『美咲先生』 投稿者: まさた
『美咲先生』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――


むーすーんーでー、ひーらーいーてー、てーをーうってー・・・・・

ポッカポカの午後の日和に、元気よく聞こえる園児たちの声。
お遊戯を教えている先生と、それを教わる子供たち。
目をつむると、微笑ましい光景が目に浮かんでくる。

・・・どうしてなんだろう・・・?

彼女はそう考えずにはいられなかった。
夢にまで見た保母さんになり、圏内でも有数の有名幼稚園に就職できたのだ。
これ以上の幸せはない、そう思いたい気持ちでいっぱいだった。

・・・だけど・・・。

まーたひらいてー、てーをーうってー、そーのーてーを・・・・・

あれは、隣の篠塚先生の教室から聞こえてくる、子供たちの歌う声。
楽しそうに園児たちと戯れているのかな?なんて、羨ましく思ってしまう。

・・・それに比べて・・・。

彼女はつむっていた目をゆっくりと開く。
そして、深い溜息を吐くと、心の中で呟いた。

・・・神様って・・・いじわる・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物

美咲先生‥白雪組の先生。この物語の主人公。お人好しで誰にでも優しい。
由綺‥‥‥素直で真面目。ちょっと、世間ずれ(?)しているとこあり。
理奈‥‥‥白雪組のリーダー格。大人びており、お嬢様。
はるか‥‥不明。何を考えているのか、よくわからない。
マナ‥‥‥我が侭で選り好みが激しい。攻撃的&暴力的。
緒方園長‥蛍ヶ崎幼稚園の経営者。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

第一話 『お勉強しましょうね☆』



「それじゃあー、今日は動物さんを、お勉強しましょーねぇーー☆」

ニッコリと優しい笑顔を作りながら、園児たちに話し掛ける。
まるで天使の微笑みのような、そんな、美咲先生の笑顔だ。

「はいっ!はいっ!わっかりましたぁああ!!どーぶつさんですねっ!!」
真っ先に、元気良く返事をしてくれるのは、真面目な由紀ちゃん。
由紀ちゃんの明るい声は、いつも美咲先生の心を和ませてくれる。

「え゛ーーーーっ。どーぶつ、イヤ!!マナ、嫌いだもんっ!!」
逆に、何でも否定のブーイングをあげるのが、我が侭なマナちゃん。
トラブルメーカーであり、いつもご機嫌取りばかりで、美咲先生の心労がかさむ。

「先生っ!どうぶつって言っても、人間もミジンコも宇宙人もどうぶつだと思いまーす」
そう、重箱の角をほじるように言うのが、リーダー格の理奈ちゃん。
理奈ちゃんの大人びた指摘は、いつも美咲先生の自尊心を刃物でえぐる。

「・・・・・・・・・いそべ焼き」
意味不明な発言を、終始し続けているのが、謎のはるかちゃん。
何を考えているのかわからないので、いつも美咲先生の頭を混乱させる。




ここは、悠凪市の高級リゾート地にある、蛍ヶ崎幼稚園白雪組。
今年、保母さんに成り立ての、美咲先生が受け持っている、女の子だけの教室だ。
ちなみに、男の子の教室は隣で、ベテランの篠塚先生が受け持っている。
新任の美咲先生にとっては、教室を持てるなど、もっても大役で喜ばしいことだ。
最初は、そう思っていた・・・。




美咲先生は自分の頬がヒクつくのを感じていた。
感じていたけど、それを必死に押えながら、微笑みを絶やさないように頑張った。

「えーっと、それじゃあねえ。今日はニャンコさんのお勉強を、しようと思うんだけど。
誰かニャンコさんの好きな食べ物が何か、わかる人はいるかニャン?」

猫が毛繕いをするマネをしながら、質問する美咲先生。

「はいっ!はい!はい!はい!はい!はーーーーいっっ!!」

勢いに押されそうな元気さで、返事をしたのは由綺ちゃんだ。

「とっても、元気なお返事ですね。それじゃあ、由綺ちゃん」
「はいっ!!隣の教室の冬弥くんだと思いまーーす!!」

・・・冬弥くんって・・・由綺ちゃん、冬弥くんを食べるつもりなの・・?

「・・・あのね、由綺ちゃん。冬弥くんはお友達であって、食べ物じゃないのよ」
「そっか。そっか。冬弥くんは食べ物じゃないんだ。そっか」

本当にわかっているのかしら?と内心、由綺ちゃんを心配する美咲先生。

「・・・・・・・・・きんぴらゴボウ」

取り敢えず、何か言っているはるかちゃんは無視して、美咲先生はマナちゃんに
視線を移した。


「それじゃあね、マナちゃんは、わかるかなぁ?ちょっと難しいかな?」
「わっ、わっ、わかるもん!マナ、わかるもん!ネコさんお魚が好きなんだもん!!」

ムキになって答えるマナちゃんは、本当に子供らしい感じがする。
こんな時、美咲先生は思わず勘違いをしてしまう。
子供って、扱いやすくて、とっても可愛いわね、うふふ、と。

「はいっ、そうですねえ☆たいへん、よくできまし・・・・」
「ばっかじゃない?猫はニクショクなんだから、ニクを食べるの当たり前ですよ」

鼻先で笑いながら小馬鹿にする言葉が、美咲先生の褒め言葉を遮った。
硬直した美咲先生は、額に冷汗が滲み出るのを感じる。
むろん、そんな言葉に険のある言い方をするのは、言わずと知れた理奈ちゃんだ。

「ばっ、ばっ、バカじゃないもーーんっっ!!マナ、バカじゃないもん!!」

顔を真っ赤なトマトのようさせたマナちゃんが、食い掛かるように怒鳴った。
しかし、そんなマナちゃんを一瞥すると、理奈ちゃんは冷やかに笑う。

「・・・ふっ。これだからムチは困るですね。日本はシマグニだったから、ギョカイルイ
がニク類だっただけですよ。猫は魚が好きなんて、大きなカンチガイなんです!!
ね、先生?そんなこともわからないなんて、マナちゃんってホント馬鹿ですね」

同意を求めるように、理奈ちゃんは笑って見せるけど、目は笑っていない。
着任当日に、理奈ちゃんにボロボロにされた自尊心が、ズキリと痛む気がする。

「・・えっーとー、そ、そうね、あははは・・・」

乾いた笑いで誤魔化そうとする美咲先生。

「・・・・・・・・・うまづら」

何故だか、はるかちゃんの言葉に、ちょっとだけ心が傷つく。


だが、次の瞬間、美咲先生は、ふと恐怖に凍り付いた。
見れば、怒りに切れたマナちゃんが上履きを手にして、それを理奈ちゃんに投げ
付けようとしているではないか。
大リーグボール一号のごとく、大きく振りかぶるマナちゃん。

危ない!!

そう叫ぼうとした瞬間である。
マナちゃんの行動に気付いた理奈ちゃんが、側にいる由綺ちゃんを引き寄せる。

びゅゅゅゅんんっっ!!
パッコーーーーーーン!!

『あ゛』

軽快な音を教室内に響かせたのち、上履きはポトリと床に落ちた。
由綺ちゃんのオデコが、みるみるうちに赤ばんでくる。

「――・・・う・・うぇ・・・うぇぇぇーーーーん!!!!」

呆気に囚われていた由綺ちゃんも、やがて痛みと共に泣き出してしまう。
それを優しく慰める理奈ちゃん。

「よちよち、大丈夫?由綺ちゃん?・・・それにしても、ヒドイですね、マナちゃんは」
「ひ、ひ、ヒドイって、理奈ちゃんが避けたからじゃないでしゅかーーーっ!!!」

・・・私も理奈ちゃんがヒドイと思う・・・。

「なに言ってんですか。そもそも、モノを投げることジタイが、ヒドイんですよ」

・・・確かにそれはそうだけど・・・。

「で、でも、人をタテにするなんて、ズルイでしゅ!!」

必死に正当性らしきものを訴えるマナちゃんが、わめき散らすように叫ぶ。

「・・・・・・・・・ランマ」

非難とも応援とも取れない、はるかちゃんの発言は、相変わらず意味不明だ。


そうこうしているうちに、教室内の騒がしさが、意志とは無関係に、波紋のように広が
っていく。
まるで、お祭りで取り残された、迷子の子供のような寂しさを、美咲先生は受けた。

・・・なんで?どうして、こうなっちゃうの?

魔物のように襲う自虐的な考えが、美咲先生を恐怖に涙ぐませる。

・・・やっぱり私ってダメね・・・。

そう自己破棄しかけた時である。


「はっはっは。頑張っているようだねえ、美咲先生」

軽快な笑いと共に声を掛けてくれたのは、この蛍ヶ崎幼稚園の経営者である、緒方
園長その人だった。
採用してくれた時に、「頑張ってくれたまえ」と掛けてくれた言葉が、静かに重なる。

「お、緒方園長先生・・・」

それだけで救われるような気がした、半ば涙目の美咲先生は、簡単なことの経緯
を相談してみた。
黙って聞いてくれた緒方園長は、うむと頷くと「まかせなさい」と言ってくれる。
少し不安も残るけど、とっても頼もしい言葉だった。

「みんな!!静かにするんだっ!!!」

バンッ!!と教卓を緒方園長が叩くと、騒がしかった教室がぴたっと静かになった。
まるで、時間でも止まってしまったかのようだった。

「・・・いいか?今から重大なことを言うから、よく聞くんだぞ?」

優しく、しかしながら、威圧感をはらんだ声が、教室内にビリビリと響き渡る。

・・・すごい。

一喝の元で、この子供たちを大人しくさせたことが、美咲先生には偉業だった。
緒方園長の姿が、神々しく見えるとしたら目の錯覚だが、美咲先生にはそう見えた。

ゴクリと生唾を飲む音が、奇妙な違和感を持って大きく聞こえる。
期待に満ち溢れた目で、美崎先生は緒方園長を見ていた。
感覚を研ぎ澄ませ、緒方園長の言葉に、全神経を集中させているのだ。

やがて、緒方園長の口が、ゆっくりと開いた。


「・・・動物園のパンダは・・・水で洗うと色が落ちて、白クマになるんだ!!」


・・・・・しぃぃい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んん・・・・・・・――――


「・・・おやあ?ハズしちゃったかなあ?」
「・・・お、お、緒方園長先生!な、な、なんてことを教えるんですかっ!!」

はっはっは、と呆けたように笑う緒方園長を、恨めしそうに睨む美咲先生。
早く、訂正してもらわないと、訂正しなければ・・・。
美咲先生の心は焦る気持ちでいっぱいだった。

しかし、時すでに遅し。

「はいっ!はいっ!わっかりましたぁああっ!!パンダは白クマなんですねっっ!!」
「・・ゆ、由綺ちゃん!ち、違うのよ・・・」
「きらーいだもーーん!!パンダも白クマも、あそこが毛むくじゃらだから、イヤ!!」
「あ、あそこって・・マ、マナちゃん・・・」
「ばっかじゃないのーー。パンダが白クマのはずないじゃん。美咲先生、びょーいん
行った方がいいんじゃない?」
「り、理奈ちゃん。私が言ったワケでは・・・」
「・・・・・・・・・マンボウ」
「はるかちゃん、あなたは黙ってて!!」

思わず怒鳴ってしまう美崎先生。

「はっはっは。やっぱり、子供は素直でいいねえ。じゃあ、美咲先生、後はよろしく」
「そっ、そんな・・・。園長先生!」

無責任に言うだけ言うと、スタコラと退散してしまう緒方園長。
そんな、後ろ姿に向って、助けを求めるように叫ぶ美咲先生だったが、呪いの言葉
でも投げかけてやるべきだったと気付くのは、ずっと後になってのことだった。

立ち眩みを感じて、よろけてしまう美咲先生。
献血で血を抜かれすぎたのかしら?と思いたくなるほどの、脱力感にも襲われた。


「そっか!そっか!パンダは水で色が落ちるのね。うん、うん!!」
「キライキライ、だーーーーいっキライだもんっ!!べーーーーーだっ!!」
「・・・ふっ。大人って、ホントバカね。こんなんで、子供たちのきょーいくをしようってん
だから、よのなか、間違っているわ」
「・・・・・・・・・うどん粉」



こうして、今日も白雪組の午後が過ぎていく。
頑張れ、美咲先生。負けるな、美咲先生。
空を見上げれば、嫌になるくらいの快晴だった。




< おわり >
―――――――――――――――――――――――――――――――――――