姿を消した。…薄気味わりぃやつだぜ。 「イヤな感じね…」 ひかりも、同じように感じているらしい。 「まっ、それは置いといてだ、ミュージカルを楽しみましょうか?お嬢様」 「ええそうね、爺や。案内して頂戴」 どうしてそこで、爺やになるかな? 【PM01:25 ミュージカル用仮設テント内】 昼の休憩を挟んで続いていたミュージカルも、そろそろクライマックスを、むかえようとしていた。 どうやらこのミュージカルのテーマは、『心の内側からの革命』ということらしい。 舞台上で、派手な衣装をまとった役者が剣を振り上げる。 『政界を革命する力を!』 ピカッ!! その瞬間、目も眩まんばかりの閃光が走る。 続いて、凄まじいばかりの轟音………すごい演出だな。 そして、ひしゃげる鉄柱。 ………ねじ切れたそれは、客席へ落下する。 ………すべてがスローモーションに見える…ゆっくりと落ちゆく鉄柱… 「きゃあああああぁ!!」 はっ!ひかりの悲鳴で、我に返った…これは………現実だ!! 俺たちは、暴風の真っ只中に居た。ありとあらゆるものが、宙を舞っていた…鉄骨、椅子、 鞄、靴、子供、大人、男、女、人、ヒト、人、人であったモノ… ひかりは?………横を見ると、ひかりが必死に俺にしがみついていた。 なんとしても、この子だけは守りたい…そう思うが、体力は既に限界だった。 そのとき、巨大な鉄骨が俺たちに向って、飛んで来た。 「ぬおお、ひかり〜〜〜!」 残る体力を振り絞り、ひかりの体を包み込む。 ズシャ… 背中への鈍い衝撃…不思議と痛みはなかった… 「パパァ〜〜〜!!」 …ひかりの声が聞こえる…どこか遠くで… …もっと大きな声で呼んでくれないと、パパには聞こえないぞ、ひかり… 【PM??:?? ??????】 俺は闇の中を漂っていた。 俺は…死んだのか? 『…ひどいものだな』 誰だ? 『はい、生きているのが不思議なくらいです』 おいっ、聞こえないのか? 『彼を生き返らせる…いや、蘇らせる方法はあるんですかね?』 何を言っている? 『通常の方法では、まず不可能でしょう。もし、可能性があるとすると…』 …まさか!? 『生体器官の移植か…』 生体…器官…だと!? 『はい…あの理論を応用すれば…』 やめろ、それは許されざる領域だ! 『だが、それは倫理的にも技術的にも問題が多すぎます。…それに、ここには入れ物がないで すしね。その猫の体では小さすぎますし…他に移植可能なのは…』 『最も人間に近い、メイドロボ…ですね……』 モットモニンゲンニチカイメイドロボ… 『わたし…ですね』 『!!………聞いていたのですか……』 『はい、どうかわたしの体を使ってください』 『だめです!二度も、彼からお前を奪うなんてこと…できませんよ』 『おっお願いしますぅ!ご主人様を助けたいんです!ご主人様は、いままでわたしを温かく包 み込んでくれました。やさしく接してぐでまじだぁ。いどんなごどを、おじえでぐでばじだぁ …ぐすっぐすっ…だがら、ご恩がえしがじたいんですぅ…お願いじばずぅ…どうがどうが…』 …やめろ…やめるんだ…そんなことをすれば… 『自分という存在が、無くなるとしてもですか?』 『はい…喜んで』 『……………わかりました。その思い、受け取りましょう』 …ウソダ…コレハユメダ…ユメダ…ヨナ… …意識が遠くなる…俺は…どうしたんだ…ひかりは…どこだ… 第5章へつづくかな? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ごめんなさい…全国の吉川さん…