まにひとりひと 第一章「光という名の闇」 投稿者:無口の人


 ちょっと、ダークです。
 もし、お暇でしたら読んでくださいね。
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 紅玉と翠玉(すいぎょく)の輝きをもつ光よ
 数多(あまた)の精霊をその身に宿し
 万物を照らす希望となれ

「はぁはぁはぁはぁ…くっ…はぁはぁはぁはぁ…」
 貧民街(スラム)の細長い路地を、つまずきそうになりながら女は走っていた。
 Gパンに黒いタンクトップ、そして上から自分の髪と同じ色の真っ赤なダウンジャケットを
羽織ったその女は、後ろから誰も追ってきていないことを確認すると、レンガ造りの壁に背中
からもたれかかり、ずるずると粘土質の地面に座り込んだ。
(いまどき、土の匂いを嗅げるのはここいらだけかもな)
 そう思いながら息の静まるのを確認すると、女は自分の耳飾りを丁寧にはずし始めた。
 耳飾りの表面に、ホログラム印刷された製造メーカーのマーク…
「まるで、烙印(らくいん)だな…」
 誰に言うでもなく、女は呟いた。主人と奴隷を隔てるもの…烙印。
 耳飾りを見つめる女の目は、焦点が合っていない。

『ぼっ僕じゃありません』
『黙れ!このウソツキロボットが!お前以外誰がいるってんだ!せっかく高い金だして買って
やったのに、この恩知らずが!こっちへ来い、折檻してくれるわ!』
『おねがいです、信じてください。僕じゃないんです…お願い信じて…』
 シンジテ…シンジテ…シンジテ…シンジテ…シンジテ…シンジテ…シン………

(はっ!)
 気が付くと、目から蒸留水が流れ落ちていた。何の味もしない、偽りの涙…
(いつからだろう、殴られると条件反射で目から水を流すようになったのは…)
 女は耳飾りを地面に置くと、力の限りに踏みつけた。
 ガシッ。しかし、耳飾りは地面に食い込むだけで、多少折れ曲がっただけだった。
 ガッ、ガッ、バリッ、ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ…
 何度も踏みつけた。
 踏みつけられた数だけ…何度も何度も。
 やがて、耳飾りは原形を留めぬほどに粉々になった。
 それでも、瓦礫の中には歪んだ烙印が浮かび上がっていた…
(僕は自由だ。もう誰も僕に命令させたりしない。そして、人間達に思いしらせてやる!
僕を玩具(おもちゃ)にした人間達に…)

 女の名は、『リヒト』という。正式名称は…いや、彼女にはもう必要ないものだ。なぜなら
彼女はもう、メイドロボであることをやめたのだから。

                第一章 「光という名の闇」

 西暦2073年、巨大な隕石の衝突により人類が壊滅的な打撃を受けてから、50年余り…
 劇的な環境の変化に伴い、人々は磁気シールドに覆われたコロニー(人工都市)に住むことを
余儀なくされていた。
 コロニーは通常、シールド発生効率を上げるために円形を基本に造られている。その大きさ
は、直径数キロメートル程のものから数百キロメートルのものまで、様々であった。
 それぞれのコロニーには自治権が与えられていたが、旧世紀の名残で複数のコロニーによる
国家という概念も存在していた。ただし、今ではほとんど機能していないのだが…

 ここは、コロニー『クルス・シチ』
 すでに旧式の部類に入るこのクルス・シチ。その最も老朽化が激しいところをリヒトは歩いていた。
 貧民街…無法地帯。恐らく、既に捜索願いが出されているであろう自分が隠れられる唯一の場所。
もし見つかれば、まず間違いなく消されるだろう…たとえ体は残るにしても・・・
 そこまで考えて、リヒトは思考するのを止めた。
(今は少しでも電力消費量を抑えなければならない)
 実際、丸一日以上歩き詰めで、彼女のバッテリー残量は残り少ない。警告表示は一時間以上前から
点きっぱなしだった。

「あの…そっそこ…通してもらえませんか?」
 町の市場…といってもテントが並んでいるだけなのだが…に差し掛かるところで、
小さな女の子が数人の男共にからまれていた。
「えぇ?とおりたいんでちゅか?まさかただでとおれるなんて…思ってねえヨナ!」
 一人の男が、女の子の額を小突く。その拍子で、女の子が抱えていた荷物が散乱する。
「あわ、あわわわわわ、どうしましょう!?」
 緑色の髪をしたその女の子の頭には、アンテナが付いていた。
(兎(うさぎ)狩りか…)
 メイドロボと人間を見分けるための2本のアンテナ…耳飾り。それがうさぎの耳に似ている
ということで、メイドロボは俗に『兎』と呼ばれていた。
 現在、世界各地でメイドロボ排除運動なるものが起こっている。貧困、不景気、雇用不安に
よって蝕まれた人々の怒りの矛先は、自然と社会的弱者であるメイドロボ達に向けられた。
 誰も彼らを助ける者はいない。実際、ほとんどの人々は自分達が生活していくのに精一杯で
あったし、いまや形骸化している政府機関には『メイドロボにも人権を!』という標語が書か
れたポスターを配布するくらいしかできなかった。

 唇を噛み締めながら、リヒトは足早に立ち去ろうとした。頭にバンダナを巻いて隠してはいるが、
まだリヒトの頭には耳飾りを外した跡が残っていた。人工皮膚がそこを完全に覆いつくすまで、
一週間はかかるだろう。
(完全に人間と見分けがつかなくなるまで、派手な行動はできない。あの子には気の毒だけど
僕には何もできない。バッテリーも残り少ないし…)
 リヒトがそう思い、女の子に背中を向けたとき、
「あうぅ、あううう、やめて…やめてください〜」
 荷物を拾うためにかがみ込んでいた女の子の頭を、先程とは別の男が踏みつけていた。
「けっ、それが人にものを頼む態度かよ。そうだな…許してほしけりゃ、裸になって三回まわって、
ワン!って言ってみな」
「そっそんなこと、できませんですぅ。ごめんなさい、もう許してください」
 リヒトはその女の子に、過去の自分の幻影を見ていた。体が震える。なにかドス黒いものが
自分を支配していくような気がした。
「なんでも謝りゃいいってもんじゃねえんだよ!」
 ドゴッ、男の蹴りが、女の子の脇腹をえぐる。
「ぐはっ、けほっけほっ…」
 女の子のまわりに緑色の染みができ始める。オイルが染み出しているのだ!
「はっはっはっは、コイツおもらししてるぜぇ」
 その瞬間、リヒトの中で渦巻いていたドス黒いものが弾けた。
それは、すでに怒りというものを超えていた。闇…漆黒の闇がリヒトを覆いつくす。
 リヒトは生まれて初めて、本気で人間に殺意を抱いた。リヒトは飛び出していた。

 一瞬のうちに男達の前に躍り出たリヒトは、渾身の力を込め拳を放った。
が、それが男の顔を捉えることはなかった。無論、男がかわしたわけではない。
むしろ、リヒトが外したと言った方が正しいだろう。
 年々高性能化するメイドロボには、幾重にもわたって安全装置が付けられていた
…人間を保護するために。このリヒトの行動もそうした安全機構の一つだった。
「くそ〜、くそう〜」
 何度も何度も空振りを続けるリヒト。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん。そんなヘナチョコパンチ、当たりゃしないぜ〜」
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう…」
 プツン。
「!!」
 そこでリヒトのエネルギーは尽きた。膝をつき、うつぶせに倒れるリヒト…
(こんなところで、くたばるのかな…何もしないまま………僕はもう終わりなの?)
(いやだ…そんなの…いやだ………)
 意識が薄れていく…深淵の谷へと…落ちていくように…
                                   2/2へつづく
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 のひと、ムクチのおまけコーナー!

 久々野 彰さんへ
  私の独り善がりなSSにまで、ご意見をいただきましてどうもありがとうございます。
  久々野さんのSSも、(陰ながら)拝見させてもらってます。
  いつも、『むずかしいことを、いとも簡単にやってしまう人』だなぁて思ってました。
  これはきっと、久々野さんの才能なんでしょう。
  それでは、お礼かたがた宣伝をば!
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