まにひとりひと 第四章「あの日・分岐点」 2/2 投稿者:無口の人


【AM09:45 ミュージカル用仮設テント前】

「やあ、よく来たねえ」
 劇場の正面玄関で、吉川がそのねっとりとした口調と共に、迎えてくれた。
「よっ、吉川。お前にこんな趣味があったとは、驚きだな」
 そんな俺の言葉も聞こえていないのか、吉川は、ひかりの方ばかり見ていた。
「あの…あたしの顔に何かついてます?」
 たまらず、ひかりも牽制(けんせい)する。
「いやぁ、実にそっくりですなぁ、お母様に」
 確かに、ひかりはあかりとよく似ていた…少々つり目がちなところを除けば。

「おや、今日は奥さんはどうしましたかな?」
 今、気付いたと言わんばかりに、吉川が訊ねる。
「あぁ、あかりのやつは、料理教室の方が忙しくてな」
 俺が答えると、吉川は目を細め、
「ほほう、そいつは残念ですなぁ」
 と呟いた。…あいかわらず、不気味なやつだぜ。もっとも今は、同じ研究所に勤務する仲間
ではあるが…

「それでは、わたしはこれで…」
 と言い、吉川はこの場を去ろうとする。
「おい!お前は見ていかないのか?…ミュージカル」
「えぇ、わたしはちょっと野暮用がありまして…どうかお二人で楽しんでくださいな」
 なんだよ…野暮用って?
「そうか…そいつは、残念だな」
「えぇ、ほんとに残念ですよ…ウフフフフ」
 そう言って、吉川は駐車場の方に姿を消した。…薄気味わりぃやつだぜ。
「イヤな感じね…」
 ひかりも、同じように感じているらしい。
「まっ、それは置いといてだ、ミュージカルを楽しみましょうか?お嬢様」
「ええそうね、爺や。案内して頂戴」
 どうしてそこで、爺やになるかな?

【PM01:25 ミュージカル用仮設テント内】

 昼の休憩を挟んで続いていたミュージカルも、そろそろクライマックスを、むかえようとしていた。
どうやらこのミュージカルのテーマは、『心の内側からの革命』ということらしい。

 舞台上で、派手な衣装をまとった役者が剣を振り上げる。
『政界を革命する力を!』
 ピカッ!!
 その瞬間、目も眩まんばかりの閃光が走る。
 続いて、凄まじいばかりの轟音………すごい演出だな。

 そして、ひしゃげる鉄柱。
 ………ねじ切れたそれは、客席へ落下する。
 ………すべてがスローモーションに見える…ゆっくりと落ちゆく鉄柱…
「きゃあああああぁ!!」
 はっ!ひかりの悲鳴で、我に返った…これは………現実だ!!

 俺たちは、暴風の真っ只中に居た。ありとあらゆるものが、宙を舞っていた…鉄骨、椅子、
鞄、靴、子供、大人、男、女、人、ヒト、人、人であったモノ…
 ひかりは?………横を見ると、ひかりが必死に俺にしがみついていた。
 なんとしても、この子だけは守りたい…そう思うが、体力は既に限界だった。

 そのとき、巨大な鉄骨が俺たちに向って、飛んで来た。
「ぬおお、ひかり〜〜〜!」
 残る体力を振り絞り、ひかりの体を包み込む。
 ズシャ…
 背中への鈍い衝撃…不思議と痛みはなかった…
「パパァ〜〜〜!!」
 …ひかりの声が聞こえる…どこか遠くで…
 …もっと大きな声で呼んでくれないと、パパには聞こえないぞ、ひかり…

【PM??:?? ??????】

 俺は闇の中を漂っていた。

 俺は…死んだのか?
『…ひどいものだな』
 誰だ?
『はい、生きているのが不思議なくらいです』
 おいっ、聞こえないのか?
『彼を生き返らせる…いや、蘇らせる方法はあるんですかね?』
 何を言っている?
『通常の方法では、まず不可能でしょう。もし、可能性があるとすると…』
 …まさか!?
『生体器官の移植か…』
 生体…器官…だと!?
『はい…あの理論を応用すれば…』
 やめろ、それは許されざる領域だ!
『だが、それは倫理的にも技術的にも問題が多すぎます。…それに、ここには入れ物がないで
すしね。その猫の体では小さすぎますし…他に移植可能なのは…』
『最も人間に近い、メイドロボ…ですね……』

 モットモニンゲンニチカイメイドロボ…
『わたし…ですね』
『!!………聞いていたのですか……』
『はい、どうかわたしの体を使ってください』
『だめです!二度も、彼からお前を奪うなんてこと…できませんよ』
『おっお願いしますぅ!ご主人様を助けたいんです!ご主人様は、いままでわたしを温かく包
み込んでくれました。やさしく接してぐでまじだぁ。いどんなごどを、おじえでぐでばじだぁ
…ぐすっぐすっ…だがら、ご恩がえしがじたいんですぅ…お願いじばずぅ…どうがどうが…』
 …やめろ…やめるんだ…そんなことをすれば…
『自分という存在が、無くなるとしてもですか?』
『はい…喜んで』
『……………わかりました。その思い、受け取りましょう』
 …ウソダ…コレハユメダ…ユメダ…ヨナ…

…意識が遠くなる…俺は…どうしたんだ…ひかりは…どこだ…
                                第5章へつづくかな?
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 ごめんなさい…全国の吉川さん…