まにひとりひと 第四章「あの日・分岐点」 1/2 投稿者:無口の人


はじめまして、無口の人'です。
初めての作品が、何故か続きものだけど気にしないでくださいね。
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【前章のあらすじ】
  藤田浩之の記憶…かけがえのない日々…
  ドクトル・ヒロは回想する。時を経てもなお、色鮮やかによみがえる記憶を…
  仲間とのふれあい、家族のだんらん、研究のよろこび…すべての事がうまくいっているよ
 うに思えていた。

【西暦2022年 12月23日 AM07:50 藤田家 居間】

「ねぇパパ、明日が何の日か知ってる?」
 ひかりが『パパ』と呼ぶときは危ない…俺の第六感が、警鐘を鳴らす。
「んっ?さあ…クリスマス・イブじゃなかったか?…」
 ガサガサ…新聞で顔を隠す。
「ふ〜ん、あっそう!この愛娘(まなむすめ)が、せっかく寂しき中年男性の相手をしてあげて
るっていうのに、惚(とぼ)けるつもりね」
 寂しき中年男性?なんだそりゃ?
「おねえちゃんなら、分かるわよね…」
 今度はマルチに、白羽の矢を立てる。
「えっと…あの…プラスチックゴミの日…でもないですしぃ…公園掃除の日!…も違います…よね?」
 バカめ!マルチは、俺との付き合いの方が長いのさ!どういうときにボケるかなど、とっく
の昔に習得済みよ!
「もう…しょうがないわね、二人共。明日はパパが、ひかりとマルチちゃんにプレゼントを買
ってくれる日でしょ」
 忘れていた…もっと長い付き合いをしているのが、約一名残っていたっけ。
「あぁ!わかりましたぁ!明日はひ〜ちゃんの誕生日ですね!」
 おいおい、マルチ…マジでわかんなかったのか?

「それより、浩之ちゃん。時間はいいの?せっかく吉川さんが誘ってくださったのに…」
 そうだった…今日は吉川に、ミュージカル鑑賞なるものに誘われてたんだっけ。
「マルチは、定期診断日だからしかたないにしても、料理教室の日程くらいなんとかならない
のか…あかり」
「うん…ごめん…材料も買ってあるし…楽しみにしてくれてる人も居るから…」
 あかり…あいかわらず嘘をつくのが下手だな。大学時代、吉川にしつこく付きまとわれたのが、
まだ尾を引いているのか?
「まあ、しかたないか…ふぅううう」
 少々大げさに、ため息をつく。ちらっとひかり見ると、目が合ってしまった。
「ちょっと、浩之ちゃ〜ん!あたしと行くのがそんなにイヤなわけぇ?」
「浩之ちゃんじゃない!お父さんだ!」
 ったく、しょうがねえなあ…
「それにひかり、お前は学校があるだろうが」
「残念でした!今日は自主学習の日なので〜す!」
 ちっ!通信教育の日だったか…
「たくっ、最近の中学生は、お休みが多くてうらやましいねぇ。父さんが学生のときは、毎日
かかさず学校へ行ったもんだがな…」
 くすくす…と、あかりが笑う。
「そうだね…毎日浩之ちゃんを起こしに行ったものね」
「…そっ、そう…だったか?」
 くっくっくっく…と、今度はひかりが、笑うのを我慢している。

「それはそうと…だ、マルチ、今日の天気予報はどうなってる?」
 プチッ、マルチが天気予報チャンネルに切り替える。
 ザザァー…
「あらら…ご主人様〜何も映らないですぅ」
「マルチ…地上回線にしてみてくれ…」
「はっ!また間違えて、衛生回線にしてしまいましたぁ〜。うぅ…わたしって、ドジですよね…ぐすん」
 やれやれ…しょうがねえなあ…
 ここ二年程、衛生回線はほとんど使い物にならなくなっていた。政府の発表では、宇宙放射
線の影響ということらしいが、セリオの見解では、何か人為的な力によって通信が妨害されて
いるような気がする、ということだ。
 『気がする』…か、セリオも、猫型生体ユニット『カーテル』シリーズを取り付けるように
なってから、なんとなく人間くさくなったような気がするな…

「おい、マルチ、こっちへ来い」
「はい?」
 なでなでなでなで…頭をなでると、マルチはうっとりとした表情を浮かべた。
「まっ、気にすんな。間違いは誰にでもあるさ」
「はい!がんばりますぅ」
 マルチ…チャンネル選択は、頑張らなくてもできるんだよ…

【AM08:30 藤田家 玄関】

「それじゃあ、そろそろ出かけるか」
 ひかりの用意が出来たのを見計らって、声をかける。
「は〜い、パパ」
 ひかりが、腕を絡めてくる。…気をつけろ浩之、これは演技だ。ここで油断すると、高くつくぞ!
………でも、ちょっと嬉しかったりする…親バカか?

「いってらっしゃい、夕食はどうするの?」
 あかりが、エプロンをはずしながら聞いた。
「そうだな、まあ夕方頃には帰って…」
 と言う俺を遮り、
「今宵は、レストランでディナーよ」
 ひかりはそう、のたまった。
「…だそうだ」
 わりいな…あかり、一人にしちまって…
「そう?じゃあ、久しぶりに羽を伸ばそうかなぁ」
 う〜ん、と伸びをしながらあかりが答える。無理しちゃって…寂しいって顔に書いてあるぜ。

「マルチもしっかり診てもらうんだぞ」
 と、頭をなでながら言う。
「はい、どうかお達者で〜、ぐすっ」
「おいおい、マルチ。ちょっと行ってくるだけだろうが」
「ご主人さまぁ〜」
 この涙もろいのは、直せるのだろうか…?

「おう、それじゃあな」
「いってきま〜す」
 と、俺とひかり。
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませぇ〜」
 と、あかりとマルチ。

 バタン。
 ドアが閉まる。
 いつもと同じように…そして、過去は過去となった。
                                   2/2へつづく
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コウモリだけ〜が知っている ハハハハハハハハッ モア・ベターよ

 今日ご紹介するSSは、『A musical box』というお話なの。作者は、久々野 彰さんという
グレゴリー・ペック似でおばちゃま好みのいい男なのよ。

 このお話はね、欲望と自責の間で揺れ動く一人の若者の葛藤を、等身大で表現した物語なの。
おばちゃまはね、誰しもが抱えている自己矛盾の意識が、繊細な若者の心を蝕んでいく様子に
ゾクゾクしちゃったわ。

 苦痛の対象を、取り除くだけでは幸せにはなれない…そんなことを、考えさせてくれるこの
SSはモア・ベターよ。テレビの前のみんなも、読んでみてね。それじゃ、おばちゃまはこの
辺で………来週も、モア・ベターよ