まにひとりひと 第三章「あの日のまえ・やすらぎの刻」 1/2 投稿者:無口の人


 ま〜だ続くんかい!とおっしゃりたい気持ちは、よくわかります。
 でもどうか、後生ですから…続けさせてやってください。お願いします。
 こんなに投稿の多い日に出すのは、なんか申し訳ないです。ごめんなさい。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

【前章のあらすじ】
  来栖川の旧研究所に降り立ったリヒトが出会ったもの、それはいまや巨大な知的生命体と
 なったセリオこと『ミネルヴァ・セリオ』であった。
  リヒトは、ミネルヴァ・セリオを起動するドクトル・ヒロを見て、彼が自分の中枢器官を
 マニヒに移植したことを知る。さらに、ドクトルが生体組織の産みの親だと知ったとき、リ
 ヒトは過去の悪夢に苛(さいな)まれ、逃げ出す。
  そんなリヒトを見ながら、ドクトルは過去に思いを馳せる。
  そう…自分がまだ『藤田浩之』であったときのことを…

【西暦2007年 5月X日 来栖川エレクトロニクス ジオフロント研究所】

「ミネルヴァ・セリオの完成、おめでとうございます。長瀬主任…じゃなくて、所長になられ
たんでしたっけ?」
「いや、たしか社長じゃなかったかな?まぁ、まだ会長には早いですからねぇ」
 やれやれ、相変わらずとぼけた人だ。目の前の男は『長瀬源五郎』、俺にとってはマルチの
命の恩人である、さらに本日より直属の上司になる人でもある。
「ところで、マルチは元気かね?」
 長瀬所長が訊ねた。もちろんですよ、っと喉まで出かかったが、ここは一つ…
「実は昨日…マルチが…マルチが…」
 俺は顔をうつむき加減にして、言葉に詰まる様子を見せながら言った。
「んん、マルチが?」
 所長も、所長なりの真面目な顔で聞いてきた。
「ビーフストロガノフを作ってくれたんです!」
「……………」
 やった!あの長瀬主任(現所長)を絶句させたぜ!今日は俺の勝ちですね、と思った矢先、
「やはり、同居人が増えるってことで、マルチも気合が入ってるんですかねぇ」
「……………うっ!!」
 痛いところを突かれた。そうなのだ、去年あかりのやつと結婚して今は、あかり、マルチ、
そして俺の三人暮らしをしていたりする。そして、あかりは現在妊娠している…しかも、その
子はハネムーンベビー…やっぱ、新婚旅行で温泉地に行ったのがまずかったのか…
「いやぁ、料理の先生(あかり)がいいからですよ。ははははは」
 俺は乾いた笑いでごまかした。長瀬所長は、にやにやしている。今日も俺の負けだぜ。

 ふと見ると、かつての恩師、山岡先生がいた。そういえば、招待状を出したっけ。
「お久しぶりです、山岡先生。それに栗田先生も…ああ、今は山岡夫人ですか」
 山岡先生は、やはり同じ教師の栗田先生と結婚していた。
「いや、栗田先生でいいぞ。私達は夫婦別姓にしているんだ。何と言っても、『究極の夫婦』
だからな」
 山岡先生は、自信たっぷりに言った。それにしても、究極の…夫婦っていったい?
「なんでも、すごいメイドロボを造ったそうじゃないか」
「いえ、俺なんかほんの少し手伝ったにすぎないっす」
 ふと、学生時代の言葉使いに戻っている自分に気が付く。マルチとセリオに初めて会ってか
ら、もう一○年も経つ。サテライトシステムに大きく貢献したセリオは、いまやサテライトサ
ービスを供給し、同時に最新のジオフロント型研究所である、この『セリオス・シティ』を管
理・運営するメインコンピュータに生まれ変わっていた。
「それに、メイドロボじゃないっす。中央コンピュータっす」
「フムン、究極のメイドロボというわけだな」
 究極ねぇ…確かにそうかもしれないな。そういえばマルチに、このセリオの変身ぶりを教え
たら自分のことのように喜んでいたっけ…そういう人間くささでは、マルチが究極かもしれな
いな………それにしても、究極の夫婦ってなんかすごそうだよな…

 そのとき、パーティ会場がどよめいた。
 会場の人達の視線の先には…淡いピンクのドレスに身を包んだ、来栖川グループの御令嬢、
来栖川芹香先輩がいた。ドレスに合わせて、髪はアップにしてサイドだけ垂らしている。
 あいかわらず綺麗だなあ、そういえば最近婚約したって聞いてたけど…隣にいる男がそうな
のかな?おっ、こっちに歩いてくるぞ、おっおっおっおっ、どんどん近づいて…来る!
 芹香先輩は俺の目の前で立ち止まると、
「……………」
「元気だったかだって?ああ、おかげさまで、すこぶる元気っす」
 先輩は相変わらずの無表情だったけど、心なしか瞳が潤んでいるように見えた。
 俺の目の前に、一○年前と同じ芹香先輩が立っている…と思っていたら、婚約者?の男が、
「せりかさ〜ん…」
 と先輩に話しかける。すると芹香先輩は、手足をいっさい使わずに、男の方へ九○度左に回
転した。そして、
「……………」
 何事かを男に告げる。男はがっくりとした様子で、
「ううっ、ごめんなさい、芹香さん。あちらで待ってます…」
 そそくさと会場の隅へ歩いていった。先輩って、尻にひくタイプだったのか…と思っている
と、また下から磁石で操作されている人形のように、一切の動作を見せずに九○度右に回転し
た…いったい、どうやってるんだろう?

「先輩、いいのかい?あの人、フィアンセだろう?」
 と聞くと、先輩は無表情ながら、どこか寂しげな顔をした…
 先輩?……
 そのとき、手に温かい感触を感じる。手を握っていた…あかりが俺の手を握っていた。
「なんだ、あかり。どうかしたか?」
「ううん…えっと…あの…あっちにおいしいケーキがあるんだけど、浩之ちゃんもいっしょに
食べないかなって思って…」
 あかりのやつは、結婚してもまだ『浩之ちゃん』って俺を呼んでいる。まったくしょうがな
いやつだぜ。
「んっ、ああそうか、そういえばあんまり食ってなかったからな。ちょっと味見してくるか」
「うんっ」
 あかりが、やけにうれしそうに返事をする。そんなにケーキを食べるのが楽しいのかねぇ。
「そんじゃ先輩、またな!」
 そう言って歩きだした俺を、芹香先輩がずっと見つめている…潤んだ瞳で…
 …先輩…まだ俺のことを……………なんて、俺の都合のいい解釈だよな。
 そうさ…気のせいさ…きっと…
「おいあかり、あんまりがっつくとすぐにブクブクになっちまうぞ」
「えっ、大丈夫だよ。おなかの子と二人分なんだもん」
「だからって、ケーキ一○個も食うなよな…」
 そうさ、俺はあかりを選んだんだ。後悔はしないさ…


【西暦2007年 12月24日 来栖川総合病院 産婦人科】

「おめでとうございます。かわいらしいクマのお子さんですよ」
「やったな、あかり!これでやっと、堂々とクマを飼えるぞ!」
「???」
 あかりは、固まっている。
「早速、首輪を買ってこないとな。そんでもって、将来は一輪車に乗せたりしたいよなぁ」
「えっ…くま………なの?」
「ば〜か、人間からクマが産まれるわけね〜だろ」
 あかりは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、
「もう、浩之ちゃんたら…」
 やっと状況を飲み込んだらしく、しょうがないなあって顔をした。

 たわいもない冗談…もっとも、そのために看護婦さんを無理矢理説得したのだが…
 幸せだった。そのときは考えもしなかったけど、とても幸せだった。

「ねえ、この子の名前なにがいい?」
「熊江とか熊美なんてどうだ?」
「もう…浩之ちゃん…」
「そうだな…俺とお前の名前をひっつけて、『ひかり』なんてどうだ」
「ひかり…うん、いいね」
「じゃあ、決まりだな」
 あかりと俺は、しばらく無言で見つめ合っていた。
                                   2/2へつづく
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 むく吉、ナオミのおまけコーナー

>久々野様
 まさか、かおりを使うとは…最後は黒人(笑)になってるし…
 今、兎の着ぐるみが似合うのは、し○はらと志保ってことかしらん?
 「自虐の唄」…肝に命じておきますです、はい。