雅史シナリオ 投稿者:林 光 投稿日:4月14日(金)10時20分
 1

 放課後、俺、藤田浩之がいつものように教室のある二階の廊下
を歩いていると、知った顔が歩いていた。来栖川先輩だ。俺は迷
わず声をかけた。
「先輩、元気? 今帰りなの?」
 先輩は無言でこくりと頷く。今日はどうやら機嫌が良いらしい。
「らしい」というのは先輩の微妙な表情の変化から先輩の気分を
推定しているからだ。俺は来栖川芹香表情研究の第一人者なので、
推定がおおよそ外れることはないのだ。
「………」
「えっ今日は機嫌が良いので、新しい薬の調合をしたいと思いま
すって? で、何の薬を作るか、俺の意見を聞きたいって?なん
でも好きな薬を言ってください? いいのか、先輩、どんな薬で
も?」
 先輩は軽くこくりと頷いた。うーんそうだなあ、いきなり言わ
れてもなあ。
 そうだ、俺は駄目モトである薬を作ってもらうことにした。
「先輩、ほら、ほれ薬って言うのかな、モテモテになる薬、作っ
てくれないかな?」
 俺は半ば冗談で言ったつもりだったのだが、先輩はこくりと頷
くと
「判りました、やってみます」
 と言った。えっ、まさか本当にほれ薬を作ってくれるのでは。
先輩はいかにもやる気まんまんといった表情で(もちろん俺以外
の人間には普段の表情と同じように見える)その場を後にした。
うーん、言ってみるもんだなあ。ま、期待しないで待っておくと
するか?


 2

 俺自身が来栖川先輩との約束をほぼ忘れきったころ、昼休みの
廊下で俺は先輩に呼び止められた。
「………」
「えっ頼まれていた薬ができましたって? 薬って何だったっ
け? え、ほれ薬ですって? 先輩本当に作ってくれたの? ほ
れ薬?」
 先輩は自信たっぷりの表情で頷いた。本当に作ってくれるとは
言ってみるもんだなあ。
「………」
「えっ薬をお渡ししますから放課後忘れずにオカルト研の部室
に来て下さいって? 判ったよ先輩。有難うな」
 先輩は嬉しそうな表情で自分の教室の方向に去っていった。

「ヒロ、こんなところで何してんのよ?」
 俺のハッピーな気分を一瞬でぶち壊してくれる奴が現れた。志
保だ。志保は俺の顔を興味深げに眺めるとニヤニヤした表情で
「何か良い事あったのぉ、顔ニヤケてるわよ」
 とまるで俺の考えを透視するかのような発言をした。俺は心の
中でギクリとしたものの、表面にできるだけ出さないように
「うっせいな。テメーこそニヤニヤしやがって。またおかしな噂
広める計画でも練ってんのか?」
 と、わざと意地悪く言ってやった。すると志保は顔を真っ赤に
して
「何よう、あたしがまるで自分で捏造した情報を広めてるみたい
じゃないの! あたしの情報は確かなデータとリサーチに基づ
いてるんだからね。あたしの情報収集能力には、CIAも
KGBも真っ青なんだから!」
「何子供みたいなこと抜かしてんだよって、あれ、雅史いたの?」
 俺はむきになって何か言いつづける志保の後ろに、幼馴染の佐
藤雅史の姿を見つけたのだった。昔から控えめな奴だったから、
志保みたいな歩く騒音発生器がそばにいると、影が薄くなってし
まう。俺は志保を無視して雅史と話すことにした。
「でも浩之って本当に嬉しそうだよ。何かいいことでもあった
の?」
 うーむ、雅史にそう言われるということは本当にかなりにやけ
ているようだな。何せほれ薬だからな、って待てよ、俺一人でこ
の幸福を独り占めするのはもったいない。どうせなら雅史にもほ
れ薬を分けてやるとしよう。
「雅史、今日の放課後、時間空いてるか? 暇なら一緒にオカル
ト研に行こうぜ」
 雅史はどうしてオカルト研なんかに、といぶかしがったものの
「うん、いいよ。今日はクラブがないから放課後は何もすること
が無いんだよ。浩之が行くなら僕もオカルト研に行くよ」
 と快諾してくれた。その後ろでは志保が
「男同士で何こそこそ話してんのよお。この志保ちゃんさまを仲
間外れにするなんて、いい度胸じゃないの!」
 と、まるで大バカ○美のような事を言っていたが、俺は雅史と
の約束を確認すると志保を無視してその場を立ち去った。


 3

 放課後、俺は雅史とオカルト研への廊下を歩いていた。歩きな
がら雅史が俺に質問してくる。
「オカルト研って芹香先輩のいるところだよね? 浩之は一体
何の用で行くわけ?」
 雅史はしきりに話の内容を知りたがったが俺は
「着いてからのお楽しみだって。お楽しみは後でって言うだろ
う?」
 と、さりげなく誤魔化していた。そんなことを言っている内に
オカルト研の部室のドアの前にたどり着いた。俺は軽くドアをノ
ックして
「先輩、藤田だけど入るよ」
 と挨拶してからドアを開けた。中はいつものように暗幕が張ら
れているために薄暗く、目が慣れるまではどこに何があるのかす
らわからないといった状態である。俺が暗闇の中で目を凝らして
いると、目の前に音も無く黒い影がすっと立ちふさがった。
「ぎ、ぎ、ぎえぇぇ、おばけぇー!」
 俺は思わず暗闇の中で雅史に抱きついてしまった。雅史も怖か
ったのか、俺の体にしがみついて震えている。
 しかし、そのお化けは黒マントにとんがり帽子を被った来栖川
先輩だった。
「………」
「えっ驚かして申し訳ありませんでした? 気付いてくれると
思って何も言わずに目の前に立ちましたって? いや、別にいい
んだよ。でも本当にびっくりしたな、なあ、雅史?」
 ふと雅史のほうを見ると、潤んだ瞳で頬を染めながら、恥ずか
しそうに「う、うん」と言ったきりだった。
 俺は少し気になったものの、早速本題のほれ薬のことを先輩に
尋ねた。

 先輩は小瓶に入った薬を取り出した。茶色い瓶で中はよく見え
なかった。
「これがほれ薬なんだな、先輩?」
 尋ねると先輩はこくり、と頷いた。いくら先輩とはいえ本当に
そんな薬を作っちまうとは。俺は内心感動しつつ、先輩に礼を言
うと小瓶の中身を一口飲んでみた。
 味は想像通り、漢方薬とも何とも言えないまさに筆舌に尽くし
がたい、不気味な味がした。俺がよほど変な表情をしていたのか
雅史が
「浩之、何それ? 僕も飲んでいいかな?」
 と言ってきた。俺はもう何口か飲んでから、雅史にその小瓶を
手渡した。雅史は一口飲んで
「な、何この不気味な飲み物? 苦くて甘くてすっぱくて、後味
は最悪だよ…」
 この世の終わりでも来たかのような表情をする。俺は
「それは来栖川先輩が作ってくれたほれ薬だよ。味は変だけど、
我慢して飲めば女の子にモテモテだぜ。明日から俺達、可愛い女
の子がよりどりみどり、ふかみどりだ」
 と、これまた大バカ詠○のような事を言ってみた。雅史は
「ふうん、ほれ薬かぁ」
 特に感心した風でもなく、瓶の中身をもう二、三口飲んだのだ
った。ふと気がつくと先輩が何か言いたそうにしていたのだが、
俺と雅史は先輩に礼を言うと
「本当にこの薬、効くのかなあ」
 無邪気な会話をしながらオカルト研を後にした。


 4

 たそがれ時の町を、俺と雅史は家の方角へ向かって歩いた。薬
のおかしな味がまだ舌にこびり付いていて、気分も悪かった。た
だ、妙に頭はすっきりとしていて、思考も明瞭だ。
 何気なく雅史の方を見ると、やはり気持ち悪いような、すっき
りしたような、何とも言い難い表情をしている。俺は雅史に気分
が悪いなら俺の家で少し休んでいくように勧めた。雅史は少し戸
惑っていたが、結局俺の家に寄っていくことになった。

「お邪魔しまーす」
 雅史は丁寧に靴を揃えてから、家に上がった。 
「遠慮しないでいいぜ。何か飲むか? インスタントコーヒー位
しかないけど?」
「じゃあコーヒー、ブラックでもらおうかな?」
 雅史は遠慮がちに答える。俺は雅史と俺のコーヒーを持って居
間に向かった。ふと雅史を見るとさっきオカルト研で見せたよう
な、潤んだ瞳をしている。顔も赤く、上気しているのがはっきり
とわかった。たぶん薬のせいだろう。
「雅史、済まねえな。おかしなことに付き合わせちまって。気分、
まだ悪いのか。なんなら俺の家に泊まるか、おばさんには電話で
連絡してさ」
 雅史は少し考えてから、「うん」と言った。男同士なら家の人
も心配はしないだろう。雅史は電話を済ませると
「母さんが浩之によろしくって言っていたよ」
 外泊を了承してくれたことを告げた。

 俺と雅史は俺の部屋で寝ることにした。部屋は空いているのだ
が、何となく修学旅行気分みたいで、夜遅くまで話していた。薬
のせいもあって、いつまでも目が冴えて眠れなかったというのも
ある。
 ふと俺は体の中から何か、熱いエネルギーの奔流のような、ほ
とばしるマグマのような力が湧きあがるのを感じた。体が熱く、
燃え上がるようだった。雅史の方を見ると、雅史も同じような状
態なのか、戸惑ったような表情で俺のほうを見つめている。
「雅史、眠れないのか?」
「浩之、そっちに行っていい?」
 雅史は恥ずかしそうに俺のベットに入ってきた。まるで初めて
の経験をする女の子みたいだ……

(作者注。この部分には浩之ちゃんと雅史ちゃんの濃厚な、
やおいHシーンを書くつもりでした。しかし、作者自身にそのケ
が全く無く、書いても面白くなく、たぶん読者もそんなモン読み
たかねえヨと言うであろうと勝手に決め付けて割愛します。興味
のある人は自分でやおいシーンを想像して楽しんでください。)


 5

 一夜が明け、目がさめた俺は、最初隣で雅史が軽やかに寝息を
立てていることに戸惑ったが、しかし昨夜のことを思い出すと、
なぜか納得してしまった。まさか男同士で一線を超えてしまうと
は思わなかったが、妙にすがすがしい気分だった。
「…おはよう、浩之…」
 いつの間にか雅史も目を覚ましていた。俺達は顔を見合わせ、
軽く笑いあった。
「朝ご飯、僕が作ろうか? これでも姉さんに習ってるから料理
上手なんだ」
 俺は雅史の作った、なかなか美味い朝食を食べると、雅史と一
緒に登校した。まさか手をつないだりはしなかったが……


「ねえ、あかりぃ、最近ヒロの奴おかしくない?」
 志保が俺の教室であかりに話し掛けている。何となく勘のいい
奴だから、俺と雅史の事にそれと無く気付いているのかもしれな
い。しかし、そこは俺も他人に「モーホー」だとばれるようなへ
まはしない。まだまだ同性愛なんて、奇人変人以外の何者でもな
いのだから、用心するにしくは無い。
「雅史ちゃんと浩之ちゃんなら昔から仲がよかったし、別に昔の
ままだよ」 
 志保と比べたら鈍いあかりには、さすがにばれている様子は無
い。納得できない志保は尾ひれ背びれに胸びれまでつけて、志保
ちゃん情報として俺達のことを言いふらしたが、志保ちゃん情報
はあらゆるニュースソースの中で最も信頼度が低かったため、む
しろ誰一人として俺達のことを疑う奴はいなかったようだ。

 五月に入り、修学旅行も間近か。
「おはよう、浩之、今日もいい天気だよ」
 雅史の笑顔が青空をバックにまぶしく輝いていた。
 
 
 エピローグ

「藤田浩之と佐藤雅史は実はモーホーだった」という長岡志保が
流した情報は、ほぼ大多数の生徒にはいつものガセネタとして、
軽く聞き流される程度にとどまった。
「どうせまた長岡の嘘情報だろう」
 と誰にも相手にされなかったのである。ただ一人、事件の真の
真相を知る人物以外には。
 来栖川芹香は自室の机の前で思い悩んでいた。実は彼女が浩之
と雅史に飲ませた薬は女性にモテモテになるほれ薬ではなく
「男性にモテモテになる、ほり薬」だったのである。何を勘違い
したのか、うっかり男性に好かれる薬を作ってしまい、気がつい
たときは、もう二人に飲ませたあとだったのだ。二人に真相を言
おうとしたが、言いそびれていたところへ「志保ちゃん情報」で
ある。彼女はさぞ良心の呵責にさいなまれたに違いない。
 なにせ、二人そろってほり薬を飲んだのだから、お互い愛し合
うようになってしまうのも当然の結果だった。
「………」
 芹香は思い悩んだ末、
「もともとあの二人は仲が良かったのだから、これでいいとしま
しょう。私の薬がよく効くことも判ったことですし」
 そう自分自身を無理やり納得させると、今日も新薬の研究に取
り掛かるのだった。

  Das Ende


 あとがき
 あとがきです。このSSは単に
「雅史シナリオがあるとすれば、来栖川先輩が作ったほり薬のせ
いで浩之と雅史がくっつくことにしよう」
 という思いつきで書き始めました。書き始めてみると、意外と
いろんな部分を書いておかないと不自然になることが判り、思っ
たより長くなりました。実はパターンとして
「芹香が作ったのはただのスタミナドリンクで、もともとそのケ
のあった浩之と雅史がくっつく」
 というものも考えましたが、話の展開に無理があるために、本
当にほり薬だったという落ちにしました。
 ゲームのシナリオなら多分、雅史がサッカーの試合で怪我をす
るとか、あるはずなんですが、長くなるので割愛します。
 今回初めてSSを書いてみました。こういった場に発表するの
も初めてなので、おかしな部分があるかもしれませんが、大目に
見たいただきたく思います。初めて書くのがホモネタというのも
大目に見てください。

 では、できたら感想よろしくお願いします。