まにひとりひと 第一章「光という名の闇」 2/2 投稿者:無口の人


 闇の中をリヒトは漂っていた。
 その中にぼんやりと浮かび上がる情景…
「ぐすっ、ぐすっ、うぐっ、ひっく、ひっく、ふえ〜〜〜〜〜ん」
 まわりには砂場やブランコが見える。そして、自分の膝からは血が滲(にじ)んでいた。
(僕は…泣いているのか?)
「ひ〜ちゃん!どどど〜したんですぅ?」
 突然現れた人影…とても大きい。その人影は目の前まで来ると、しゃがみこんだ。
女の人のようだが、顔の部分だけがぼんやりとしてはっきりしない。
「あわわわわ…大変!ちょっと待っててくださいね」
 そう言うと女の人は、タッタッタッタっと駆け出したかと思ったら、すぐに戻って来た。
「痛っ!」
 膝に刺すような痛み…見ると傷口に濡れたハンカチが当てられている。
「ちょっとだけ我慢してくださいね。そうだ、ひ〜ちゃんにいい物あげますぅ」
「いいものぉ?」
「そう、これで〜す」
 そう言って彼女が取り出したのは、四つ葉のクローバーだった。
「えっとですね、これを持ってるとどんな願い事でも叶うんですぅ」
「どんなねがいでもぉ?」
「そうですよ、ひ〜ちゃんはどんなお願いをするんです?」
「えっとね、ひ〜ちゃんはね、おねえちゃんとずっといっしょにいたい」
(おねえちゃん?)
 そこで、リヒトは目を覚ました。

 夢?………違う、経験にない映像だ…記憶の混乱が生み出したものだろうか?
(僕はどうしてしまったんだろう?それとも、これが『死ぬ』ってことなのか?)
 ふと手首を見ると、電源コードが接続されている。充電率は既に80%を超えていた。
 リヒトは、ベッドに寝かされている自分に気がつく。
「あら?気がつかれましたか?」
 声のする方に振り向くと、町で男達にからまれていたメイドロボがいた。
「先程は危ないところを助けていただいて、どうもありがとうございました」
 メイドロボは、深々と緑色の髪をした頭を下げる。
「えっ?」
「それにしても格好よかったですぅ。『あたしをよくも怒らせてくれたわね!』って、
まるでご主人様が帰って来たようでした」   ̄ ̄ ̄
(何を言ってるんだ、この子は?)
「ちょっと待ってよ!僕はあのとき、機能停止して…」
 ベッドから上半身を起こすリヒト、寝ていたシーツには赤い染みが付いていた。
「あら、大変!血が!」
 リヒトは、右肩の辺りから血を流していた。そう、最近のメイドロボには人工生体組織が
使われていた。ある一人の天才科学者が生み出したらしいということ以外、その技術の誕生過程
については一切が謎である。しかし、近年のメイドロボのほぼ全機種に、生体組織、生体器官
が用いられている。その表向きの売り文句は、『人にやさしく』というものであったが、本当の理由は、
そのほうが高く売れるからに他ならなかった。
「いてっ!」
 いつのまにか、傷口に濡れタオルが当てられていた。
リヒトは素早く、その部分の痛覚感度を下げた。痛みが薄らいでいく…ふと見ると、
こちらを向いているメイドロボの視線が虚空に漂っている。
「君は…目が見えないのか?」
「はい…そうです」
 メイドロボは屈託もなく答えた。
「だったらなぜ、僕が血を流してるってわかったんだ?」
「ふふふふっ、それは小人さんが教えてくれるからですぅ」
 へっ?っと声にならない声を上げ、リヒトが返答に困っていると、
「いやです、冗談ですぅ。ただ、見えないことで見えてくることもいっぱいあるんですよ」
「プッ、くっくっくっく…」
 リヒトは吹き出した。久しぶりに笑ったような気がした。
「君の名前は?」
「わたしは、マニッヒ・ファッハです。皆様からは、『マニヒ』と呼ばれています」
 と、マニヒと名乗るメイドロボが答えた。
「僕は、リヒト。それ以外の何者でもない」
「リヒトさんですか、よいお名前ですね」
「マニヒも、いい名前だよ」
「ふふふふふ…」
「ははははは…」
 マニヒとリヒトは笑い合った。
 二人を結び付けるもの…それは、メイドロボ同士にしか分からない奇妙な感覚であった。

 グォーン、ドグォーン!
 地を伝わる振動、爆発の振動。
「なっなんだ!テロか?」
 ベッドから転げ落ちるリヒト。
「つけられたようだな…」
 男の声がした。咄嗟(とっさ)にリヒトは身構える。しかし、見当たらない…声の主が…
「どこを見てるんだ?」
 と再び、男が言う。リヒトが振り向くと、そこには…自分を凝視したマニヒが立っていた。
「あんた…誰だ!」                    ̄ ̄
「他人(ひと)の名前を聞くときは、自分から名乗るものだとパパに教わらなかったのか?」
 マニヒ…いや、その男は落ち着いた口調で答えた。
「あぁ…そうだな…僕は…」
 リヒトが自分の名を告げようとすると、
「知っている。リヒトだろう」
 男はあっさりと答えた。
「あのなぁ〜」
 からかわれたと気付いたリヒトが、反論しようとするのを遮り、
「私は、ドクトル・ヒロ。訳あって、マニヒの中に宿らせてもらっている」
 男はそう名乗った。リヒトは、からかわれた仕返しをしようと考えていたのだが、
男の真剣な眼差しを見て、状況が切羽詰まっていることを理解した。
「僕がつけられた、と言ったな」
「そうだ、お前の体内にある発信機が、奴等をここに連れてきた」
(随分と高圧的な口調だな…)
 リヒトは頭の片隅でそんなことを思う。
「奴等とは誰だ」
「お前の体と私の頭脳をねらうものだ」
「なぜ僕の体を…」
 ドーン!
 そのとき、先程よりも強い衝撃波が二人の間を突き抜けた。

「リヒト、もう話している時間が無い。だから一度しか言わないからよく聞くように。
私ならお前の中にある発信機を、取り出すことができる。
だが、その場合は私の頼みを引き受けてもらいたい。
それがいやならば、速やかにここから出ていってもらうことになる」
 リヒトの答えは決まっていた。たとえこの男が自分を騙すつもりだとしても、
発信機の話が嘘であろうとも、リヒトの答えはこの男の目を見たときに決まっていた。
マニヒの目はもはや輝きを失っていたが、いま目の前にある瞳は限りなく澄んでいて、
そして燃えていた。
(僕は…走り続けるしかないんだ…)
「わかった。やってくれ」
 リヒトは、あえて依頼の内容を聞こうとは思わなかった。
彼女なりに信頼していることを、示したつもりだった。そんな彼女の気持ちを察したのか、
「あぁ」
 と短く答えた後、ドクトル・ヒロは先端にレーザーメスの付いた小型マジックハンドを取り出した。
「ベッドにうつ伏せになって、背中をまくってくれ。かなりの痛みを伴うが、どうか我慢してほしい…
時間が無いんでね」
「知らないのか?僕らは自分の五感感度を、自由に設定できるのさ」
 言うとおりにしながらリヒトが言う。
「……………」
「……………」
「やさしくしてね、って言ってくれるとうれしいんだが…」
 ドクトルが沈黙を破った。
「何を言ってるんだ!この非常時に!もうすこし真面目に…」
 リヒトが文句を返そうとすると、
「少し、静かにしていてくれないか」
 ドクトルに遮られた。
「……………」
(どうもやりにくい相手だ。この男は…恐らく、非常時に人をからかうのが趣味なんだろう…
…いや、そうに違いない)

 ドクトル・ヒロは、マジックハンドの電源が入ったのを確認すると、
前面からみて鳩尾にあたる部分より10cm程、頭方向にずれたところに突き刺した。
「がっ、うああああ〜」
 リヒトは背中の異物感に反応して、痛覚感度を目一杯下げたつもりだったが、
次の瞬間には激痛が彼女を襲っていた。
「ほらみろ、言わんこっちゃない」
 ドクトルがマジックハンドを抜きながら言った。
「どうして…」
 そんな、リヒトの呟きに対して
「それは、勝手に発信機を外されないようにさ。発信機のまわりだけは、痛覚感度が上げられている…
もちろんコントロールはできない」
「くっ、くそう…人間共め………僕は…僕らは…お前達の玩具じゃないぞ…」
 リヒトの中にある闇が、再び膨れ上がったようだった。それは彼女自身でさえも、
どうすることもできないような深い感情であった。
そんな彼女を、ドクトル・ヒロが哀しげな目で見つめていた。
が、リヒトがそれに気付くことはなかった。

「よし、まだ生きてるようだな」
 ドクトル・ヒロは、取り出した発信機がまだ作動していることを確認していた。
 リヒトは傷口の処置がきちんとなされているのを確認すると、満足した様子で、
「それじゃあ、これからどうすればいい?」
 と、真っ赤なジャケットを羽織りながら聞いた。
「そうだな…とりあえず、逃げるかな」
 ドクトルは、ポイッと発信機をベッドに放ると床板を引き剥がし始めた。そこには地下通路
につながっていると思われる梯子(はしご)があった。
「用意周到なことだね」
「そうでもないさ。この『クルス・シチ』はもともとあった来栖川のジオフロント型研究所の上に
造られたものなんだ。もっとも研究所自体は、ずっと昔に放棄されてしまったが…。
だから奴等は、俺達がここに逃げ込むであろうことは百も承知なのさ」
 梯子を降りながら、ドクトルは話し続けた。
「でなければ、焦ってあんな派手なことをするわけがない。
ここに逃げ込まれたら、手の出しようがないからな。もし、強行な手段に訴えると、
ここだけでなく上のクルス・シチまで壊滅させてしまいかねない」
「でも、毒ガスなんかを撒かれたらどうするんだ」
 リヒトがふと思ったことを聞いてみる。
「そのときは、俺がここを爆破するさ」
「なにぃ!あんたは関係ない者まで道連れにしようって…」
 そこまで言いかけたリヒトは、赤外線映像に映る物憂げなドクトルの顔を見て、
言葉を続けるのを止めた。
(この男にそこまでさせる理由とは、いったいなんなのだろう)

「ところで…さっき言ってた頼みってのは…」
 とリヒトが聞こうとしたとき、
「あわ、あわわわわわわ〜、わたしはいったいどうしたんでしょう!」
「その声は…マニヒかい?」
 ドクトル・ヒロの意識のかわりに、マニヒが覚醒したようだった。
「ああ、その声は、リヒトさんですね!リヒ…」
 とさあ〜ん、と言う声が遠くから聞こえる…。マニヒは通路にポッカリとあいていた縦穴に
落ちたのだった。
「やれやれ…」
 リヒトも続いて、縦穴に飛び込む。
 漆黒の闇の中に、二人は吸い込まれていった…
                                  第二章へつづく…

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 のひと、ムクチのおまけコーナー!

 は〜らへり〜 てばさ〜き、食べてぇ…
 『信じられる口座預金がありますか?』
 『N○Kの集金人に裏切られたことはありますか?』
 『男とオカマの育児休暇はあっていいと思いませんか?』
 『貴方の大切にしまっておいたはずの夜食は何ですか?』

 <有休幻想曲> 発売延期です(ありがちなネタだ…)