『季節−夏−』 投稿者:まさた

 移ろいでいく季節は、悲しい夢。

 春、桜の咲き乱れる、花弁の舞う幻影。
 夏、虫の鳴く声、残された空蝉の虚空。
 秋、散り行く木の葉、眠る枯木の離別。
 冬、無くした世界、白に浮ぶ黒き孤独。

 脆く儚い、創り物の繰り返し。
 一瞬を彩る為の、寂しい色彩の華。



 夏の虚空


 海が見下ろせる高台に、彼女はひとり立っていた。
 風に運ばれてくる潮風は、幼さの残る鼻孔を擽る。
 緑色の太陽は、じりじりと白い肌を焦がす。

 彼女は、ふと、空を見上げて、白銀の模様を辿り見た。
 膨れ上がる積乱雲が、遠く沖合いの先に続いている。
 紺と白の水平線は、まるで彼女を取り込むかの様だった。

 彼女は待っていた。
 終ったはずの夢の欠片を。
 過去に残してきた偽りの自分を。
 止ってしまった思い出の時間を。

 彼女は待ち続けていた。
 破られた約束。
 打ち砕かれた夢。
 再び動き出すのを待っていた。


(・・・か・・ゃん・・)

 その時、遠くで誰かの呼ぶ声が、聞こえた様な気がした。

(・・楓・・ちゃん・・)

 それは、遥か遠方の、まだ見ぬ虚像。
 未だ彼女の知らぬ、夢か、現実か。

 彼女は息を殺して、海の先を見つめ続けた。
 見つめ続けることで、何かが見える気がした。
 彼女の求めるものは、永遠に無のものだったはず。
 それが何であるのか、彼女自身が知りたかったのだ。


 ゴオオオォォォォゥゥゥ


 その時、激しい疾風が彼女を襲った。
 地面から粉塵が舞い、彼女は咄嗟に両目を押さえた。

「あっ!」

 一瞬の事だった。
 彼女の頭から麦藁帽子が、風に攫われて宙を飛んだ。
 彼女が目を開いた時には、麦藁帽子は遥か遠くへと飛んでいた。

 彼女はその麦藁帽子を眺めていた。
 ただ、じっと立ち竦み、視界が歪むのを耐えていた。


「・・耕一さん・・」


 寂しい呟きが、風に乗って聞こえた気がした。