AC/Leaf Mission3:救出依頼〜野望×希望×陰謀?〜 投稿者:刃霧星椰 投稿日:6月17日(土)23時28分
「さぁ、言いなさい……あの娘はどこ?」
若い女が男の胸ぐらを掴み上げ、そう訊いた。
「く……頼む……あの子だけは……そっとしておいてくれ……」
「何甘いこと言ってるの?あなたにそんなことを言う権利はないのよ、博士?」
苦しい息の下からの男の懇願を、あっさりと却下する。
「さぁ、早く言いなさい……こっちだっていつまでも付き合っていられないのよ」
左手で胸ぐらを掴んだまま、右手でカチャリと銃の撃鉄を起こして喉元に押しつける。
「――もういいよ、やめたまえ」
不意に背後から声がかかった。
「――さん……なんで……」
信じられないという様子で女は振り返り、声を発した男を見る。
「連絡が入ったよ……見つけたそうだ。あとは時間の問題だよ」
色の濃いサングラスをかけた男は、そう言うとくるりときびすを返して言った。
「自分の娘だけは助けたいなんて、自分勝手もいいところですよ、博士……」
そして、部屋から出ていく。
「命拾いしたわね……でも、あなたの犯した罪は許されないわ……それを身をもって知りなさい」
女もそう言い残して出ていき、ばたん、と扉が閉じる。
「すまん……父さんを許してくれ……琴音……」
残されたのは、惨めに床に座り込む男だけであった。




『大破壊』と呼ばれる最後の国家間戦争によって、人類は地上から姿を消した。
災厄を生き延びた僅かな人々は、破壊されつくした地上を捨て、その住居を地下へと移していった。
膨張した人口を支えるべく、各地に建造されていた地下都市が、人類に残された大地となったのである。
人はその始まりの時と同じく、自らの過ちによって楽園を失った。
半世紀後。人類は再び繁栄を迎えていた。
『国家』という概念はすでに無く、それに代わって人々を導き、あるいは支配したのは『企業』だった。
自由競争の名のもとの苛烈な競争の原理は、世界を急速に回復させはしたものの、それに伴う歪みも
、また確実に増大していった。支配者となった『企業』はより強い権力と金を求め、そこに争いが絶える事
は無かった。
企業が全ての力を握る世界。
ただ1つだけの例外を除いて。
報酬によって依頼を遂行し、何にも組みしない傭兵、彼らは『レイヴン』と呼ばれていた。
                    (『アーマードコア』シリーズマニュアルより抜粋)



ARMORED CORE Featuring Leaf

Mission 3:救出依頼 〜野望 × 希望 × 陰謀?〜



「おーし、今日の仕事は楽勝だったな」
『アハハ、でも久しぶりにヒロユキと仕事だったから、楽しかったネ!』
物資輸送の護衛任務からの帰り道、浩之と今回の仕事のパートナー、レミィは気楽に会話していた。
ある組織から、その組織の拠点へ補給物資を届けたのだ。
別段その組織は狙われているでもなく、敵対する組織などもなかったのだが、野党やテロ組織のゲリラ部隊
に襲われないようにレイブンを雇っただけらしかった。
結局襲撃されることはなく、楽な仕事だったのだが、とうぜん報酬も低い。
もっとも、損害はなかったから丸儲けなのだが……。
本来なら、浩之のクラスにこのような依頼は回ってこないのだが、芹香の知り合いの組織だったらしく、特
別に引き受けたのだ。
「しっかし、退屈だったよな……ま、報酬は丸儲けだからいいけど」
『デモ、最近ヒロユキと会えなかったから丁度良かったヨ?』
他愛もない世間話や、お互いの近況、最近あった面白かったこと等を話す。
お互いオートパイロットなので、警告信号が鳴ったりしない限りは気楽に話していられるはずだった。
はずだったのだが……
ビー、ビー!
「って、なんだよ!」
浩之がコンソールの点滅しているスイッチを押すと、緊急メッセージが飛び込んできた。


緊急の依頼です。
ポイントNーT7800の洞窟内にある少女が監禁されています。
事情があってその少女の名は明かせませんが、監禁した組織により命に危険が迫っています。
時間がありません、どなたでも結構ですから、これを受信したレイブンは至急このポイントに向かって下さ
い。
報酬はその人物を救出した後に、下記のアドレスに連絡を下されば言い値でお支払いします。
お願いです、急いで救出に向かって下さい。

                                         Hより

「…………なんだ、こりゃ……?」
なんだもなにも、エマージェンシーコールだと分かっていそうなものだが。
『ヒロユキ、コレ、全周波数帯で呼びかけてるヨ……あんまり出力は大きくないからこの辺りしか届いてな
 いみたいだケド』
「ああ、それにここからだと近いな……罠かもしれないけど……どうする?」
『ドウスルもなにも……ヒロユキは行くんでしょ?』
わかってるヨ、と言うように微笑みかけるレミィ。
「ああ……もし本当に助けを求めてるなら、この方法で呼びかけるって事は相当切羽詰まってる証拠だし、
 行かないと後悔しそうだしな」
答えながらもオートパイロットを解除し、戦闘システムを起動させていく。
『そう……それじゃワタシも行きまス!後悔後先立たズって言うしネ?』
「それを言うなら後悔先に立たず、だぞ、レミィ?」
苦笑して、ヒロユキとレミィはすべてのシステムチェックを終えると、GrunBlatt、イェーガーを
それぞれダッシュさせた。



「……まったく、父親共々手を焼かせてくれる」
『どうします?この中、結構入り組んでるみたいですし……』
ぽっかりと口を開けた洞窟の前に、二機の人型ACが立っていた。
一機は標準的な中量二脚にカラサワライフル、もう一機は白銀の見慣れぬ機体であった。
ネスト供給のパーツではない、完全オリジナルである。
もしかしたら大型の戦闘用MTかもしれないが。
「ふむ……桂木くん達も連れてくればよかったな……MTだけでは不安がある。いくら素人と言っても、あ
 の娘も『力』を持っているからな」
『はい、抵抗された場合、MTでは歯が立たないかと……』
モニターに映る女が懸念を口にした。
「いざとなれば僕が出るよ……それにしても、父娘そろってあきらめが悪いな……」
『先ほど、全周波数帯で緊急救難通信を送ったようですが……』
「ふん……ACの出力では広範囲には届きはしないよ。よしんば受信した者がいたとしても、来るはずはな
 いし、来たら来たで僕たちで片づければいい……そうだろ、香奈子くん?」
『ええ、そうですね』
そう言いつつも香奈子は一応レーダーを警戒レベルまで引き上げた。
このあたりは来栖川のテリトリーである。
万が一、ということもある。
そうこうするうちに、洞窟からMTが数機、ACを取り囲むように連行してきた。
「ほら、出てきたよ……あそこまでした割にはあっけないね」
『でも、油断は禁物ですよ、月島さん?』
「わかってるさ、そんなことは。さて、それではお姫様にご対面といこうかな?」
月島は自らのACを、洞窟から出てきた灰色のACへと歩かせる。
「手を焼かせた割には最後はあっさり捕まったな……待っていたよ、お姫様……いや、Σ−013、と呼ん
 だ方がいいかな?」
『やめて下さい!私をその名前で呼ばないで!』
灰色のACから、少女の声が流れてきた。
『私はそんな名前じゃありません……私は……』
「姫川博士の一人娘、姫川琴音……と同時に、プラスΣタイプ試作ナンバー13、シリーズ「Σ」の中で最
 も完成されているはずの最終試作型プラス……」
『違います、私は……』
「そして、博士は君の存在を隠匿するためにシリーズ「Σ」作成は不可能とスポンサーに進言して開発を中
 止し、我々「Σ」テストシリーズナンバー1〜12を廃棄処分とした……」
そこまで言って、月島は一旦言葉を止めた。
『あ、あなたたちが……』
「おかげで仲間が何人も死んだよ……僕らは運良く助かったけど、妹とは離ればなれ……行方はおろか、生
 死すらわからない」
『それじゃ、私と父を怨んで……』
「勘違いしないでくれよ……僕は君たちを怨んではいないよ……こんなすばらしい力を手に入れることが出
 来たんだからね」
コクピットの中、右手を握ったり開いたりしながら言葉を続ける。
「僕たちはこの力で、この世界を動かす……いや、正確には『ネスト』に取って代わるんだ。そのために、
 『最強』の君に手伝ってもらいたいんだがね」
『私に仲間になれ、って言うんですか?』
「そうだ……悪い話じゃないだろ?そうすれば君も、博士も助かるんだよ」
両者に沈黙が流れる。
MTたちは琴音のACに銃口を向けている。
香奈子のACも、すぐにでも動き出せるようにしているだろう。
『……お断りします。それに、私、戦うなんて……出来ません……』
静かに、しかしきっぱりと、琴音は言い放った。
「そうか……ダメか……やはり、香奈子くんの言うとおり、博士を連れてくるべきだったね」
『……!?』
琴音が息を呑む。
「香奈子くん、今からでも連絡を取れば間に合うと思うかい?」
『ええ、たぶん……』
『あなたたち、お父さんを……』
焦る気配が、通信を通して月島に伝わる。
「さぁ……詳しくは言えないけどね……君に断られたとなると、どうしようかな?いや、計画を知られた以
 上、君にも博士にも消えてもらわないと」
『やめてぇ!』
ごうん、と音がして、灰色のACのカメラに光がともる。
そして、パス、パス、パス、とACの右腕のパルスライフルから三発の光弾が発射された。
一発は月島のACのシールドで防がれたが、残り二発は不幸にも射線にいたMT二台の腕と足をそれぞれ吹
き飛ばした。
「やはり反応したか……この僕がギリギリ防げる早さとはね……」
月島は、ぎり、とコントロールスティックを握りしめた。



「おいおい……なんかとんでもないことになってないか?洞窟からは出てきてるけど……」
『ウーン……依頼にあったのは、あの灰色のACかナ?』
「そりゃそうだろ……にしても、ひのふの……MT15機、で、今手足吹っ飛ばされたのが二機、AC二機
 で、一つは見たこともないオリジナル、かぁ……こりゃ急がねぇとまずいな」
少し離れた場所で、浩之とレミィは状況をモニターしていた。
すぐに助けたいのは山々だったが、状況が分からないまま突っ込んでも返り討ちにされる可能性が高い。
だから、GrunBlattから強力な……いうなれば盗聴器を打ち上げて音を拾っているのだ。
ついでに、向こうに動きを察知されないように簡易ステルスをかけている。
もっとも、ブースターを使ったりすればばれてしまう程度のものではあるが。
『ソレジャ、行きますカ?』
「ああ……援護はまかせたぜ、レミィ?」
『オッケーでス!』
そして、ステルスを解除する。
浩之はシート越しにちら、と振り返ると、背後にそびえる小高い岩山を見やると、ダッシュで移動し始めた
のだった。



「はぁ……はぁ……」
狭いコクピットに荒い息づかいが響く。
「わ、わたし……今……」
ACを動かし、発砲した。ほとんど反射的に、本能的に。
そして、自分もシリーズ『Σ』なのだと自覚し、自己嫌悪に陥る。
「嫌だったのに……こんなこと……したくなかったのに……」
どうしてこんな力を持っているのだろう?
何故こうなってしまうのだろう?
ただ、お父さんと静かに暮らしていたいだけなのに。
誰のせい?
『Σ』を作ったお父さん?
『Σ』になった、今の私?
『Σ』にならなければ、自分の力で生きていけなかった、昔の私?
でも、『Σ』を発案したのはお父さんとは違う別の人。お父さんは研究を引き継いだだけ。
でも、『Σ』になっても、私は普通に暮らしていた。お父さんと二人で。
でも、『Σ』にならなかったら、私は生きていない。染色体が半分しかないわたしは、生きていけない。
わからない。
わからない。
『Σ』を廃棄したのはお父さんに研究をさせていた会社。
お父さんが研究を中止したのは、私を守るため。
研究が中止にならなければ、あの人達は廃棄されなかったはず。
やっぱり、私のせい?
ああ、こんな事を考えているときじゃなかった。
まわりには怖い人がたくさんいる。
なんとかして逃げないと。
そう、たとえ、その人達を傷つけるとしても……
そこまで考えて、気づく。
「私、今、何を考えて……」
まわりを見ると、自分の壊したMTが地面に倒れている。
相変わらず正面には銀色のACが立っている。
長い間考えていたようでも、ほんの一瞬だったようだ。
『やはり、『Σ』としての本能は隠せないようだね。どうだい、今からでも遅くない。僕たちと一緒に来な
 いかい?』
今、琴音の考えていたことがわかっているような口振りで、月島が語りかけてくる。
「嫌です……あなた達には、利用されたくありません……」
今は、お父さんのところへ帰りたい。
それだけを考えることにした。
『そうか……残念だ』
銀色のACが右腕のライフルを構える。
琴音も、覚悟を決めた。
戦い方を知らなくても、体は覚えている。
逃げ回るくらいは出来るはずだ、出来るだけ逃げて、時間を稼ごう、と。
そして、あのメッセージを見て助けに来てくれる人を待とう、と。
琴音がそしてコントロールスティックを握り、月島がトリガーを引こうとした、そのとき。
『月島さん!二時方向からACが一機、高速接近中です!距離、10000!!』
『なに!?どうして今まで気づかなかった!』
白馬の王子様は、意外と早くやってきたのであった。



「それじゃ……いっちょやりますか!」
言うが早いか、HiroはMTのうちの一機にレクティルをロック、トリガー。
そのMTは腰の部分を撃ち抜かれて駆動系を麻痺させられ、崩れ落ちる。
「残りMT12!」
叫びながらも撃ち返してくる敵MTのビームをすいすいと避け、続けざまに4機のMTを戦闘不能に陥らせ
る。
「残り8、まだまだぁ!」
AC二体は今は無視しておくとして、とりあえず数の多いMTを黙らせるのが得策だ。
自分はいいが、あの灰色のACに対して集中砲火を浴びせられては、いくらなんでも保たないだろう。
ミサイルに切り替えて、若干遠目のMTに向けて発射する。
ライフルの方が射程は長いが、敵ACや灰色のACが障害物となって邪魔なのだ。
「7,6,5,残り4!」
『そこまでだ!』
外部マイクが音を拾ったようだ。
見ると、銀色のACと中量二脚AC、そしてMTに銃口を向けられている灰色のAC。
「げ、しまった……」
『まったく、お人好しがいたもんだな……あの緊急通信を見て来たんだろう?』
「悪いかよ……女の子が捕まってるって聞いたら、助けに行かなきゃ男として失格だろ?」
茶化すようにHiroが言う。
『なるほど、お姫様を助ける勇者、ってわけか。だが、本当に我々が間違っていると言い切れるかい?』
「女の子一人にこんだけ頭数そろえてりゃ、十分悪役だぜ?」
『ふむ、言われてみればその通りだね。しかし、この状況では火の中に飛び込んだ虫だな……肝心の救出目
 標が人質だからね?』
「さて、それはどうかな……俺だって、何も考えずに来た訳じゃないぜ?」
『どういう意味かな、それは?』
不敵に言い放つHiroの様子を月島は不審に思った。
それはそうだ。
いくら何でも本当にたった一機で助けに来るものだろうか……?
それ以前に、見知らぬ他人を助けに来るような奴だから、何も考えていないかもしれないが。
『データベースへの照会が終わりました……Tokyoアリーナ第五位、Hiro、だそうです』
香奈子が月島に報告する。
『なるほど、ランカーレイブンか……己の腕への過信か、絶対の策があったのか、どっちなのか知らないけ
 ど、運が悪かったね、君』
そう言って、月島はGrunBlattに砲口を向ける。
「う〜ん……こりゃまいったなぁ……」
『ぐぁ!』
『うわぁ!』
突然、琴音のACにライフルを突きつけていたMTのうちの一機が突然倒れた。
『どうした!?』
何が起きたのかわからない月島。
あわててレーダーに目を向けるが、有効範囲にはなにもいない。
とりあえず全機散開するように指示を出す。
しかし、一機、また一機と残りのMT四機は次々に行動不能に陥っていく。
『なにが起きている!?』
『高エネルギー体が二時方向から突然……きゃぁ!』
『香奈子くん!?』
香奈子のACが直撃を受け、被弾の反動で後方へすこし押される。
『大丈夫です……ダメージ軽微とは言えませんけど、動けないほどでは……きゃぁ!』
『貴様、何をした!』
MTはともかく、高速機動中のACに攻撃を当てるなど、尋常な腕ではない。
「だから、俺もバカじゃないって言っただろ?」
いつの間にかHiroは灰色のACの横に移動していた。
『あの……あなたは……?』
「通りすがりの正義の味方……なんてな?ま、緊急通信拾って、気になったから来ただけなんだけど、来て
 正解だったな」
相手の通信に強制割り込みをかけ、映像を繋いだHiroはそう言ってにやりと笑い、親指をぐっ、と立て
た。



「フフフ……獲物はニガサナイでス……」
小高い岩山の上から、レミィは戦闘機動を行うMTやACに次々とライフルをヒットさせる。
その頭の上半分はすっぽりとスナイピング用のヘッドギアに覆われている。
最長ロック距離を誇るFCS「RATOR」。
前面に対して最長索敵距離を誇るレーダー「RZ−Fw2」。
そしてAC用の武器の中で最長射程距離を誇るWG−RF/E。
それらすべてリンクさせるのがこのヘッドギアである。
その性格上、他の武器に換装したり切り替えると使えなくなるのが問題だが。
「久しぶりだから張り切っていくネ……Let’s Hunting!」
エネルギースナイパーライフル、残弾4……この4発をどう使うか、アドレナリンのまわったレミィの頭は
それを計算すべく、めまぐるしいスピードで回転を始めた。



「くそ……どこだ、どこから撃ってる?」
高速機動回避で狙い撃ちされるのを防ぎ、またΣ−013をかばっているACの攻撃をかわしながら、月島
は意識を集中させる。
チリ……チリチリ…………
何かが小さく弾けるような音が月島の頭の中に響く。
チリチリチリチリチリチリチリチリ…………
次第に音が集まり、大きな光の球が月島の頭の中にイメージされる。
そして、パチン、と弾けた。
それと同時に、月島の意識と感覚が、まるでなくなるかのような錯覚を受ける。
初めは怖かったが、今では慣れてしまった。
そして、風となったように大気中に意識が拡散する。
半径数kmにおよぶ範囲の映像、音といった膨大な量の情報が月島の脳に集まり、それらを処理していく。
「…………見つけたぞ」
月島の「眼」には、岩山のでスナイパーライフルを構えるACの姿がはっきりと「見えて」いた。
『月島さん、敵は……』
香奈子の声が聞こえる。
どうやら彼女も「見つけた」ようだ。
「わかってる……君を狙っているようだ」
確かに銃口は香奈子のガーディストを狙っている。
『では、私が囮に……』
「すまない」
たったそれだけの交信で、作戦のすべては決まった。



「こんにゃろ、当たれ!」
Hiroは敵ACがレミィの遠距離砲撃を避けるのに精一杯と踏み、隙をついて攻撃を仕掛けていた。
レミィが中量二脚を狙っていることはわかっていたので、銀色のACを狙った。
しかし、これが当たらない。
レクティルロックはできるのだが、トリガーの後でレーザーの軌跡が相手に当たるか当たらないか、と言う
ところで逸れてしまうのだ。
アリーナで高速型ACを相手に遠距離射撃をすると結構こうなるのだが、そこまで離れていない上に撃った
弾がすべて避けられるということはめったにない。
どうやら相手の機動性は目に見えている感じ以上にいいらしい。
レーザーライフルの残弾は半分を切っていた。
『あの……無理しないで、後退した方が……』
灰色のACの少女から通信が入る。
「いや……なんかやな予感がするんだよな……」
『嫌な予感……?』
「こう言うときの俺の勘、外れないんだよ……」
敵AC二機の動きが目に見えて変わったのは、そう言い終えた直後だった。
Hiroのスピードでは、ロックすら難しくなった。


「Sit!チョコマカ動いて目障りデス!」
銀色のACの動きから、当てることは難しいと判断して中量二脚に的を絞った。
ところが、いきなり二機とも機動性が跳ね上がったのだ。
「何が起きたデスか?」
必死に狙いをつけようと細かく照準を調整するレミィの視界に、銀色のACから発射された光弾が迫って来
るのが飛び込んできた。
「What!?」
避けようにも、長距離射撃のために機体を寝かせていたため、反応できない。
そして、辺りを爆炎が包んだ。


「な……!」
『そんな……』
Hiroと琴音は言葉を失った。
銀色のACが、高速機動中に発砲した。
はるかに離れた、明らかに通常の武器ならば射程外と思われる、レミィのいた岩山に向けて、右腕に抱えて
いたビーム砲を撃った。
しかも、ほぼ正確に着弾した、と思われる。
あり得ないことだった。
エネルギースナイパーライフル以上の射程のある武器は、ネストに登録され、認可されたものにはないはず
なのだ。
しかし、あの銀色のACはやってのけた。
機体性能か、あのビーム砲の性能か……とにかく、爆炎が山頂を包み込んだのだ。
「レミィ!応答しろ、レミィ!」
返事はない。しかし、懸命にに呼びかける。
『無駄だよ……こいつが命中すれば、ただでは済まない』
どこか冷たい、男の……月島の声が通信機から流れる。
どうやらこちらに割り込みをかけたらしい。
「てめぇ……オリジナルのACはまだしも、そんな反則武器まで……」
『勘違いは困る……今のは、僕が「目測」で撃ったのさ……このプラズマバズーカ自体はふつうのバズーカ
 と射程距離の差はないよ。今、登録申請が出されている代物だからね』
「目測だけって言うのかよ……」
一体何者なのだ、こいつは。
本当に人間なのか?
『ははは、そう言えば、自己紹介がまだだったね……』
そう言って、ゆっくりと砲口をHiro達に向ける。
『僕は、月島拓也。シリーズΣテストタイプナンバー02……短いつきあいだろうが、よろしく!』
言うが早いか、Hiroは右に向かってスティックをキック、ペダルを踏み込んでブースターを起動、ほと
んど地面すれすれで横に避ける。
灰色のACもあわてて機動回避を始めた。
『ほう、この距離で避けるなんてね……なかなかやるね、君』
「うっせぇ!てめぇこそけがしないうちに帰れ!」
『やれやれ、事情を知りもしないくせによく言うね……君は僕らと彼女の関係を知らないだろう?』
呆れたように拓也が言う。きっとACのなかでなかったら肩をすくめていたことだろう。
「この子の恋人だとか言ったらぶっ飛ばすぞ」
『ははは、いい冗談だが、ちがうね……まぁ、兄妹みたいなものかな?』
『……』
琴音が小さく反応する。
「……どう見てもあんたとこの子じゃ似てないじゃないか」
『兄妹みたいなもの、って言ったのさ。兄妹じゃない。まぁ、正確に言えば……』
『やめて!』
琴音が拓也の言葉を遮り、パルスライフルを銀のACに向ける。
『撃てるかい?君に……』
『!!』
『撃てないだろう……君は争いを好む性格じゃない。それに、僕たちに負い目があるだろ?』
「なぁ、君、こいつらに何か……」
『………………』
浩之の言葉に、琴音は何も答えない。
『彼女は僕たちと同じ、シリーズΣタイプ最終試作型、シリアルナンバー13。つまるところ、プラスだ』
「なんだって!?」
驚いて背後のACを振り返る。
『……その通りです……その人の言うとおり、私は……プラスです……』
なにかをこらえるように、噛みしめるように琴音はそう言った。
『わかっただろう?彼女は僕たちと共にいるほうが……』
「だけど、彼女は嫌がってるじゃねぇか?」
ブォン、と左腕のブレードを発振させ、Hiroは月島の言葉を遮って言った。
「嫌がる女の子を無理矢理どうにかしようって輩は、大嫌いなんだよ!」
ゴゥ!と音を立てて踏み込み、左腕を振り抜く。
月島はバックダッシュでそれをかわし、シールドを掲げて第二撃に備える。
『仕方ない……出来るだけ穏便に済ませたかったんだけど……』
さも残念そうに言いながら、月島はプラズマバズーカを構える。
「へ……ごたくばっかり並べやがって……」
モニター越しに月島をにらみつける。
「レイブン同士が対立すれば、決着はやりあうことでしかつかねぇからな?」
『野蛮なことだな……しかし、君にはそうでもしなければ退場願えないようだ』
「あんたも白黒はっきりつけねぇと諦めないんだろ?お互い様だ!」
『僕と、この「ハイランダー」を相手に、いつまでそう言っていられるかな!』
その言葉を合図に、ドゥ、と両者はブースターを噴射する。
琴音と香奈子は、巻き込まれないように少し離れる。
互いに右方向へ移動を始めたため、自然とお互いに円周上を移動するようにしてお互いのACをロックサイ
ト内にとらえる。
俗に言うサテライト機動である。
最初に火を噴いたのは月島のプラズマバズーカだった。
青白色の光弾が、GrunBlattをかすめ、背後へと飛びさる。
「っのぉ!」
レーザーを三連射するが、2発は避けられ、1発はシールドで防がれてしまった。
『ふん、やるな……だが!』
ハイランダーが軌道を変え、GrunBlattに正面から突っ込んでくる。
「突っ込んで来る……ってバカか!?」
レーザーを連射して仕留めようとするが、近距離であるにもかかわらずかわされる。
あわててスティックをキックして後退しようとするが、ハイランダーの方が速い。
『もらったぁ!』
ブォン、と左腕のシールドの先端から発生したブレードを、月島はGrunBlattめがけて振った。
「なんとぉ!?」
とっさにバックステップさせ、紙一重で避けた。
そう思ったのだが、ハイランダーはブレードの先端をGrunBlattに向けた状態で一旦腕の動きを止
めた。
そして、次の瞬間、コクピットを激しい衝撃が襲った。
「なんだぁ!?ブレードが……伸びた!?」
こちらに先端を向けていたブレードが、突如伸びたのだ。
目の錯覚かと思ったが、実際にコアに衝撃を受け、転倒してしまっている。
『驚いたかい?パイリング・ブレードだよ』
倒れたGrunBlattにぴたりとバズーカの砲口をむけ、月島は言った。
『ブレード部分を打ち出す機構がついてるんだ。装置が大きすぎてACの腕に収まるめどが立たなかったか
 ら開発中止になって、試作品が倉庫の隅に放置されていたのをもらったんだけどね』
「てめぇの武器自慢はどうでもいいよ……」
けっ、と浩之が吐き捨てる。
『これでさよならだね……』
『やめて!私、あなた達と一緒に行きます。だから、無関係な人を巻き込まないで!』
『無関係……?これだけやっておいて、今更はいそうですか、って言えるわけないでしょ?』
今まで黙って成り行きを見守っていた香奈子が口を開いた。
『私たちの邪魔をしたものは、排除するわ……それに、なんども立ち去るように言ったのに帰らなかったの
 は彼なのよ?』
「そいつの言うとおり、君が気にすることはないさ、首を突っ込んだのも俺だし、こいつらに喧嘩売ったの
 も俺だ。だから、君が謝る必要はない」
そう言うHiroに、香奈子はぴたりとマシンガンの銃口を向けた。
『それじゃこの娘が無関係って言ってるみたいなんだけど?』
「そう言ってるのさ……あんた達にとって彼女がどういう意味を持っていたとしても、彼女があんたらと無
 関係でいたいって言ってるんだ。それなら、彼女の願うとおりにするべきじゃないか?」
『減らず口を……』
トリガーを引こうと、香奈子がスティックのスイッチに指をかけたのと、拓也のセンサーが接近する熱源を
感知したのがほぼ同時だった。
『危ない!』
拓也がとっさにハイランダーを滑らせ、香奈子の「フレスベルグ」を抱えて飛ぶ。
Hiroも機体を立て直すと、琴音のACを庇うように立った。
轟音、爆炎。
そして、今までフレスベルグの立っていた場所には穴が開いていた。
『レーザーグレネードだと!?』
「ナイスタイミングだ、レミィ!」
『ハァイ、Hiro!お任せネ!』
モニターの隅に、にこりと笑って手を振るレミィが小さく映る。
レーダーにはレミィの「イェーガー」が接近してきているのが示されている。
グレネードを撃った後、接近してきているようだ。
『バカな……確かに頭部を破壊したはず……』
『あの距離から……信じられないわ……』
拓也も香奈子も驚愕している。
あの爆発で、見たところ活動に支障をきたすほどの重大なダメージを受けていない。
『ノンノン、あの程度でワタシを倒せるなんて、思わないで欲しいネ。まっすぐこっちに向かってくる弾を
 打ち抜くことくらい、朝飯前ダヨ?もう少し気づくのが遅かった危なかったデスケド』
レミィは、光弾に気づいてとっさにスナイパーライフルで撃ち抜いたのだ。
もしレミィが実弾兵器を使っていたら、そんなまねは出来なかっただろう。
互いにエネルギー兵器であるからこそできたことだ。
最も、無傷というわけには行かず、そこかしこの装甲が損傷を受けたりはがれたりはしている。
それでも戦闘不能に陥るほどではなかった。
そして、もう一つ驚くべき事に、レーザーグレネードを射程外の距離から「フレスベルグ」を正確に狙って
撃っていた。
『まったく、プラスでもあるまいにこんな真似ができるとはね……世の中広いものだ』
忌々しげに拓也が呟いた。
『香奈子くん、君はお姫様の確保を頼む。残りの二人は僕が引き受けよう』
『了解しました。でも、手強いです……油断しないで下さいね……』
『わかってる』
二人は短い交信を終えると、すぐに動き出した。
香奈子がフレスベルグの銃口を灰色のACに向けた。
Hiroはそれを阻止しようと間に割ってはいるが、ハイランダーが牽制弾を撃ってくるため、それもまま
ならない。
追いついてきたレミィが援護のためにレーザーグレネードを撃つが、それもあっさりかわされ、逆にバズー
カをたたき込まれた。
レミィの方もそれくらいは予想しており、なんとか寸前でACを立ち上がらせて横へを逃れる。
「このぉ!」
ブォン、とブレードをうならせてGrunBlattがハイランダーの懐に踏み込むが、がっしりとシール
ドで止められ、逆に押し返された。
『甘いよ、君は!』
パワーを頼りに押してくるハイランダー。
「くそぉ!なめるなぁ!」
Hiroもジェネレータの作動率を引き上げ、パワーを上げて押し返そうとする。
コンソールに異常動作の警告ランプが点滅するが、無視する。
なんとか拮抗状態に持ち込んだが、そこから動けない。
横目で見ると、灰色のACがフレスベルグから逃げ回っている。
レミィの方は残弾数を気にしてか、相手の隙をうかがっているのか、周回軌道をとりながら狙いをつけてい
るようだ。
しかし、下手に発砲すればHiroを巻き込みかねない状況である。
琴音の援護にまわってもらいたかったが、正直一人では月島相手に保つかどうか自信がなかった。
それほどに、この月島と、AC「ハイランダー」は驚異といえた。
至近距離からたたき込もうとしてライフルを持ち上げようとするが、それより早くハイランダーの両肩にあ
った膨らみ部分が跳ね上がり、2門のガトリングカノンが現れた。
「なんてぇインチキ!?」
『ほざけ!』
二人の怒声とともにそれが火を噴いた。
ガガガガガ、とコアを弾丸が叩く音がする。
『このまま沈めぇ!』
月島の方もさっさとケリを付けてもう一機のACを倒したかったが、Hiroが思ったよりもやるので少々
焦っていた。
それでもトリガーを引き続け、GrunBlattの装甲を削っていく。
しかし、ボン、と音がして、右のガトリングが沈黙した。
『ちっ!』
すぐさま機体を相手のACから離し、高速機動を始める。
案の定、スナイパーライフルでレミィが撃ち抜いたのだ。
振り向きざまにビームバズーカを発射する。
『危ないネ!』
「助かった、レミィ……」
『やるな……』
戦いの決着は、まだつきそうになかった。



「はぁ、はぁ……っ!!」
琴音は、慣れないACを必死で操り、なんとかフレスベルグの追撃をかわしていた、
『おとなしくしなさい!逃げ場はないのよ!』
香奈子が呼びかけてくるが、必死で操っているため、答える余裕がない。
(私はお父さんと静かに暮らしたいだけ……それだけなのに、なんでわかってくれないの?)
泣きそうになりながらも、ACをほとんど本能で操縦している。
さすがは、プラス、といったところか。
しかし……
「もう……だめ……力が……」
スティックを握る力が徐々に弱くなり、フレスベルグのマシンガンが装甲を削り始めた。
そして、ピピピピピピ、と警告音が鳴り響く。
コンソールには、「OVER HEAT」のシグナルが点滅していた。
「そんな……」
ここにきて、AC操縦の未熟さが出てしまったのである。

「さんざん世話かけさせてくれたけど……終わりよ!」
相手の動きが止まったのを確認して、香奈子はマシンガンを連続してトリガーし、たたき込んでいた。
「一気に攻める!」
武装をミサイルにスイッチ、レクティルが6発全弾をロックするのを確認してトリガー。
発射。
機動回避が出来ない琴音に、これを避けられるはずがない。
白い尾を引き、小型ミサイルが灰色のACに殺到する。
ところが、ミサイルが当たる直前にその軌道がそれ、目標から離れたところに着弾した。
「どういうこと?」
シーカーの不備、FCSの故障など、様々な原因を考えた。
「もしかして、新型のミサイルジャマーでも積んでいるというの?」
とにかく確保することに決め、マシンガンを撃ちながら接近していく。
しかし、マシンガンの弾道さえも目標であるACからそれ、あらぬ砲口へと飛んでいく。
「……まさか……この子の能力って……この子が「最強」っていわれた原因って……」
マシンガンを撃ちながらも、ブレード発振装置のスイッチを入れる香奈子だった。



「……まずいな……追い込みすぎたか?」
ハイランダーを操り、Hiroとレミィの攻撃をかわしながら月島が呟いた。
「香奈子くん、それくらいでやめておいたくれ……君の武装では無理だ」
『彼女の能力、もしかして……』
「ああ……僕たちとは違う……」
どうするか、と拓也が頭を巡らせるが、コールランプが点滅を始めた。
ハイランダーをバックダッシュさせてHiroたちの射程から逃れながら内容を確認すると、香奈子に呼び
かける。
「退くぞ、香奈子くん……どうやら、向こうもしくじったらしい。緊急徴集だ」
『…………了解しました』
二機は、本格的に撤退を始めた。



「こら、逃げるな!」
逃げてくれた方がありがたいはずなのに、何故かそう言ってしまうHiro。
決着が付かなかったことが引っかかっているらしい。
『今日はちょっと都合が悪くなったのでね……次に会うときは、覚悟してもらうよ』
それだけを言い残し、ハイランダーとフレスベルグは去っていった。
「待て!」
『ヒロユキ!それよりも、あの子が……』
レミィに呼び止められて振り向くと、命の火が消えたように、琴音のACが力無く突っ立っていた。
「おい、大丈夫か?」
近寄って、そう呼びかける。
『はい……なんとか……』
弱々しいが、それでも答えが返ってきたことにHiroは安心する。
「よかった……そんじゃ、とりあえず俺達と一緒に来るかい?ええっと……」
『姫川琴音、です……あの、ご迷惑でなければ……報酬のお支払いもありますし』
『迷惑ナンテ、思わないネ。Hiroは可愛い女の子には、トコトン優しいからネ?』
「ば……レミィ、おまえな!?」
にやにやしながらからかうレミィに、真っ赤になって反論する。
それを見た琴音も、くすくすと笑っている、
「ったく……あ、俺は、藤田浩之……レイブンネームは、Hiroだ、よろしく」
『ワタシ、レミィ・クリストファー・ヘレン・宮内デス!よろしくね!』
結構なダメージを負っているにもかかわらず、二人とも元気だ。
琴音も、助かってよかった、と心の底から思っていた。
三人のACを、夕日が紅く照らし出していた。



「で、結局どうなったんですか〜?」
「ん〜、琴音ちゃんの親父さんは、来栖川のラボで働くことになったよ。琴音ちゃんは、テストパイロット
 としてレイブンを続けることにしたそうだ」
我が家で、セリオとマルチとあかりの作った料理をほおばりながら、浩之がマルチに教えていた。
「でも、その琴音ちゃん、って子、戦うのが嫌いなんでしょ?レイブン続けてていいのかな?」
「まぁなぁ……レイブンって言っても、無人マシン相手の新兵器のテストやってるだけだし、親父さんと一
 緒にいるためだから、って本人は言ってたぞ?」
向かいで同じようにご飯を食べているあかりに、そう答える。
あのあと、芹香に連絡して琴音の父親を保護してもらった。
浩之達が琴音を救出してきたことを知ると、姫川博士は涙を流さんばかりに喜んだ。
しっかりと抱き合う親子をみて、浩之も満足していたのだが。
「その、琴音さんとおっしゃる方が付け狙われるほどの資質を持ったプラスであるならば、むしろそちらの
 方がよろしいのではないかと思います。万が一の時、いざとなれば浩之さんがすぐにお助けに行けるので
 すから」
淡々と、浩之たちにそう話すセリオ。
「おいおい……」
俺が責任取らなきゃいけないのかよ、と苦笑する浩之。
「それでは、浩之さんはその方が困っていても、これから先助けて差し上げないつもりですか?」
「浩之さん……」
「浩之ちゃん、冷たいよ」
女性三人から注目されて、居心地が悪い。
「……わーったよ、もしもの時はちゃんと助けに行くって」
やれやれ、と言う調子で答えるが、心の内では初めからそのつもりだった。
そのとき、玄関のベルがびー、っと鳴った。
「はいは〜い、どなたですか〜……って、琴音ちゃん?」
ドアを開けると、琴音が立っていた。
「あの……こんばんわ……」
「どうしたんだ、こんな時間に?」
「あの……これ……ケーキ作ったんですけど、良かったら召し上がって下さい……」
恥ずかしそうに、少し頬を紅く染めて、琴音が箱を差し出す。
「あ、ああ……サンキュ……あ、よかったら上がらないか?」
「い、いえ、お父さんも待ってますから……」
「浩之ちゃん、誰か来たの?」
うしろから、あかりを先頭に三人がやってきた。
そして、赤くなって箱を手渡している琴音と、それを受け取る浩之を見つける。
「あ、あの……私、失礼します!」
あかり達に気づくと、そう言い残して琴音は飛ぶように帰っていった。
「あ、琴音ちゃん!?……なんだったんだ?」
遠ざかっていく背中を見送り、浩之は手の中の箱を見下ろす。
「手作りケーキ、か……」
ぼそりと呟いたそれを、あかり達三人は聞き逃さなかった。
「…………浩之ちゃん……浮気したら許さないよ」
「はぅ……ケーキなんて、私、作れないです……」
「……また犠牲者が増えるのでしょうか?」
ぼーっとしている自分の後ろで、三人がそれぞれ呟いた言葉を浩之はまだ知らない。