はじめてこちらに投稿させていただきます。
ジャンルは、シリアス/東鳩/琴音、あかり
・・・になると思います、たぶん(汗)。
あかりと琴音シナリオを中途半端に進めた状態、という設定です(笑)
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「今だけでいい、嘘でもいいから、ねぇ…答えてよ、浩之ちゃん」
繰り返される声は、あまりにも遠くて、その距離がたまらなくて胸の奥がずきずきと悲鳴をあげる。
今だけじゃない、そんなこと言えない、もう言えない自分に気がついてしまった。言葉、記号じゃない、本当の言葉、わかっている、何をすべきなのかなんて、でもできない。
「オレには、その資格が、ないんだよ」
暗闇の向こう、顔すら定かには見えない距離で、なのに泣いていると確信できてしまう、全身で悲しんでいると、オレが悲しませていると、わかってしまう少女は、小さくかぶりを振った。
その肩先で動く、細い髪の揺れすらも感じ取れるような気がする。
愛おしさは今もこんなに鮮明で、気持ちは薄れることなどないのに、それでも。
ふぃ、っとオレは背後に濡れた気配を感じる。
ずぶぬれの、捨てられた子猫のような眼差し。
必死で虚勢をはって、かまわないでと、拒絶するふりをする。
寂しさで、恐れで、身も心も、芯まで冷え切っているはずなのに。
見捨てられなかった。
手を差し伸べてしまったのは、オレ自身。
「藤田さん、私……」
愛しているかなんて、わからない。それでも、この手は離せない、離してしまったら、この子はきっと壊れてしまう。
「ごめんね……ばいばい、浩之ちゃん」
小さな雫が、暗闇を揺らす。
心臓の音が、身体いっぱいに広がるような不安。
振り返ったオレの目に、誰よりも良く知っている少女の後姿。
遠い、遠すぎる暗闇に、あいつはひとりで飲み込まれていく。
絶望的な重さが、オレの双肩を、押しつぶした。
「あかりぃぃぃっ!!」
絶叫して、目がさめた。
いつもと同じ朝の光が、カーテンの隙間から縞のような模様を描いている。寝汗でパジャマどころかシーツまで濡れていた。
オレはのろのろとベッドから身を起こし、両手で瞼を覆った。涙は、こみ上げてはこなかった。ただひたすらに身体がだるく、頭は夢の残滓を反芻していた。
やがて枕もとの目覚ましがピピピ、と主張をはじめ、オレはようやくベッドから降りた。アラームを止め、パジャマを脱ぎながらバスルームへ向かう。
裸足で歩く廊下は、奇妙にゆがんで感じられた。
シャーッ、キュッキュッ。
シャワーで汗を、夢を洗い流し、オレは濡れた身体をざっとタオルで拭くと、用意しておいた制服に袖を通した。
パリっとしたシャツの感触は、悪くない。
濡れた髪をドライヤーで乾かし、トーストと牛乳だけの簡単な朝食を取る。鞄を持つころには、いい時間になっていた。
「……行ってきます」
誰もいない家に呟き、ドアを閉める。
あかりは、迎えにこない。
それが、当たり前になりつつあった。
公園を抜け、ひとつ向こうの道の角、寂しげな横顔の琴音ちゃんが立っている。地面を眺める眼差しはどこか不安げで、オレはこみあげてくる何かを飲み込んで、笑顔を作る。
「おはよ、琴音ちゃん!」
呼びかけると、琴音ちゃんははじかれたように顔を上げた。長い髪を揺らしてオレのほうに向き直り、先ほどまでの横顔が嘘のような明るい笑みを浮かべる。
「藤田さん、おはようございます」
「待った?」
「い、いいえ、私が少し早く来ちゃったんです」
ふるふると首を振る琴音ちゃん。
可愛らしいその仕草に、何故かオレは少しだけ悲しくなる。
「そっか、待っててくれてありがと。さ、行こうか」
「はい」
姫川琴音ちゃん。
彼女の名前は知っていたけれど、実際に係わり合いを持ったのは、ほんの一月ほど前だ。超能力、テレビでやってるまがい物ちっくなそれではなく、正真正銘の超能力者である琴音ちゃんは、その力が原因で友達も作れず、ひとりいつも寂しげにうつむいていた。最初は、たぶん、興味半分だったのだろう。けれど琴音ちゃんの優しさと、あまりに悲しい寂しさに触れてしまったオレは、どうしても彼女を放って置けなくなった。
はじめのうちはかたくなに心を閉ざし、オレを巻き込むまいとしていた琴音ちゃんだったけれど、徐々に打ち解け、そして、いつしか彼女はオレを信頼し、頼りにするようになっていた。
それは、彼女の力になりたいと思っていたオレにとって、嬉しいことだった。
琴音ちゃんがいつも笑顔でいてくれればいい、とオレは思っていた。
その感情は、もしかしたら妹に対するようなものだったのかもしれない。あやふやな、名前のない気持ち。
けれど、琴音ちゃんは、もっとはっきりした感情をオレに抱いていた。
恋、という名前の感情を。
「どうしたんですか、藤田さん?」
しまった。
道を歩きながら、物思いにふけっていたオレを気遣ったのだろう、琴音ちゃんが心配そうにオレの顔を覗き込んでいる。
「あ、いや……その、力のほうは、異常ないよな?」
「はい、大丈夫です。これも、藤田さんのおかげですね」
焦ってしぼり出したオレの台詞に、琴音ちゃんは優しい声で答えてくれた。
オレだけに向けられる、オレを信じきった、その瞳。
裏切ることなど、できるはずがない。
オレが、この子を守らなきゃ、いけない。
何度も繰り返した誓いを、オレは再び胸に刻んだ。
初夏の太陽は、暖かいというよりひたすらに暑かった。
春のころはラッキー、と思っていた窓際の席も、今では熱波地獄である。ノートの白がやけに目に染みる。この白さを汚すなんて罪だよな、などと自分に言い訳しながら、オレはノートをとることを放棄した。
ぽかんと窓の外を眺めていると、プールサイド、琴音ちゃんの姿が目に入る。
水泳の授業のようだけど、彼女は誰とも会話していなかった。何人かの女の子のグループがあちこちで雑談を交わす中、ひざを抱えてじっと水面を見ている姿は痛々しかった。オレがクラスメイトだったら、あんな風に一人にはしない。そんな思いが込み上げ、オレは小さくかぶりを振った。
そうじゃない、それじゃだめなんだ。
わかっているはずなのに。
ひとつため息をつき、青すぎるくらい青い空から、教室に視線を転じるとその明暗の落差に一瞬目がおかしくなる。まばたきを繰り返すオレの目に、まるで連続でシャッターを切ったような具合で、あかりの姿が飛び込んできた。
真面目なのは相変わらずで、クマのシャーペンを動かしながら真剣にノートをとっている。ふっと細い指が動いて、さらさらとこぼれる髪をかきあげた。きゅっと結ばれた、ピンクの唇が目に入る。ただそれだけのことなのに。
一瞬、心臓が、やけに大きく脈打った。
熱っぽく潤んだ瞳。いつもより饒舌なあかりの声。そして、触れるだけのキス。
かすんだ幼馴染という境界線、踏み越えようと決意したのはオレのほうだった。後少しで、ステップアップしていたはずの、オレたち。いや、オレの気持ちは、もう、ただの幼馴染として、性別を持たないこどものころのような気持ちで、あかりを見ることなど、できなくなっていた。
いつからか気付いていた、あかりの想い。
それに応えたいと、確かに思ったはずなのに。
現実には、オレは恋人どころか幼馴染よりもずっと遠い位置に来てしまった。
オレはあかりから視線を引き剥がし、プールへと目を向ける。
琴音ちゃんは、水をきって泳いでいた。
どうやら泳ぎはうまいようで、すいすいと先に進む。
青い水の中、琴音ちゃんは彼女の好きなイルカみたいに見えた。群れからはぐれた、寂しいイルカ。
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初めてで続きものか、自分、とおもいつつ・・・最後まで書きたいと思いますので、できましたらお付き合いしていただけると嬉しいです。