AC/Leaf Mission2:輸送トレーラー護衛 〜アンドロイドは電気羊の夢を見るか〜 投稿者:刃霧星椰 投稿日:5月25日(木)01時22分

「ねぇ、二人とも、また会える?」
「はい、絶対に会えますよ!」
「――諦めなければ、必ず会えますよ、浩之さん」
俺は、誰かと話をしていた。
二人の……女の子、らしい。
顔は……よく見えない。
「だから、それまではお別れですけど……」
「――浩之さん、また会えたときは私たちと遊んでくれますか?」
ショートカットの方の子が寂しそうにうつむき、長い髪の方の女の子は腰をかがめて俺の目線に合わせてく
れる。
ああ、これは夢なんだな……俺が、子供の頃の。
でも、この二人、誰だろう?
思い出せないや。
「約束するよ!また…ル…お姉ちゃんと、セ……お姉ちゃんと一緒に遊ぶよ!」
あはは、自分が言ったことなのに、聞こえねーや。
「約束ですよ〜、浩之さん?嘘ついたら……え〜と、ハリセン本……あれ?」
「――嘘ついたら針千本飲ます、です、――さん」
「あ、そうでしたね〜。浩之さん、元気でいて下さいね?」
「――いつか会う、その日まで……」
「うん!」

『……ゆき、……ろゆき!』
「ううん……約束……」
『おきんか、この女たらし〜!!』
「うぉ!?あ、綾香か……ふぁ〜、わりぃ、眠っちまったな」
『全く……真面目にやってよね、仕事中なんだから』
「わーってるよ…………」
モニターに現れた美女に言われ、浩之は渋々姿勢を正す。
『あんまり不真面目にしてると芹香さんに怒られちゃいますよ、先輩?』
そう言って別のウィンドウに、ボーイッシュな女の子が映る。
「なんだよ、二人して……だいたい綾香、なんでお前がいるんだよ。大した仕事じゃないのに……」
『あらぁ、自分のところの仕事なんだからいいじゃない、別に?』
浩之の言葉に、最初にモニターに現れた美女がウィンクで答える。
「マスターオブアリーナが出てこなくても、俺と葵ちゃんの二人で十分だってーのに。なぁ、葵ちゃん?」
『あはは……でも、綾香さんも一緒だと心強いですよ?』
話を振られた葵という少女は笑顔で返す。
「あ、俺じゃ頼りないって言うのかよ……」
『いえ、そういうわけでは……』
浩之の抗議の言葉に、おろおろしてしまう。
『こら、葵をいじめるんじゃないの!』
「あ、ひっでぇ……どうせ俺は性格悪いよ〜だ」
『まったく、変なところだけいつまでも子供なんだからぁ……』
ちょっと呆れたように、綾香がため息をもらした。
『うふふ……』
葵がその様子を見て笑う。
「それにしても、このトレーラー、中身は何なんだ?」
浩之が、興味深げに伴走するホバートレーラを見た。
『さぁ……でも、かなり大きいものみたいよね?』
「あの二人が絡んでる時点でろくなもんじゃない気がするけどな……あ〜、思い出しただけで腹が立つ!」
今回の仕事は、このトレーラーの輸送と護衛である。
任務に就いたのは、Hiroと、二人の女性レイブンであった。


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Mission 2:輸送トレーラー護衛 〜アンドロイドは電気羊の夢を見るか〜


二日前にメールチェックをしているときだった。
「ん〜?来栖川電工の開発部門……って、おっさんとこか?」
一通のメールが浩之のところに届いていたのだ。
依頼内容は、あるトレーラーの輸送と護衛、他にレイブンが二人ばかり付く、と言うことだった。
「はぁ、ご指名とあっちゃ行かないとわるいよなぁ」
浩之は返事を出し、別のメールの確認に移った。

基本的にレイブンは、「レイブンズ・ネスト」と呼ばれるレイブンの組合のようなものに所属し、またネス
トの斡旋する仕事の中から自分のレベルにあったものを選んで依頼を受ける、と言うのが主流である。
ネストの方でも、各レイブンのレベルに合わせた依頼を斡旋するように調整しており、そのレイブンに達成
できなさそうな依頼は回ってこないことになっている。
つまり、未熟なレイブンの仕事はわりと簡単な代わりに報酬も低額、腕のいいレイブンほど高報酬でリスク
の大きい仕事が回ってくるのだ。
しかし、数年前に一度ネストの全システムがダウンするという事故があってからは、その流れにも変化があ
った。
企業等が特定のレイブンをと契約し、直接仕事を依頼するようなシステムが派生したのである。
浩之などはこちらのタイプにあたり、企業からの依頼がないときはネストで拾った仕事をこなしている。
これには長所短所があり、契約した企業からの依頼はすべてに優先するかわりに、物資の供給やアリーナへ
の登録時の後見役などを引き受けてもらえるという見返りもあるのだ。
それに加え、浩之などの場合は新製品のモニターも行うため、上手くすれば強力な装備がただで手に入ると
いうおまけまでついているのだ。
ただ、企業に雇われるには強力な推薦か、実績を持っていることが必要である。
浩之の場合はそういうのとは少し違う経緯で契約レイブンとなったのだが、それは別の話である。

「はい、浩之ちゃん、お弁当」
「おう、サンキュな、あかり」
ミッション当日の朝、藤田家の玄関でそんな光景が見られた。
もっとも今更珍しい光景ではなく、浩之が出撃するときにはいつもこうなのでその辺を歩いている近所の人
も気にしていない様子だ。
「分かってると思うけど、気を付けてね。それと、無茶しちゃダメだよ?」
「わかってるって。ちゃんと気を付けるよ」
ぐしぐしとあかりの頭を撫でる。
「今回は俺だけじゃないから、楽な仕事だよ。今夜はあっちに泊まりだろうから、明日には帰るよ」
「そう?それじゃ、明日は美味しいご飯作って待ってるね?」
今回はそれほど危険な仕事ではないと知って、笑顔であかりが言った。
「おいおい……いくらウチの鍵持ってるからって、男の家にそうそう入り込むもんじゃねーぞ?」
「だいじょうぶだよ、浩之ちゃんだし」
苦笑する浩之に微笑むあかり。
「……俺はうまい飯が食えるからいいんだけどな……人様の目というものがあるだろ」
「大丈夫だよ、うちのお父さんもお母さんも気にしてないし」
いつか責任取れとか言われるんじゃなかろうかと本気で心配する浩之だった。



「げぇ、相棒ってまさか……お前なのかよ!?」
ガレージでその顔を見て、声を上げた。
「なによ、わたしじゃ不満?」
そう言って不敵に微笑んだ黒髪の美女、それは来栖川綾香だった。
浩之が驚くのも無理はない。
来栖川綾香、来栖川グループの令嬢で、芹香の妹である。
異種格闘技戦エクストリームのチャンピオンであり、浩之達の友人と呼べる人物である。
そして、お嬢様だてらにレイブンであり、Tokyoアリーナにおけるマスターオブアリーナでもある。
「黒き魔人」「閃光の魔女」などの名で呼ばれることもある、スーパーお嬢様なのだ。
「お前、忙しいんじゃないのか?」
「あのねぇ、私だってレイブンなんだから仕事を引き受けるくらい当たり前でしょう?しかも自分の身内の
 依頼ならなおさらよ」
何言ってるんだか、って調子で、腰に手を当てて綾香は言う。
「まぁ……それもそうか……」
とりあえずは納得する浩之。
「それにさ……久しぶりにあなたに会いたかったし……」
「なんか言ったか?」
「ううん!なんでもないよ!」
内心どきどきしている綾香。
「あ、先輩、綾香さん!おはようございます!」
元気のいい声がハンガーデッキに響き、小柄な女性が入ってきた。
「お、葵ちゃん!久しぶりだなぁ」
「先輩も、お元気そうで。聞きましたよ、このまえのACバトルのこと」
ぺこり、とお辞儀をして、少女はこの間のプラス紛れ込み事件のことを言い出した。
「まぁ、アレは相手がまだ新人で腕が甘かったから勝てたようなもんだよ」
照れ笑いしながら、そう答える。
「でも、すごいですよ、やっぱり」
松原葵、彼女はハイスクール時代の浩之の一つ後輩である。
また、綾香にあこがれてエクストリームをやっており、すでに綾香に次ぐ地位を手に入れている。
あこがれの綾香がレイブンになったことを知って、自らもこの世界に飛び込んでしまった一途な娘である。
その並はずれた格闘センスはACに乗っても変わらず、軽量二脚機体を操ってのブレード戦を得意とする。
相手の懐に飛び込んで繰り出されるブレードの突きは、ブレード「ムーンライト」と機体の色も相まって、
「ブルーインパルス」と呼ばれ恐れられている。
現在浩之よりも上位の3位にランクしており、綾香との対戦を目標に日々精進を積む努力家である。
「ってことは、もう一人は葵ちゃんか?」
「はい、よろしくお願いしますね、先輩?」
「おう、任せとけって」
親指をぐっと立てる浩之。そこに、綾香が割り込んだ。
「ちょっと葵、準備はいいの?」
「はい、もう出来てますよ。担当の方がお二人を呼んでくるようにって」
「そう……それじゃ、行きましょ?」
さっさと歩き出す綾香。
「なぁ、綾香のヤツ、いきなり不機嫌になったけど……なんかしたか、俺?」
「さぁ……?」
二人は首を傾げながらも、綾香の後を追った。

「…………今日は厄日か?」
担当者を見るなり、浩之は頭を抱えた。
「なにをそんなに悩んどるんだ、浩之?」
「そうよ、感動の再会なのよ、浩之?」
「なんであんたらなんだよ、この放蕩夫婦!!」
不思議そうな顔で浩之を見ている担当者は浩之の両親だった。
「ああ、神様、浩之が親にこんな事を言うようになってしまいました……私たちが一体何をしたと言うので
 しょう?」
浩之の母親は放蕩夫婦呼ばわりされて信じられない、というように天を仰ぐ。
「おお、恵美、私たちは一体どうしたらいいのだろう?どこかで育て方を間違ってしまったのだろうか?」
抱き合って夫婦ではらはらと涙を流す。
「何もかもてめぇらのせいだろうが……」
もはや呆れはてている浩之。
「おまえ、最近冷たくないか?」
「誰のせいだ、誰の!だいたいあんた達のせいでこんな仕事する羽目になったの、忘れたのかよ!」
恨みがましい目で見る父親に今にも噛みつかんばかりの勢いで怒鳴る。
「ああ、そんなこともあったわねぇ……」
「すっかり忘れていたな、そんなこと」
器用なことに瞬間的に涙を流すのをやめ、あっさり立ち直って昔を懐かしむように二人で顔を見合わせてい
る。
「てめぇら……家に帰らないのは俺を勝手にレイブンにしたことが後ろめたかったからじゃないのか?」
「は?単に忙しかったから帰らなかったんだが」
「そうねぇ……浩之がレイブンになったことすら、さっきまで忘れてたものね」
「やっぱりたまには外に出ないと世情に疎くなってしまうな」
「これからは時々お休みとりましょうよ、デートついでに。ね、あなた?」
「うむ」
しっかりいちゃついている両親。
「き、貴様らぁぁぁぁ!」
「お、落ち着いて下さい、先輩!」
「ほら、仕事が先よ、仕事が!」
放っておいたらホントに殺しかねない剣幕で叫ぶ浩之を、葵と綾香が二人で押さえる。
仕事と聞いて、レイブンの性分か浩之も幾分落ち着いた。
「じゃ、そういうことだから、しっかり守るのよ」
「うむ、私たちの昇進のためにも頑張るのだぞ、息子よ」
どうやら本気で怒っている浩之が怖くなったのか、ばはは〜い、と手を振ってさっさと逃げ出す。
「浩之、どう、どう」
「馬か、俺は……ちくしょう、絶対いつか締めちゃる!」
「先輩も大変なんですねぇ……」
三者三様で浩之の両親を見送る。
そんな部屋の片隅で、紹介されそびれたトレーラーの運転手が浩之の様子に怯えていた。



そんなわけで、Tokyoシティから少し離れた来栖川の施設まで、荷物を輸送しているのである。
浩之と綾香のACでトレーラーの両脇を挟み、葵はトレーラーの助手席で待機している。
「しっかしなぁ、このトレーラーの大きさから言うと、AC二機は入るんじゃないのか?」
『そうねぇ……電工の研究室に運ぶっていうことは、大型コンピュータか何かかしら?』
「かもな……うちの両親もそっち系だしな」
『そうねぇ、私たちのACの音声認識システム、これもHiroのご両親の開発だったわね』
「いざとなったら手動スイッチの方が早いような気もするけどな」
『でも、切り替えの間も右スティックをトリガーし続けていられるのは、なかなかいいと思いますよ?』
普通、武装の切り替えのためには一旦トリガーを放して、右手側にあるコンソールで武器を選択する。
これは、姿勢制御は左スティックで行い、右側の感圧スティックが照準の調整に使われるためである。
それゆえに左で武器を切り替えつつ、右スティックでトリガーした状態で姿勢制御を行うということができ
ないためである。
それを補うシステムはいくつか開発された。
右スティックの親指部分に追加されたボタンで切り替えを行うもの、フットペダルを一つ追加したものなど
である。
そんな追加装置の中では、来栖川の開発した音声認識システムは抜群の性能を誇っていた。
ACの起動を声紋称号により本人にしかできなくする、一種のセキュリティーとしても使えるからだ。
もっとも、似たようなシステムを開発した会社が無かったではないが、数年前のネストの一時停止以前はそ
ういった改修に対しても厳しいチェックがあり、事実上使用禁止であったのだ。
ところが、ネストの一時停止後はそうしたチェックは甘くなり、特にTokyoシティのような企業主体の
地方都市ではさらに規制が甘くなっていた。
来栖川は規制緩和直後にこれを開発、販売したため、爆発的なヒットを得ることとなったのだ。
もっとも、システム自体が高価なため、主な納入先は企業のAC部隊、ガードなどで、個人のレイブンには
それほど売れたわけではないが。
「でもなぁ、この手のシステムも普及したしな……あんまり有利にならなくなってきたんじゃないか?」
『それでも、音声システムを持ってるのって、企業軍かガードがほとんどみたいですよ。私たちは来栖川と
 契約してますから優先的に装備してもらえるだけで……』
『他の会社のデバイスなんか、結構誤作動が多いみたいよ?』
それを考えると、人の親としてはともかく、エンジニアとしての両親は優秀なのだと再認識させられる浩之
であった。
「しっかし、このペースじゃ着くのは日暮れギリギリだな」
『そうねぇ……』
トレーラー内にあるのは精密機器だ、と言うことで、アップダウンのあるこの辺りはスピードを落として進
まざるを得ない。
もっとも、ホバートレーラーである時点でアップダウンには弱いのだが。
とにかくゆっくり進む一行だった。


少し離れた岩山の上。
そこに、一機の四脚ACがいた。
X5X脚部に電子戦コア、T字レーダー頭、AN−K1、バックウェポンにグレネードランチャーと垂直ミ
サイル、腕にハンドガンという構成である。
そのACの肩に乗り、電子式光学双眼鏡を覗いている男が居た。
「情報通りに来やがったか……くくく、見てろよ……」
身を翻してACのコクピットに滑り込むと、起動シークエンスをこなしながら通信用マイクをオンにする。
「いいか、てめぇらがトレーラーをどうしようと勝手だ。だが、俺とヤツの邪魔はするな!それと、残りの
 護衛も近づけさせるなよ、わかったな!」
『あ、兄貴……本気ですか?』
「俺のやることに文句あるってのか!?」
『相手はマスターオブアリーナですぜ!いくらなんでも……』
引き留めようとするそのレイブンを、モニター越しに男が睨む。
「いいか!いくらマスターオブアリーナだろうが、十機相手にやりあえるはずないんだ。お前達の腕でもこ
 れだけいりゃ十分勝てる!」
『いや、そうは言ってもAC、MT合計三十機とやりあったなんて噂だってありますし……』
「所詮噂は噂!それにあのトレーラーの中身、売りゃぁ大金になることは間違いねぇ。イヤなら引き返せ。
 ただし、この俺から逃げられると思うなよ……」
別のレイブンの言葉にも、そう言い返した。
『…………』
今の彼に何を言っても無駄と悟ったのか、レイブン達は沈黙する。
そして、頭の中ではどのタイミングで逃げるかを、誰もが計算し始めていた。
「待ってろ、Hiro……いや、藤田浩之!ハイスクール時代からの決着、付けてやる!」
先陣を切って飛び出していくそのACに乗る男は、ハシモトであった。



「レーダーに反応!九時方向からAC多数接近、距離50000、機数……じゅ、11ぃ!?」
トレーラーの運転手がレーダーに映った光点の数に、悲鳴を上げる。
「大丈夫です!あなたはこのまままっすぐトレーラーを進ませて下さい!」
葵が横からモニターを覗き込みながら、インカムを手に取った。
「先輩、綾香さん!」
『よくもまぁたったこれだけの輸送部隊に対して数集めたものね……』
『どっちかというと、お前に対抗するためじゃないか?』
そんなやりとりの間にも、迎撃体勢を整えるHiroのGrunBlattと綾香のジークルーネ。
「距離、どんどん近づいてます……45000……40000……35000……30000……」
『おお、見えた見えた〜、団体さんのお着きね〜』
『えーっと、6,5でいくか。お前、5な?』
Hiroが幾分真剣な表情で言う。
『あら、わたしが6ね。浩之は5でお願い』
『……了解』
言うと、ばっと左右に分かれる。
「それじゃ、私は後ろに行きますから、あとのことはよろしく。戦況がまずいと思ったらかまわずに逃げて
 下さいね」
「わ、わかりました……」
葵がコンテナへ続くドアをくぐり、奥へ消える。
「……彼女、何をするつもりだ?……っと、一応逃走ルートの確認しとこ……」
残されたのは、緊張しながらも脱出経路を確認する運転手だけだった。


「さぁ、どこからでもかかってらっしゃい♪」
自分に向かって集中する火線を、機体を左右に振って回避しながら綾香はACの群へと突っ込む。
降り注ぐミサイルの大部分を、上手く機体を操作することにより迎撃システムに撃墜させ、残りもすいすい
とよける。
チェーンガンやグレネードなどはジャンプを織り交ぜることで回避していった。
そして、手近な一機にエネルギーマシンガンのレクティルを合わせてトリガー。
自分は軽量二脚の機動力を生かして回避しつつも、合わせた照準を外さないのは伊達にマスターオブアリー
ナを名乗っていない証拠である。
そしてあわてて近距離用の武器を構えようとしたその機体の懐へジャンプすると、着地間際にブレードを一
閃し、腰の部分で上下に両断した。
『は、はやい……』
回線から誰かが息を呑む声が聞こえる。
僅か十数秒で一機が落とされたのである、そりゃあ誰だって驚くだろう。
「さてさて、次はだ〜っれっかなぁ〜?」
余裕ぶっこいて通信回線オープンでしゃべる綾香は、まさに二つ名の通り『紅き疾風』であった。


Hiroは、ブースターダッシュで相手に照準を合わせる暇を与えることなく、レーザーライフルとミサイ
ルで攻撃を始めた。
そして、時折飛び上がったりスピードを落としたりして着弾のタイミングをずらし、さしたるダメージを受
けることなく砲撃で一機を片づける。
「おまえら、そんな腕でよく生き延びて来れたよな……」
周囲を見回すが、よく見てみると自分への攻撃が思っていたよりも散漫な事に気が付く。
そのとき、通信が入った。
『さすがにやるなぁ……だが、それもここまでだ!』
聞き覚えのある声だった。
「あんたは……ハシモト先輩!?」
『久しぶりだな、藤田……あのときの決着、ここで付けようじゃないか!』
「いや、あんた、決着って……あのときどう考えても決着ついてなかたっすか?」
『うるさい!レイブンとして生まれ変わった俺の力、今こそ見せてやる!』
「だから、俺はあんたと戦うつもりはない……って、まさかこの襲撃……」
『そう!いくら挑んでも相手にしてくれないお前を、俺と戦わざる得ない状況に追い込むために俺がしくん
 だのさ!』
個人的恨みで、ここまでするなんて、とやや呆れるHiro。
「だから、それは志保に振られたあんたの逆恨みだって言っただろうが」
『ええいうるさい!お前を倒して俺は志保をものにするんだ!……って、なに見てるんだ、お前達!こいつ
 の相手は俺がやるから、トレーラーの方を押さえろ!」
『は、はい!』
怒鳴られていそいそとトレーラーの方へ向かうレイブン達。
「あ、こら、待て!」
それを追おうとするHiroの眼前に、爆炎が広がる。
『どこ行くつもりだ、藤田?』
「ちっ……しょうがねーなー……」
Hiroは渋々機体を向き直らせた。


『なぁ……結構大丈夫そうじゃないか?』
『ああ……あの来栖川のお嬢様もこっちにゃ来れないみたいだしな』
『あの人の計画も、立てた理由はアレでも、中身は大丈夫だったって言うことか……』
そんな会話を交わしながら、3人のレイブン達はトレーラーへ迫っていく。
『おい、もう逃げ場はねぇ……おとなしく中の荷物を渡しやがれ!』
そう言いながら近づき、トレーラーの荷台部分を奪おうと手を伸ばしたときだった。
バシュゥ!
二台を掴もうと手を伸ばしたACの、その右腕の肘から先が無くなっていた。
『な、なんだぁ!』
驚きも束の間、五条の火線が伸び、腕を無くしたACの両足と頭部を打ち抜いた。
ぶん、という音と共に、ごとりとコンテナの前半分が切り落とされる。
そして、コンテナの中から立ち上がった蒼い影が一つ。
『世の中、そんなに甘くありませんよ?』
葵と、蒼き愛機『ヴァルトラウテ』であった。
あわてたのは襲撃者達だ。
『ぶ、ブルーインパルス……』
『聞いてないぞ!紅き疾風の綾香や、やプラススレイヤーのHiroだけならまだしも、ブルーインパルス
 の葵まで……』
『これだから金持ちのやることは……』
自分たちの愚かさを棚に上げ、彼らを雇った来栖川に文句を言い出す輩までいる。
『だ、大丈夫だ!プラススレイヤーはハシモトの旦那が相手してる!それに、紅き疾風もまだこっちには来
 れないはず……それなら、俺達にも勝機はある!』
『残念ね〜、たった今暇になっちゃった♪』
仲間と言うより、自分自身を励ますために吐いた言葉を遮って、綾香が割り込んだ。
見ると、綾香の足下には6機の残骸が散らばっていた。
『ひ、ひぃぃぃ!』
『葵、いいからこいつらに自分のバカさ加減を教えて上げなさい?』
『はい、綾香さん!』
言うが早いか、葵は荷台から飛び降りると、指マシンガンを撃ちながらそのまま側にいたACに着地を待た
ずに斬りかかる。
『うわぁ!』
そして、斬撃を繰り出した密着状態のままで後部ウェポンラックの爆雷を投下する。
ドババババババババ!
ごぅん、と音を立てて、そのACは崩れ落ちた。
世に言う『爆雷コンボ』である。
『冗談じゃない、やってられるか!』
一機になり、逃げだそうと振り向いた先には、いつ回り込んだのかジークルーネが居た。
『うちの輸送物資に手を出して、無事に帰れると思ったら大間違いよ……』
冷たい綾香の声と共に、エネルギーマシンガンが襲いかかる。
そして、あわてて方向を変えようとするその機体に、容赦なくブレードが襲いかかると、両足を斬られて転
倒した。
『これであとは浩之だけね……』
『あの〜、綾香さん……』
『どうしたの、葵?』
『えーっと、その……コンテナ、倒れてますよ?』
『え゛?』
綾香や葵の斬りとばしたACのパーツがぶつかったのか、コンテナは見事に転倒していた。



「はぁ……はぁ……」
Hiroはコクピットで荒い息を吐く。
「くそ……消耗が激しいな……」
残弾はレーザーライフルが10、ミサイルが12、レーザーキャノンが50。
ダメージは40%を越えていた。
グレネードランチャーの爆炎を至近距離で喰らったのと、ハンドガンで固められたところにミサイルを喰ら
ったためである。
しかも、移動しながらグレネードを撃てる四脚に対し、こちらが片膝をついてレーザーキャノンを撃てば的
にされるだけなため、容易には使えない。
『さすがだな……プラススレイヤーは伊達じゃない、ってことか?』
「そんな二つ名で呼んで欲しくねぇな……本物のプラスの人たちに申し訳ないからな?」
『くくく……そうだよなぁ、この程度で、そんなご大層な称号はお前には似合わないよな?』
自分のまわりをぐるぐる回りながらグレネードを構えているハシモトの言葉に、浩之は怒鳴り返した。
「うるせえ!そっちだって似たようなもんだろうが!」
『それもそうだな、よし、ここからは気を引き締めていくか』
そんな事を言いながらも、Hiroを追いつめている状況が嬉しいらしく、口元がゆるんでいる。
『喰らえ!』
どぉん、と音がして、真っ赤な火球がGrunBlattに襲いかかる。
ぐわぁぁぁん!
『やったか……?』
しかし、爆炎が晴れた後に、GrunBlattの姿はなかった。
「っらぁぁ!」
Hiroはジャンプしてよけ、空中でダッシュしながら落下、ハシモトの眼前に降り立ったのだ。
次弾の装填が間に合わず、ハシモトはグレネードを抱えたまま硬直していた。
『なに!?バカな!』
「バカはそっちだよ!」
そのまま体当たりしするが、さすがに四足を押し切る事は出来ずに拮抗する。
「うおぉぉ!」
GrunBlattは密着した状態でライフルの銃口を四脚の左前足にぴたりと付け、三発をたたき込む。
どん、と音がして左前足が脱落する。
しかし、同時に銃身の加熱によりレーザーライフルもオーバーヒートした。
「くそ!」
『もらったぁ!』
ブン、とレーザーブレードを振るハシモト機。
しかし、Hiroはレーザーライフルを盾にしてそれを防いだ。
『な、なにぃ?』
そして真っ二つにされたライフルの残骸を手放すと、ハシモト機の左腕を掴んだ。
「武器を持つだけが腕の使い方じゃないんだよ!」
そのままグシャリ、と握りつぶす。
『く、くそ!』
あわてて後退しようとするが、つぶれた腕を捕まれていて動けない。
「逃がさねぇよ……決着付けるんだろ、ハシモト先輩?」
左腕のブレードを発生させると、ハシモト機を引き寄せる。
『お、おい、待てよ藤田、落ち着け、な……?』
さすがにやばいと感じたのか、額に汗を浮かべて言う。
しかし、Hiroはそれを聞かず、ハシモト機を切り払った。




「くそ、なんか最近ぼろぼろにされてばっかりだな」
トレーラーへ向かって機体を歩かせながら、Hiroはぼやいた。
背後には前足二本を切断されて動けなくなったハシモト機がひっくり返っている。
「ったく、くだらねぇことで手間かけさせやがって……おい、そっちは無事か?」
ブツブツ言いながら、綾香と葵に通信を入れる。
『あはは……私たちは無事だったんだけど……ね?』
取り繕うように笑っている綾香。
「なんだ、なんかあったか?」
『あのですね……コンテナ、こけちゃいました』
てへ、ってな感じで、葵ちゃんが舌を出す。
「へ?」
『だから、戦闘のとばっちりで、荷台から落ちたのよ……コンテナが』
「…………………………」
数秒の間。
「…………マジ?」
『うん、マジ』
「…………………………」
『…………………………』
『…………………………』
「やっぱり今日は厄日だ〜〜〜〜!!」


なんとかコンテナを荷台に戻す。
「中、大丈夫か?」
『……心配よね』
『確認してみるってどうですか?』
「っていうか、穴開いたところから見えるけどな」
苦笑しながら光学モニターの拡大率を上げ、穴からコンテナの中を確認する。
『ねぇ、なんか、中が空っぽのような気がするんだけど……』
「お前もそう思うか?」
『あの……先輩、綾香さん……』
「どうした、葵ちゃん?」
『中で何か動いてる見たいです……動体センサーに反応が……二つ……大きさは人間くらいです』
葵の言葉に、バイオセンサーに切り替える。
「まさか、新手の生物兵器とか……」
『バカね、それなら重工と電工が動く意味がないじゃないの……大体、あなたのご両親が作ったものなんで
 しょ?』
「そりゃそうだけど……バイオセンサーに……反応無し?人間でも生物でもない?」
『こっちの動体センサーには引っかかってます……あ、出てきます!』
油断無く銃口を向けるジークルーネとヴァルトラウテ。
GrunBlattは見守っているだけだ。
やがて、穴の奥で闇がうごめき…………


「はえ〜、ここ、どこでしょうね〜?」
「――マップデータ照合……Tokyoシティ郊外のようです、マルチさん」
「ということは、主任のいらっしゃる研究所でしょうか、セリオさん?」
「――いえ、ちょうどシティと研究所の中間地点だと思われます」
出てきたのは二人の少女……の姿をしたものだった。
一方は緑色の髪、華奢で小柄な体に白いボディスーツの中学生くらいの少女。
もう一方は緋色の髪に、薄いブルーのボディスーツ、高校生くらいの少女。
二人とも、両耳に当たるところにセンサーのようなアンテナのようなブレードが伸びていた。
『ちょっと、あなた達何者なの?』
「あ、初めまして〜、わたし、来栖川電工第7研究開発室HM開発課所属、HMXー12型『マルチ』です
 〜」
訝しがる綾香に、笑顔で答える、マルチ。
「ろ、ロボットなのか……?」
「はい〜、人間の皆様のお手伝いをするために作られたんですよ〜」
「――マルチさん、初対面の方にむやみに所属を明かさない方がいいかと思いますが?」
あくまでも表情を崩さず、冷静に指摘するもう一方の少女。
「あ、それもそうですね〜、セリオさん」
失敗しちゃいました、と俯くマルチ。
『ああ……そういうことなら問題ないわ。私は来栖川綾香……あなた達の所有者の一人……ってことになる
 のかしら?あとの二人もうちの関係者よ』
綾香の言葉に、緋色の髪の……セリオが反応した。
「――声紋照合……ランクAA、来栖川綾香お嬢様と断定。初めまして、HMX−13型、セリオです」
ぺこり、と綾香のACにお辞儀する。
「マルチ……セリオ……?は〜てな、どっかで……」
そこで、はっと気づく。
先ほどの夢の中、幼い自分と話していた二人の女性。
そのシルエットと、影になっていた顔が、マルチ、セリオと重なる。
「マルチお姉ちゃんと……セリオお姉ちゃん……?」
ゆっくりと、思い出しながら、呟いた。
「――照合完了……浩之さん、お久しぶりです」
GrunBlattを見上げ、にこり、と、ごく微かにセリオが微笑んだ。
「え?浩之さんなんですか?」
マルチの表情が、ぱぁっ、と明るくなる。
「ああ、マルチ姉ちゃん、セリオ姉ちゃん、久しぶり……」
『ちょっと、この子達、知ってるの?』
綾香が当然の疑問を口にする。
「ああ。昔、会ったことがある……っていっても、そのときは二人とも、親父とお袋のワークステーション
 の中だったけど」
「――そのころは、まだ浩之さんも小学生でした」
「よく、三人で戦略ゲームしましたね〜……セリオさんが一番で、浩之さんが二番でしたけど」
「マルチ姉ちゃんはそういうの苦手だったからなぁ」
『ふ〜ん……そうなんだ』
ちょっと羨ましげな感じの綾香。
『ということは、感動の再会なんですね!』
目を輝かせる葵。
「はは、そういうことになるけど……ここじゃACから降りられないな」
「――人間の方は、この環境では体調に害を及ぼされますから」
「残念です……」
はぅ、とマルチが肩を落とす。
『ま、さっさとウチの研究所に行けばいいだけじゃない?あとちょっとだから急ぎましょ?』
「だな。よし、マルチ姉ちゃん、セリオ姉ちゃん、トレーラーに乗ってくれ」
「はい〜」
「わかりました」
二人はいそいそとコンテナに入ろうとする。
「って、おいおい、そっちじゃなくて……お〜い、運ちゃん、この二人、そっちに乗れるか?」
『え、ええ……乗れますが……』
「んじゃ、乗せてやってくれ。よろしく頼むわ」
『はい、わかりました』
「っつーわけだから二人は運転席のほうな」
「あ、はい!」
「ありがとうございます」
マルチはぴょこんと、セリオはぺこりと、二人でお辞儀した。
「そんじゃ、出発するか!」
『『『『はい!』』』』





「いや〜、ご苦労だったね」
研究所では長瀬源五郎が、五人を出迎えた。
「しかし、二人が途中で起きちゃったのは計算外だったなぁ」
それでいいのか、源五郎。
ちなみに葵と綾香は休憩する、とハンガーから出ていった。
「それがですね、不思議なことがあったんですよ」
「――目覚める直前、浩之さんの夢を見ました。以前、浩史さんたちのワークステーションにお世話になっ
 ていたころの夢でした」
「私もです〜。それで、浩之さんに会いたくなって、目が覚めたらコンテナに穴が開いてたんです」
二人の話を、源五郎は興味深そうに聞いていた。
「不思議なこともあるもんだな」
「ふむ、メイドロボの夢、か……そのうち調べてみようかな?」
真剣に考え込む源五郎であった。
「ところでさ、なんであんな大げさなコンテナに積んでたんだ?」
「さぁ……積み込みまでの責任はきみのご両親だからね」
「……ったく、大げさにしやがって」
毒づく浩之に、マルチとセリオが言う。
「あの〜、浩史さんと恵美さん、浩之さんを驚かせようって言ってましたよ?」
「――どうやら私たちのことを研究所に着いてから浩之さんが知るようするつもりだったようです」
「バカなこと考えるのも相変わらずか……」
苦笑する浩之。
「しかしね、君のご両親が居なかったら、マルチもセリオもここにはいないんだよ」
「そうですよ〜。私たちの体を作るために、がんばってくれたんですよ?」
「――お二人には、いくら感謝しても足りませんから」
三人の両親への褒め言葉に、ちょっと複雑な浩之。
「まぁ、仕事人間だからな、あの人達は……それはそうと、マルチ姉ちゃんとセリオ姉ちゃん、ここでなに
 するんだ?」
「ああ、ちょっとチェックしなければならないところがあってね……それは今夜中に終わるから、明日君達
 が戻るときに、一緒に戻ってもらうよ」
「その後は?」
「その後はですね〜、浩之さんのところで、運用テストです〜」
「――量産タイプにフィードバックさせるための実働データを取るため、しばらくお世話になります」
にこにこしているマルチ、お辞儀するセリオ。
「って、二人ともか?」
「はい〜、そうですよ?」
「――男性の一人暮らしの浩之さんのところなら、データ取りにもってこいだそうです」
「……おい、おっさん」
「わ、私じゃないよ。あくまで彼女らの責任者は君のご両親だ」
あわてて否定する源五郎。額には汗が浮かんでいる。
「つまり、俺の世話を姉ちゃん達に押しつけただけじゃねーか……」
こうなるともはや呆れるしかない。
「わ、私は嬉しいですよ?浩之さんと一緒ですから……」
「――もしかして、ご迷惑ですか?」
「いや、そうじゃないさ……ただ、二人にまで親父達のとばっちりを受けさせて悪いなって思って」
すまなさそうな顔をする浩之に、二人は首を振った。
「いいえ、私たちの望んだことですから」
「――それに、あのときの約束も果たせます……また三人でゲームできますから」
「そっか……それじゃ、よろしくな、二人とも!」
「「はい!」」
こうして、マルチ、セリオの運用データ採取試験という名目の、浩之との同居生活が始まるのだった。








シティに戻った浩之が、マルチとセリオの事についてあかりから納得行くまで説明させられたことは、また
別の話である。