まにひとりひと 第三章「あの日のまえ・やすらぎの刻」 2/2 投稿者:無口の人


【西暦2012年 8月吉日 近所の公園】

「あわわわわっ、だめですぅ、ひ〜ちゃん。そんなもの食べたら…」
 マルチは何を慌ててるんだか…と、ひかりの方を見ると…
「蟻を…食ってる…」
「あらまあ…」
 あかりも、困った子ねぇって感じで眺めている。…そういう問題か?
「へろゆきちゃんもたべるぅ?」
 ひかりが砂だらけの手で、結構でかい蟻を差し出す…なんかもう、半分つぶれてるし…
「ひかり、それは食べ物じゃないんだよ。それに、浩之ちゃんじゃない…パパだ」
 困ったもんだ、ひかりは俺のことを『へろゆきちゃん』と呼んでいる。それがあかりの影響
 であることは、言わずもがなだ。そのくせあかりのやつ、自分のことはちゃんと『ママ』って
 呼ばせてるんだからよ、やってらんねえぜ。

「ほらほら、ひ〜ちゃん。きれいきれいしましょうね」
 マルチが、ひかりの服についた砂をはらっている。
「ありがとう、おねえちゃん」
 おねえちゃんか…ひかりとマルチを見ていると、まるで本当の兄弟のように思えてくる。
 マルチは、心からひかりの成長を喜んでいるようだ。
 成長か…マルチはまわりの人々が、どんどん自分を追い越していくことをどう思っているのだろう?
「なぁマルチ、大人になりたいって思うことあるか?」
 と、俺が聞くとマルチは、
「いえ、この体に不満を感じたことなんてありませんです。ただ、みなさんと一緒に年をとれたら
  …素敵ですね」
 と答えた。
 少し寂しげなマルチの横顔…
 そうだよな、メイドロボが成長したっていいよなあ…と俺は思う。
 それが、生体組織の研究を始めたきっかけだった。


【西暦2020年 12月X日 ジオフロント研究所『セリオス・シティ』内 藤田研究室】

「よう朴念仁、元気でやっとるかね」
 振り返らなくても、誰か分かる。長瀬名誉所長だ。
「あぁ、長瀬さん。ちょうどいいところにいらっしゃいましたね、ふふふふふっ」
 …長瀬さん、今日こそ貴方をびっくりさせますよ…
「セリオ、例のモノを!」
 俺が空中に向かって喋ると、
<了解しました、プロフェッサー・フジタ。セリオ・カーテル01起動>
 備え付けのスピーカーから、セリオが答えた。
「んんっ?何が始まるんですかな?」
 興味津々…というわけではないが、長瀬さんは、それなりの期待をしている様子で聞いた。

 がさ、ごそごそ…
 その声に反応するように、足元に無造作に置かれていた段ボール箱が、音をたてる…
「ふにゃあ」
 中から現れたのは、猫であった。
 そう!この猫こそ、生体組織理論を立証するために産まれてきた、記念すべき第一号だ!
 さすがに、小猫から成長するというのはまだ無理だが、驚くなかれ!この猫に使われている
  組織は、アポトーシスプログラムにより死滅と再生を繰り返すのだ!つまり、こいつは間違い
  なく生きてるんですよ…長瀬さん。
 と、心の中でつぶやいてみる。

 よし、そろそろ説明を始めるかな、っと思ったとき、長瀬さんが言った。
「このイタチが、どうかしましたかな?」
 がくっ、イタチじゃないです…猫です…
「ふむふむ、よくできてますねぇ。このイタチが例の研究の成果というわけですな」
 ぐすっ、イタチじゃないもん…イタチじゃ…
「ということはこのイタチ、体温の設定も自然におこなっているというわけですね」
 どうせ、どうせ…俺にはデッサン力がないですようだ。
「あれ、どうかしたかね、藤田君。体育座りなんかして…」

 …気を取り直して、説明をする。
「まずは、この生体パターンをご覧ください」
 パネルのスイッチを入れると、同心円状に広がる立体的な波の映像が浮かび上がる。
  ――生体パターン…生命力の強さ、傾向を映像化したもの。個体毎に形、色が異なる。

「すごいものだねぇ…これがこのイタチのものかな?」
「……えぇ、この子一体で、我々人間の三倍くらいの数値です」
 初め、セリオの移動端末として設計したこの猫、カーテル01は俺の予想を大きく上回る数
  値を叩き出していた。
「人間は自分自身にリミッターをかけているらしいですから。それがないとすれば、このくら
  いの数値でもおかしくないのかもしれませんね」
 長瀬さんが、めずらしく真顔で言った。その顔を見るうちに、禁断の研究という言葉が脳裏
  に浮かぶ。
「私はこのまま研究を続けてもいいのでしょうか?」
「わかりません。ただ、実際にできているわけですから、時代が望んでいるとも言えます。人
  類の進化も、行き詰まっているらしいですから」
「要はそれをどう用いるか、ということですね」
「まっ、そんなところです」

 長瀬さんの懸念ももっともなことだ。これを悪用されたら…と思うとぞっとする。
 だが、そのとき俺をささえていたのは、マルチを人間にしてやりたいという思いだった。
 きっと、できるさ…だって、あいつは誰よりもやさしい子なんだから…
 ………あいつに寂しい思いをさせたくない…と思う。

 そんな俺の願いとは無関係に、平穏な日々は終わりを告げようとしていた…
 ―――そして、あの日は来た…
                       第四章へ…つづけるべきか…やめるべきか
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 まきえさんのおまけコーナー(沙村先生ごめんなさい)

 …お初姐さん 貴女の云う通りでした…

 一度でも苦界に身を堕とした女が…人並にシリアスを書こうなんて

 始めから…とんだ高望みだったんですよ…ねえ?