『 マルチちゃんとセリオちゃん 』第6話 投稿者:まさた

『 即興劇場 〜 雪 〜 』

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初めてそのお爺さんとお会いしたのは、四月の終わりの頃でした。

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私は少し前から、暇を見つけては、ちょくちょくその森林公園に足を運んでいました。
別に何かをする、というワケではありません。
ただ、ボーっとベンチに座り空の雲を眺めているとか、遊歩道を歩いて草木の観察をする
とか、池の辺で蒼い水面をじぃーっと見詰ていたりしているだけでした。

「セリオたちには、積極的に自然に触れ合う機会を作ってあげた方がいいわ」

そう、長瀬博士たちに進言して下さったのは、綾香さまでした。

学校でもそうですが、最近、綾香さまには、私たちことを何かと気遣ってもらっています。
暇を見つけては、研究所の方に遊びに来て下さいますし、他にもご友人方の紹介や、何か
のイベントがある時には、招待状を下さったりして下さいます。
私はそんな綾香さまに、一度だけ、メイドロボの私たちに気を遣わないで下さい、と伝え
たことがありましたが、その時の綾香さまは真剣になってとても怒られました。
そして、人が人を気遣うのは当然のことだと、それが親友ならなお更のことだと、そう
言われました。
私にはその言われる概念がよく分かりませんでしたが、綾香さまの好意を素直に受ける
ことにしました。

そして、綾香さまの勧めもあって、私は時間の折りを見ては、この森林公園に足を運んで
いるのでした。

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そこで見掛けたそのお爺さんは、小川の辺で何かをじっと見ている様子でした。

真剣になって、しかし、何か楽し気になって…。
私は興味に駆られて、静かにそっとお爺さんに近付きました。
そして、お爺さんの背後から、ゆっくりと覗き込んでみました。
お爺さんが見詰ているのは、どうやら水辺で泳ぐ小さな水虫たちのようでした。

「・・・これはくさのむしじゃよ、お嬢さん」

振り返ることなく、お爺さんが言いました。

「・・気付かれてらっしゃったんですか?」
私は少し驚きを感じて、言いました。

すると、お爺さんは頭を大きく横に振ると、水面下の水虫たちを指差しました。

「・・・こいつらが教えてくれたんじゃよ。人間の女の子がやってきたぞーってな」
そして、「ふはっふはっふはっ」と豪快に笑われました。

「・・そうですか。ですが、私は人間ではありません。メイドロボです」
「ふ? おお、そうかそうか、それじゃあ、メイドロボのお嬢さんじゃな」

そう言って、再びお爺さんは豪快な笑い声を周りに振りまきました。
私はどうも、このお爺さんのことがよく分かりませんでした。
水虫が人間と会話が出来ることなど、今まで聞いた事がありません。
そんな私の疑問をよそに、お爺さんはゆっくりと話をしてくれました。

「・・・今年はな、とても良い気候なんじゃ。こいつらも、今までないほど、みんな頑張
  っている。きっと、今晩くらいに降る雨で、こいつらは陸に上がって来るじゃろうよ。
  そうしたら、7月の半ばくらいには、こいつらも空を飛ぶようになる。その時はな、
  きっと今まで見たことも無い、とても綺麗な光景が見れるじゃろうよ、お嬢さんや 」

私はお爺さんの話が何の話なのか、よくわかりませんでした。
ただ、お爺さんがとても楽しそうに話されるので、「楽しみですね」とだけ言いました。

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「・・・そうねえ、雨の夜に水から這い出て来て、空を飛ぶ水虫ねえ・・」
「何だか、ナゾナゾみたいですねぇ」

綾香さまとマルチさんは、私の話を聞くと、首を傾げながら考え込んでしまいました。

私が研究所に戻ると綾香さまが、私の帰りを待っていて下さってました。
どうやら、私と一足違いで、研究所の方に遊びに来られたようでした。
綾香さまはマルチさんとカードゲームを楽しんでおられたらしく、随分と遅くなってから
戻って来た私のことを、気兼ねなく迎えてくれました。
そこで、私は今日あったお爺さんの話を二人に話したのでした。

「・・うーん、そんな虫の話なんて聞いた事がないわねぇ〜」
「・・くさのむし・・でしたよね、セリオさん?」

私はコクリと肯きました。どうやら、二人とも分からないようでした。
私たちが、ああだろうこうだろうと頭を捻らせていると、長瀬博士が様子を見に来ました。

「・・くさのむしとは、懐かしいなぁ。それは、ホタルのことだよ」
『ホタル?』

私たちは口を揃えて言いました。

「・・ああ。夏虫とかほたろとかも言うけどね。私らの小さい頃はいっぱい居たんだけど
  ねぇ。そう言えば、最近はめっきり見なくなったもんなぁ」

長瀬博士は懐かしむように遠くを見ました。
きっと本当に遠くを見ているのだと思います。
私たちの知らない昔。私たちの知らない、良き時代、というものを見ているのでしょう。

私たちはその後、ホタルの話を夜中までしました。
ふと気が付くと、いつの間にかに外は雨になっていました。
綾香さまが帰りがけ、しとしとと降る雨を見上げて言いました。

「・・きっと、今ごろホタルたちは、水から出てきて、飛ぶための準備をしているのね」

私もマルチさんも、綾香さまと同じように、空の雨を見上げました。

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しばらくして、私はまたあのお爺さんに出合いました。
お爺さんは、同じ場所で、同じように、今度は水辺の土を見つめてました。

「・・やあ、またお会いしたのぉ、お嬢さん」

お爺さんは、また、振り返ることなく、近付いていく私に挨拶をしてきました。
どうして、お爺さんが私だと分かるのかわかりませんでしたが、あえて聞かないことに
しました。

「・・あの時の水虫はゲンジボタルなのですね?」

私は先日、綾香さまたちと調べたホタルの知識を引き出しました。
お爺さんは目を細めるようにして私を見ると、豪快に笑いました。

「・・そうじゃよ、良く知ってなさったな、お嬢さん。お嬢さんはこいつらを見たこと
  あるかのう?」

私は実際の目で見たことは無かったので、首を横に振りました。

「・・そうじゃろうな。昔はこの辺りにもたくさん居たんじゃが、いつの間にやら居なく
  なってしまったんじゃ。・・こいつらはな、わしが卵の頃からだいじに大事に育ててや
  ってな。やっと、陸に上がるところまで来たんじゃよ」

お爺さんはそう言うと、地面の土をポンポンと叩かれました。
どうやら、地面の中に眠っている、ホタルのサナギを差しているようでした。

「・・今までもな、そこそこはこの辺りを飛ぶようになったんじゃが、今年は違うぞ。
  きっと、もの凄く驚くじゃろうよ、お嬢さんもな」

そう言うとお爺さんは、まるで子供のように瞳を輝かせて笑いました。
そんなお爺さんを見ていると、何だか私もホタルを見てみたくなってきました。
だから、私はお爺さんに「早く見てみたいですね」と言いました。
お爺さんも微笑みながら「そうじゃなぁ」と言われました。

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それからというもの、私はことある毎に、お爺さんの所に出向きました。
お爺さんはその度に、私にいろいろなお話をしてくれました。
それは、殆どが通信衛星から引き出せる情報の範囲内でしたが、お爺さんの話は、ホタル
の立場から見た生活の話で、聞いている方としても、とても面白いものでした。
既に知っているはずの話も、お爺さんが話すと、まるで初めて聞くような気がするのです。
とても不思議な、そんな時間でした。

そして、それから一月ばかりが過ぎた、ある日のことでした。

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私がいつもの小川に出向くと、お爺さんは相変わらずそこに居ました。
そして、私が近付くと、いつものように後ろ向きで声を掛けてくるのでした。
それは、出合った時から、ずっと不思議に思っていたことでした。
なぜお爺さんが、私が訪れたことを察知することができるのか?
私は思い切って、お爺さんに聞いて見ることにしました。

「・・・お爺さん、どうして私が来るのがわかるのですか?」

すると、お爺さんは笑いながら言いました。

「・・それはな、こいつらが教えてくれるからなんじゃよ」
「・・・それは、この間も言われてました」
「ふはっふはっ。そうじゃったかのう?・・それでは、わしがくさのむしだから、という
  のはどうじゃ? それで、お嬢さんが来るのがわかったんじゃ、というのは?」
「・・おふざけになっているのですね?」

私がやっかむようにそう言うと、お爺さんは、再び豪快に笑いました。
私にはお爺さんが何が面白いのかわかりませんでした。
だから、しばらく黙っていると、お爺さんは恥かしそうに咳払いを一つすると、突然、
こんなことを言いました。

「・・お嬢さん。どうしてこいつらが光るかご存知かのぅ?」
「・・それは、ホタルには腹部に発光器があり、それを・・」

私が説明しようとすると、それを遮るように、お爺さんは「ふはっふはっ」と笑いました。

「・・・昔な、源氏と平家と言う対立している家柄があったんじゃよ。その中でな、源氏
  の殿方と平家の姫君が恋に落ちてな。二人は駆け落ちをしようと決めたんじゃ。だが、
  不幸なことに戦が始まってしまってな。殿方は戦場で死んでしまったのじゃ。それを
  知った姫君は、戦場で殿方の骸を探し回った。しかし、見つかることなく、ついに姫君
  もその場で力尽きて死んでしまったんじゃ。そして、二人の求める魂がホタルとなって、
  淡い光を放つようになったんじゃ。お互いの場所が分かるようにな・・・」

お爺さんはそう語ると、どこか遠くを見るような瞳で、さらさらと流れる小川を見ました。
私には、その瞳みの色が、長瀬博士が以前にホタルについて話された時と、同じ色をして
いることに気付きました。
ですが、その瞳は、長瀬博士のように懐かしむものでしたが、何故か、悲しんでいるかの
ようにも思えました。

「・・・悲しいお話ですね」

私はお爺さんに言いました。

「・・ですが、ホタルになった二人は、きっと巡り逢うことができたのでしょうね」

すると、お爺さんはにっこりと笑って「ありがとう」と言いました。
私にはどうしてお爺さんが、そこでお礼を言うのかがわかりませんでした。
ですが、何故だか、とても嬉しい気持ちになったような気がしました。

「・・・明後日の晩にな、こいつらは空を飛ぶよ・・」

お爺さんは緩やかに、そしてとても優しい声でいいました。

「・・・明後日の晩に、こいつらは空に帰っていく・・見に来るといい・・」

私はお爺さんが、どうしてそんな予測までできるのかわかりませんでした。
ですが、お爺さんが言うことは、何故だか本当のことのような気がしました。
だから、研究所に戻ったら、綾香さまやマルチさんや長瀬博士たちを呼んで、みんなで
見に来ようと思いました。
きっとその方が、みんなも、お爺さんも、喜んでくれると思うからです。

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私は研究所に戻ると、綾香さまやマルチさんや長瀬博士やみんなに、ホタルが飛び立つ
日のことを伝えました。

「・・う〜ん、風情があっていいねぇ。浴衣でも着て行くかぁ」

長瀬博士がそう言うと、綾香さまも「いいわねえ」と面白そうに肯かれました。
そして、それが「ホタル祭り」という催しになったことは、説明の必要が無いと思います。

けれど、そうは言いながらも、私はホタル祭りをとても楽しみにしていました。


しかし、もし神様がいるとするならば、それはきっと悪戯好きだったに違いありません。


南海上沖に突然発生した異常低気圧は、進路を変更して北上を続け、大型の台風となって
私たちの住んでいる地域一帯を襲ったのでした。
テレビで流れる天気予報を見ても、通信衛星で気象データを確認しても、三日三晩は天気
は荒れるだろうとの予報が出ていました。
お爺さんが言われたホタルの日は明日だと言うのに、この様子ではとても予定の日には
ホタルが飛び出せそうにありません。
私は「祈り」ということをした事がありませんでしたが、このとき初めて、天候が回復
するように祈っていたと思います。
一日中、外で吹き荒れる雨風を見つめながら、明日は晴れますようにと、願っていました。


しかし、私の祈りも通じることなく、当日になっても、台風の勢いが弱まることはありま
せんでした。

窓に打ち付ける雨音が、とても嫌な音に聞こえました。

「・・仕方がないわよ、セリオ。きっとホタルも、天気が良くなるのを待っているはずよ」

窓辺で外を見ている私の肩を叩きながら、綾香さまは私の隣に来て言いました。
さすがにこの悪天候では、ホタルも地上に出るのを見合わせていることでしょう。
きっと、お爺さんもこの台風では仕方がない、と言っているに違いありません。
私が綾香さまに「そうですね」と言いかけようとした時でした。

「・・あ」

突然、潮が引くように雨が止んだのです。
もちろん、あれだけ吹き荒れていた風の音も、いつの間にかに鳴り止みました。
私と綾香さまは慌てて外に出てみました。
すると、空は雲がかっていましたが、風も、雨も、止んでおりました。

「・・いったい、どうしちゃったのかしら?」

綾香さまは不安げに空を見上げました。
私は通信衛星にコンタクトを取り、アメダスからダイレクトに情報を取ってみました。
すると、今朝方に中部地方に上陸した台風は、時速120kmの高速で本州を駆け抜け、
今は、北方領土付近でウロウロしていることがわかりました。

「・・は? 時速120kmで本州を駆け抜けたっていうの?」

最初は呆気に取られていた綾香さまは、やがて、クスクスと笑い始めました。
私には綾香さまが笑われる理由がわかりませんでしたが、台風が過ぎ去ったと分かれば、
お爺さんの言うようにホタルが飛ぶかも知れません。
私は早くそのことをホタルたちに教えてあげたいと思い、あの小川に向おうとしました。

「・・・ちょっと、待って、セリオ。例のホタルの小川に行くんでしょう?」

綾香さまが駆け出そうとする私を呼びとめました。
私がコクリと肯くと、綾香さまは悪戯っぽく笑って見せました。

「・・駄目よ、ひとりで行っちゃ。ホタル祭りはみんなで楽しまなくっちゃね。あなたの
  分の浴衣もあるんだからね、セリオ」

そう言って、綾香さまはウインクしてみせました。

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月の無い静かな夜でした。
先程までの台風が、まるで嘘だったような、そんな穏やかな夜でした。

私を先頭に私たちは、あの森林公園の小川の辺に向かいました。

「・・こんな台風の後じゃ無理だよ、きっと」

研究員の誰かがぼそりと呟きましたが、それでもみんな付いて来て下さいました。
口にはみんな出しませんでしたが、どうやらみなさん同じ気持ちだったようでした。

「・・・大丈夫、きっとホタルはいるわよ」

そう言って下さったのは綾香さまでした。
私はコクリと肯くと、その足を早めたい気持ちで一杯になりました。
どうしてそのような気持ちになるのかは、私は自分でわかりませんでした。



しばらくして、私たちは森林公園に差し掛かりました。
夜中の草木はとても静かで、虫たちも眠っているかのようでした。
周りは暗闇で、動物たちの気配すらありません。

私は急に何だか、あの小川に近づくのが恐くなりました。
もし、ホタルたちが出て来なければ、私はみんなに迷惑を掛けてしまうのではないか?
そんな不安な気持ちに駆られた時でした。

「・・・あのぅ、あれはなんでしょうか?」

そう長瀬博士に尋ねたのは、マルチさんでした。
マルチさんの指差す方向を、私たちは見ました。
すると、そこには淡く輝く光の小川がありました。
それは、あの小川でした。
まるで小川の水面から光が湧き溢れているようでした。

私たちが小川の辺まで来ると、そこはもう光の中でした。

「・・・こいつは・・凄い」

長瀬博士は感嘆として言いました。

まるで、生まれたばかりの光の妖精が、戯れているようでした。
空中をふわふわと飛び回り、私たちの周りを舞い踊っていました。

「・・・これは、雪ですか・・?」

私は誰にでもなく、私はそう言いました。
すると、綾香さまがクスッと笑って言われました。

「・・違うわよ、セリオ。・・これが、あなたの言っていたホタルよ」
「・・・これが、ホタル」

私は浴衣の袖を抑えながら、そっと手のひらを仰向けました。
すると、一匹のホタルが私の手のひらに乗り、ほうほうと淡く微光しました。
私はホタルの言葉がわかりません。
ですが、何故かホタルは「ありがとう」と言っている気がしました。

「・・・そう言えば、お爺さんがいません」

私はふと気が付くように、お爺さんのことを思い出しました。
あれだけホタルのことを楽しみにしていたのです。
この場にいないとは考え難い、と言うより、この場にいるべき人なのです。

「・・そうね、もしかしたら、近くに居るかもしれないわね」

綾香さまはそう言って下さったので、みんなでお爺さんを探しました。
小川の岸辺、池の辺、遊歩道、ベンチ、広場、森林。
しかし、私たちの努力も空しく、お爺さんの姿は見付かりませんでした。

「・・もう、帰ってしまったんだよ、きっと」

長瀬博士は私の肩に手を乗せて言いました。
私はそんなはずはないと思いましたが、これ以上の迷惑を掛ける訳にはいきません。
私は「そうですね」とだけ応えて、ホタルを楽しむふりをすることにしました。

やがて、夜も更けてきて、ぼちぼち研究員の人たちが帰り始めました。
長瀬博士も私に声を掛けましたが、私がここにもう少し残りたいと言うと、多くは言わ
ずに、ただ、「あまり遅くなるなよ」とだけ言って下さいました。
長瀬博士たちの背中を見送ると、私は再び小川の辺にやってきました。
そして、空中を漂うホタルの光をじっと眺めていました。

「・・・あなたたちは、お爺さんのことを知りませんか?」

私はホタルに向かって言いました。
しかし、ホタルの返事はありません。
いえ、あったとしても、私にはわかりません。
先程、聞こえたホタルのお礼は、あれは空耳だったのでしょうか。
私はもう一度、ホタルに向かって言いました。

「・・あなたたちは、お爺さんを知りませんか? 知っていたら教えて下さい」

しかし、ホタルからの返事はありませんでした。
その後も暫くの間、私はお爺さんを待っていました。
ですが、お爺さんが姿を見せることはありませんでした。

 ・
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翌日も翌々日も、私はあの小川の辺でお爺さんを待っていました。
お爺さんは、とてもこのホタルを楽しみにしていました。
誰よりも一番、ホタルのことをわかっていた人でした。
私は、きっとホタルよりも、お爺さんが喜ぶ顔を見たかったのでしょう。
だから、その次の晩も、小川の辺で、お爺さんが来るのを待っていました。

「・・今日もここに居たのね」

そう言って、私の隣に腰を掛けたのは、綾香さまでした。
綾香さまは、水辺のホタルを見て「とても奇麗ね」と言われました。
そして、じゃれ合うホタルの光を見ながら、静かに話し始めました。

「・・お爺さんね、突然だったらしいわ。台風の日にね、ここに来ようとして、玄関先で
  急にだったそうよ。・・心臓がね、弱かったんだって。だからね、セリオ。お爺さんは
  いくら待っても、もう・・・」

綾香さまは、そこで言葉を止めました。
辛そうな瞳で私を見ていました。
私は綾香さま言わんとすることが、わかっていました。
つまり、もう二度と、お爺さんはここには来ない、ということが。

私は、夜空のホタルたちを見ました。
ホタルたちは、とても楽しげに飛び交っていました。
きっと、世界中の光りは、ここから飛んでいくのかも知れない。
そんな、幻想的な思いすら起こさせる美しい光でした。

「・・・綾香さま。きっとお爺さんはホタルになったのだと思います。そして、ホタルに
  なって好きな人と一緒に、幸せに暮らしているのだと思います」

私は綾香さまにそう言いました。
綾香さまは私の言うことに、とても驚いた様子でした。
ですが、やがてゆっくりと微笑みを浮かべると「そうね。きっとそうだわ」と、言って
下さいました。



夏の涼しげな夜でした。
物静かでどこか寂しげな夜でした。
そんな夜のホタルの光りは、とても情緒深く、優しい光りでした。

『・・ありがとう』

どこかで、ホタルの声が聞こえたような気がしました。




                                               < 終わり >
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まさた「こんにちは、まさたです」
ゆかた「こんにちはぁ、ゆかただにゃ〜」
まさた「マルセリ第6話『雪』をお届けしました。皆さまに楽しんで頂ければ、幸いです」
ゆかた「でも、ホントにご無沙汰なんだにゃ〜〜」
まさた「う〜ん、そうだねえ。構想は色々あるんだけど、なかなか筆が進まなくってねえ」
ゆかた「そうなのかにゃあ?」
まさた「うん。でも、やっぱり書いている時が、一番、楽しいからね」
ゆかた「うんうん。ゆかたもお絵描きする時は楽しいよぉ」
まさた「そうだよね。じゃあ、次の残っている作品に取り掛かろうね」
ゆかた「そうするんだにゃ〜〜♪」
まさた「それじゃあ、みなさま」
ゆかた「また、りーふ図書館で」
ふたり『お会いしましょう』
ゆかた「にゃ〜〜」