あの日の記憶は、失ったはずの過去? 私が覚えているのは、忘れかけた幻? ・・ううん、違うよね。 だって、私は、知っているもの。 必ず、あの日を振り返る時がくることを。 家の掃除をしていて見つけた宝箱。 中には大きくて綺麗な巻貝の殻が入っていた。 大事そうに綿で包まれているのを見て、私は思い出した。 初めて二人で海に行った時に、拾った貝殻だったことを。 私は、ゆっくりと貝殻に耳を当て、澄まして聞いてみた。 ・・ああ、海の音が聞こえてくる。 静かに瞑った目には、あの懐かしい砂浜が見えてくる。 浩之ちゃん、覚えている? あの白い砂浜の砂の熱さを。 あの鼻をくすぐる磯の香りを。 夢中で走りまわった海岸。 一緒になって泳いだ海。 海面にぷかぷか浮いて見上げた空。 とっても、青かったね。 ふわふわと浮んでいた雲。 とっても、白かったね。 眩しく照り付けていた太陽。 なんだか、緑に見えたね。 二人してクラゲになったつもりになって。 いつまでも、ぷかぷか浮んでいた。 あのまま海をさ迷うことになっても。 きっと、二人は一緒だよね。 あのまま海に溶け込んじゃったとしても。 きっと、私は浩之ちゃんの側にいたよね。 冷たいはずの海なのに、なんだか暖かい感じがした。 知らなかった場所なのに、なんだか懐かしい気がした。 初めて行った所なのに、帰って来たって気持ちになった。 だから、私ね。 海にぷかぷかと浮びながら、こう言ったの。 「ただいま」ってね。 耳を澄ませば聞こえてくる。 ・・ざーざざーざー・・ ほら、潮の香りもしてくるよ。 ねえ、浩之ちゃん。 帰ろうよ、あの海へ。