『マルセリ外伝−航海−』 投稿者:まさた
『マルセリ外伝−航海−』
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 私が好きな場所の一つに、丘にそびえ立つ大きな老木があります。
 雲のように空を覆い尽くす枝葉は、それ自体がひとつの空でした。
 どっしりした幹の太さは、大人が四人で手を繋いで輪になっても届きません。
 樹齢何百年というその老木は、その場所で世相を見渡してきたのでした。


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 ある平穏な日の午後。
 私はいつものように森林公園に足を運ぶと、緩やかな上り坂の小道を上がりました。
 その小道は草木の香りを楽しませてくれると共に、丘の頂へと誘導してくれるのです。

「――・・こんにちは」

 私はその老木の前に来ると、お辞儀をして言いました。
 こんにちは。
 それが、私がその老木にたいしてする礼儀でした。

「――・・今日も良い天気のようですね」

 私は空を見上げて言います。
 ちらちらとした木漏れ日が、私をいたずらっぽく照らします。

「――・・今日もお隣に座らせて頂きます。お邪魔でしたら、言って下さいね」

 私はそう言って、老木の根元に腰を落とします。
 涼しい風が流れて、小さな枝葉をさわさわを揺らしました。
 まるで、何かを色々と話し掛けているようでした。
 それは、優しい子守り歌のようでもありました。
 私はそのそよぐ唄を聴きながら、静かに老木の幹に寄り掛かりました。
 そして、ゆっくりと目をつむり、聴覚を研ぎ澄ませます。

 ・・・ゴゴゴゴゴゴーーーーー

 寄り掛かった所から音が聞こえます。

 ・・・ゴゴゴゴゴゴーーーーー

 それは老木の声でした。
 樹齢何百年もの大木は、静かにその場所で眠っているのではありません。
 自分の枝に付ける青葉や木の実を育てる為に、絶えず地下から水を吸い上げているのです。

 ・・・ゴゴゴゴゴゴーーーーー

 何百年経とうとも、老木は休まず動いているのでした。


 私は目をつむったまま、ゆっくりと話し掛けます。

「――・・長く生きるということは、どういうことなのでしょうか?」

 私は老木の答えを待たずに、話を続けました。

「――・・何十年、何百年という年月を、あなたはそこでそうしてじっと眺めてきました。
出会いや別れ、喜びや悲しみ。人々は変わり、街も変わり、あなたの周りも随分と変わって
来たものと思われます。それがどういうことなのか、あなたはご存知のことだと思います。」

 そこまで言うと、私は目を開けました。
 そこから見えるのは、遠くに見える小さな町並みでした。
 CD屋の音楽、車の騒音、工事の破壊音。
 普段なら耳障りな街の雑音も、ここでは静かな自然の演奏しか聞こえません。
 この老木は、この場所で、そうして何百年も街を見てきたのでした。

「――・・私には、それがどういうことなのかわかりません。ですから、教えて頂けません
でしょうか? ・・・それとも、私はこういうことを考えてはいけないのでしょうか?」

 私はそう言って、再び目をつむりました。
 全ての視界が遮断され、周りの音も掻き消える静寂がやってきます。
 ただ、もたれ掛かった背中から感じる、老木の声を残しては。

 ・・・ゴゴゴゴゴゴーーーーー

 激しく力強い音でした。
 若葉や青葉に生命を与える為、激流のように水を引き上げているのでした。


 ・・・ゴゴゴゴゴゴーーーーー

 どれくらい経ったのでしょうか?
 私はゆっくりと目を開けると、いつの間にかに夕焼けが、私を茜色に染め上げていました。
 老木も茜色に染まっていました。
 小さな街も、茜色に染まっていました。
 その場所から見下ろした下界は、とても美しいオレンジ色の海のようでした。
 まるで、航海に出た船の上にいるようでした。


 たった一人の長い航海に、この老木は出ていたのでしょうか?
 

 ふと、そんな考えが私の頭を過ぎりましたが、何だかそれは違う気がして、私は首を振り
ました。
 いいえ、そんなはずは、ありません。
 何故なら、老木の元には、何千何万の人や、動物や、子供たちが、訪れているからでした。
 老木は一人ではなかったはずです。


 私は軽い溜め息を吐くと、静かに立ちあがりました。

「――・・結局、今日も教えて頂けなかったようですね」

 そして、老木を優しく見ると、深くお辞儀をしました。

「――・・今日は、どうもありがとうございます。また、お話を伺いにあがります」

 私はそう言葉を残して、その老木に別れを告げるのでした。


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 時々、私は思うことがあります。

 あの老木の見る夢は、どんな夢なのでしょうか?と。

 あの茜色に染まる海を、どこまでもどこまでも航海をし続けて行く。

 そんな風に思えてなりませんでした。







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