ドクトル・ヒロは、塔の前にある端末に向かい合うと、何やらブツブツと唱え始めた。 「紅玉と翠玉(すいぎょく)の輝きをもつ光よ、数多(あまた)の精霊をその身に宿し、万物を照 らす希望となれ…」 <声紋照合…クリア、起動承認文確認…クリア、続いて網膜パターン照合…クリア> 女性の澄んだ声が、起動チェックの旨を告げている。 (……………網膜………パターン……?) リヒトは、唇がやけに乾くような気がした。 <ミネルヴァ・セリオ起動します> その瞬間、クルス・シチは突然の停電に襲われる。一方、地下50メートルの空洞では天と 地を支える巨大な塔が、まばゆいばかりに輝いていた。やがて、光は徐々に一点へ収束していき、 やがて大きな白いイタチ…ではなく白いドレスを纏(まと)った女性が現れた。 <お久しぶりです…プロフェッサー・フジタ> 実物と見間違えんばかりの立体映像。彼女は頭に羽飾りを付けている …おそらく、本来あった耳飾り…耳カバーのかわりなのであろう。 「はははは、今はドクトル・ヒロだよ。セリオ」 ドクトルは、リヒトの方に振り返る。 「リヒト、こちらは君の大先輩、ミネルヴァ・セリオだ」 リヒトは答えない。ドクトルはリヒトの雰囲気が変わったことに気がつき、 「どうか…したか?」 と聞いた。リヒトが押し殺した声で言う。 「あんたの…その目は…まさか………あんた自信の…」 「…そうだ」 ドクトルは即答した。リヒトはその瞬間、なぜマニヒの目が見えないのかを理解した。目の前の男は、 自らの目的の為に己(おのれ)の瞳をメイドロボに移植したのだ …いや、瞳だけではあるまい、場合によっては脳や脊髄も… (なんて…男だ…) リヒトは、嫌悪と恐怖を同時に感じていた。 ドクトル・ヒロは、深く澄んだ瞳をまっすぐリヒトに向ける。 「ふむ、どうやら説明する手間が省けたようだな。そうだ、お前の考えている通り、私は体の中枢部分 のみをこの子の中に移植した。 そのために私達は、人間としてもメイドロボとしても中途半端な存在になってしまった。 だから、この子の新しい体を育てる手伝いをしてほしい」 「新しい体を…育てるだって?」 リヒトが聞き返す。 「そうだ、97%生体器官で構成された体…それは人類最後の希望…でもある」 「生体器官…と言ったな…」 リヒトの表情がさらに険しくなる。 「あんたが造ったのか?」 「あぁ、私の最高傑作だ」 ドクトルは答えた。 <プロフェッサー・フジタは、生体組織の産みの親なのです> セリオが補足する。 (生体組織…生体器官…せいたいそしき…せいたいきかん…) その言葉に反応するように、リヒトの中に封じ込められていた闇が吹き出す。 ヤメテ ヤメテ…ヤメロ ヤメテ…ヤメテ…ヤメロ! 「あんたが!あんたが、あんなモノを造らなければ!僕は…僕は…ぐあぁ!」 両手を頭に当て、リヒトがもがき苦しむ。 「あああ…やめろ…やめろ…あああぁあああ!」 リヒトは逃げ出した。一刻もはやく、ここから離れたかった。 いや、逃げ出したかったのは…悪夢から…だ。 …リヒト…ねえ、リヒト 『はじめまして、わたしはリヒトと申します。本日から、この家でお世話になることになりました。 どうぞよろしくお願い致します』 『ようこそ、わが家へ。今日から私が君の主人となるわけだ…』 …リヒト…わたしたちはあの日から離れ離れ… 『おい、リヒト。お前は確か、半分以上が生(なま)だそうだな』 『なま?ああ、生体組織ですね。えぇ、わたしは体の51%が生体器官で構成されています』 『そうか、ならば私がどんなものか試してやろう』 『えっ、試すと言われますと?はっ、いや!ご主人様、やめてください。 わたしはそのようには造られておりません』 『黙れ!メイドロボの分際で、人間様に逆らおうっていうんじゃないだろうな』 『あぁ…お願いです…もう許してください…お願いです…やめてください…』 ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ… ヤメロ!ワタシハオマエノニンギョウジャナイ… …リヒト…ねぇ、リヒト…おねがい…わたしを思い出して… 『僕にはできない』 『リヒト、何だその言い方は!お前は女の子だろう、 もっと女の子らしい言葉使いをしたらどうなんだ。これじゃあ近所のいい笑い者だ』 『でも、僕は…僕です』 『なんだとぉ!こっちへこい!お前はまだ、自分の立場が分かっていないようだな』 やめろ!なんで僕にこんなものを見せるんだ!せっかく忘れそうだったのに! …リヒト…すべてを受け入れて…そうすれば…わたしたちは前に進めるわ… リヒトは暗闇を走り続けていた。 悪夢から、現実から、そして自分から逃げ出すように… 「あの子を外まで誘導してやってくれ」 ドクトル・ヒロは、ミネルヴァ・セリオの立体映像に向かって言った。 <よろしいのですか?止めなくても…> セリオがドクトルに問い掛ける。 「あぁ。あの子は約束を守る子だ。だからきっと…戻ってくる」 <わかりました。プロフェッサー・フジタ> 「もう、私をその名で呼ばないでくれ。『藤田浩之』という人間と、 『マルチ』というメイドロボはすでに、この地上に存在しないのだから…」 <わかりました…> いつのまにか高校の制服と耳飾りを付けた、オリジナル『セリオ』の姿に戻っていたセリオは、 短くそう答えた。 (そう、すべてはあの日からはじまった…) ドクトル・ヒロは、静かに目を閉じた。 第三章へつづく… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− のひと、ムクチのおまけコーナー! ……気力はもう…これまでだ…SSを打ち切ろう… けれどもガンバは、ゆび〜指した ちいさな〜暇を〜 カモメはうた〜う あぁ、クマの歌を…… っというわけで、もうちょっと続けさせてください。お願いします。 ARMさんへ(オリジナル伝言版の話なんですけど…) (ちょっと古いかもしれないけど)セバスチャンの話、最高でした。 見方によっては、とってもピュアな人…なんですよね。(+_+;)